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ミラとツノとテルニ①

 日が沈み、雲が空を覆って星の輝きを見つけることができない夜。窓に当たる枯葉の音が風の強さを教えてくれる。


 テルニは大きな溜息をつき、両手に挟んだカップを見つめている。


 これから先のことを考えれば、いったい自分はどうするべきなのかと悩むことしかないわけだが、目下の問題はテルニでは解決することが難しい、ミラの生命の力に関することだ。


 失われたはずの生命の力を持つミラに、その力の使い方を教える術を持たないテルニは、どうやってミラに力を制御する方法を身につけさせたらいいのかを考えていた。テルニが知る人の中に力を持つものはいないし、力が完全に失われたとされる数百年のあいだに、ミラのように力を発現させたものがいるという話も聞いたことはない。


「いえ。もしかしたら、いたのかもしれない」


 でも、闇に葬られた――ということも可能性としてはあるだろう。もしくは知られていないだけで、力を持つものはいまだに存在している、という可能性もないわけではない。いずれにしても、テルニ一人で解決できる問題ではないことだけは確かだ。


「宮殿の所蔵館で管理されている本の中に、あるいは力のことについて記されているものがあるかもしれないけど」


 テルニがそれを目にすることは簡単ではないだろう。


「私たちの力は本当に失われているのかしら?」


 これまで考えもしなかったことが、ふと大きな疑問と不安に変わる。


 ツノありとツノなしの容姿には明らかに相違があって、その理由はツノを媒体にしている生命の力の作用によるものであることはわかっている。その証拠に過去にツノを斬りおとされたものたちは目に見えて容姿が変化し、力も完全に失ったと記録にあったから。


 しかし、ツノが突起程度になってしまった現在の自分たちの容姿にそんな変化はない。ということは、生命の力が完全に失われたという話は事実ではないということか。


「私の中にも生命の力は存在している? 力が使えるということなのかしら?」


 テルニは自身の手に収まっている一枚の紙に火が点くことを想像した。


 ふたつの小さな突起に集まる生命の力を想像し、それらが指先へと集まって、紙が揺らめく赤と熱に包まれる――。


 しかし、しばらく必死に赤い炎をイメージしてみたものの、体にはなにも変化はないし、紙に火が点くこともなく。


「……無理よね」


 テルニは、自身の幼稚な行動に自嘲した。


 きっとテルニ以外のツノありの中には、テルニと同じように力を試したものもいただろう。そして、そのたびにテルニと同じように溜息をついたことだろう。


「……でも、よく考えてみれば……」


 すでに、ミラは火を点けているのだから、力の使い方を本能的に理解しているということなのではないだろうか。


「火よ、点け……」


 ミラはそう言っていた。「火よ、点け」と言ったら火が点いた、と。きっとミラも、木に火が点くことを想像したのだろう。そして、願ったとおりに火が点いた。


「これまでは……? そんなことを考えたことはなかったのかしら?」


 不便な生活をしていたミラが、なにかを望んでそれを叶えたことは? 怒りがなんらかの形で作用したことは?


「もしあったなら、すでに誰かの耳に入っているわね……」


 それにこういう考え方もできる。


 ミラはまともな教育を受けさせてもらえなかったどころか、言葉さえ知らなかった。つまり理性や思考が育つことはなく、本能だけで生きてきたミラが望むものといえば?


 生きるために必要な食糧や水、安心できる場所など……。


 それを生命の力で作りだすことは不可能だから、これまで生命の力を使ったこともなかった――。


「一番納得できる考え方かもしれないわ」


 そう言いながらテルニは顔をゆがめ、溜息をついた。


 実はテルニには今になって後悔をしていることがある。


 ミラと初めて出あったとき、彼女がまったく言葉を話すことができなかったことから、これまでのことを聞くことはできなかった。しかし言葉を覚え会話ができるようになっても、過去のことを思いださせるのはかわいそうだと思い、テルニと出あう前のことを聞くことができなかった。そして今に至る。

 

 いったいミラはどんな扱いを受けていたのだろうか? 食料はどれくらいの頻度で与えられていたのだろうか? そもそも、与えられていたのだろうか?


「……」


 もしテルニの想像があっているなら。


「生命の力を使って延命……」


 なんとなく矛盾を感じながら、しかし一番納得できる考え方がそれであることに再び焦燥する。


 生命の力とは生命力、つまり生きるエネルギー。しかしそのエネルギーを使いすぎると命にかかわるため、それを理由に先人たちは生命の力を手放したのだ。


「もっと詳しく知ることができれば、なにかいい方法が見つかるかもしれないわ」


 しかし生命の力について詳しく知っているものは王族だけ。力について書かれた書物を目にすることができるのも王族だけ。


 なぜ、自分たちのルーツを限られたものだけしか知ることができないのか。


「……どんどん、疑問が増えていくわ」


 答えなんて出ないのに。


 気がつけばお茶をすべて飲みほしていた。テルニはティーポットに残っていたお茶をカップに注ぎ、静かに喉を潤した。そして再びカップを見つめる。


「……生命力と寿命は、実は同じなのかしら?」


 もしそうなら、ミラはすでに寿命が短くなっているということにはならないのだろうか? 水と食料をまともに与えられなかったミラは、生命の力、つまり寿命を削って生きつづけていた、ということになるのだから。


 しかし、ミラはいまだに生きている。


「ヴィッツェルノのツノを持つものの力は桁外れだと聞いたことがあるし、その程度では命は潰えないということでいいのかしら?」


 しかし、それだとますます矛盾が生じる。


 ヴィッツェルノのツノを持つものはもれなく二十台前半には命を落としていて、最も長命だったもので二十四歳、早い者は十歳にもならないうちに亡くなっていて、一般的なツノを持つものより短命だったのだから。


(それならミラさまは……? あとどれくらい生きられるの?)


 その考えに至って背中がゾッとした。


 これまでのヴィッツェルノのツノ持ち主たちと照らしあわせれば、ミラはすでに人生の半分を生きていることになるのだ。それどころかミラは力を使いつづけていたのだから、あと一年も生きられない、なんてこともあるのかもしれない。


「なんてこと……」


 テルニは顔を青くしてうつむいた。


 なぜこのことにもっと早く気がつかなかったのか。


(いえ……。気がついたとしてなにができるというの? 私にできることなんてなにもない。ミラさまにしてあげられることなんて、私にはなにもないわ)





読んでくださりありがとうございます。

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