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身代わりのお姫さま④

 令嬢たちの声が聞こえなくなるまで、ミラは息を殺し、地面に伏せていた。その顔がかなしそうにゆがむ。


(ピンクのドレスは、テルニが用意してくれたものなのに……。とってもかわいくて、すごくすてきなのに)


 べつに自分のことをなんと言おうとかまわない。ばかにされたって怒る気にもならないし、嫌われることだってなんとも思わない。


 でも、ミラの大切なものが悪く言われるのはとてもいやだ。


 こんなふうに隠れなくてもいいのなら、あの子たちの所に行って教えてあげるのに。ツノありは獣じゃないよって。ピンクのドレスは、とてもかわいくて素敵なんだよって。


(かなしいな……)


 ぼろりと涙がこぼれた。すると、あとからあとから涙が溢れてくる。


「ないちゃだめ。ないたらもっともっとなきたくなっちゃう」


 ミラはそう言いながら、ノロノロと体を起こした。マントや手の平、頬にも土や草が付いている。それを静かに払い、辺りを見まわす。


 令嬢たちが向かったほうには行かないほうがいいだろう。そう判断したミラは離れた所にある建物のほうへ行くことにした。


「あれは……お城?」


 建物は宮殿の中央にある王宮よりずっと小さいものの、外観は華やかで建物を囲む庭園はよく手入れされていて、うつくしい花がたくさん咲いている。そして庭園を囲むように張り巡らされた鉄で作られた高い柵。


「鳥かごみたい」


 テルニが読んでくれた『森の中のお姫さま』のお姫さまも、鉄で作られた鳥かごに閉じこめられていた。


「もしかしたら、ここにお姫さまがいるのかな? あ、そうだ! お城の横に川が流れているかもしれない」


 ミラはうれしくなって柵の周りを歩きだした。もう少ししたら水が飲める。そう思うと浮かれてしまって、誰にも見つからないように隠れながら川を探さなくてはいけない、ということを失念していた。だから。


「何者だ!」


 鋭い男の声と突きつけられるような殺気にミラの体がビクンと震える。おそるおそる振りかえると、自身の鼻先で銀色の剣先が光っていることに気がついて、小さく悲鳴を上げながら尻もちをついた。


「あ、あの……」


 ミラが剣先から目を逸らしておそるおそる顔を上げると、黒い制服に身を包んだ男が剣を向けている。男はアヴィリシア王国にある四公爵家のひとつ、ペンデンス公爵家当主エデル・トパーズ・フォードビル。そして騎士団の騎士団長を務める男だ。


 エデルは剣を向けられて怯えているミラを見てぎょっとした。


「女の子? 平民か? おい、お前。どうやってここに入ってきた」

「え……と、その」


 恐怖のせいで言葉がうまく出てこない。


「警備の兵はなにをしているんだ。こんな所に平民が入ってくるなんて」

「あ、ちが――」

「兄さん、どうしたの。いきなり走りだして」


 柵の向こうから女性の声が聞こえる。


「殿下、怪しい子どもが」

「子ども?」


 柵の向こうから聞こえる声が「まぁ、めずらしい」と声を上げる。


「あ、あの、わたしあやしくなくて、その、川をさがしてて、その……」

「川? なにを言っている」


 エデルがますます怪訝そうな顔をした。


「川でお水をのもうとおもって、それで」

「おい、くだらないうそをつくな」


 エデルはミラの言葉に明らかに腹を立てている様子で、さらに剣を近づける。


「うそじゃない! お城の横には川があるの!」

「こんな所に川なんてあるはずがないだろう!」

「え……? 川、ないの?」


(お城があるのに川がない? どうして?)


 まったく想像していなかった言葉に愕然としたミラの瞳から、涙がぼろりとこぼれる。


「は?」

「川がないと……お水が、のめないよぉ……」


 そう言って大きな声を上げて泣きだした。


「え? そんなに川の水が飲みたいのか?」

「のみたいぃ――」

「そんなに?」


 エデルは驚いて柵の向こうを見た。


「まぁ、兄さん。あなた、そんな小さな女の子を泣かすなんて、騎士失格よ」

「いや、私はそんなつもりでは」

「わ、わたしの、おみ……おみ、ずぅ……」

「本気で?」


 エデルは驚いてオロオロしている。


「兄さん、その子をここへ連れてきてちょうだい」

「しかし」

「いいから。お水が飲みたいのでしょ?」

「はぁ……そうみたいですが」

「早くして。誰かに見られたら面倒だわ」


 そう言ってエデルに殿下と呼ばれた女性は歩いていってしまった。


 エデルは大きな溜息をついた。


「仕方がない」


 エデルはそう言いながら剣をしまい、片膝を突いてミラの高さに視線を近づける。


「おい、お前」


 ミラはエデルの声にビクンと肩を震わせながら、そっと顔を上げた。


「水を飲ませてやる」

「ほんとう?」

「その代わり、妙なことをしたら――どうなるかわかるな?」

「……うん」


 どうなるかわからないけど、とりあえずうなずいたミラ。その様子を見てエデルが立ちあがる。


「行くぞ、ついてこい」


 そう言って歩きだした。しかし、少し歩いたところで、ふとミラがついてきていないことに気がついて振りかえると、足を引きずるようにして歩いていた。


 慌ててミラのもとへ駆けよったエデル。


「どうした?」

「足がいたい」


 そう言われてミラの足を見ると、マントの下から見える足首が赤くなっている。エデルが向けた剣に驚いて尻もちをついたときに、足首を捻ったようだ。


 エデルは再び大きな溜息をついた。これは明らかに自分の責任だ。


「仕方ない」


 片膝を突いたエデルは「少しのあいだだけ我慢しろ」と言ってミラを抱きあげた。それに驚いたミラが、慌ててエデルの首に自身の腕を回してしがみつく。


 エデルの鼻を刺すのは使い古したマントのしめた匂い。しかし、次にエデルが感じたのは甘い匂い。キャンディーとも違う、花でもなく……。


(よく見れば肌がカサカサだな。唇も切れている)


 体はずいぶんと細くて軽い。


(こんな子どもに私は剣を……)


 冷静に考えればずいぶん非道なことをしてしまった。仕事とはいえ、こんなに小さな子供に剣先を向けるなんて。


(よく声を上げて泣かなかったものだ。いや、泣いたか。川の水を飲むと言って)


「喉が……渇いているのか?」


 エデルが聞くとミラはコクンとうなずいた。


「腹も、すいているのか」


 またミラがうなずく。


「そうか」


 どうやって入ってきたのかはわからないが、空腹に耐えかねて迷いこんだのだろう。しかし、本当に警備の兵はなにをしているのだ。この国で一番警備が厳重であるはずの宮殿に、平民の子どもが迷いこむなんて。


 鉄の柵に沿って門まで行くと、そこには二人の騎士が立っていて、エデルを見るとひと言ふた言言葉を交わして門を開けた。ミラを抱いたエデルはそのまま門を抜けて、庭園に用意されたお茶を優雅な所作で楽しむ女性のもとまで行く。


「あら?」

「お待たせいたしました」

「まぁ、親子みたいね」


 そう言ってクスクスと笑う女性は、この国の王妃カサブランカ。


「冗談はおやめください。私のせいで足をくじいてしまったのです」

「まぁ、かわいそうに。ソノマ、なにか冷やすものを持ってきてちょうだい」

「かしこまりました」


 そう言うと侍女のソノマはすっと下がって、建物の中へと入っていった。


「お前、こちらにおいで」


 そう言って手招きをするカサブランカにエデルが顔をしかめる。


「殿下、いくらなんでも下賤なものを近づけることはなりません」

「なぜ? あなたは抱っこをしているのに」

「私と殿下を同じに考えないでください」


 エデルがそう言うとカサブランカはクスクスと笑う。


「それなら、兄さん。その子をここに座らせて、飲み物をあげてちょうだい」


 カサブランカが自分の向かいにあるイスを扇で指ししめす。


「しかし――」

「何度も言わせないで」

「――かしこまりました」


 そう言うと、エデルはミラを抱いたままイスまで連れていき、ミラを座らせた。そして、用意されていた水の入ったグラスを渡す。


「これ、のんでいいの?」

「ああ、飲め」


 ミラはエデルを見てそれからカサブランカを見た。カサブランカがニコッと微笑むと、ミラはグラスを傾けて一気に飲みほした。


「まぁ、いい飲みっぷり。もう一杯飲む?」

「うん」


 ミラがうなずくと、横に立つ侍女がピッチャーに入った水をグラスにつぎ足す。ミラは大きくふた口ほど飲んでからグラスから口をはなした。


「あ、あの、おいしいお水をありがとうございます」

「あら、お礼が言えるなんてえらいわね。ご褒美にこれを食べなさい」


 そう言うと侍女がクッキーやケーキをのせた皿をミラの前に置いた。


「クッキーと、これはなに? ですか?」


 テルニからていねいな言葉を使うように言われていたことを思いだして、言いなおしたミラ。


「フフフ、ケーキよ」

「ケーキ?」

「遠慮をする必要はないわ」


 その言葉に瞳を輝かせたミラは、フォークを握りケーキを大きく切って口に放りこんだ。


「――っ! うー!」


 頬をぱんぱんに膨らませたミラが瞳をキラキラさせて味わっている。


「まぁ、なんてかわいらしいのかしら。これは、リスよ。ここに子リスがいるわ」


 カサブランカは楽しそうに笑う。


 ミラは夢中になって残りのケーキを頬張り、水を飲んでからクッキーを食べた。


「――っ! はー!」


 サクサクしていてすごく甘い。こんなに甘いお菓子は初めて食べる。


「すごくおいしいです。テルニが作ってくれたクッキーと同じくらいおいしい」

「テルニ?」

「わたしの侍女です」


 その言葉を聞いてカサブランカとエデル、そして周りの侍女たちも驚いた顔をした。


「侍女? お前……まさか、貴族か?」


 エデルの質問にミラは少し考えてから首を振る。その様子を見てほっとするエデル。


「さすがにこの姿で貴族だったら、この国は終わりだ」

「確かにそのとおりね」


 カサブランカが同意する。


 ミラは二人の様子を見ながら口をもぐもぐさせていたが、水で口の中のクッキーを流しこみ、もう一枚クッキーを手にしてから口を開いた。


「わたしは、きぞくじゃないけど、クラフィール王国から王子さまとけっこんをするために来たの、です」

「え?」


 一同が唖然としてミラを見つめる。


読んでくださりありがとうございます。

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