隠された真実、残酷な真実
「先生、質問、質問!」
歴史の授業中、ユキトは勢いよく全ての手を挙げて、教師ロボットに質問した。
「さっきの先生の話だと、この移民船は銀河系中心方面に向かってるってことだけど、そこに居住可能な惑星はあるの?」
教師ロボットが答える前に、ユキトの前の席に座る同級生が後ろに振り返ってきた。船長の息子で、クラスのリーダー格だ。
「その居住可能な惑星を探すためにこの船は旅を続けてるって、さっき先生が言ったろ?」
「でもさ、でもさ……」
「はは、出たよ、いつものユキトの『でもさ』が」
クラスのリーダー格が笑い、つられて他のクラスメイトが笑った。ユキトがムッとしながら話を続ける。
「でもさ! 移民船なのに移民先が未定なんておかしくない? こんなのさ、まるで、まるで……」
まるで、地球から追い出されたみたいじゃないか。その言葉を飲み込んで、ユキトは黙った。その言葉を口に出してしまうと、何だか自分の心が耐え切れないような気がしたのだ。
「ユキト君の気持ちも分かります」
教師ロボットが優しく話し始めた。
「この移民船の移民先はまだ未定。不安に思うこともあるでしょう。ですが、それは我々が自らの手で新天地を開拓する使命を受けているということです」
「我々は、その崇高な使命を誇りに、皆で協力してこの冒険の旅を続ける必要があるのです」
教師ロボットが言い終わると同時に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
† † †
授業終了後、ユキトは図書室へ向かった。この移民船の歴史に関する様々な資料データを閲覧する。
移民船が地球を出発したのは、今から30年ほど前。12歳のユキトは、地球出発時から乗り組む第1世代の孫、第3世代だ。
出発時から乗り組んでいた第1世代、すなわちユキトの祖父母の世代は、ある1人を除き、すでに全員亡くなっていた。
ユキトは手当たり次第に図書室の資料データを読み漁ったが、先ほどの授業で教師ロボットが教えてくれた内容以上のことは書いていなかった。
「やっぱり、ドクターに聞くしかないか……」
そう呟いたユキトは、第1世代唯一の生存者であるドクターのいる医務室へ向かった。
† † †
医務室の中には、いつものようにドクターと看護ロボットがいた。
ドクターは、オールバックの髪型に白衣姿。その職務の特殊性から長命化手術を受けているという噂だ。
ドクターは、その手術のせいなのか、何かの事故に遭ったのか、腕が半分しかなかったが、それ以外の外見はユキト達と変わらなかった。温和な性格で船内の皆に慕われていた。
ドクターは優しい笑顔でユキトに診察椅子に座るよう促した。
「君は確かユキト君だったね。今日はどうしたのかな?」
「病気とかじゃないんだけど……」
ユキトは、今日の授業中に気になったことをドクターに説明した。
「……それでこの移民船の目的を図書室で調べたりしたんだけど、はっきりしたことが分からなくて……僕達はどうして旅を続けてるの? この旅に意味はあるの?」
泣きそうな顔で尋ねるユキトに、ドクターは少し考えてから言った。
「ユキト君は、この船の、いや、ユキト君自身の人生の意味について悩んでいるんだね?」
ドクターの言葉を十分に理解出来たか自信はなかったが、ユキトは頷いた。
「ユキト君以外にも、同じ悩みを抱く子がいる。この悩みは、頭の良い、賢い子だけが辿り着くものだ」
何となく褒められているような感じがして、ユキトは顔を赤らめた。
「この悩みを解決するためには、『隠された真実』を知る必要がある。ユキト君にその覚悟はあるかな?」
「覚悟?」
聞き返すユキトに、ドクターが少し悲しそうな顔で応じた。
「そう、覚悟。事実は時に残酷だ。それに耐えられない者もいる。これからユキト君が聞くことは、誰にも話してはいけない。その覚悟はあるかな?」
「うん」
「君だけなく、両親の名誉に誓って?」
ドクターが真面目な顔で聞いた。ユキトは、両親の顔を思い浮かべた。優しく、時に厳しく叱ってくれる父。いつも自分を抱き締めながら頭を撫でてくれる母……
「うん!」
ユキトは真面目な顔で頷いた。
「分かった。それではユキト君に『隠された真実』を教えることにしよう」
ドクターはそう言って優しく微笑んだ。
† † †
「この船が地球を発つとき、目的地を決められなかったのには理由がある。そのような時間がなかったんだよ」
「時間?」
「そう。船は、ゆっくりと目的地を探す時間がない中、急ぎ出発しなければならなかった」
ドクターは、医務室の壁に宇宙空間の画像を投影した。
「あの星と星の間の空間。昔はあそこに地球が見えていた」
ドクターが指差した先に、天体らしきものは映っていなかった。
「我々が地球を出発してしばらくすると、地球はセンサに反応しなくなった」
センサに反応しないということは……
ユキトがその答えを口にする前に、ドクターが悲痛な面持ちで言った。
「君達は『希望』なんだ。君達は、この宇宙の旅を続け、『希望』を繋げ続けなければならないんだ」
「つまり、僕達が生きて旅を続けること自体に意味があるんですね」
ユキトがそう言うと、ドクターは優しく頷いた。
地球がなくなった今、この移民船に乗る僕達は人類の最後の希望なんだ。僕達の旅には大きな意味があるんだ。
ユキトはその内容に衝撃を受けつつ、何だか心のモヤモヤが消えていくのが分かった。
そんなユキトの頭を、ドクターは片手で優しく撫でた。
† † †
「今日はユキト君に『隠された真実』を伝えたよ」
船長室。応接セットのソファーに座ったドクターが、執務机で事務作業をする船長に言った。
「ああ、うちの息子のクラスメイトですね。いつもながら、難しい仕事をお願いしてすみません。ドクター」
事務作業を終えた船長が、執務机から応接セットへ向かいながら言った。
「最近は、どちらが真実か分からなくなってきたよ」
「我々にとっては、どちらも大切な真実ですよ。それにドクターは嘘は仰っていません」
苦笑するドクターに、船長が笑顔で言った。ドクターとローテーブル越しに向かい合う形でソファーに座る。
この船は、移民船ではなかった。今から33年前、各国の宇宙進出競争が激化する中、その競争に乗り遅れないよう、東洋のある島国が慌てて出発させた深宇宙探査船だった。目的地は十分に検討されず、まさに出発させること自体が目的と言われる始末だった。
そして、この深宇宙探査船は、各国の探査船と差別化を図るため、人工生命体を乗せ、数世代にわたって操船や保守管理を任せる実験が行われることになった。
人工生命体は、腕が4本あることと寿命が40歳前後であること以外は人間と大差ない。
ドクターは、人工生命体のメンテナンスを行う唯一の人間として、30歳の時にこの探査船に乗り組んだ。人工生命体と比べて長命とはいえ、乗船は片道切符。両親や妻子に相次いで先立たれ、世を憂いだ末の決断だった。
「地球を出発して5年目だった。この旅の意義について疑問に思う者が続出し、私は当時の船長と相談して、本国に無断でこの船に『移民』という新たな目的を設定した……」
ドクターが遠い目をして話し始めた。
「……船の皆を元気づけるため、希望を持ってもらうためだった。この船が移民船、ひとつの社会として機能するよう体制を整備した。この船のセンサ群が地球を感知しないよう制御し、様々なデータを改竄した……」
「……そして、第2世代以降の子ども達には、移民という目的だけを伝え、疑問に思う子どもには偽りの『隠された真実』を伝えることにした。果たして、この判断は正しかったのか……」
ドクターは苦悩の表情で目を閉じた。それを見た船長が、明るい声でドクターに話し掛けた。
「この船の状況を考えれば、最良の決断だったと思いますよ」
船長はそう言うと、ソファーから腰を上げ、2本の腕でドクターの両肩に労るように手を置いた。そして、残りの2本の腕でローテーブルの上に置いていたタブレット端末を手に取った。
ドクターの両肩からそっと手を離した船長は、両手でタブレット端末を持ち、もう一対の両手で端末を操作して、端末の画面にデータを表示させた。
「今日のユキト君もそうですが、移民という目的と『隠された真実』のお蔭で、第2、第3世代の精神状態は安定しています。その裏にある『残酷な真実』を知るのは、ドクターと船長の私だけ。この閉ざされた世界から希望が失われぬよう、残酷な真実は私達だけの秘密にしておきましょう」
船長は、タブレット端末をローテーブルに置くと、執務机の背後の壁面に投影された宇宙空間を見つめた。ドクターもそちらに顔を向ける。
この宇宙のどこかに、「移民船」の目指す新天地があるのだろうか。この「世界」の希望がこれからも続くよう、そして、その希望がいつの日か叶うよう、ドクターは祈らずにいられなかった。