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誕生④

「妃殿下、もう少しです。どうかお気をしっかりお持ちください!」

「ううっ……ああ! いたい……!」


 クラフィール王国の王妃パステルは今、陣痛に苦しんでいた。予定より長く腹の中ですごしていた子がようやく出てくる気になったというのに、パステルはずいぶんと衰弱をしていて、いきむこともままならない。


しかし、陣痛は勝手にパステルの腹に力を入れさせ、衰弱した体を酷使する。しかも、その腹に宿ったのは二人。ただでさえ出産は命がけの行為だというのに、パステルはすでに衰弱している。間違いなくパステルにとって命がけの出産なのだ。


 その命がけで神聖な出産に立ちあっている神官長は、パステルから離れた所で、神に母子の無事を祈り、医師のポリッシュは必死にパステルを励まし、タイミングを合わせて子を出そうとしていた。


「もう頭が出てきています! あと少しです! 殿下!」


 大粒の汗を流しながら、苦しそうな表情でいきむパステルが、これで最後と決めて腹に力を入れたそのとき――やっとの思いで母の体から出てきた赤ん坊は、輝かんばかりにうつくしい女の子だ。


「妃殿下! 女の子です。念願の女の子ですよ!」

「まぁ……」


 パステルが息も絶え絶えになりながら我が子のほうへ顔を向けようとしたとき、再び自身を苦しめていた痛みに腹を刺激され、悲鳴に近い声を上げる。


「殿下、お二人目がお生まれになります。もう少しです!」


 医師のポリッシュが確認をすると、小さな足が出てきていた。


「逆子、ですって……?」


 ポリッシュはぎょっとしてパステルの顔を見た。パステルは意識を朦朧とさせながら、それでも必死にいきんでいる。ポリッシュは慌ててその小さな足を握り、ぐぅと引っぱった。


「早くこの子を出してあげないと」


 ポリッシュの言葉に、周囲の人々も真っ青な顔をしながら次の子どもが顔を見せるのを待つ。


「妃殿下、どうかあと少しだけ頑張ってください」

「ああっ……!」


 パステルは、萎えた気力を再び呼びおこし、顔をゆがめて必死に腹に力を入れる。


(早く出てきて! もう、妃殿下の体力が――!)


 ポリッシュは祈るような気持ちで小さな足を引っ張り、パステルを励ました。神官長も額に汗を浮かべ必死に祈っている。


「殿下、もうすぐ頭が出てきます。もう少しです。頑張ってください!」


 そう言ってポリッシュが足を引く手に力を入れたとき、赤い液と一緒に赤ん坊が出てきた。


「え?」


 ポリッシュは赤ん坊の姿を見てぎょっとしたように目を見ひらく。


「まさか……?」


 赤ん坊を見て呆然としているポリッシュに助手が声をかける。


「先生、殿下の様子が!」


 パステルはぐったりとしていて意識がない。慌てて赤ん坊を助手に託し、ポリッシュはパステルの容態を診るも、明らかに危険な状態であることがわかった。


 宮殿内は混乱を極め、それから騒然とし、悲鳴と悲痛な声が響き、しばらくしてかなしみと苦しみの沈黙が宮殿内を埋めつくした。


 パステルは意識を失ったまま息を引き取り、国王シベルツは怒りとかなしみでポリッシュの首を斬りおとした。そして生まれてきた赤ん坊は――。


「ツノだと! なぜ、ツノがあるのだ!」


 妻パステルと同じ銀の髪色をした二番目の女の子の頭には、白金色の大きなツノが二本。


 シベルツは真っ赤に血走った目で、静かに眠る妹姫を睨みつけた。赤ん坊を抱く侍女は真っ青な顔をしてガタガタと体を震わせている。


「しかし陛下! ヴィッツェルノのツノですぞ」


 そう訴えるのは宰相ボンヤージュ。この国で唯一国王シベルツに対して厳しい言葉を言える存在だが、しかしこのときだけはボンヤージュの言葉にはそよ風ほどの力もない。それほどシベルツは憎しみとかなしみにとらわれてしまっているのだ。


「ヴィッツェルノのツノがなんだというのだ!」


 ツノありが神の使いと崇める使徒メルバが有したツノこそがヴィッツェルノのツノ。それは白金色に輝く特別なツノで、誰よりも生命の力が強い。


 また、ヴィッツェルノのツノを持つものは文武に優れていて、必ず歴史に名を残す偉業をなしている。戦争が起これば武功で。国の発展に力を入れていた時代には知力で。そのときの状況によってなした偉業の内容は違えども、間違いなく突出した能力を示してきた。


 しかし、それは昔の話。今ではツノは忌まわしい存在でしかないのだ。


「アレのせいでパステルが死んだ!」

「陛下!」


 シベルツを諫めようとする臣下の声は、彼の怒りに油を注ぎ、聞く耳も持たせない。


「あの忌々しい娘は生きることも許されない!」

「陛下、なんと恐ろしいことを。子殺しの大罪を犯すおつもりですか!」

「なにが子殺しの大罪だ。それならば、子が親を殺したことも罪であろう!」

「陛下……」


 子殺しの大罪。


 使徒メルバが禁じた罪のひとつだ。もし、親が子を殺すようなことがあれば、その身は業火で焼かれ、魂は永遠に闇をさまようというもの。


「今回のことは、避けることができないことです。かなしい事故なのです。決して姫君のせいではありません」

「言うな! アレが生まれなければ、いや! パステルの腹に宿らなければ、彼女がこんなふうに命を落とすことはなかった」

「……しかし、もしそうだとしても、国を統べるお方が、子殺しなどという大罪を犯してはなりません」


 シベルツは宰相ボンヤージュを睨みつけ、それからツノを持つ二番目の姫を指さした。


「それならば、アレを西の塔に閉じこめよ! 一生そこから出すことは許さん! アレのことを口にすることも許さん! わかったな!」


 西の塔とは宮殿の敷地内にある小さな塔で、周囲を高い塀で囲まれた日も当たらない鬱蒼とした場所だ。塔の中には地下牢があり、重罪人が閉じこめられていたこともあるが、現在はほかに牢があるため、西の塔は長く使われていない。


 そんな場所に二番目の姫を閉じこめろとシベルツは言う。しかし、それに対して異を唱えるものはいない。もしそれを口にすれば、目の前で血を流して倒れているものたちと同じ道をたどることになるから。


 二番目の姫を抱いていたパステルの侍女マドナは、恐怖に体を震わせ、真っ青な顔をして部屋を出ていった。


「……パステル……私を置いていくなんて……」


 力なく瞳をさまよわせ、小さなベッドでその視線が止まる。この殺伐とした空気などまったく知らず、ベッドですやすやと眠る一番目の姫。


「この子だけでよかったのに。あんなおぞましい娘など……!」


 元気だったパステルは、腹が大きくなるにつれて体調を悪くしていき、臨月に入ったころには起きあがることもままならなくなっていた。そして、命を落とした。


 ヴィッツェルノのツノを持つものはその力の強さから、腹の中で母親の命を食べて成長したと言われていた。そしてひとつの例外もなく、ヴィッツェルノのツノを持つ赤ん坊を産んだ母親は、赤ん坊を産んですぐに亡くなっている。ヴィッツェルノのツノを持つものは偉業なすものでありながら、忌み嫌われる存在でもあったのだ。


 国王シベルツのかなしみは海よりも深く、二本のツノを持つ妹姫に対する憎しみは闇夜より濃い。


 妹姫はその存在をなかったことにされ、その日出産に立ちあったものは、数人を除いてすべて殺された。


読んでくださりありがとうございます。

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