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ミラとツノとテルニ④

 慌てて立ちあがって、取れてしまった取っ手を大きく空いた扉の穴にはめ込んでみたが、手を離すと落ちてしまう。それを慌てて拾ってもう一度穴にはめようとしたとき、その穴から外の世界が見えた。


「……わぁ……」


 穴から見えた外の世界は広くて木々が茂っていて、花が咲き乱れている。あんなに遠くに見えていた王宮がずっと近くに見える。


 ミラは穴にさらに近づいて外の世界をのぞき見して瞳を輝かせた。


 そういえば見張りの兵がいない。きっとずっと前からここに守衛の兵は立っていなかったのだろう。そうでなかったらお姫さまがここに来られるはずがない。


 でも今はそんなことはどうでもいい。だって目の前には憧れていた世界が広がっているのだから。


「すてき! すてきすてき! なんて広いの! おしろもすごく――っ! キャ!」


 突然穴の向こう側からこちらをのぞく目が見えて、驚いたミラが再び尻もちをつく。


「だ、大丈夫? ごめん、人の声が聞こえたから」


 そう言って穴から誰かがのぞいている。


 ミラは慌てて取れてしまったフードを被った。心臓はドキドキしているし呼吸が荒くなる。


(どうしよう、見られた! にげないと!)


 そう思って立ちあがろうとするのに、緊張のせいかうまく立てない。


「本当にごめん! 驚かすつもりはなかったんだ。人の声が聞こえるから気になって」

「……」

「ねぇ、待って。逃げないで。ちゃんと謝らせてほしいんだ」


 穴の向こうから聞こえる声がミラの動きを止める。


「僕はルーシェル・スピネル・フォードビル。アヴィリシア王国から来たんだ」

「……」

「ちょっと散歩をしていただけで、決して怪しいものではないよ」


 ルーシェルが言い訳をするように必死に訴える。


「……なんで……パーティーにいかないの? パーティーはとっても楽しいのに」


 フードを目深に被って顔を隠したミラがすこし小さい声で聞く。


「僕はあまり華やかな場所が好きじゃないんだ。だからパーティーもちょっと苦手」

「そう……」


 ミラが憧れているパーティーを好きじゃない人がいると聞いて少し寂しくなった。パーティーでは皆がきれいなドレスを着て、キラキラしていてとてもすてきで、だけどミラはそんな華やかな場所に足を踏みいれることもできないのに。


「ねぇ、ところで君はなんていう名前なの?」

「なまえ?」


 フードで顔をかくしたミラが、おびえたように聞きかえす。


「うん。だって名前がわからないと、君のことをなんて呼んだらいいのかわからないから」

「で、でも……あたし……」


 ミラはますますうつむいて、ゆっくりと後ずさりする。


「あ! でも、もし教えたくなかったら教えなくていいよ。本当は知りたいけど、無理に聞きだしたいわけじゃないんだ」


 ルーシェルは少し顔を赤くして手を振っている。


「もっと話をして、友達になっていいと思ったら名前を教えてよ」

「友だち……?」


 思いがけない言葉を聞いてミラの顔がわずかに上がった。


「友だちっていっしょにおしゃべりをしたり、あそんだり、パーティーに招待したりするお友だちのこと?」


 すると扉の向こうからとても明るい声で「そうだよ!」と返事が聞こえた。


 その言葉を聞いたミラは、フードの下でぱぁっと顔を輝かせた。


(お友だちになったら名前で呼びあうってこと? すごい! すごく、すごくすてき!)


 それに、もしルーシェルが友達になってくれたら友達第一号。そう思うとうれしくて思わず口をついてしまった。


「あ、あたしは……ミラよ」

「ミラかぁ。すごくかわいい名前だね」


 ルーシェルはうれしそうに目尻をたらし、褒められたミラもフードの下で頬を染めて恥ずかしそうにしている。


「顔は……見せてくれないの?」

「え?」

「せっかく友達になったんだから、顔を見て話をしたいな」

 

 しかしミラは大きく首を横に振った。


「そうか、残念」

「ごめんなさい」

「べつに謝ることじゃないよ。顔を見なくたって、僕たちが友達になったことに変わりはないんだから」

「ほ、ほんとう? あたしとお友だちでいてくれる?」

「もちろんだよ」


 ミラは少し顔を上げて、穴の向こうからのぞく顔を少し見た。


「……あなたは、黒いかみをしているの?」

「あ、ああ、そうだよ」


 ルーシェルが元気に答える。


「髪だけじゃなくて瞳も黒いんだ」

「ひとみって?」

「目のことだよ」

「まぁ、あなたは目も黒いの? すごい!」


 いったい黒い目とはどんな感じなのだろうか?


「ねぇ、黒い目だとぜんぶ黒く見えちゃうの?」


 ミラは急に心配になっておそるおそる聞いてみた。しかし、扉の向こうから聞こえる笑い声が「そんなことはないよ」と教えてくれる。


「ああ、よかった。もし、ぜんぶ黒く見えていたらどうしようかとおもったわ」


 ミラは本当に安心したようで、次第におかしくなったのかクスクスと笑いだした。


「なにがおかしいの?」

「だって、黒いかみと黒い目の人がいるなんてしらなかったから、びっくりしちゃって」


 ミラは髪は銀色だしマレーシュはシルバーブラウン。お姫さまは金色だと言っていた。絵本に出てくるお姫さまは皆金色で、これまで黒い髪をした人の話なんて聞いたこともないのだ。


「気になる?」


 気になる。黒い髪と黒い瞳。いったいどんな感じなのだろうか? 見てみたい。ちょっとだけでいいから。本当にこの世の中に黒い髪と黒い瞳の人間がいるのか。


「僕が扉から離れれば君の顔は見えないから、見てみるといいよ」


 扉の向こうの声はそう言ってのぞき込んでいた穴から姿を消した。どうやら言葉のとおり扉から離れたようだ。


 ミラは少しだけホッとして、それから少しずつ顔を上げ、扉の穴に視線を向けると、少し離れた所に黒髪に黒いスーツを着た人が立っている。


「わぁ、本当だ」


 まさかこの世に黒い髪と黒い瞳を持つ人がいるなんて。


「どう? 黒いでしょ?」

「うん! すごく黒い!」

「ハハハハ、そんなふうに言われるのは初めてだ」


 ルーシェルは楽しそうに笑っている。ミラは興味津々にルーシェルを見つめ、自分とは明らかに違う容姿に興奮さえしているようだ。そして気がついた。


 もしかして、彼は。


「ねぇ、ルーシェルは……ツノなしなの?」


 するとルーシェルはあっけらかんと「そうだよ」と答えた。それに対してミラはひどく驚いた顔をして、じっとルーシェルを見つめている。


「あなたはツノなしなのに、ツノありのあたしとお友だちになってくれるの?」

「もちろん。僕はツノありとかツノなしとか、そういうことはまったく気にならないからね」

「そう、かぁ……」


 テルニから聞いた話では、ツノありとツノなしは仲が悪く、交流を持ちはじめたのもここ最近で、今でもツノなしはツノありのことを獣と呼んでいるというし、きっとツノなしは悪い人たちばかりなのだろうと思っていたのだ。でも、ミラの勘違いだったようだ。


 それをうれしく思ったミラは少しだけ勇気が出てきた。だから、もじもじしながら、言葉を選ぶようにして口を開く。


「あ、あのね、もし、あたしにツ、ツノがあったら……きらいになる?」

「――っ!」


 ルーシェルは驚いたように目を見はった。実は、先ほどミラが尻もちをついたとき、少しだけツノが見えてしまったのだ。


 ルーシェルはニコッとしながら首を振った。


「嫌いになんてならないよ。だって、ミラはツノありなんだから、ツノがあって当たり前でしょ?」

「でも……。あたしはツノがあるからここに閉じこめられているの」

「なんだって?」

「ツノはあってはいけないの。だからあたしは、ほかの人に見られたらいけないの」

「なんてひどい話だ」


 こんなに小さな女の子をそんな理由で閉じこめるなんて、と憤るルーシェル。


「しかたないの。ツノがあるせいでツノありはいじめられてきたし、あくまにここにとばされたんだし」

「……」


 ツノなしにとっての女神ラスペリツィアは、ツノありにとっては悪魔ラスペリツィアだ。そしていじめられてきたというのは、ツノなしがツノありに対して行った残酷な行為のことだろう。


 ルーシェルはぎゅっと手を握った。


「僕たちが君たちにしたことは本当にひどいことだったと思っている。でも僕はツノが悪いものだと思ってはいないよ」

「……ありがとう」


 まさかツノを認めてくれる人がテルニ以外にもいるなんて。


「ルーシェルはいい人ね」


 ミラは頬を染めて顔を上げ、うれしそうにルーシェルを見た。そしておずおずとフードを取る。ルーシェルは驚いて目を見はった。そして思わず溜息。


「ミラのツノはとてもきれいだね。髪も……瞳も、とてもきれいだ」


 白金色に輝くツノと銀色の髪、金色の瞳と白い肌。ツノあり特有のうつくしさはもちろんなのだが、ミラはそれだけでなく――。


(あれ……? この子、エレンティアラ王女に似ているな)


 遠目からしか王女を見ていないからはっきりわからないが。


(いや、似てはいないかな。……正直に言って、この国の人たちは皆うつくしい顔立ちをしているから、あまり見分けがついていないんだよな)


 そのため、ドレスのデザインと色で相手を見わけているルーシェル。


 しかし、ミラの顔だけは大勢の中にいても見わけられる自信がある。ツノという大きな特徴を持っているのだから当たり前なのだが、ツノがなかったとしても、こんなにうつくしくそれでいてかわいらしいのだ。見わけられないはずがないし、一生忘れることはできないはずだ。


 ルーシェルと目があったミラは恥ずかしそうに笑う。その様子がなんともかわいらしく、ルーシェルはその笑顔に心臓が高鳴った。目の前の眩しい笑顔から目が離せない。そしてふと気がついた。


「ミラ――」

「ミラさま!」


読んでくださりありがとうございます。

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