再会②
そんな話をした日から三日後。カサブランカの宮を訪れたエデルとルーシェル。ルーシェルの腕には大輪の花束。
「あら、いらっしゃい」
カサブランカはクスクスと笑いながら、エデルと少し恥ずかしそうに顔を染めているルーシェルを出むかえた。
「今、ミラはお勉強中なの。もう少し待っていてちょうだい」
カサブランカの言葉にルーシェルがそわそわとしながらうなずく。
「では私は行くぞ」
「あ、はい」
エデルは仕事で騎士団に戻らなくてはいけない。
「殿下、愚息のことをお願いします」
「ええ」
エデルはそう言って宮を出ていった。
「ルー、座りなさい」
カサブランカが促すと、ルーシェルはうなずいて用意されたイスに座った。
「それにしても、まさかあなたがミラのことを知っていたなんて驚いたわ」
「僕も、まさかミラさまが王女殿下とは思わず」
「そうよね。あら……」
廊下からパタパタと足音が聞こえる。少しするとドアをノックする音。
カサブランカが入室の許可をすると、ドアが開いて女の子が部屋に入ってきた。
「ブランカさま!」
ルーシェルはその姿を見て慌てて立ちあがる。
「……あれ? あなたは」
ミラはルーシェルに気がついてじっと見つめる。
「お久しぶりです、ミラさま」
「……ルーシェル?」
ミラの言葉にぱぁっと顔を輝かせたルーシェル。
「覚えていてくださいましたか?」
「ええ! こんにちは! はじめまして……じゃない、お久しぶりです?」
「お久しぶりです、ミラさま」
ミラはルーシェルの返事にニコッと顔をほころばせ、ルーシェルは少し頬を染めてミラに近づき、手にした花束を差しだした。
「こちらをあなたに」
「わたしに……? こんなにきれいなお花を? でも……」
これまで花束なんてもらったことがないミラは、困ったようにカサブランカを見た。
「ミラ、遠慮せずいただきなさい」
カサブランカがそう言うと、瞳を輝かせたミラがルーシェルを見て、かわいらしい笑みを浮かべた。
「ありがとう、ルーシェル。わたし、とてもうれしい」
「――っ!」
ミラの髪の色も瞳の色も初めて会ったときとは全然違うけど、この笑顔は変わらない。子ネコのようにかわいらしくて、屈託のない、それでいてとても眩しい笑顔だ。
「よ、喜んでもらえてうれしいです」
こんなに喜んでくれるならもっと大きな花束にすればよかった。思わずそんな後悔をしてしまう。
「でも、どうしてここにルーシェルがいるの? ブランカさまのお友だちなの?」
ルーシェルに会えたことがとてもうれしいのだろう。体をぴったりとルーシェルに近づけキラキラした瞳で見あげている。
「え? あ、あの……」
ルーシェルは思いがけない近距離にたじたじだ。
「落ちつきなさい、ミラ。ルーシェルが困っているわよ」
二人の様子を楽しそうに見ていたカサブランカが、ルーシェルに助け船を出した。
「ごめんなさい。わたし、うれしくて」
ミラは慌ててルーシェルから離れた。
「あ、気にしないでください。僕も、お会いできてとてもうれしいので」
なんて少し顔を赤らめたルーシェルは、ミラが離れたことにホッとした様子だ。
「ルー、ごめんなさいね。ミラはまだマナーを習っていないの」
アヴィリシア王国に来る前にテルニから付け焼刃的に教わりはしたものの、それだけではまったく足りないどころか、そもそも十四歳にしては習得している語彙が少ないため、まずは言葉を覚えることから始めて、徐々に言葉遣いやマナー、知識や教養などの勉強を進めていくことが決まったのは昨日のことだ。
「ごめんなさい」
ミラもくり返し頭を下げている。
「そんなことを気にしないでください。言葉は少しずつ覚えていけばいいですし、マナーだってすぐに身に付きます。それに、僕といるときはそんなことを気にせずにいてくれたほうが、僕はうれしいです」
申し訳なさそうな顔をするミラに対して、慌ててまくし立てたルーシェルからは、普段のクールな姿を想像することは難しく、その歳の男の子らしく見える。
「まぁ、ルーったら」
カサブランカがクスクスと笑う。
「さ、ミラ。ここに座って。おやつを食べましょうね」
カサブランカが言うと、ミラはうなずいていつものイスに座った。ルーシェルも先ほどまで座っていたイスに座り歓談が始まった。
「じゃあ、ルーシェルはわたしと同じとしなのに、もうきしになるためのお勉強をしているの?」
「ええ。実はこのあとも鍛錬のために騎士団に行く予定です」
「わぁ、すごい! たんれんはなにをするの?」
ミラはすべてのことに興味津々で瞳をキラキラと輝かせている。ルーシェルは家族の前以外ではそれほど口数が多いほうではないのだが、このときばかりはずいぶんと饒舌に説明をし、珍しく笑顔まで見せている。その様子をカサブランカは興味深く眺めていた。
「――もちろんです」
「本当? お約束?」
「ええ、お約束です」
ミラの少し幼い口調にクスッと笑ったルーシェルが、頼もしくうなずいている。どうやら、今度ルーシェルが大切にしているものを持ってくる約束をしたようだ。
「たのしみ! わたし、音楽が聞こえる箱なんて見たことがないわ」
「オルゴールは、箱ごとにいろいろな音楽が鳴るのです」
「わぁ」
ルーシェルの話はすべてが興味深く、ミラは始終顔を輝かせ、驚きや興奮の声を上げている。
「今度、僕の妹と弟を紹介させてください」
「ルーシェルには妹と弟がいるのね」
「ええ。妹たちがぜひミラさまと友達になりたいと言っていまして」
「友だち……? わたしと?」
ミラは驚いたように目を見はり、ルーシェルに聞きかえした。
「ええ」
ルーシェルがうなずくと、ミラはぱっと顔を輝かせそれから両手で口を覆った。頬は染まり目尻が垂れている。
「うれしい! わたし、今までお友だちはルーシェルしかいなかったから」
その言葉にぎゅっとルーシェルは眉根を寄せ、それからすぐに表情を和らげた。
「では、僕がミラさまの最初の友達ですか?」
「ええ、そうよ! ルーシェルが初めてのお友だち。それなのにもう会えないと思っていたから、わたし本当にうれしいの」
「僕もお会いできて本当にうれしいですよ」
ルーシェルがそう言うと、ミラはさらに瞳をキラキラと輝かせた。
「よかったわね、ミラ」
カサブランカがそう言って微笑むと、ミラは「はい」と元気に返事をして、それからルーシェルに視線を移してニコッと微笑んだ。
「あら、ルー。あなたはそろそろ時間ではないかしら?」
ミラとの会話が楽しくてすっかり忘れていたが、このあとには騎士団の訓練場で厳しい鍛錬が待っている。
「ああ……」
なんとも残念そうな声を出したルーシェルと、残念そうな顔をしているミラ。
「またすぐに遊びに来ます」
ルーシェルがそう言うと、ミラはぱぁっと顔を輝かせた。
「本当?」
「はい。よろしいですか? 殿下」
カサブランカに向きなおったルーシェルが真剣な顔をして聞く。カサブランカはニコッと笑って「もちろんよ」と返事をした。その返事を聞いて、ミラとルーシェルは顔を合わせてうれしそうに笑いあった。
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