14.昔ばなし
私はイブに抱きついていた体を少し離したが、イブの体には手が触れたままだった。
全部。なにから話せばいいんだろう。
イブの顔を見たら、話せない気がして私は下を向きながら話し出した。
「私は父様の娘として生まれて。
私は父様の娘だったからか、成長が遅くて、あの頃は色々ちゃんと考えられなかったの。
父様が妖精王として頑張っていたことは覚えてる。
父様が母様がいなくなって。
あぁ、母様って言っても私は母様の子ではないの。
母様は私が生まれる前に死んじゃったから、父様の子でしかないの。
それで、父様は母様がいなくなったことを悲しんでた。
でも、今は私がいるから。私が父様を支えようって思ってた。
でも、ある日寝ぼけていた私に『大丈夫。大丈夫だからな』ってそんな感じのことを言ってね。
私の前からいなくなった。
私以外の八大妖精は父様が別れて、生まれた存在なのは知っているよね。
私の力も父様から、生まれる前に託されたものなんだけどね」
―――
そこは暗闇のような場所だった。
『とうさま!とうさま!いや!行かないで!』
『ごめんな。これできっと大丈夫だから』
『とうさま!!』
父様は頭を撫でていなくなってしまった。
―――
「気づいたらときには父様が私にも力を分けてくれたみたいで、
今の姿になってて思考もはっきりしていたわ。
父様はね。一人で妖精王をやるのが限界だって思ったらしい。
いずれ王の座を私に渡して、自分は手伝う気だったらしいけど。
それじゃ私に負担がかかるって思ったらしいの。
妖精姫としていくらか過ごした今なら、少しは気持ちが分かるわ。
でも、もう少しなにか言ってほしかった。
別れくらいしたかった!言われたら、全力で反対したけれど、言ってほしかった。
それで、私には七人の父様から別れた仲間ができた。
最初は全然仲良くできなかった。だって、父様がいなくなって生まれた存在だよ。
なんか嫌だったから。
でも、みんなもそれを分かっていたみたいで、仲良くなれなくてもいいって。
今の私には時間が必要だろうから、しばらくは休んでいいって言われたわ。
しばらくは本当になにもせず、ただステイシーがたまに食事をもってきたら食べるだけの生活をしたわ。
父様がいなくなってどれくらいたった時かは分からないけれど、
父様を慕っていた妖精達が父様の元に行きたいって言ってきたの。
それは、八大妖精とステイシー以外の全ての妖精だったわ。
私のために残るって選択をしたのはステイシーだけだった。
ステイシーは私のために父様が創った妖精なの。ステイシーは『姫様のために残るものは誰もいないのですか?』とか『私はいつまでも姫様のお傍におります』とか言ってくれたわ。
でも、父様を見ていたものとして気持ちはわかったわ。
私は父様に妖精たちを束ねる立場を授けられたものだったから。
父様の願い通りにしようと生きることを決めるしかなかったけれど、
あの者達がその選択をするのは理解できた。
それに私はあんな状態だったしね。ついて行きたくなくなるのもわかった。
だから、いいよって言って女神様に会わせてあげたわ。
ステイシーは『姫様がそうおっしゃらなくてもいいのですよ!』って最後まで言っていたわ。
ステイシーはね、ずっと私の傍にいたからあまり父様を知らないのよ。
いや、私を慕っていたから残ったというべきね。
普段そうは見えない部分もあるかもしれないけれど、あの子が一番私のこと慕ってくれているのよ。
女神様はその妖精達の願い通りにして、新たに妖精を沢山生み出してくださったわ。
その子たちが今いる妖精達なの。
それで、その後も私はしばらくなにもしないでいたわ。
なんでなんでを繰り返した日々を送っていたわ。
でも、途中からぼーっとしていることの方が多かったかも。
そしたらね、ある子が私に話しかけてきたの。
なんでもない話よ。今日は綺麗な花を見たとか、空が綺麗だったとか、川に入ったら気持ちよかったとか。そんななんでない話をしてくれた。
そのうち少しずつなにかをする気力を取り戻して、妖精姫の仕事をしようとしたわ。
そうしたら、魔王は猛威を振るっているわ。
加護が届いてないところがあって飢饉になって人間は沢山亡くなっているわでもう大変な状況になっていたわ。
後悔や申し訳なさを感じる前にどうにかしなきゃと体が動いたわ。
その後、八大妖精の子達とそれぞれの国の国王と連携をとり、問題を解決したわ。
そのあとは人間の子達とも話し合って、問題点をなくすために色々したわ。
魔力の淀みとか、加護の範囲とか魔物の生活する区域をどこにするとか。
まぁ、色々やったけど、一番は互いに連絡を取れるようにすることかしらね。
それからしばらくは普通に暮らしていたわ。
そしたらね、私を立ち直られせてくれた子がいたでしょ。
なんでもない話をしてくれた子。
あの子が人間に恋をしたの。
それまで、人間と恋をした子はいなかったからみんな対応に困ったわ。
まぁ、妖精以外の生物と結婚するなら、女神様の了承さえあれば妖精にしてもらえるってことは知っていたけれど。
父様が生きていた頃に人間と結婚した妖精がいたかは誰もしらないから。
みんな生まれてから初めのことだったの。
私達は妖精になってもらって、結婚するんだと思っていたわ。
でもその子、人間になりたいって言い出したの。
『あの人は人間の社会で生きて、人間として生きて、人間として死にたいと思ってる。
私はそんな彼の気持ちを尊重したいの。
そして、私も彼と共に人間として生きて死にたい。
だから、人間にして貰えるよう女神様に頼みにいくわ』
そう言っていたわ。
私達は止めたわ。あの子はみんなの大切な存在だったから。
私には彼女は友達のようで、妹のような存在だっだわ。
愛らしくて、いつも楽しそうで。にこにこ笑って。
いつも私達をどこかに引っ張っていくくせに、少しドジなところがあってね。
特に理由もなくずっと一緒にいられる気がしていたわ。
でも結局、私達もあの子の気持ちを尊重して女神様の元に行かせたわ。
女神様は許可してくださって、あの子は人間になった。
あの子は女神様に自分が妖精だったことは忘れさせてほしいって言ったの。
人間が妖精のことを詳し過ぎるのはよくないって。
だからあの子が人間になった後に私達はあの子を見に行ったけど、
あの子がまた私達を見ることはなかったわ。
最初からそうであったかのように人間として、生きて死んでいったわ。
父様もあの子も私をおいていったのが凄く凄く嫌だったけど、
またあの惨劇を繰り返すわけには行かないからと私は妖精姫としてのことをしたわ。
気持ちに蓋をして、妖精姫としての言葉を吐いて。
妖精姫として、妖精姫としてって過ごしていたら、いつの間にか自分が分からなくなったときもあったわ。
そのときはもうどれが自分の感情か分からなかった。
でも、みんなそれで喜んでくれるなら。世界がそれで回るならもうそれで良かった。
その後、友達が出来たこともあったわ。
人間の友達はみんなしらないうちに婚約者ができて、結婚して、子供が生まれて。
最近、来ないな〜って思っていたら、その子たちも私をおいていったわ。
魔物の友達だって人間に比べれば長生きな子もいたけれど、所詮長生きなだけ。
その子達と紡いできたものに嫌なことなんて一つもないけれど、いつもいつも嫌になった。
嫌だった。もう全部全部。
出会いも別れに繋がっていて、楽しい瞬間なんてほんの少しで、いつもいつも私だけおいていかれて。分かっているような分かってないようなこと言われて。
毎日どこかずっと嫌だったけれど、それでも生きてきたわ。
その気持ちに気づかない振りをして。
気づいてしまったら、曖昧ななにかが真実になってしまう気がして。
イブに逢ったとき、私の気持ちはきっと迷惑だから、口に出さないようにって思ったわ。
いつも通り、妖精姫らしくできると思った。
でも、あなたは私の隠してる気持ちに気づいた」
顔をあげてみれば想像よりもずっと優しい顔をしたイブがいた。
優しい顔するのね。
「それでも、言わないつもりだったのに。気づいたら、話していたわ。
あなたに逢ったときはあなたの傍にいられればそれで良かった。
でも、今はあなたに愛してほしいし、私だけを見てほしい。
愛しているのに、笑っていてほしいのにあなたを傷つければ私のものになる気がしてしまうの。
あなたに触れるだけで満足だったのに、キスして、痕をつけて。
もう、私の全部を愛してほしくて。あなたの全部がほしくてたまらないの。
分からない。分からないの。もうどうやって今まで自分に嘘をついてきたかも。
この気持ちをどうすれば止められるかもわかんない。
怖い。私はいつかあなたを本当に傷つけるんじゃないかって。
ねぇ、こんなんでも愛してくれる?イブ
まだ、イブって呼ばせてくれる?マリーって呼んでくれる?」
話し終わったマリーは話す前とは程遠く落ち着いていた。
いなくなりそうだと思ったマリーは確かにそこにいた。
そして、悲しみを孕んだ優しい瞳でぼくを見ていた。
「ぼくはマリーの優しいところとか自分のことよりぼく達のことを考えてくれるところとか。
ぼくに触れると嬉しそうにするところとか、キスしてくれるところとか。
すぐぎゅってするところとか全部全部すきだよ。
それに、ぼくはマリーになら傷つけられてもいいよ。
それだけ、ぼくはマリーにとって特別ってことだし。
マリーが初めて傷つけたのがぼくになるでしょ?」
「私になら傷つけれてもいいほど、私のこと好きってこと?」
「うん。マリーにされることならなんでも嬉しいよ」
「ふふっ。」
私にされるならなんでも嬉しいか。かわいい。
「はぁ〜。心配してそんしちゃったじゃない。ほんとうに嫌いにならないなんて」
イブの顔に触れ、頭に触れた。
イブは嬉しそうだった。
私が傷つけたいほど好きって言ったのに、私に触れられて嬉しそうにするなんて愛しい子。
そうしていたら、イブが私を好きだって言った実感が湧いてきて、目から涙がこぼれた。
「ほんとうにいるのね。私のことを愛してくれる子なんて」
妖精姫としてではなく、私自身を愛してくれる子なんて存在しないと思っていた。
妖精姫であることはなにがあっても変わらない。
それでも私自身を愛してほしかった。まさか、叶うなんて。
妖精姫のきれいな私じゃなくても、ぐちゃぐちゃな私でも愛しもらえるなんて。
愛しいとか愛してるだけじゃ収まらない。なんて言えばこの気持ち全部伝わるのかしら。
「好き。大好き。愛してる。全部好き。全部、全部愛してる」
ぼくはマリーの頬に手を触れて言った。
「ぼくだってマリーの全部が好きだよ」
マリーはぼろぼろと涙をこぼしていた。
「マリーってすぐ泣くね」
「いつもはそんなことないから〜」
「泣いてる顔も好き。ぼくの言葉で泣いてるんでしょ?
マリーぼくのいないところで泣いちゃだめだよ。だってかわいいもん」
「かわいい?それは嬉しい。
でも、約束は出来ないよ〜。涙は勝手にでちゃうも〜ん」
「じゃあ、ずっと一緒にいる。マリーの泣き顔は他の人には見せないようにすればいいもんね!」
「ふふっ。そうして」
―――
成り行きで話を聞いていたけれど、それにしても重たい昔話だったわね。
妖精は好みのことにはうるさくて、好きなものに対する執着が強い。
姫様は人と話すことが好きと聞いていたから、なんとなく人間に興味があるのかと思っていたけれど、もしかして寂しさを埋めるためとかだったのかしら?
いえ、姫様も言っていたわね。妖精姫としての発言をしていたって。
だから、あれは人間のことに詳しくなって、妖精姫らしくあるためだったのかしら。
でも、私の話を聞いてくれていたとき、いつも楽しそうだった。
人間のことは好きなのね、きっと。
そうなると、余計辛いわね。人間と姫様の寿命は違うもの。
それにしても、イーブも凄いわね。
私がイーブだったなら、好きって返せていたかわからない。
私がイーブだったら、なんてないのだけれど。
それにしても幸せそうね。
まぁ、なにはともあれ良かったわ。丸く収まって。
―――
私はイブに好きだと言ってもらい、少し落ち着いてきた。
はぁ、キスがしたくてたまらない。たまらないけど、コーデリアもいるし〜。
あっ。
「そうだ、二人とも。妖精が人間になったって話。他の人にしちゃだめよ」
「なんで〜?」
「それは、あの子が暮らしやすいように。ってもうあの子いないものね、、、
まぁ、知ってる妖精達の間では秘密にするようにってなってるからだめよ」
「わかった〜」
「かしこまりました」
「そういえばコーデリアの話ってなんだったの?」
「あ、あ〜、婚約指輪の話をしたくてですね。
婚約するとなると、婚約指輪の制作をしなければならなくなるのですが、
姫様がお作りになるかもしれないと思いまして。
確認したいなと思いまして」
「あ〜。ん〜。
私ダイヤモンドは持ってないし、婚約指輪ってお互いに魔力入れるやつするじゃない?」
私は話しながら、イブと共にコーデリアの向かいにある長椅子に座った。
「致しますね」
「そ〜なると他の人の魔力とか入んないほうがいいし、、今回らお願いしてもいいかしら?」
「はい。かしこまりました。こちらで準備をしておきます。
ところで、姫様、マーア国の婚約指輪がどのようなものかご存知ですか?」
「えっ?指輪の大きさが調節出来るやつよね?」
「えぇ。チェーンリングと言います」
「そういう名前なのね」
「はい。先程姫様が申されましたが、婚約指輪はダイヤモンドを使ったものになります。
人によってデザインは違いますが。
対して結婚指輪は相手の色の宝石の指輪にするのです」
「そういえばなんでダイヤモンドなの?」
「ダイヤモンドは純愛や純潔、永遠の絆という石言葉がございます。
純愛も純潔も婚約に相応しい言葉ですし、永遠の絆をこれから創るという意味があるのではないですか?
それと、意味は違うと思いますが純潔は貴族に似合う言葉ですしね。
結婚指輪の宝石はあなたの色に染まるとかあなたの色を肌身離さず共になどの意味があるのではないでしょうか。あくまで全てわたくしの見解になりますが」
「なるほど〜。永遠の絆ね」
私に永遠ができるなんてね。
ダイヤモンドかぁ〜。綺麗よね。どこから見ても光り輝いているかんじ。
どこでも輝いているところを無意識に自分と比べてしまって、あんまり身につけたことないのよね。
私はふと昔のことを思い出した。
―――
私には人々が頭の中で考えていることが見える。
『姫様ってとっても美しいわ〜』
『姫様ってきらきら輝いてる』
『姫様って優しい。理想の存在だわ!』
きらきらして輝いている?優しくて理想?
みんな私の見た目だけ。でも、みせてないくせにみてくれないなんて思うなんて身勝手よね。
そんなこと考えるたびに私はダイヤモンドとはかけ離れていく。
ダイヤモンドは綺麗じゃない私映し出すようでをあんまり好きじゃない。
それにダイヤモンドで思い出すのは左手の薬指に嵌った指輪。
それは手の届かないものの象徴のようだった。
―――
ふと思い出したことを頭から消して、別のことを考えることにした。
でも、イブとお揃いなら嬉しいかな。どこでも輝くのが私達の愛を表していたらいいなぁ。
イブのような真っ黒な宝石も身に纏えたら、最高だろうな。
イブだけの色を着るのもいいな〜。ミレイユとメルヴィルのことちょっと分かったかもなぁ〜。
「マリー?」
私が随分と考えごとをしていたから、イブに心配させちゃったわ。
「ごめん。考えごとしちゃったわ」
「ダイヤモンドいやなの?」
「どうしてそう思うの?」
あなたとお揃いならそんなことないって、むしろいい方向でも考えられるようになったって。
そう私には言えたけれど、少し聞いてみたかった。
どうしてそう思ったのかを。
「永遠のきずなって言ってるときなんか考えてそうだったし、その後もマリー考えごとしてたから」
清々しいほど全部ばれてる。イブってほんとにわかるのね。隠しごとできなさそうね。
隠しごとできないことに私は胸がじんわり温かくなった。なんだか嬉しいわ。
理由なんて明白だけれど。
「確かにダイヤモンドは今まであんまり好きじゃなかったわ。
でも、あなたとお揃いなら嬉しいと思ったわ。
イブとお揃いなら、あの輝きもきっと美しいって思えると思う。
別に嫌なわけじゃないよ。ただ昔のことを思いだしただけよ」
「そうなんだ。昔のことってなに?」
「それはあとで二人のときにね」
別にコーデリアに聞かれたくないわけじゃないが、昔のことはイブにだけ話したくなった。
さっきいっぱい話してしまったけれど、それもあってだった。
私のことはイブにだけ教えたかった。
「わかった」
「なら、わたくしはここで戻ろうかしらね」
「別に追い出したいわけじゃ」
「違うわよ、姫様。私が二人きりにさせたくなったのですわ。
姫様。婚約指輪のデザインなどはまた今度お話致しましょう」
「うん。ありがとう」
コーデリアはにこっと微笑み部屋から出ていった。