ミラとツノとテルニ②
月日が流れた。
ミラの身長はその年齢の子どもには及ばないまでもそれなりに伸び、肉付きもそれなりになってきた。とはいえ、ミラの主食はオーツ麦やイモで、それ以外に畑から採れる野菜や、ヤギのミルク。肉を食べたのは何か月も前のこと。そんな食事でミラの体が大きくなるはずもない。そうでなくてもミラは食が細いのに。
せめてもっといろいろな料理を食べさせてあげることができれば……。
そんな思いがテルニの顔を曇らせるが、蒸したジャガイモにバターをのせたごちそうをニコニコしながら食べているミラを見れば、思わずこちらの笑顔になってしまう。
「バターっておいしい!」
バターは高級品でいつも食べることはできないが、今日は特別に大きなバターの塊をジャガイモにのせてもらった。それに塩を振りかければ、最高のごちそうとなるのだ。
実は今日はミラの十四歳の誕生日。そのお祝いとして振る舞われたのがバターというわけだ。
「おたんじょう日って最高ね」
「フフフ。よろしければ私のジャガイモもお食べください」
そう言ってテルニの皿から、湯気の上るジャガイモをミラの皿にのせようとする。
「ううん、そのジャガイモはテルニのだからテルニが食べて」
そう言ってミラが首を振る。
「……それではありがたく」
そう言ってテルニはジャガイモにナイフを入れ、フォークで刺して口に運ぶ。その様子を見てミラがニコッと微笑んだ。
「どう? おいしい?」
テルニがおいしいと言ってくれることを期待しているミラ。
「ええ、ジャガイモにバターが染みこんで最高ですね。頬が落ちてしまうかもしれません」
「やっぱり? ミラもほっぺが落ちちゃうかもしれないって心配しちゃったわ! それに、このパン! 干しブドウが入っているなんてぜいたく」
そう言って、ジャガイモの上にのっている少し形を残したバターをすくってパンにつけ、パクリと頬張る。
「んー! おいしい。あたし、干しブドウも大すき」
普段は硬いパンにミルクを染みこませて食べるのに、今日のパンはそんなことをしなくても柔らかいし、干しブドウの酸味が絶妙だ。
「あぁあ、毎日おたんじょう日だったらいいのに」
「フフフ、そうしたらあっという間に百歳になってしまいますよ」
「それでもいいもん。毎日バターののったジャガイモと、干しブドウ入りのパンが食べられるんなら」
そう言ってミラはジャガイモをフォークで刺して口に運んだ。
「最高!」
塩のしょっぱさとバターの香り。口の中で崩れていくジャガイモの仄かな甘みを楽しみながら、ミラはいつも以上にニコニコしていた。
同じ時間。王宮の食堂では国王シベルツ、王太子イグナーツ、第二王子エンディガ、そして今日の主役である王女エレンティアラが楽しそうに談笑をしている。
テーブルに並ぶ料理は普段の食事よりさらに豪華で、品数もずいぶんと多い。
色とりどりのオードブルや十種類の野菜が使われたサラダ。アーティチョークのグリルには特別な香草が使われていて食欲をそそる。マッシュルームのポタージュを口に入れれば、濃厚な香りが鼻を抜けた。
エレンティアラが大好きな魚のムニエルには、たっぷりのバターとワインで作られた濃厚なソースがかけられていて、思わず笑みがこぼれてしまう。ラムステーキは柔らかく、ターキーの丸焼きにはいい焦げ色がついている。食後には数種類の果物と大好きなケーキも用意されているし、そのほかにいくつもの料理が並び、とても食べきれない。
「誕生日おめでとう、ティア」
「ありがとうございます、お父さま」
「おめでとう、ティア。私からのプレゼントのドレスは気に入ってくれたかい?」
「ええ、もちろんよ!」
イグナーツから贈られたのは、半年は予約待ちをしなくてはならない人気のブティック『ピエドラス』で作ったプリンセスラインのドレス。ふんだんに使われたきれいなレースと、スカート部分に銀糸で施された刺繍はとても繊細で、胸元に輝くルビーがうつくしい特注品。
それが一週間前にやっと納品され、昨日微調整が終わったばかり。
「早く着たくて、明日が待ちきれないわ」
「ああ、楽しみだね」
明日は、エレンティアラの誕生パーティーが行われる予定だ。
「俺からのプレゼントも着けてくれるのだろう?」
そう言ったのはエンディガ。
「もちろんよ」
エンディガからの贈り物は、大きなダイヤモンドが輝くネックレス。光の加減できらめきが変化する繊細なカットが施されていて、チェーンに並ぶ小さなピンクダイヤモンドは、中心にある大きなダイヤモンドより高価なものだ。
「お父さまから頂いたティアラとも合うし、完璧だわ」
シベルツからプレゼントされたティアラは、希少なプラチナを使って作られたもので、繊細な細工がうつくしく、ダイヤモンドにも負けない輝きを放っている。
「明日はすてきなパーティーになりそうだね」
「ええ!」
イグナーツの言葉に花のような笑みを返したエレンティアラ。
そんなエレンティアラを見つめるシベルツ。
(ティアは本当にうつくしく育った。パステルも喜んでいるだろう)
うつくしさに磨きをかけることはもちろん、淑女としてのマナーや見ている人がうっとりするような品のある所作など、エレンティアラは十四歳の少女とは思えない教養を身に付けた。おかげで求婚はひっきりなしだ。
(そういえば……アレはどうしたか)
ふと、もう一人の娘を思いだす。ヴィッツェルノのツノを持つ忌まわしい娘。母親の命を食らってこの世に生まれた悪魔。
(アレも、エレンティアラと同じ十四歳になったはずだ。生きていれば……)
まぁ、死んだとは聞いていないが。
「……」
シベルツは思いだすこともできない姿を想像して、はたと我に返って小さく首を振った。これまで何度も同じことをしてきた。思い出の中で輝くパステルの銀の髪が、ツノを生やした赤ん坊と重なって、つい赤ん坊の顔を思いだそうとしてしまう。
もし、アレにツノがなければ、パステルは今でも生きていて、アレと家族六人でテーブルを囲み、明日のパーティーが楽しみだと姉妹は笑いあっていただろう。
「お父さま?」
エレンティアラが黙りこんでいるシベルツを心配そうに見つめている。
「ああ、すまん。お前がすてきな淑女に成長したことがうれしくて、喜びを嚙みしめていたよ」
「確かに! 馬に乗りたくてダダをこねていたティアが、こんなに淑やかな女性になるなんて誰も想像していませんでしたよね」
エンディガがからかうようにエレンティアラを見ると、エレンティアラは頬を膨らませた。
「もう、お兄さまったら。いつの話をしているのよ!」
兄たちのように自分も馬に乗りたい、と騒いだのは五年も前の話だ。
「それが今じゃ、自慢の妹だ」
「まぁ、それでは以前の私は自慢できない妹みたいではないですか」
そう言って大袈裟にすねてみせるエレンティアラは愛らしく、思わずシベルツたちの頬が緩んでしまう。エレンティアラにはずっとそばにいてほしいと思うし、できることならどんな男にも取られたくはない。いっそのこと結婚なんてせず、ずっと宮殿で暮らせばいいのにと思ってしまうほどだ。
しかし、誰が言いだしたのか。妖精姫と呼ばれるようになったエレンティアラを望むものは多く、まだ社交界にデビューしていないというのにすでに求婚もひっきりなし。幸い、今のところ彼女のお眼鏡に敵った男はいないが。
それに安堵している父と兄たちだが、すてきな人に出あえることを夢に見ているエレンティアラが、明日のパーティーに密かな期待をしていることを知らないわけではないため、心境としてはとても複雑だ。
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