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身代わりのお姫さま⑤

「お姫さまのかわりに。……でも、おこられちゃった」

「ま、まさか、お前はクラフィール王国の王女?」


 エデルが聞くと、ミラは少し考えてからゆっくりとうなずいた。


「本当に? こんなみすぼ――」

「兄さん!」


 エデルがすべての言葉を吐かないうちに、カサブランカが鋭い声で制した。


「申し訳ございません」


 エデルは慌てて頭を下げる。


(いや、しかし。こんな身なりで王女だと? もしかして、誰もこの子の世話をしていないのではないか?)


 川を探すくらい喉が渇いていたのだから、当然誰も彼女の世話などしていないのだろう。


 エデルは得も言われぬ怒りで体を震わせた。カサブランカはそんなエデルを見つめ、それからミラに目を遣る。


「それで、あなたのお名前は?」

「……ミラ」

「ミラ、かわいい名前だわ。……本当にあなたは王女なの?」


 ミラは困ったような顔をして、それから小さく首を縦に振った。


「テルニはそう言ってたけど……でも、まちがえてるの」

「間違えている?」

「だって、王女さまはお姫さまだもん」

「そうね」


 カサブランカはミラの言葉にうなずいた。


「お姫さまはきれいなドレスをきて、お城でしあわせにくらしているけど、わたしはちがうから。だからわたしは、王女さまでもお姫さまでもないの」


 ミラは薄暗い西の塔に閉じこめられていたし、絵本に描かれていたお姫さまみたいにキラキラしていない。それに、ミラは『捨て駒』なのだ。


 カサブランカは少し難しい顔をしてエデルを見た。


「私には詳しい情報は入ってこないわ。兄さん、お願いできる?」

「お任せください」


 エデルがうなずいた。カサブランカは再びミラに目を遣る。


「ねぇ、ミラ。あなたは何歳なの?」

「十四さい、です」

「そう」


 カサブランカは優しくうなずく。


「そういえば、このマントはここでは被らなくていいわよ」

「だ、だめ!」


 ミラは慌てて頭のフードを引っぱって顔を隠した。


「どうして?」

「だって、わたし、本当はだれにも見つかっちゃいけないから」

「あら、でも私たちに見つかってしまったわよ」

「……っ、でも……」


 ミラの声が小さくなる。


「まぁ、いいわ」


 カサブランカが小さく息を吐いた。


「そのドレス、少しきつくないかしら? それにあまりきれいではないわね」


 薄汚いマントの下から見えるドレスは、擦りきれていて丈もずいぶんと短い。


「ちがうの。きれいなドレスもあるのよ。でも、よごしちゃいけないから」


 そう言って大きく手を振るミラ。その様子から決して見栄を張っているわけではないということはわかるが、だからといって、今着ているドレスだけが特別粗末というわけでもあるまい。


 カサブランカは小さく溜息をついた。いったい彼女は、これまでどのような扱いを受けてきたのか? と。


「それで、テルニという侍女はどこにいるの?」


 カサブランカに聞かれたミラは、かなしそうな顔をしてうつむいた。


「テルニは、ついてきちゃいけないって言われたから」

「そう……。あなたは今、一人なのね?」


 カサブランカの言葉にミラが小さくうなずくと、その場がしんと静まりかえる。


(彼女の服装、食べ方、話し方のどれをとっても、一国の姫のものではないわね)


 それに十四歳というにはあまりに小さい。


「ねぇ、ミラ?」

「は、はい」

「お菓子ばかりでは体に悪いから、中で温かいスープを飲まない?」

「スープ?」


 カサブランカがニコッと笑う。


「ええ。うちのシェフの自慢のスープをごちそうするわ。どう?」


 ミラは顔を輝かせた。


「のみたい! です」

「フフフ。それなら中に入りましょう」


 そう言ってカサブランカが手を差しだす。ミラが驚いた顔をしてカサブランカを見あげると、カサブランカは「一緒に行きましょう」と言ってうつくしく微笑んだ。


 桃色に頬を染めたミラが、おずおずと優しい手を握ると、その手はふわりと柔らかくてとても温かい。


 ミラは、ぽーっとしながら傷ひとつないうつくしい手を握って、建物の中へと入っていった。


◇◇◇◇◇◇


 カサブランカのお気に入りのティールームのソファーに横たわり、寝息を立てているミラ。その横に座るカサブランカは、手にした布をじっと見つめて考えていた。


 スープとパン、それにフルーツを食べて腹がいっぱいになったミラは、ゆらゆらと頭を揺らしながら睡魔と戦っていた。


「眠いの?」


 カサブランカが聞くと、ミラは眠くないと首を振る。


「フフフ、そんなに頑張らなくていいわ。眠いのなら寝なさい」


 そう言ってミラの頭をなでたとき、ヘッドバンドで覆われた場所に妙な手触りを感じた。それは硬くてデコボコがあって、形が歪。しかも二か所も。


 それについて聞こうと思ったときにはミラはすっかり眠りに就いていた。カサブランカはミラをソファーに横たわらせ、彼女をじっと見つめた。


(さて、私はこの子の秘密かもしれない違和感を暴いていいのかしら?) 


 しかし迷いはなかった。


 ミラのヘッドバンドを静かに外し、そして息を飲む。慌てて周囲を確認して、人払いをしていたことを思いだしてホッとした。


(これは……ツノの痕? 信じられない。まだ、ツノを持つものが存在していたなんて。……これは、斬ったってことかしら? もしかして、ディクソンと結婚をするために?)


 これでツノを隠しているつもりなのだろうか? もしかしてこれが理由で、彼女の存在自体が隠されていたということか? 隠していたのなら、どうしていまさらこんなふうに……。


「……もしかして」


 カサブランカは顎の下に手を当てて、考えたくもないことを考えた。そして溜息。


 今の段階ではクラフィール王国の思惑などなにひとつわからないが、はっきりしたことはある。それは、ミラがクラフィール王国でもまともな扱いを受けてこなかったということ。その理由はたぶん、ツノが生えていたから。


 ツノありのツノは現在では突起があるだけ。その突起も、わざわざ探したり見せたりしない限りは、他者が見ることはできないほど小さなものだそうだ。


 大昔にはツノありのツノは力の強さを表す象徴だったが、現在ではツノは嫌悪の対象となっている。その大きな原因は女神ラスペリツィアにある。


 ツノありの醜い姿を嫌ったラスペリツィアが、罰としてツノありを僻地に送り、それを嘆いたツノありは醜いと言われるツノを嫌悪するようになった。そしてツノありはラスペリツィアのことをツノと同じくらい憎み、ラスペリツィアを悪魔と呼んでいる。


 それがカサブランカの知るツノありの歴史だ。


 その内容がどれほど正しいかはわからないが、今でも、ツノありがツノを嫌っていることは間違いない。その証拠に、ツノありの男は頭に布を巻き、女は髪型や飾りで突起を隠しているのだから。


 そんな環境下で、ミラという存在は嫌悪の最たるものだったはず。しかも国を統べる国王の子となれば、その事実を隠蔽しようとしたとしても不思議ではない。


「こんなに小さくてかわいらしいのに……」


 小さくてかわいらしい。それは十四歳のミラには似つかわしくない言葉で、実際この小ささが異常であることを考えるとゾッとする。それほどツノに対する嫌悪が強いということなのだろうが、それを理解してもこの虐待を受けいれることは到底できない。


「憐れな子……」


 生まれても愛されることなく、つらい暮らしを強いられてきたこの子に、幸せを感じる時間はあったのだろうか?


「……そんなことを考えてもしかたがないわね」


 彼女の幸せは彼女が感じることで、なにも知らない自分が勝手にミラを憐れな子に仕立て上げるべきではない。


「さて……どうしようかしら」


 ミラの秘密を暴いてしまった自分には、彼女を守る責任がある。たとえ、その責任がないとして、たぶん自分はこの子を守りたいと思ってしまうだろう。


「こんなにかわいらしいのだもの。それにとても危ういわ」


 少し話をしただけでもわかってしまうほど、ミラは無知だ。警戒心はないに等しく、カサブランカの言葉に素直にうなずき、なんの疑いもなく食べ物を口にした。


 王女という立場であればありえないことだ。


 王女としての教養云々の前に、まずはその年齢にふさわしい知識や教養を身につけなければ、ミラはあっという間に淘汰されてしまうだろう。


「まずはどういう状況なのかを把握しなくてはいけないわ」


 ディクソンがミラのことをどう考えているのか。カイザーは? アマンダは? ミラの存在はどこまで伏せられているのか?


 そのうちエデルもなにかしらの情報を持ってくるはずだ。こちらも早々に情報を手に入れれば、これからの対策も立てられるだろう。


 カサブランカは手にしたヘッドバンドをミラの頭に巻いた。それから侍従を呼び、宮殿内で聞かれているミラについての情報を、些細なことまですべて入手するように指示をした。


読んでくださりありがとうございます。

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