ヴィッツェルノのツノを持つ少女①
シベルツは食事を終えると自室へと向かった。誰も部屋に入れるなと指示をしたシベルツは、一人きりの部屋で厳しい表情を浮かべ、これからしようとしていることについてじっと考えていた。いや、考えていたというより、わずかな迷いを払拭するために心を決めていたというほうがいいだろう。
それからシベルツは側近のハイムに、口が堅く、信頼の置ける騎士を二人連れてくるように指示をした。
シベルツは棚に置かれた酒の中で、最もアルコール度数が高いものを選んでグラスに注ぎ、それを手にしてソファーに座った。そして、ひと口、ふた口と飲んでグラスをテーブルに置く。
「……」
ふと、テルニの穏やかな顔を思いだした。
テルニは王妃パステル付きの侍女で、その生涯をパステルに捧げると誓ったほどの女性だ。だから、パステルの命を食らって生まれたアレを彼女が許すはずがない、とそう思っていた。もちろん彼女がアレになんらかの手を下したとしても、罪に問う気などなかった。
それは乳母のマドナにしても同じだった。たとえ子殺しの大罪と言われても、彼女たちはアレの母親ではないのだから、アレの命を奪ってもその罪にはならない、とすることもできたのだ。もともと、隠された存在でほとんどのものがあれの存在を知らないのだから。
しかしマドナは劣悪な環境下に置きながらもあれを育てていたし、テルニは慈善事業でもするように無給でアレの世話をすると言った。あのときはテルニを苦々しく思ったものだが。
だが、今では彼女たちがその手を汚すことをしなくてよかったと思っている。エレンティアラの身代わりとして、役に立つことになったのだから。
例外は認められない、と神殿がアレの出生証明書を作ったときはずいぶんと腹が立ったが、今となってはそれも正解だ。なぜなら、アレがエレンティアラの双子の妹だと証明できるから。
シベルツは亡き妻パステルの肖像画を見つめた。彼女の無念を晴らすことはできないが、せめてその罪を背負わせるくらいのことはしてやる。そう心に誓った。
ドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
その声に応えて開いたドアから、ハイムと二人の騎士が入ってきた。
「来たか」
シベルツがハイムと二人の騎士のほうを向いた。
「これから、私が指示することは他言無用。墓場まで持っていってもらう」
冷たく無感情な言葉に、ハイムと二人の騎士は真剣な顔をして、それから胸に手を当て「この命に誓って」と頭を下げた。
「これより西の塔に向かう」
「は?」
ハイムは厳しい表情をし、二人の騎士はその理由がわからずに間抜けな顔をした。
「なにも聞かず、なにも言わず、私の指示に従え」
「は!」
シベルツのただならぬ雰囲気に表情を硬くした二人の騎士。シベルツは布に包んだものをハイムに持たせ、執務室を出た。そして早足で王宮を出て西の塔に向かう。
西の塔を囲む塀の扉の前に着いたとき、騎士たちは目を疑った。
「護衛がいない?」
滅多に人が来ない場所とはいえ、扉の前には必ず守衛の兵士が立つことになっているのだ。
「かまわん」
そう言って鍵を騎士の一人に私、扉を開けるように指示をする。しかし騎士が鍵を捻ってもまったく動かない。
「鍵が錆びているようです」
そう言って騎士は鍵を抜き、取っ手を引いた。すると取っ手が扉から外れ、木の扉に大きな穴が開いた。しかもボロボロと小石や土が落ちていく。
「これは、ひどい」
一人の騎士が思わず言葉を漏らす。シベルツも顔をしかめたが、しかしそれについて言及をすることはない。
「……行くぞ」
「は」
騎士の一人が押しあけた塀の扉を抜けて建物へと向かう。塔の扉の前に立ち、騎士がドアノッカーを強く叩いた。しんと静まりかえる周囲にその音が響く。しかし誰も出てこない。再びドアノッカーを叩くと、小さい返事と共に静かにドアが開いた。おそるおそる顔を出したのはテルニ。
「へ、陛下」
そう言って慌てて頭を下げる。
「アレは、どこだ」
「アレとは」
シベルツはテルニを睨みつける。
テルニは肩をビクッと震わせ、「こちらです」と真っ青な顔をしながら歩きだした。そのあとに続く、シベルツとハイム、そして二人の騎士。
「……」
無言のままシベルツのあとに続く騎士たちは、考えを巡らせながらどうにか正解を導きだそうとしていた。
西の塔はずいぶん前から使われていないはず。しかし、テルニはここに常駐しているようだし、シベルツの言う「アレ」とは? もしかして、ここには人に知られていないだけで、大罪を犯した罪人が収監されているのか?
しかしそれを聞くことは許されず、シベルツのあとに付いていくだけ。
塔の中は真っ暗で空気がひやりと冷たい。足音が響くだけのこの場所に生活感はなく、人の気配もない。
地下牢に向かうのかと思えばそうではなく、階段をどんどん上っていく。塔の最上階に着くと、テルニを先頭に真っ暗な廊下をろうそくの小さな明かりを頼りに進み、ドアの前でテルニが立ちどまった。ドアの下の隙間からわずかな光がもれている。
テルニがドアをノックした。
とても人が住んでいるとは思えないこの場所にテルニがいただけでも驚きなのに、ドアの向こうから女の子の返事が聞こえる。
「テルニ?」
そう言って入室を許可するその声は幼く、その正体を想像することは難しい。
「開けろ」
シベルツの冷たい声に肩を震わせたテルニが静かにドアを開けると、少し強引にシベルツが部屋の中に入っていった。その後ろに続く騎士たち。そして「あ」と小さく声を上げたのは一人の若い騎士。
そこにいたのは銀色の髪に金色の瞳のうつくしい少女。その少女の頭には白金色の大きなツノが二本。
(なぜ……お前が彼女に瓜二つなのだ! なぜお前が!)
愛しい妻の命を奪った存在が、彼女と同じ容姿をしていることに怒りが湧く。それと同時に驚きと、言葉に表せない胸の高鳴り。
エレンティアラと同じ歳であるはずの少女の体は、その年齢にはふさわしくない小ささで、それゆえに愛らしく、それゆえに恐ろしく残酷な悪魔に見えた。
もしツノがなければ、間違いなくシベルツから惜しみない愛情を与えられ、パステルは今もうつくしい笑みを浮かべていたはず。兄妹たちがこの子の存在を知らないなんてこともないし、この子がこんな場所で惨めに暮らすこともなかった。この子にツノがなければ、自分たちはうつくしく幸せな家族だったはずだ。ツノさえなければ。
シベルツは奥歯をぐっと嚙んで拳を握りしめた。
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