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弱きものを踏みつける人たち③

 八年前、ようやく授かった子どもを流産したカサブランカの傷は大きく、カイザーが寄りそって慰めなくてはならなかったのに、なぜかカイザーはアマンダとベッドですごしていた。


 怒りに我を忘れたカサブランカが、ベッドでアマンダと全裸で微睡んでいたカイザーに剣の切っ先を向けたとき、本当に殺されると恐怖した。


『そんなつもりはなかった。本当だ。いつの間にか眠っていて』

『言い訳はいらないのよ、カイザー』


 それがカサブランカと交わした最後の会話だ。それ以来彼女の姿を目にしていない。


 カイザーはそのときのことを思いだして大きな溜息をついた。するとドアをノックする音。


「入れ」


 カイザーの声に反応してドアが開くと、ディクソンが入ってきた。


「お呼びですか?」


 するとカイザーはツカツカとディクソンの前まで行き、右手で思いきりディクソンの顔を殴りつけた。ディクソンはあっという間のできごとに、なにがなんだかわからないまま床に倒れこむ。頬に重たい痛みを感じながらおそるおそる顔を上げると、カイザーの鋭い視線とぶつかった。


「……父、上……なにを?」


 口の中を切ったのか口の端から血が滲んでいる。


「クラフィールの王女は今なにをしている?」

「お、王女? アレがどうしたんですか?」

「王女がなにをしているのか聞いているんだ!」


 カイザーの怒鳴り声に肩を震わせたディクソンは、口をもごもごさせながら小さな声で答えた。


「部屋に、閉じこもっています」

「ほう、それはどこの部屋だ?」

「え? 西の塔の……どこかに……たぶん?」


 いったいなにが言いたいのだ、とディクソンが顔をゆがませた。


「王女になにかあれば、クラフィール王国からどんな言いがかりをつけられるかわからないというのに、いったいお前はなにをしているんだ」

「あ、あの……」


 ディクソンはようやく、自分が王女を放置していることを知られてしまった、と理解した。


「でも、モーガンが」

「モーガン? まさかやつがどうにかしてくれると思っていたのか?」

「え? いや……その……」


 ディクソンの様子を見れば、図星であることがはっきりとわかる。


 カイザーは大きく溜息をついて首を振った。ディクソンの考えが浅いことなんてわかっていたのに、いいほうへ考えるばかりで最悪の状況を考えていなかったのは自分の失敗だ。しかし、ディクソンもそろそろそれくらいわかってもいい歳ではないのか。


「お前の側妃は、今、王妃の宮にいる」

「は? カサブランカさまの所ですか?」

「そうだ」

「なぜですか?」

「そんなこと私にわかるか!」


 彼女たちに接点などなかったはずなのに、どうしてそうなったかなんてカイザーにわかるはずがない。しかし、カサブランカが言うのだから、うそや間違いではないはずだ。


「すぐに、連れもどしてきます」

「ばかもの、余計なことをするな」

「なぜです。俺の側妃ですよ」

「そうだ。お前はその側妃を放置し命を危険に晒した」

「くっ……! で、でも、これからはちゃんと管理をします」

「今さらばかなことを」


 食事さえも与えていなかったのだから間違いなく衰弱していただろう。それを見てカサブランカがなにを思ったかを考えるとそれだけでも恐ろしい。


 それにそんなひどい扱いをしたディクソンに側妃を渡すだろうか。


「しばらく待って頃合いを見はからって謝罪に行くんだ」

「は? なぜ俺がそんなことをしなくてはいけないのですか? たかがツノありではないですか!」

「まだわからんのか。ツノありではなくカサブランカの機嫌をうかがえと言っているのだ!」

「ますますわかりません。なぜ、王妃の機嫌なんてうかがわなくてはならないのですか! あんなお飾り、いようがいまいが関係ないではないですか!」

「ディクソン!」


 カイザーの鋭い声が部屋に響いた。


「……え?」


 驚いて目を見ひらくディクソン。


「ち、父上?」


 これまで何度か怒られたことはあるが、それでもこれほど激しい怒りを含んだ声を聞いたことはない。


「我が王妃をお飾りなどと愚弄することは許さん」

「っ……!」


 ディクソンは顔をゆがめる。


「……話はおしまいですか?」

「なに?」

「もう、話すことがないのなら俺は失礼します」


 不機嫌な顔をしたディクソンは、カイザーの返事も待たずに大きな足音を立てて歩きだし、荒々しくドアを開閉して執務室を出ていった。


 ディクソンを見おくったカイザーは大きな溜息をついてイスに座りこんだ。


「なぜこんなことになるのだ」


 背もたれに背を預けて天井を見つめ、再び大きな溜息をついた。


 頼りなく自覚もない我が子。決してかわいくないわけではないが、王太子とするにはいささか不安でいまだに王子のままの息子。こんなふうに時間を稼いでも仕方がないのに。


「いったいディクソンは誰に似たんだ」


 カイザーはそんなことを呟いて再び大きな溜息をついた。


 そのディクソンはカサブランカの宮の前で、宮を守る護衛騎士に足止めをされていた。


「お前! 誰にそんなことを言っているのかわかっているのか」

「私どもは、たとえ陛下でも中には入れるなと言われております」


 ディクソンを見おろす騎士マクレガーとパブリスはかなりの実力者で、もともと国王直属の近衛騎士を務めていた。しかし八年前、カサブランカが居を宮に移したときに近衛騎士の職を辞して、カサブランカの護衛騎士となった。


 ではなぜ近衛騎士を辞したか。理由は簡単だ。彼らが王妃カサブランカの直属の騎士になることを望んだからだ。そして、国王カイザーもそれを許した。許したというより、王妃をしっかり守ってくれ、と託された。


「不敬罪でお前たちを罰することもできるんだぞ」


 その言葉にマクレガーとパブリスは顔を見あわせ、それからふっと笑う。


「王妃殿下の命を覆すほどのお力がおありでしたら、不敬罪に問われるがよろしいでしょう」

「は?」


 マクレガーの言葉にディクソンが唖然とした顔をする。


「我々は王妃殿下の命にしたがっています。王妃殿下の命を無視すれば、いくらあなたさまでも逆に処罰されるかもしれませんが」


 ディクソンはぐっと言葉を詰まらせた。


 カサブランカは王妃。たとえアマンダがカイザーの寵愛を受けていようと、公の場に姿を見せなかろうと、アヴィリシア王国において最も高貴な女性、という立場が変わることはない。それに実家を含む三公爵家や、カサブランカを支持する貴族たちを見れば、いまだに彼女の力が絶大であることは誰の目にも明らかだ。


 そんな相手にディクソンが太刀打ちできるのかと言えば、否。


 ディクソンは悔しそうに舌打ちをした。

 


読んでくださりありがとうございます。

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