ミラとツノとテルニ③
西の塔の一室ではミラが、遠くのほうに馬車が列をなしているのを眺めながら溜息をついている。今日は王女エレンティアラの誕生パーティーが行われるため、招待客が続々と到着しているところだ。
「ミラも昨日、おたんじょう日だったんだよ。十四さいになったの……。ミラ、お姫さまと同じとしだったんだ。知らなかったな」
大好きなお姫さまと同じ日に生まれたことはとてもうれしいけど、お姫さまにおめでとうございますと言えないことや、お姫さまにおめでとう、と言ってもらえないことが寂しい。
それにお姫さまは皆にお祝いをしてもらえるのだ。ミラだってテルニがお祝いをしてくれたからとても幸せだったけど、パーティーは開いてもらえない。
「どうせパーティーを開いても、あそびに来てくれるお友だちなんていないんだけどさ」
(でも、もしお姫さまがミラをパーティーに招待してくれたら……)
パーティーの準備をするのが大変で、すっかりミラに招待状を送ることを忘れていただけだったら。今日になって突然、招待状が届いたら。
「前みたいにへいの向こうから、ねぇって声をかけてきて、いっしょにパーティーに行きましょうって言ってくれるの」
ボロボロの木の扉を開けて、お姫さまはとても眩しい笑顔でミラに手を差しだし、ミラは恥ずかしそうにその手を握る。そして、二人で塀の向こうのキラキラした世界に飛びだして、すてきな音楽が流れる会場にお姫さまと一緒に足を踏みいれるのだ。
「はぁー、すてき。ドレスを着てさ、クルクルクルクルってさ……ダンスをしてさ」
お姫さまはどんなふうに踊るのだろう。
「お姫さま、私とおどってくださいますか? ええ、喜んで」
一人二役をして、ミラは短くなってしまったスカートをつまみ、テルニに教えてもらったカーテシーをする。何度も練習をしたから、少しは上手にできていると思うけど。
それから目の前にすてきな服を着た『男の人』らしきものを想像してみる。音楽が頭の中で鳴りはじめて一歩踏み出した。クルッと回って横にステップ。前後に移動をしてから腕を上げて、その場でクルクルと回る。これまで、何度も一人で回っていたから、今では一気に二十回転しても目が回ることはないし、バランスを崩すこともない。
ダンスを踊りおえたミラはその場に座って足を伸ばし、薄汚れた天井を見あげた。きっと宮殿は天井でさえもきらめいているのだろう。
「よし!」
ミラは立ちあがるとスカートを整えてテルニのもとへと向かった。庭に出るときにはテルニにひと声かける。これが二人の約束だ。
「テルニ」
ミラがテルニに声をかけたとき、テルニはミラのドレスを修繕していた。丈が短くなってきたため、布を足してくれているのだ。
「あたし、お庭に行ってくるわ」
パーティーには参加できないけど、外に出れば気持ちが軽やかになるし、もしかしたら音楽が聞こえるかもしれない。そういうときが稀にあるのだ。音楽が漏れきこえてきて、その音楽を聞きながら一人でダンスを踊る。それだけで自分もパーティーに参加している気分になれる。
「わかりました。でも」
「だれにも見られてはいけない。だれかが来たらかくれて絶対に見つかってはいけない」
「そうです」
いつもテルニがくり返すその言葉。
(ツノがあることを知られてはいけない)
ツノありのツノがその姿を隠してからずいぶんと時間がたち、今ではツノはあってはならないものになってしまっている。その事実を知ったときミラは号泣した。まさか、白金色に輝く自慢のツノが、忌み嫌われているものだなんて想像したこともなかったから。
「心配しないで。今までだってずっとしずかにすごしていたでしょ? 行ってくる」
そう言ってミラは部屋を出ていった。
庭に出たミラは、頬をなでる優しい風と、少し土臭い空気を吸いこんで大きく息を吐いた。
塔を取りかこむ塀に日の光を遮られた庭は少し肌寒く、とても窮屈に感じる。
「あたしは……ずっとここにいるのかな」
この塔での生活に不満はない。マドナがいたころのことはほとんど覚えていないけど、とにかく真っ暗でいつもお腹が空いていて、ただその場に存在しているだけだった。
だけどテルニは違う。テルニは優しいし、いろいろなことを教えてくれる。おいしい食事ときれいな服をくれるし、言葉を教えてくれた。本だって読んでくれるし、ミラのことを大好きだと言って抱きしめてくれる。テルニはミラを守ってくれる。
今の生活はとんでもなく幸せだ。たぶんこれから先の自分の人生も、今と同じように生活をして、今と同じように幸せなはず。
それなのに、この高い塀の向こうが気になってしまう。お姫さまがいるあの王宮が眩しく見えてしまう。
「この西のとうもきゅうでんのひとつなんだって。本当、信じられないわ。だってここはあんなにキラキラしていないもの……。あのキラキラした王きゅうには王さまと王子さまもいるのよ。……王さまってどんな人かしら。すごくえらい人だってテルニが言ってた。国のためにお仕事をしているって。王さまはミラのこと、知っているのかな」
ミラはごろりとその場に寝ころび目を閉じた。音楽は聞こえないけど鳥のさえずりが聞こえる。そして期待する。またお姫さまが塀の向こうから「ねぇ」と声をかけてくれることを。
「……そんなことあるわけないか」
しばらくすると、かすかに音楽が聞こえてきた。パーティーが始まったようだ。
「あ、これ」
パーティーの最初に必ず流れるワルツでミラのお気に入りだ。それに何度も聞いているからすっかり覚えてしまった。だから音楽に合わせて鼻歌を歌う。
頭の中できれいなドレスを着たミラが、顔も知らないパートナーと踊っている。華麗なステップと軽やかな回転で、たくさんの人たちのあいだをきれいにすり抜ける。花のようにうつくしいドレスが可憐に舞い、軽やかに踊るミラたちは皆の注目の的。パートナーが、とても上手だねと、優しい笑みを浮かべてミラに言うのだ。ミラは恥ずかしそうに笑って、ダンスが終わるとパートナーと向きあって優雅に挨拶。
そんなことを想像してクスクスと笑う。
「……」
そんな未来は来ない。わかっている、そんなことは。ツノがある限り自由に生きることはできない。
次の曲が流れてきた。先ほどの曲より少しテンポが速いワルツだ。陽気な雰囲気で誰もが笑顔になってしまいそうなそんな曲。きっとお姫さまはこの曲を、背中に羽が生えているのでは、と思ってしまうほど軽やかなステップで踊るのだろう。
しばらくそんな想像をしながら時間をすごしたミラは、ようやく満足をしたのか塔の中に戻るために起きあがった。ふと、ここと外の世界をつなぐ扉に目を遣ると、木がボロボロになっていることに気がついた。
何年も前からずっと修繕されずにいる木製の扉と錆びた取っ手。取っ手が取り付けられている木の部分が、鉄の錆と雨で脆くなって腐っているのだ。
「テルニは知っているのかな?」
知らないはずはないか。テルニは塀の向こうへ行くことができるのだから。食料やミラの服、生活に必要なものを塀の向こうから持ってきているのはテルニだ。
「テルニはミラとはちがうもん」
彼女はここに閉じこめられているわけではない。
「……あぁあ、かなしくなっちゃう」
そんなことを言いながら取っ手を手にしてなんとなく引っぱってみる。
「キャ!」
普通ならただ引っぱるだけでは動かないはずの取っ手が動いて、ミラは盛大に尻もちをついた。
「え……?」
なぜかミラの手に錆びた取っ手が。
「と……取れた……! これ、取れちゃった! どうしよう!」
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