ルーシェルとエレンティアラとディクソン②
会場に着いたエレンティアラを待ちかまえていたのは子息たち。皆、エレンティアラと親しくなるために今回のパーティーには特に気合いを入れて参加しているのだ。
「エレンティアラさま、ぜひ私とダンスを」
「いや、俺が先に予約をしていた」
そう言って我先にとエレンティアラに群がる子息たちに、とびきりの笑顔を振りまいているエレンティアラ。そこへ強引にわけいってきたのはディクソン。
「エレンティアラ、ぜひ俺とダンスを」
そう言って片膝を突く。
エレンティアラだと?
敬称も付けずに呼び捨てをしたディクソンに、皆がぎょっとした顔をする。しかしエレンティアラは笑顔でそれに応じた。
「ええ、喜んで」
そう言って手を差しだしたのだ。
「え?」
周囲の人々は皆唖然としている。そんな中、ディクソンだけは余裕の表情だ。
(やはり、エレンティアラの気持ちはあのときから変わっていない)
エレンティアラの手を握ったディクソンは強引に自分のほうへと抱きよせ、勝ちほこったような笑顔を見せる。
曲に合わせて一歩踏み出すと、エレンティアラはまるで背に羽が生えているのでは、と思ってしまうほど軽やかに踊りだした。子息たちは悔しそうにディクソンを睨みつけ、ディクソンはニッと口角を上げる。そして、周囲に見せつけるようにエレンティアラの耳元に顔を寄せた。
「あなたは俺の運命の女性だ」
ディクソンがそう言った瞬間、エレンティアラの背中に悪寒が走り、完璧に作られた笑顔が引つった。
「ま、まぁ、ディクソン殿下のお国では、女性に対してそのような物言いをされるのですか?」
わずかな棘を含んだエレンティアラの言葉に、ディクソンは気がつくだろうか?
「ああ、すみません。俺のエレンティアラに対する気持ちが抑えきれなくて」
なんて、きざな男を気取っているのか白い歯が光る。
「はぁ……」
思わず間抜けな声がエレンティアラの口からこぼれた。
「そ、そういえば、本日のパーティーにはどなたをお供にされてきたのですか?」
「なぜですか?」
あまりに不自然な質問だったのか、ディクソンは怪訝そうな顔をしている。
「申し訳ございません。たくさんのお客さまをお招きしているため、少し混乱をしておりまして」
この国では十四歳は成人と見なされる。つまり十四歳の誕生日は特別で、誕生パーティーはお披露目も兼ねているため、これまでよりずっと盛大に行われるのだ。その分招待客も多くなり、顔と名前が一致していないなんてこともある、と説明をすると、ディクソンが納得したような顔をした。
「なるほど。今回の誕生パーティーは俺たちの国でいうところのデビュタントということか」
「そうなりますわ。なので、今日初めてお会いする方が何人もいて」
そう言ってエレンティアラは少し周囲を見まわしたが、まだルーシェルは戻ってきていないようだ。
「ディクソン殿下のお供の方にもごあいさつをしたいと思っていますの」
「ああ、エレンティアラ。君はとても優しい人だ。でも、あいつにはしなくていい」
「それはどういうことですか?」
眉間にしわを寄せたエレンティアラ。
「俺と一緒に来た男は、不愛想でいやなやつなので、エレンティアラに会わせたくないんだよ。きっとあいつを目にしたらエレンティアラが不快な思いをするからね」
(不愛想? いやなやつ?)
とても紳士的で笑顔がすてきな男性だったが。
「あなたのお供がそんな方だなんて信じられませんわ」
「ああ。あいつは外面がいいからな。でも本性は本当にいやなやつなんだ。エレンティアラに無礼なことを言うかもしれないから、あいつには近づかないでくれ」
そう言って強引にルーシェルの話を終わらせた。
(名前も教えてくれないし、紹介する気もないみたいだわ)
つまり二人は仲が悪いということだろうか?
「で、でも、お話をしてみないとわかりませんわ」
エレンティアラが再び話を戻すと、ディクソンが急に厳しい表情を見せた。
「俺の前でほかの男に興味を示すなんて気分が悪いな」
「は?」
「未来の夫にやきもちを焼かせたい、というのはわからないでもないけど」
「いったいなにをおっしゃっているのです?」
エレンティアラが顔を青くした。しかしディクソンはますます強い力でエレンティアラの腰を押さえ、体を密着させる。
「殿下、おやめください」
「なぜだ? 俺たちは将来を誓いあった仲ではないか」
「ばかなことをおっしゃらないでください。一度だってそんな誓いをしたことはありません」
エレンティアラの言葉にぎょっとした顔をするディクソンが声を荒らげた。
「うそをつくな!」
エレンティアラは驚いて少し顔を青くしたが、臆することなく言葉を続ける。
「そ、それに求婚はお断りしたはずです。そもそも、殿下には婚約者がいらっしゃるではないですか」
それなのにいまだに求婚の書簡を送ってくる図々しさには誰もが腹を立てていて、できることなら今回のパーティーにも招待したくなかった。しかしアヴィリシア王国は、ツノなしの十三か国の中で最も力のある国ということもあって、仕方なく招待したのだ。
「ああ、そのことなら心配しなくていい。昔からの約束だから君は側妃として迎えることになってしまうが、本当に愛しているのは君だけだ」
「――っ!」
(なんて愚かで図々しい人なの!)
エレンティアラは我慢ならないとばかりにディクソンの手をふり払った。
「な? エレンティアラ?」
キッと睨みつけるエレンティアラの表情に、ディクソンがたじろいでいることがわかる。本当にこの男は自身の無礼に気がついていないようだ。その事実にエレンティアラはますます腹を立てた。できることならこの男の頬を思いきり平手打ちし、罵声を浴びせてやりたい。が、それは叶わず心の中でするしかない。
「おいおい、嫉妬はわかるが、そんなに怒らないでくれ」
ディクソンのその言葉にはぞっとする。
「……本当にどうしたら、こんなおかしなことを平気で口にできるのかしら?」
だいたいディクソンの言葉は前提からおかしい。いったいどういう経緯でエレンティアラがディクソンとの結婚を望んでいることになったのか。
しかしそんな悠長なことを考えているわけにはいかないようだ。なぜならディクソンが気持ちの悪い笑みを浮かべて近づいてくるから。
エレンティアラが青い顔をしてディクソンから離れようとしたとき。
「王女殿下」
後ろからエレンティアラを呼ぶ声が聞こえる。はっとしてエレンティアラが振りかえると、そこにはルーシェルが立っていた。
「ルーシェルさま……」
ひどく安堵した顔を見せるエレンティアラ。
「よろしければ、私とお話をしてくださいませんか?」
そう言って手を差しだした、
「おい、ルー!」
ディクソンはルーシェルにつめ寄って、エレンティアラに向けて差しだされたルーシェルの手を払いのけた。
「いったいどういうつもりだ?」
怒りで目をつり上げたディクソン。しかしルーシェルは動じることなく、ディクソンの耳元に顔を寄せた。
「ここで騒ぎを起こせば国際問題になるぞ」
「は?」
言葉の意味を理解できずに驚いた表情を浮かべるディクソンに、ルーシェルが続ける。
「周りをよく見てみろ」
「なに?」
「誰も君の行動を歓迎していないことがわからないのか?」
「なにを……?」
ディクソンが慌てて周囲を見まわすと、鋭く冷たい視線が自分に向けられていることに気がついた。
「これ以上、エレンティアラ殿下に対して無礼な振る舞いをすることはお控えください、と言っているのですよ、ディクソン殿下」
「――っ!」
ルーシェルはエレンティアラに微笑み、再び手を差しだした。するとエレンティアラは花のような笑みを浮かべその手をとる。
「少しあちらで休憩をしましょう。なにか飲み物でもいかがですか?」
「ありがとうございます。実は、喉がとても渇いていて」
そう言って二人はディクソンから離れていく。ディクソンは悔しそうな顔をしてルーシェルの背中を睨みつけ、大きな舌打ちをして会場を出ていった。
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