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西の塔の秘密①

「ミラさま、どこです?」


 テルニは西の塔の小さな庭園を歩きまわりながら、いたずら好きの少女を捜しまわっている。


 背の低い木の陰に隠れてクスクスと笑っているミラは、声がもれそうになって慌てて口を隠した。しかし、少し遅かったようだ。


「見つけましたよ、ミラさま」


 ミラが顔を上げると、優しい笑みを浮かべたテルニがミラを見おろしている。

 

 シルバーブラウンの髪をひとつにまとめ、飾り気のない茶色のドレスを着たテルニはミラの専属侍女だ。


「あぁあ、みつかっちゃった」


 銀色のまっすぐで艶やかな髪と金色の瞳。真白な肌とキイチゴ色の唇。ひと目で彼女とわかる白金色のうつくしい二本のツノ。十歳になったミラは、その歳にしてはずいぶんと身長が低く、かなり痩せているがかわいらしい少女へと成長していた。


 西の塔に閉じこめられたクラフィール王国の第二王女ミラは、窮屈な生活でも鬱屈することはなく、底抜けに明るく素直な性格で、怒っていたことを忘れさせてしまうほど魅力的な笑顔の持ち主だ。


 それを知るのは専属の侍女であるテルニだけだが。


「お勉強をさぼってはいけませんよ」

「だってぇ……」


 ミラはぷぅっと頬を膨らませた。


 勉強といっても簡単な絵本を読むだけなのだが、テルニが専属侍女となるまで、文字を読むことはおろか、言葉を発したこともほとんどなかったミラには、それさえも大変な作業なのだ。


 ミラがそれを言葉にしなくても、テルニは彼女がなにを言いたいのか理解をしているから怒ることもしない。ただ、静かに微笑むだけ。


「そろそろおやつの時間にしましょう」

「うん!」

「今日はオーツ麦のクッキーですよ」

「わ、やったー。あたしそのクッキーだいすき!」

「そうですね……」


 ミラのかわいらしい笑顔にテルニの胸が締めつけられる。


 現在ミラの身の回りの世話をしているのはテルニだけ。テルニ以外には料理人も使用人もいない。ミラが塔を囲う塀の外に出ることは許されず、塔の入り口に立っている兵は守衛というより監視の役目をしている。


 その兵もいたりいなかったりで、まともに仕事をしている者はいないに等しい。それなのに咎められないのは、ミラの存在が知られておらず、テルニは塔の管理人だから出入りしている、と認識されているからなのだ。そのテルニも、極力人の目につかないようにしているため、彼女の存在を知るものはほとんどいない。


「ねーテルニ、ミルクはある?」

「ええ、用意してありますよ」

「やったー」


 ミラは飛びあがらんばかりに喜んだ。が、はたと気がついてテルニを見る。


「もしかして、ヤギのミルク?」

「あら、よくおわかりになりましたね」

「あたしヤギのミルクはきらいなのにぃ。ウシのミルクがよかった」


 ヤギのミルクは安価で買えるが、独特の匂いがあって好みではないのだ。


「わがままを言ってはいけませんよ。ヤギのミルクは栄養価が高くて、体にとてもいいのですから」

「でもぉ……」


 ミラは頬を膨らませてテルニを見あげ、それから小さく息を吐いた。


「ごめんなさい」


 テルニの苦しそうな笑顔を見てしまえば、わがままなど言えなくなってしまう。難しいことはわからないが、テルニがとても大変な思いをしていることはミラも理解しているからだ。


「ミラさま」


 テルニが立ちどまり、ミラの前にしゃがみ込んで視線を合わせた。


「今度、ウシのミルクを用意しますね」

「……うん」


 ミラはうなずき、テルニの首に自身の腕を回して抱きついた。テルニはミラを抱きしめ、そのまま立ちあがって歩きだす。


(一国の王女が、お金がないから好きなミルクさえ飲めないなんて……)


 ミラが好きだと言ったオーツ麦のクッキーもそうだ。実は、オーツ麦は主に家畜の飼料に使われているもので、人が食することはない。しかし、ミラのために組まれた予算はなく、西の塔の管理費として与えられている予算でミラの生活を成りたたせているため、少しでもたくさん食べられるように、安く買えるオーツ麦を食しているのだ。


(ミラさまのための予算を組んでくれれば、もっとまともな生活ができるのに……)


 以前はミラのためにわずかながらも予算が組まれていたらしいが、今はそれさえもなくなってしまった。それというのも、ミラの乳母だったマドナがすべて私的に使いこんでしまったからだ。


(本当に……なんてばかなことをしてくれたのかしら)


 ミラの乳母を務めていたマドナは、テルニと同じく今は亡き王妃パステルの侍女だった。ただ、テルニはパステルが幼いころから侍女として仕えていたのに対して、マドナはパステルが王太子妃になってから侍女として仕えることになったこともあり、テルニほど親密な関係ではなかった。そのせいか、パステルは重要な用件をマドナよりテルニに任せることが多かった。


 マドナはそれが気に入らなかった。


 マドナは野心家で高い地位につくことを望んでいたため、王太子妃であるパステルの侍女になったときはとても喜んだ。それなのに、つきあいが長いというだけでテルニのほうがかわいがられ、自分のほうがテルニより優秀なのに、過小評価されていることが我慢ならなかった。


 実際には、マドナは気が強く感情が顔に出やすいため、他の人と衝突することが多々あり、扱いにくいという理由があったのだが、本人はそれを自覚しておらず、テルニにそれを指摘されると顔を真っ赤にして反発ばかり。


 そのマドナは、パステルが妊娠をすると、今度は産まれてくる子どもの乳母に名乗りを上げた。乳母になれば立場はかなり強固になるし、その実績があればもっと高みを目指せる。


 しかしパステルはそれを受けいれなかった。当然だ。マドナは結婚も妊娠もしていなかったし、これまで子どもを育てた経験もないのだから。


 それならば、王女の世話係にしてくれと食いさがったマドナ。


 マドナの実家は伯爵家の中でも力があり、後ろ盾となるには若干弱いが、生まれてくる子供の未来を考えれば悪い話ではない、自分も誠心誠意お仕えする、と必死に懇願したのだ。


 結局、パステルは根負けし、わかったとうなずいた。


 マドナの教養は決して低いものではないし、子どもと触れあえば彼女の気の強い性格も多少丸くなるかもしれない。


 パステルは楽観的に考えることで、心の中にある小さな不安に蓋をした。実際、少しの問題に目をつぶれば、マドナが教育係として侍ることにはそれなりの利があったから。


 それなのに生まれてきたのはヴィッツェルノのツノを持つ女の子。マドナが絶望したのは言うまでもない。


 しかし、妹姫の世話係を辞退したいと懇願しても、国王シベルツが聞きいれてくれることはなかった。それどころか殺されたものたちを前に、子どもとツノのことを口外すれば、お前もこうなる、と鋭く睨みつけられ、ミラと共に西の塔に乳母として押しこめられたのだ。


 事情を知らないマドナの父親は、突然西の塔に閉じこめられた娘を救うべく「いったい自分の娘がどんな罪を犯したというのだ」「彼女は乳母ではなく教育係だ、このような扱いは不当だ」と訴えたが聞きいれてはもらえなかった。


 そしてなにがなんだかわからないうちにありもしない罪を着せられ、爵位と領地を取りあげられマドナの実家は没落した。


 それを見て人々は、西の塔にある『なにか』には触れてはならないと肝に銘じた。知ろうとすることもわずかな関心を示すことも許されない。もし余計なことをすれば、自分たちが彼らの二の舞になってしまう。


 マドナはシベルツを憎み、ミラを憎んだ。それでも最初こそマドナはそれなりにミラの世話をしていた。もし、この子がヴィッツェルノのツノを持つものとしての価値を証明すれば、あるいは立場が逆転するかもしれない。そんな淡い期待を持って。


 しかし、その期待は一年と持たずに潰えた。


 存在を消されたミラのことを知るものはおらず、マドナは『罪人として西の塔に閉じこめられ、家族を失って狂ってしまった憐れな女』にされたことを知ってしまったからだ。


読んでくださりありがとうございます。

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