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ルーシェルとエレンティアラとディクソン④

 すべての催しが終わり、明日には帰国の途につく日の夜。とりあえず果たすべき役目は果たしたと安堵していたルーシェルだったが、やはりディクソンの怒りは収まっていなかった。


 突然ルーシェルの部屋にやってきたディクソンは、有無を言わさずルーシェルを殴りつけ、ふいを食らったルーシェルが床に倒れこんでいる。


「調子に乗りやがって」

「……僕は自分の仕事をしただけだ」

「なにが自分の仕事だ。俺の邪魔をしただけじゃないか」


 それが仕事だよ、と言いたいところを堪えてゆっくりと立ちあがり、じっとディクソンを見すえた。


「ディクソン、君にはヘブロン侯爵令嬢という婚約者がいる。それに、エレンティアラ王女はこの国唯一の王女で、決して他国の側妃になるような方ではない」

「なに?」

「だいたいなんで君は気がつかないんだ? 彼女が君に気がないのは誰の目にも明らかなのに」

「は? なんだと?」


 ディクソンは本当にそれに気がついていなかったのか、ぎょっとした顔をして、それから顔を真っ赤にした。


「うそをつくな! エ、エレンティアラは――」

「求婚を断ったとはっきり言われただろう?」

「――っ! だからなんだ。俺たちのあいだにはたくさんの障害があるんだ。彼女が弱気になって断ることだってあるだろう」

「……」


 ルーシェルは額に手を当て大きく息を吐いた。


「とにかく彼女のことは諦めなよ。そうしないと国家間の問題に発展する」

「お前……!」


 顔を赤くしたディクソンが再びルーシェルにつかみかかろうとしたが、今度は反対にルーシェルに腕をつかまれそのまま投げとばされた。


「いっ!」


 背中を床にしたたか打ちつけたディクソンが顔をゆがめる。


「お、お前……! 俺にこんなことをしていいと思っているのか!」

「先に殴ったのはそっちだろ?」

「俺は王子だぞ!」

「僕はペンデンス公爵家の次期当主だ」

「だからなんだ! 王子のほうが上だろ!」


 その言葉にルーシェルは大きな溜息をついた。


 王族と貴族、と単純に考えれば王子であるディクソンのほうが立場は上だが、力の関係や貴族とのつながりなどを考えれば、残念ながらペンデンス公爵家のほうが上である。


 国王と王妃の関係からもわかるように、公爵家を筆頭とした貴族のつながりはかなり強く、もしカサブランカがカイザーから完全に背を向ければ、同時に多くの貴族がカイザーに背を向けることになる。その証拠に、カサブランカが宮に閉じこもったとき、多くの力ある貴族が王都を離れ領地に帰ってしまった。


 そしてカサブランカとルーシェルの父エデルは従兄妹関係にあって、そのつながりはとても強固。しかもエデルは騎士団の騎士団長を務めるほどの実力と信頼がある。そのため、国王カイザーはペンデンス公爵家に対しても迂闊な言動はできないのだ。


 しかしディクソンはそんな力関係を理解していない。だから宮に閉じこもったカサブランカをお飾り王妃とばかにしているし、王子である自分はなにをしても許されると思っているのだ。


「それなら陛下に僕に殴られたって言いなよ。僕も君に先に殴られたっていうから。それに君が王女殿下に無礼を働いたことも付けたすよ」

「……っ!」


 ディクソンは顔を真っ赤にして再び殴りかかったが、ルーシェルがすっと体を横に移動しただけで前に転がってしまった。その様子を見てルーシェルはまたまた溜息。


「ディクソン。もう少し運動をして、反射神経を養ったほうがいいよ」


 なにかと言い訳をしては鍛錬をさぼっているディクソンは、模造剣を百回素振りするだけでも息切れしてしまうほど体力がないし、手合わせをしている最中に何度も足がもつれて転んでいる。


「うるさい……うるさい、うるさい! だいたい、お前は生意気なんだよ!」


 ディクソンは顔を真っ赤にして、しかし再びつかみかかるようなことはせずにルーシェルを睨みつけた。


「母上に言いつけてやる」


 ディクソンはそれだけ言いすてて、勢いよくドアを開け、大きな音を立てて部屋を出ていった。

 ルーシェルはそれを見おくり、それから大きく息を吐いてベッドに倒れこんだ。


◇◇◇◇◇◇


「本当です。やつらは俺をばかにして。エレンティアラはとんでもない女です。俺の心を弄んで、その気はなかったなんて」

「本当に王女がそう言ったのか?」

「はい。俺とダンスを踊っているときに……! 俺はこんなところで問題を起こすわけにはいかないと思って我慢をしました。あんな場所でなかったら、思いきりあの汚らしい手を払いのけていたのに!」


 執務室に突然やってきて悔しい思いを口にする息子を、険しい表情で見つめるカイザー。


(ルーシェルから受けた報告にはそんな内容はなかったが)


「ルーシェルは王女のうつくしさに見とれて、あの性悪女の本性を見ぬくことができていませんでした」

「うーん……」


 ルーシェルは、ディクソンが暴走しそうになったが大きな問題にはならなかった、と報告していたが、双方で言っていることがまったく正反対だ。


(ルーシェルが間違った報告をするとは思えないが)


 しかしディクソンとエレンティアラが踊っているときの会話まで、ルーシェルが耳にすることはできないはずだ。


(ディクソンもばかではない。わざわざ適当なことを言って国家間の関係を悪くするつもりはないだろう)


 しばらく考えこんでいたカイザーは、考えがまとまったのか顔を上げるとディクソンをじっと見つめた。


「クラフィール王国の連中がアヴィリシア王国の王子であるお前に無礼を働いた、ということで間違いないな?」

「間違いありません」

「わかった。あとのことは私に任せなさい」

「では!」

「ああ、今回の無礼に対して彼の国に抗議をする」


 ディクソンは顔を輝かせた。


「ありがとうございます、父上」

「お前はこの国唯一の王子だ。その王子を侮辱するなら、それ相応の代償を払ってもらわないとな」

「当然です」


 カイザーの言葉にディクソンは満足そうな顔をして、執務室を出ていった。


「王女エレンティアラか。……フン、くだらん」


 カイザーは腹立たしげにドアに目を遣った。ようやくディクソンの目が覚めたのはよかったが、このままツノありごときに侮られるわけにはいかない。


「とりあえず姫を寄こせと言っておくか」


 彼の国は必ず拒否するはず。そうなればこちらのものだ。


(クラフィール王国で採れる岩塩はかなり質のいいものだというしな)


 そもそも塩は貴重なものだが、限られた場所でしか採れない岩塩は普通の塩よりさらに貴重で、めったに流通することはない。そんな岩塩を手に入れることができれば――。


 ディクソンの暴走には頭が痛くなったが、結果がよければ問題はない。


「さて、あちらはどう出てくるか」


 カイザーが不適な笑みを浮かべた。


◇◇◇◇◇◇


 アヴィリシア王国からの書簡を床に叩きつけ、怒りに体を震わせているのはシベルツ。


 ――我が国は貴国、延いては種族間を越えて友好かつ親密な関係を築かんとしているにもかかわらず、その使命を胸に貴国の招待に応じた我が国唯一の王子に対し、貴国の王女が先頭に立って無礼を働き、我が国の王子の心を酷く傷つけ、さらに我が国の名誉を地に貶めたことを遺憾に思う。よってそれ相応の代償を支払っていただく――


「なにが友好だ? 心を傷つけただと? ふざけるな! ティアに無礼を働いたのはあの王子ではないか!」


 しかも、その代償として王女を寄こせと書いてある。王女とはつまりエレンティアラのことだ。


「さんざんエレンティアラを悪く言った挙句エレンティアラを寄こせだと? なんてふざけたやつらなんだ」


 エレンティアラが気に入っていた少年ルーシェルも、結局はツノなしの人間ということなのだろう。彼はディクソンに対して諫言したと聞いていたのに、事実を伝えていないのだから。もし伝えていれば関係が良好になることはなくても、このようにばかげた書簡を送ってくることはなかっただろう。


 しかも、断れば敵対していると見なすとある。相手はツノなしの中で一番の大国。対してクラフィール王国は国力も軍事力もツノありの中では真ん中程度。もし戦争になれば勝てる相手ではない。


「だが、相手がツノなしのアヴィリシア王国というのなら、同盟国は必ずや援軍を送ってくるはずだ。……いや、そうか。相手の要求は王女、か。なるほど、それなら……」


 エレンティアラ以外にもう一人いるではないか。


「……王女に違いはないな」


 テルニに面倒を見させているツノの生えた娘。パステルの命を食らって出てきた悪魔。


「ああ、そうだ。アレをやればいい。アレも間違いなく王女だからな」


 シベルツは急に愉快な気分になってクククと笑いをこぼした。


「ようやくアレの使い道が見つかった」


 シベルツは満足そうな笑みを浮かべた。




読んでくださりありがとうございます。

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