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ルーシェルとエレンティアラとディクソン①

「あれ? どこに行った?」


 会場にディクソンの姿がない。さっきまで機嫌のよさそうな顔をして女の子に話しかけていたのに。


 ルーシェルは会場を歩きまわってディクソンを捜したが、やはり姿が見あたらない。


「どこに行ったんだ? もしかして庭園かな?」


 庭園は休憩場所のひとつとして招待客に開放されていて、とてもうつくしいので、ぜひ一度足を運んでいただきたい、と案内係の侍従が言っていたことを思いだした。


 ルーシェルは踵を返して会場を出ていった。


(もう、ディクソンのやつ。勝手に会場を出ないでよ)


 さすがに他国で問題を起こすことはないだろうとは思っているが、どこにいるのかわからないのは心配だ。


「えっと、庭園に行くには……」


 侍従が言っていた言葉を思いだしながら廊下を進んでいたため、注意を怠ってしまった。離れた所から女性の声がしていたのに耳に入っていなかったのだ。


「急いでください……お客さまが――」

「ええ。でも、もう少し休憩をしたかったわ――」


 そしてルーシェルが廊下の角を曲がろうとしたとき、目の前に数人の侍女と、侍女たちに囲まれて早足で歩くエレンティアラが現れた。


「キャ」


 先頭を歩いていた侍女が、目の前に現れたルーシェルに驚いてバランスを崩し、倒れそうになる。ルーシェルは慌てて侍女の手を引いた。


「大丈夫ですか?」


 侍女は慌てて顔を上げ、それから急いでルーシェルから離れて頭を下げた。


「も、申し訳ございません!」

「いえ、こんな所にいた僕が悪かったので」


 そう言ってニコッと微笑む。


「あ、あの」


 声をかけてきたのはエレンティアラ。


「私の侍女が大変失礼をいたしました」

「いえ、悪いのは僕ですから」


 足音が聞こえたのだから角から離れるべきだったのに、考え事をしていて少し反応が遅れてしまったのが一番の原因だ。


 しかし、エレンティアラはそんなことはないと首を振る。


「失礼ですがお名前をお聞きしても?」


 頬を染めたエレンティアラがルーシェルに聞く。


「大変失礼をいたしました。アヴィリシア王国のルーシェル・スピネル・フォードビルと申します」

「アヴィリシア王国の……。では、ディクソン殿下とご一緒に?」

「ええ。今回は王子の供として参りました」

「そうでしたか」


 ルーシェルはディクソンの名を口にしたとき、エレンティアラが一瞬見せた暗い表情を見のがさなかった。


(なんだよ、ディクソンのやつ。全然歓迎されていないじゃないか)


 そうではないかと思ったが、やっぱりそうだった。


「それで、あ、あの、これからどちらへ?」


 エレンティアラが頬を染めて上目遣いにルーシェルを見あげる。


「ええ。実は庭園がとてもすてきだとうかがったので、ぜひ拝見させていただきたいと思いまして」

「まぁ、そうでしたの。庭園は皆さまの休憩場所としても開放しておりますので、ぜひゆっくりしていただきたいですわ。も、もし、よろしければあとで私に庭園を案内させてください」

「殿下自ら庭園を案内してくださるのですか?」

「え、ええ。実は庭園はいくつかあって、私が管理している庭園もあるのです。とってもきれいなお花が咲いていて……ぜひ、ル、ルーシェルさまにも見ていただきたくて……」


 エレンティアラが顔を真っ赤にしている。


「それでしたら、ぜひ」

「ほ、本当ですか? それでは――」

「王女殿下」


 エレンティアラが話をしようとするのを止めたのは、エレンティアラ付きの侍女アンジェ。


「お客さまがお待ちです」


 アンジェがそう言うと、エレンティアラは残念そうな顔をして「ええ、そうね」と答えた。


「申し訳ございません。侍女を助けてくださったお礼をしたかったのですが、急いで会場に戻らなくてはならなくて」

「ええ。僕のことはお気になさらずお戻りください」

「あ、あの……! すぐに、会場にお戻りになられますよね?」


 エレンティアラは頬を染めて熱を帯びた瞳でルーシェルを見つめる。


「ええ、もちろんです」


 ルーシェルは愛想のいい笑顔でうなずいた。


「エレンティアラさま」


 侍女のアンジェが会場に向かうように促す。


「わかっているわ」


 エレンティアラはアンジェを見て淑女らしく柔らかい笑みで返事をし、それからルーシェルに向きなおる。


「それではルーシェルさま、のちほど会場でお会いしましょう」

「はい」


 エレンティアラはうつくしい笑みを残して会場へと足を進めた。しかしその足取りは重い。


 会場にはエレンティアラが戻ってくることを心待ちにしている人たちがたくさんいるはずだ。エレンティアラも少し前までは、賓客をお待たせしては申し訳ない、なんて思っていたのだ。


 しかし、エレンティアラの心はいつの間にかルーシェルのことでいっぱいになっていて、会場に戻らなくてはならないことが残念に思えてくる。できれば今すぐにでもルーシェルが向かった庭園に行きたいと思ってしまう。


「ルーシェルさま……」


 体の奥が熱くなり、ときめき過多で胸が苦しい。


 黒い髪と黒い瞳。これまで自分が目にしてきた男の人とはまったく違う凛々しい顔立ち。着やせするのか、服の上からは想像できない力強さで侍女を支え、何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。初めて言葉を交わす二人であれば当然の距離感も、エレンティアラには好感が持てた。


(なんて素敵な方かしら)


 もっと彼と話をしたい。彼の瞳に自分の姿を映してほしい。そんな思いが溢れて、思わず足を止めてふり返る。しかしあの場所にすでにルーシェルの姿はなく、それに少しがっかりして今度はキュッと胸が痛くなる。


「さ、ティアさま、急いでください」

「ええ……」


 返事をしたエレンティアラが、再び会場に向かって歩きだす。


 ルーシェルの姿がなかったのは寂しかったけど、先ほどの会話を思いだせば頬が緩む。ルーシェルに庭園を案内すると約束をした。それにすぐに会場に戻ると言っていたし。


(ルーシェルさまは……私にダンスを申しこんでくれるかしら……? きっと申しこんでくれるはずよ。でも、どうしよう。私、緊張で上手に踊れないかもしれないわ)


 エレンティアラは期待と緊張で高鳴る胸を、両手で押さえて小さく息を吐いた。


読んでくださりありがとうございます。

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