誕生①
かなり久しぶりの投稿ですが、最後までおつきあいよろしくお願いいたします。
創造主ミジェラニオアがゆっくりと瞼を上げたとき、この世界が生まれ、ミジェラニオアと一緒に世界と太陽も生まれた。
太陽はミジェラニオアの核。人でいうなら心臓を意味する。ミジェラニオアは自分と共に生まれた世界を眺め、そこになにもないことに気がついた。だからミジェラニオアは創造した。ミジェラニオアが創りだした世界には、うつくしいものだけが溢れていて、光輝くものだけが存在していた。
大地があって枯れない草花がある。太陽に照らされて輝くのはうつくしい色とりどりの石。澄みきった湖はキラキラと光を反射させ、そこに一切の濁りはない。
なにもかもが美しく、なにもかもが輝いているそれらは、すべてミジェラニオアが創造したものだ。
しかし、ミジェラニオアは創造したがそれだけ。創造したものを眺めながら、ただ長い時間をすごす。そこに喜びもかなしみもない。そもそも、ミジェラニオアにはそのような感情など備わってはおらず、ただ創造することだけが彼が存在する理由だった。
あるときミジェラニオアは、ラスペリツィアを創りだした。自分の姿に模した自分とは違う存在を。
ラスペリツィアには感情を与えた。そして、己が持っていない感情をラスペリツィアに与えることで、ミジェラニオアにも感情が生まれた。正確には感情に模したものが生まれたというべきか。なぜなら、ミジェラニオアには感情がない。だから、ミジェラニオアはラスペリツィアを模して感情らしいものを表現していた。
それにラスペリツィアにはミジェラニオアにはない、柔らかで凹凸のある肉体を与え、かわいらしさを与えた。
しかしこの世界にはなにもない。ただうつくしいものが存在し、自分が存在する。おもしろいことがあるわけでも、大変なことがあるわけでもない。ラスペリツィアはこの世界に生まれたばかりだったが、すぐにすべてに飽きてしまった。
ラスペリツィアは溜息をついた。
この世界はうつくしいだけ。いや、そもそもうつくしいとはどういうことだ? うつくしいとはこの目の前に広がるキラキラしたものだけを言うのか? そうだというなら、うつくしいとはなんてつまらないことなのだろう。
「この世界にうつくしいもの以外のものが存在したら、どうなるのかしら? あぁあ、私にも創造する力があればいいのに。私の力なんてまったく意味がないわ」
ラスペリツィアにできることは、傷を治したり、なにかを見えなくしたり、時間を遅くしたり早くしたり、雨を降らせたり、雷鳴を轟かせたり――。だけど使ったことはない。なぜなら、傷を作ったことなんてないし、なにかを見えなくしても、時間を操作しても、雨を降らせても、なにもおもしろいことなんて起こらないから。だから、ラスペリツィアの力はなんの役にも立たない。
「ミジェラニオア。私、お願いがあるの」
「なんだい、ラスペリツィア」
あるとき、ラスペリツィアがミジェラニオアに言った。
「私もなにかを創りたいの」
「……創りたい? しかし君には創造する力はない」
「わかっているわ。だから、あなたの力を貸してほしいのよ」
「なるほど、いいだろう。それでどうすればいいんだ?」
ミジェラニオアがうなずくとラスペリツィアは瞳を輝かせた。
「あのね、私たちのように自由に動きまわるものを創ってほしいの。だって二人きりなんてつまらないもの」
「それで?」
「それを私が育てるわ」
ミジェラニオアは、ラスペリツィアの言葉が理解できないのか眉根を寄せ、首を傾げた。
「育てる? なぜ?」
「私が思うように育てれば、それは私が作ったことになるでしょ?」
ラスペリツィアに創ることはできなくても作りあげることはできる、と言いたいのか。
「……それはできない」
「なぜ?」
「この世界に存在するものはすべて、なににも依存しない独立したものたちだ。私たちが干渉することはできない。そこにあるだけだ」
「どうして?」
「それがこの世界の理だからだ」
ミジェラニオアの言葉に、ラスペリツィアはがっかりしたように肩を落とした。しかし、それは少しのあいだのことで、なにかをひらめいたラスペリツィアは、再び瞳を輝かせてミジェラニオアに聞く。
「それなら、別の世界を創るのは?」
「別の世界?」
ミジェラニオアとラスペリツィアが住まううつくしい世界とは別の世界を創り、そこに生き物を置いて育てる。
「それなら、問題はないでしょ?」
ラスペリツィアはそう言ってミジェラニオアの瞳をのぞき込む。
「……うむ」
別の世界を創ることは考えたことがなかった。
「それなら、いいだろう」
「本当! うれしいわ」
ラスペリツィアは満面の笑みでミジェラニオアに抱きついた。
「そんなにうれしいのか?」
「ええ! だって、すごくおもしろそうでしょ?」
「そうだな」
おもしろそうかどうかなんてわからない。生き物を育てたいという感情さえわからないのだから。とはいえ、ラスペリツィアがほしいというなら創ってやるだけだ。
ミジェラニオアは、自分たちの住む世界とは別のところに新たに世界を創った。海に大地、空に風。そしてそこに人間という生き物を創った。その生き物には性別があり、自分たちで子どもを作ることができる。それに、自分たちで考えることができるし、ラスペリツィアのように感情もある。
「どうだい? こんな感じで」
人間の世界を見たラスペリツィアはうれしそうに手を叩いた。
「すばらしいわ! ……でも、種類が少ないと思うの」
「種類か」
確かにその世界には人間しかいない。
「それなら」
そう言うと、ミジェラニオアはたくさんの種類の動物や草花を創り、ついでのように人間の半分にツノを与えた。
「なぜ、ツノのある人間とない人間がいるの?」
「お前が、種類が少ないと言ったからだ。いらなかったか?」
「……ううん、必要だわ。種類は多いほうがいいもの」
ラスペリツィアは、ツノのある人間を見てニコッと笑った。
「ありがとう、ミジェラニオア。私、ちゃんと育てるわ」
ラスペリツィアがうれしそうに笑うからミジェラニオアも笑った。
それからラスペリツィアは、ずっと新しい世界と人間を見ていた。
知能に乏しい動物たちと違い、人間はとても興味深い生き物だ。喜んだり笑ったり、怒ったり泣いたり。それに、とても愚かで、脆弱で、自分勝手だ。
「ああ、そうだわ。人間にルールを教えないと」
そう思ったラスペリツィアは二人の使徒を送りこんだ。ツノありのメルバとツノなしのガザン。
メルバとガザンは人間に正しく生きるための方法を教え、正しくないことをしてはいけないと教えてまわった。人間はメルバとガザンの言葉に従って正しいことだけをしていた。
「……つまらないわ」
あるとき、ラスペリツィアはぼそっと呟いた。それに何度も大きな溜息をついている。
メルバとガザンを送りこむ前までは自分の欲求に忠実だった人間が、正しく生きるためのルールに従い、知性と理性を手に入れると、ラスペリツィアはだんだん人間に興味がなくなっていった。正しく生きる人間は自分と誰かを比べることも、他人を虐げることも、大きな声を出して罵ることもしない。なんてつまらない生き物になってしまったのか。
ラスペリツィアはすっかり飽きてしまった。
読んでくださりありがとうございます。