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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

だいたいバッドか、メリバか、ビターか

ねぇ、謝ったら許すと思うの?

作者: あかね

「今までごめんなさい。

 本当に悪かったわ」


 そう言って頭を下げた銀髪をあたしは見ていた。その後ろを心配そうに見守る二人の男。それから周囲は、はらはらしたように見守っていた。

 ここは下級職員が食事をとる食堂だ。場違いも甚だしい。

 あたしは、それを見なかったことにした。関係ない。


 頭を下げた銀髪の女性は侯爵家のご令嬢。ルシアさま。大輪の花にたとえられるような美女だ。

 かつて、学院に通われたころにご一緒したことがある。


「あなたのことを馬鹿にしたことすべて間違っていたわ」


「どなたかとお間違いではないでしょうか」


 あたしは面倒に思いながら返答した。

 あたしがされたのは馬鹿にされた程度ではない。


「いいえ、わたくしは、あなたの才に嫉妬し嫌がらせをしたわ」


「で?」


 面倒が面倒を連れてくる。

 あたしは、その後ろにいた男たちに視線を向けた。よくもまあ、誑し込んだものだ。

 王太子に、騎士団長か。確か従兄弟同士と聞いた。血族同士を争わせる趣味の悪さは今もって健在であるらしい。


「それで、あなたが、謝罪する必要あるんですか?

 あなたは侯爵家のご令嬢。あなたが言えば、なんでも色は変わる。そういうところでしょう? ここは」


 城の中は権力がすべて。能の有無なんて、どうでもいい。

 あたしはそう学院で知った。だから何一つ成さない。未来を知っていても、しらんぷり。


「それは違う。誤りは訂正されるべきだ」


「で?」


 怪訝そうな表情の騎士団長にはわからないだろう。良家の子息の長男ともなれば、ああいう扱いをされることもあるまい。


「あなた方が、謝ったから許せと強引に押し付けられるくらいなら謝罪は結構です。

 永劫許さないので」


 ざわつく食堂にあたしはため息をつく。

 居場所がまた潰された。


「もういいですか。仕事もやめるので、金輪際近寄らないでください」


「待って、なにをもって償いに」


「死ね」


「え」


「といわれたんですよ。あたし。

 役立たずの下賤のイキモノなど、力を使い切って死ね。

 それを詫び一つでなかったことに? どうもお貴族様というのは、傲慢極まりないですね」


 それは、このお嬢様が一番ひどいときの話だが。

 ある日突然、改心したようにまともになったところで、踏まれた記憶を忘れるほどあたしはおめでたくはない。

 どうせ、都合が悪いことがあるせいだ。


 彼女は一回目は、ここまで生きていない。

 悪事が露見して幽閉。毒杯を賜り死んだはずだ。そこは観測できなかったが。


「死ねといわれた償い。使い潰されそうになった償いって、なんですか? お嬢様」


 青ざめたお嬢様を支える男たちと周囲のドン引きの雰囲気。

 あたしは天を仰いだ。どうすんの。これ。



 あたしには、前世ではなく、あたしの人生の記憶が一回分余計にある。なぜかある日を境に過去に戻ったのだ。記憶を保持したままに。

 仮にそれを1周目としよう。


 1周目のあたしは、魔力が異常にあった平民で、その場合の慣例に従い貴族の家に引き取られた。表向きは魔法の訓練は平民では難しいため、ということだがその血を野放しにはしないという話である。

 引き取られたと同時に婚約者も定められた。もちろん元平民同士で貴族の血を入れるつもりもない。三代も続いて魔力をもつものが出れば男爵か騎士くらいの爵位はもらえたが、それだけだ。いいように使い潰される道具のようなもの。

 ということに一周目のあたしは気がついていなかった。

 貴族のお嬢様になれるとキラキラしていたあの頃のあたしが可愛らしい。もちろん貴族も馬鹿ではないので、そんな夢をちらつかせ力を磨かせた。

 あたしは特別力強く、そして意欲的である貴族の目に留まった。魔力侯などと通称されるラウド家に養子に入ったのだ。そこではきちんと養育され、可愛がられていたのである。あの頃が一番幸せであった。魔力侯の子息たちは魔法馬鹿で張り合ったりもしながらそれなりに絆があった。

 ところが、あたしが学院に入ったころから歪み始めた。


 クルーグ侯爵家のご令嬢ルシアがいたのだ。稀代の魔女になるのではと噂されていた彼女に因縁をつけられあたしは雑用係になった。同じ侯爵家の娘ですもの、仲良くしましょうなんて、建前を誰もいさめることをしなかった。

 なんでも、ひとりでこなし、顔色をうかがうような日々だった。

 義兄が彼女に惚れ込み、どうか親しくしてくれないかといっていたから。


 だが、そんな日々もいつか終わりを迎える。

 彼女のしたことが、義兄にバレてガチギレした兄弟及び義理の父が王家裁判に持ち込んだ。学院は魔法学院といい、魔法で監視し、映像を残していた。

 それらを証拠に、侯爵家の権威を理由に好き放題していたことが知れ渡った。あたしにしていたことだけではなく、ほかのものに対する非情な行い、成績などの意図的な改ざんを教師に要求するなど多岐にわたる。

 この程度なら、謹慎で済むが、本当にまずいものが出てきてしまったのだ。


 他国の王子が留学することは珍しいことではない。表立っては友好、裏にはスパイ合戦といったところで、お互いにしていることだ。目に余るようなら殺せばいいという程度のこと。それらは代わりのきく手足だから。

 ところが、ルシア嬢はこの王子様に惚れ込んでいた。ほいほいと機密情報を漏らすほどに。

 これはさすがに侯爵家も庇うことはできず処分された。しかし、処刑ではなく幽閉という話になってしまったと悔しそうに義兄が言っていた。

 その話を病床で聞いたのが最後の記憶である。


 そして、その翌日からあたしは記憶を保持しながら過去に戻っていた。死に戻り、という感じでもない。昨日の続きが、過去の今日というような感じだった。


 戻ってきたのは学院に入学し、こき使われている最中だった。困惑しながらも二回目でそつなくこなすあたしをルシアは恐れたようだった。何もかもわかっているようにふるまわれては確かに恐ろしいかもしれないと後で思ったりもしたが。

 義兄にはきっちり、あいつ悪女なのでと告げ口をし、淡い恋を終わらせてやった。

 兄のためとか言った一周目のあたしへの供養だ。


 その後、彼女は熱病に倒れ、数か月は静かなものだった。

 あたしは学院を早めに卒業し実家の領地へと戻っているので伝聞になるが、熱病のあとのルシアは謎の改心をし、まともになったらしい。そして、いつの間にか心麗しきお嬢様扱いされているのを聞いてドン引きした。

 今までの悪行を改めて、過剰に評価されて、やさしいなどといわれている。最初が悪すぎるとちょっと良いことしたくらいで褒められる現象だろうか。

 まんざらでもなさそうなという話で気持ち悪いなと思って、絶対に近寄れないところに就職したというのに。

 あのプライドの高いお嬢様が、下級職員の食堂なんて顔を出すとも思えなかった。

 それなのに。


 青ざめ震える姿は哀れにさえ思えそうで反吐が出た。

 周囲の圧力というのは、本当に厄介だ。それも学院で知った。正しい、ということだけが重要ではない。誰がなにを言ったということのほうが重視されることが多い。


 彼女たちが何か言いだす前に食堂を出て魔法使いならではのショートカットを使って、仕事場に戻る。窓から入ってきたあたしに上司は驚いた風だった。


「退職します!」


 上司にあたしは退職の意思を告げた。


「は?」


「面倒な女に見つかりました。絶対面倒なことになります。絶対嫌です」


「はぁ。

 じゃあ、これ、行っとく?」


 そういって上司がぺらりと紙を出してくる。どこからというのは野暮である。


「研究員の派遣となってますが?」


「他国潜入。まあ、要するにスパイ」


「はぁ」


「まあ、かすめ取ってきて。得意でしょ。可憐なるお姫様」


「…………喧嘩売ってますか、兄様」


 上司あにをじーっと見れば少し困ったように眉を寄せた。

 おかしいなという雰囲気を感じるが、そのままの昼行燈では魔法塔の主をやっていくことはできない。国で五指に入る魔法使いでもあるのだし。


「いやいや、うちの可憐なお姫様はいつでも華麗で」


「語彙数が足りない」


「魔法使いは魔法を語るのは得意だけどねぇ」


 へらりと笑う顔を時々無性に殴りたくなる。

 こんなのでもなぜか婚約者である。


 虫よけだのなんだの言いながら、いまだに解消していない。俺は俺の妹がとても心配なのだという話を真に受けたあたしが悪かった。

 実は逆だったのだ。

 義兄のほうが結婚したくなかった。あのルシアと婚約の話が出ていて断れないところまで来ていたところを、愛している人がいますと逃げたらしい。

 後日知った。


 それもあってルシアには会いたくなかったのだ。


「ちょっと観光みたいなので遊んできなよ。

 ほとぼり冷めたら彼女も大人しくなるでしょ」


「ですかね?」


 ちょっと難しいと思うが。


「うん。抹殺しておくよ」


「しないでいいです。

 抜けない棘みたいに、幸せに少しだけの陰りと不安みたいに、ずーっと怯えてるほうがよほどふさわしい」


「……君のほうが恐ろしいと思うんだけどね」


「許されると思っている顔が、思ったより腹が立ったので。

 まあ、強靭な精神なら忘れて楽しくやるでしょう。その時は」


「ん」


「お子様に告げておきますよ。あなたのお母さんはね、って」


「…………えげつないな」


「変に謝罪して許されようなんて思うからですよ。

 許すわけないとさえ考えない」


 あたしは、さっそく荷物を片付けて派遣兼スパイのお仕事に向かうことにした。

 異国で兄からもらった手紙によれば、心無い言葉に傷ついてルシアは寝込んでしまったそうだ。わたくしが悪いのですと嘆いているらしい。そして、あたしをさがしているそうだ。もちろんきちんと謝罪してわかってもらうために。


「わかってないのはあなたなのにねぇ」


 思い出しても手遅れはあるのだ。

「ねぇ、君はずっと生きていたいんだよね。わかったよ。

 君は不老不死がふさわしい。永劫死なずにいなよ。

 僕はそう思わないけど、うちの妹が君が死んだら巻き戻ると信じてるみたいだから。二度と、死ななければ巻き戻らないよね?」

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