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ルーシェルとエレンティアラとディクソン③

 ルーシェルはそのまま壁まで行き、置かれていたイスにエレンティアラを座らせ、床に片膝を突いた。


「ディクソンが大変失礼をいたしました」

「あなたが謝る必要はありません」

「いえ、私が彼を諫めなくてはならなかったのに」


 庭園までディクソンを捜しに行ったが結局見つけることができず、もしかしたら入れ違いになっているかもしれないと思い、急ぎ戻ってきたら、会場内がずいぶんと緊張した雰囲気になっていた。いったいなにがあったのだ、と周囲を見まわしたとき、その原因がディクソンであることに気がついて愕然とした。


 しかも、エレンティアラの二番目の兄であるエンディガが、すごい形相で二人のもとに向かおうとしているときだった。


 ルーシェルは慌ててフロアの中央で踊る、ディクソンとエレンティアラのもとへ向かった。もし、エンディガより先に二人のもとにたどり着けなかったら、間違いなく大きな問題に発展していたはずだ。いや、今でもその可能性は十分に残っているのだけど。


「でも、あなたは私を助けてくださいましたわ」

「ですが――」

「いいえ」


 エレンティアラは首を振ってルーシェルの言葉を遮った。


「確かに彼の言動は不快で許容できるものではありませんでしたが、あなたはしっかり己の仕事を果たしました。ですからこのことはここで終わりにしましょう。私はもっと楽しい話をしたいと思っていますの」


 エレンティアラのうつくしい笑顔にホッとしたルーシェルは、エレンティアラに乞われるまま隣のイスに座り、しばらく穏やかに歓談をしていた。


「では、まだ婚約者は決まっておられないのですか」

「ええ。ありがたいことに、父は私が騎士として恥ずかしくないと思える程度に成長するまでは、そういったことを考える必要はないと言ってくれておりまして」


 アヴィリシア王国騎士団の騎士団長を務めるルーシェルの父エデルも、婚約者が決まったのは二十四歳になってからとずいぶん遅かった。


 エデルの妻は、サーモン伯爵家の三女アンネリッタ。


 アンネリッタは算術が好きで、独学で学んだにもかかわらず、誰より早く数を足し引きすることができ、我流で数を倍にする方法を編みだすなど非常に賢く、かわいげのない女性と言われ、男性から敬遠されていた。


 そのため、バラの花に例えられるほどうつくしい容姿をしているにもかかわらず、なかなか嫁ぎ先が決まらず、アンネリッタの両親は、将来この子は独身で修道院に入るのだ、と諦めていた。


 それなのに、アンネリッタから突然結婚すると言われ、両親はつまらない冗談を言うな、と本気で怒ったと言うのだから、アンネリッタがこれまで親をどれほど困らせていたかは想像に容易い。


 しかも、あいさつをするために連れてきた男性が、ペンデンス公爵家の次期当主エデルだったのだから、両親が顔を青くしたのは言うまでもない。


 しかし、家格のつり合いが取れていない二人の結婚は、政略であればまずありえないもの。それこそ、アンネリッタの家がそれを許しても、エデルの家がそれを許すはずがないと誰もが口をそろえるくらい不釣り合いな関係。


 それなのに、エデルの両親は諸手を挙げてアンネリッタを歓迎した。


 結婚相手は自分で決めると言って、両親が薦める素晴らしい令嬢たちを悉く断ってきた息子が、気持ち悪いくらいに照れながら、賢くうつくしいアンネリッタを連れてきたのだから、家格差くらいで文句を言う気はないと豪語したくらい。


 それを知ったときのアンネリッタの両親の驚きぶりと、それまでアンネリッタをばかにしていた姉たちの悔しそうな顔は今でも忘れられない、とアンネリッタは笑っていた。


「それでルーシェルさまのご両親はとても理解があるのですね?」

「ええ。自分たちと同じように、子どもたちにはできるだけ自由に好きなことをさせたい、というのが両親の考えでして」

「まぁ」


 エレンティアラは頬を染め、うっとりとした瞳でルーシェルを見つめ、花のような笑みをこぼす。


 ルーシェルの話し方は淡々としていて、エレンティアラにいいところを見せようと必死になることもなく、おごることもない。エレンティアラの話に耳を傾け、適度な相槌を打つだけで、その距離を無理に詰めようともしてこない。


(本当に誠実な方だわ)


 最初の印象よりさらにルーシェルは好感度を上げ、エレンティアラの心をときめかせた。


(もし、ルーシェルさまと結婚をすることになれば)


 ツノありとツノなしの関係を改善していくためにも、二人の婚姻は歓迎されるはずだ。


「あ、あの、ルーシェルさまは」


 エレンティアラが、上目遣いにルーシェルを見つめる。


「ツノありとの関係をどのようにお考えですか?」

「そうですね……」


 ルーシェルは少し考えてから口を開いた。


「過去の歴史から、ツノありの人たちがツノなしを憎んでいることは十分に理解しているつもりです。それでも互いに歩みよろうとしていることはとても意義があることだと思っています。両種族の違いなんて見た目だけですし。でも、その見た目のせいで……」


 ふと、ミラのことを思いだしたルーシェルが言葉を詰まらせた。


 エレンティアラ王女はミラのことを知っているのだろうか? ツノがあるというだけで塔に閉じこめられている少女のことを。


 しかしそれを問うことはできない。


「ルーシェルさま?」


 だからルーシェルはニコッと笑うだけにとどめる。


「私は、少しでも早く両種族の溝が埋まることを期待しています」


 ルーシェルの言葉にエレンティアラはうなずいた。


「私は……」


 そう言ってエレンティアラが恥ずかしそうに視線を逸らす。


「婚姻も両種族の溝を埋めるひとつの手段だと思っています」

「そうですね……」

「私は、両種族のためにもその役割を果たすつもりでいますわ」


 そう言ってルーシェルを熱っぽく見つめた。


「……素晴らしいことだと思います。あなたは、本当に両種族の関係について真剣に考えていらっしゃるのですね」


 ルーシェルがそう言うと、エレンティアラはますます頬を染める。


「そんな……。私はこの国唯一の王女としての責任をまっとうしたいと思っているだけです。……あの、ルーシェルさま……」

「はい」


 返事をしたルーシェルがまっすぐエレンティアラを見つめ、目が合うとエレンティアラは恥ずかしそうに慌ててうつむいた。


(ルーシェルさまは私のことをどう思っていらっしゃるのかしら? 私と同じ気持ちかしら?)


 それを確認したくて、意を決して顔を上げたエレンティアラ。しかしその決心が発揮されることはなかった。


「エレンティアラさま」


 名前を呼ばれて声のするほうを見ると、数人の子息令嬢たちが立っている。


「ぜひ僕ともお話をしてください」

「よろしければ、私と」


 きっと彼らはずっと機会をうかがっていたのだろう。しかし一向に話が終わる気配がないため、話しかけてきたのだ。


(私ったら)


 すっかりルーシェルとの話に夢中になって、彼以外の招待客を置き去りにしてしまっている。


「ええ、もちろんですわ」


 エレンティアラがうなずくと、ルーシェルはその様子を見て立ちあがった。


「では、私もそろそろ失礼しますね」

「え? ルーシェルさま?」

「これ以上殿下の隣を独占してしまうのはよくありませんからね」


 そう言ってニコッと笑うと、待っていましたとばかりに、金色の髪がうつくしい青年が空いた席に座る。


「あ……あの」

「エレンティアラさま、彼の言うとおりです」

「そうですよ。それに彼はアヴィリシア王国の人間ですよね? あんなことがあったあとなのだから、立場を弁えるべきです」


 やはり先ほどのディクソンの行動は、周囲を不快にさせていたようだ。


「そのことと、ルーシェルさまは関係ありません」


 エレンティアラがそう言っても周囲は納得できないようだ。それに、ルーシェルも彼らの言葉を十分に理解しているのか、ニコッと笑みを浮かべる。


「殿下、お気遣いくださりありがとうございます。とても楽しい時間でした」


 そう言われてしまえば、エレンティアラが引きとめることはできない。だから、エレンティアラは少し引きつった笑みを浮かべる。


「こちらこそ、楽しかったですわ」


 ルーシェルはその場をあとにした。エレンティアラはその背中を寂しそうに見おくる。


「エレンティアラさま?」

「え、ええ。申し訳ありません」


 エレンティアラは笑顔を張りつけて、自分をとり囲む子息令嬢たちと談笑を始めた。


読んでくださりありがとうございます。

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