誕生③
ミジェラニオアとラスペリツィアは、人間が言うところの神や悪魔といった特別な存在らしく、ミジェラニオアやラスペリツィアのすることにはなんでも意味があると思っている。
現にツノなしは、ラスペリツィアが与えた力に感謝をし、ラスペリツィアを女神として崇め祈っている。人間の存在自体がラスペリツィアの気まぐれだと知りもしないで。
そしてツノありはラスペリツィアを憎んだ。なぜ自分たちがこのような目に遭わなくてはならないのか、いったいどれほど深い罪を背負ってこのような仕打ちを受けているのか、と。
彼らはラスペリツィアを女神ではなく悪魔と呼んだ。
「ふふふ、私は女神でもあり悪魔でもあるんですって。おっかしーの」
ラスペリツィアはクスクスと笑うだけ。すでに彼女の興味はまったく別のところにあり、人間がどうなろうとどうでもいいのだ。
それなのに、ミジェラニオアは人間が気になった。自分の創ったものが、うつくしいはずの世界を汚し、憎悪を生んで闇を膨らませる。それなのに、必死に生きる姿は確かにうつくしい。
「人間は哀れで不思議な生き物だ」
愚かで賢く、傲慢で謙虚、信心深くて疑り深い。
「ツノありとツノなしか。くだらないものを創ってしまったな」
ミジェラニオアは初めて後悔をした。そして、それが感情であるということにミジェラニオアは気づかぬまま、ただ人間を眺めている。
ラスペリツィアに与えられた力は人間の生活を豊かにした。
ツノなしに与えられた祈りの力の根源は信仰の心。女神ラスペリツィアに祈ることで祈りの力を体に宿し、信仰する心が強いほどその力も強いと言われた。
祈りの力は、傷を癒したり病気を治したりすることができた。ときに祈りは雷となって敵を撃ち、風となって邪をふり払った。
ツノありに与えられた生命の力の根源は己の生命力で、祈りの力と大きな違いはないが質が違った。
例えば、局部的に時間を操作したり、生命の力で身体を強化したり。それにより、傷や病気の回復を早めることができた。
生命の力は炎となって敵を焼きつくし、地を割って敵を飲みこんだ。
ツノが大きければ大きいほど力は強いが、生命の力を使うツノありは短命で、力が強いものほどその一生は短かった。
ツノありとツノなしがわかれてさらに千年の時がたった。
そのあいだに人の世界は大きく変化していた。
ツノなしだけの世界になれば争いがなくなるのかと思えばそんなことはなく、ツノなし同士で常に争いがどこかで起こっていた。力のある者が一帯を制し、勢力を拡大して国になる。そうしてツノなしには十三の国ができあがった。
それはツノありの世界でも同じだった。力のある者が国を作り、ツノありには十の国ができたのだ。
変化は国が増えたことだけではない。
祈りによって力を得ていたツノなしは、時の流れと共に信仰心が薄くなり、いつしか祈りの力を使えなくなってしまったのだ。
人々は女神の怒りを買ったのではないか、と必死に許しを乞うて祈ったが、失われた祈りの力が再び戻ることはなく、完全に力を失ってしまった。
ツノありも変化した。ツノを醜いと思うものが現れはじめたのだ。
ある時代の王は、まるで獣のようだと言って特にツノを嫌い、ツノを隠す政策を推しすすめた。それにツノを媒体として発動する生命の力は、自分たちの生命力を削る恐ろしい力。
次第にツノは忌避されるようになり、ついにはツノこそ不幸の元凶で、ツノは悪魔の負の遺産そのものと言われるようになり、人々は自身の生命力を削る力を使わなくなっていった。
それにより短命と言われていたのは過去のものとなり、使われなくなった力と共にツノも退化していき、現在ではわずかな突起があるだけになった。
しかし、時がどれだけ流れてもツノありとツノなしが手をとりあうことはなく、ツノありはツノなしを蛮人と呼び、ツノなしはツノありを獣と呼んだ。
◇◇◇◇◇◇
クラフィール王国はその昔、悪魔の気まぐれでこの地に追いやられたツノありが住む十の国のひとつ。
その国力は他国より特別秀でているわけでも劣っているわけでもない、いわば中間くらいに位置するが、貴重な岩塩が採れるということともうひとつ、ある理由でとても有名な国だった。
クラフィール王国を有名にした理由というのは国王と王妃の美貌。
国王シベルツの髪は白金色で、エメラルドグリーンの瞳は王族の中でも限られたものだけが持つ特別な色。王妃パステルの髪は艶やかな銀色で、金色の瞳は宝石のようにうつくしい。二人の人離れした美貌は妖精や天使に例えられたが、それも的確に彼らを表しているとは言えず、ただ人々は彼らを見て溜息をつくばかり。
とはいえ、実はツノありは皆うつくしい容姿をしている。透けるような白肌に艶やかな髪。顔の形は皆違えども皆うつくしく、その中でも際立ってシベルツとパステルはうつくしいのだから、人々の関心を引いてしまうのはしかたがないことなのかもしれない。
だがツノありとツノなしが共存していた時代には、ツノがあるかないか以外にふたつの種族の容姿に違いはなかった。
それが、生命の力を使わなくなったことが理由なのか、ツノありの容姿は徐々に変化をしていったのだ。
それは力を与えたラスペリツィアでさえ想像していなかったことだが、とにもかくにもツノありは意図せずその神秘的なうつくしさを手に入れたというわけだ。
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