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異説・般若   作者: たくや
3/4

 病棟の悪魔

健太郎は初めて京子と対面する。攻撃的な彼女の性質は、支配的な家庭に育ったトラウマから来るものだと分かるが、冷静な分析の後に健太郎は、敢えて挑戦的な質問をする。その顛末は?

 今日から自分が担当医になる患者の、中屋敷京子と言う謎めいた女性が突如現出させた、豪勢なステーキの朝食に、驚いた精神科医の橋本健太郎は、恩師の今川教授の目くばせによって、この食事をありがたく頂きなさいと言うメッセージに了解して、先にステーキのご馳走に、ナイフとフォークを付けた今川教授に倣って、「では!頂きます」とこの意外なご馳走を頬張ると、美味しそうに食べた。

 恩師は「中屋敷さんから、このようなご馳走になるのはしょっちゅうですよね。申し訳なくて!」と言いながら、その美味しいステーキを切り、美味しそうに食べていた。中屋敷は、2人が食事に舌鼓を打っているのをよそ目に、病室での慣例になっている縫いぐるみの作成に取り掛かっていた。

 中屋敷京子のような女性が?縫いぐるみ?!健太郎はこれにも意外な感慨を抱かざるを得なかった。

 京子はこの料理を出現させた時にも、裁縫をするより簡単に、トリックでも楽しんでいるかのように料理を出現させ、そこからはもはや勝手に、コーヒーポットを珈琲で満たし、デミタスが出現し、と、全てが自動的に進行して行った。「これが私の困っている事のひとつなのですよ」と京子は言っていた。つまりは、このような特殊の能力を使えると言う事が、京子にとっては悩み出会っても、傍でみているほどそれが、楽しい事でも、便利な事でも無いのだと言う事か、それ以上のなにか、苦しみを伴う事なのか、健太郎にはまだそこまで詳しい事情は分かろう筈が無かった。

 健太郎はゆっくりと食事を楽しんだ。折角の機会だからこのような特殊な事象によって現れた豪華な食事の一つ一つを、丁寧に味わいたかったのだ。

恩師の今川教授はとっくに食事を終えて、デミタスで食後の珈琲を飲んでいる。京子は食事を終えた今川に、こう話しかけている。

「この縫いぐるみには共通点がありますの。今川先生はお気が付いていらっしゃいますか?」

 今川も、これらの縫いぐるみを見たのが初めてらしく、京子が言うそれらに共通する何かは、分からなかった洋だ。

「ヒントは、私にも同じ特徴があると言う事ですのよ。お分かりになりません?」京子はまた聞いている。

 健太郎は、二人の話を念のために耳に入れながら、漸く食事を終えた。美味しいパンを最後にもう一つ皿から取って、食後の珈琲でこのパンを味わった。コーヒーの香りの中、健太郎は京子の手の中にある縫いぐるみにあると言うその共通する特徴を目で探した。京子にも同じ特徴があると言う。妙な気がしたが健太郎は、京子の顔は余り見ずに縫いぐるみに共通する特徴を探そうとした。

 今川教授もこれには答える事が出来ずにいた。

 他愛もないことがその答えには違いないが、それが京子の顔にも共通だと聞いた事から、却って今川も答えを言い難くなっている様だった。

「今川先生にも分からないんですの?意外と簡単なのに」京子は言うと、今度は健太郎に答えを聞いて来た。「健太郎先生にはおわかり?」京子の言葉にトゲがあるのを意識しつつ、健太郎はこれに刺激されるどころか冷静になって京子の心理を分析した。

 頭脳明晰である。

 ネックになっているのが、この勝ち気な性格の裏返しだ。支配された事によるトラウマのためか?

 会話で優位に立ちたがる。

 ものを与えて優位を保つ。 

 他人を信じない。

 

 他にもその心の偏りを把握できないかと、健太郎は水を向ける。「可愛い縫いぐるみですが、わかりませんね。ちょっと拝見しても宜しいでしょうか?」


「あら。先生もお分かりになりませんの?特徴なんか目立つものでもありませんけれど」

「教えていただけませんか?わかりませんよ」健太郎がいうと、京子は「この次の診療日にも縫いぐるみを持って参りますわ。その時に観察なされば?お医者様なんですから、これぐらいはすぐに、お分かりになるだろうと思っていましたのに」ツン、と相手を撥ね付ける声には、健太郎への優越の色がはっきりと混じっている。京子は、健太郎を御しやすい医者だと感じているのだった。ここで健太郎は飽くまで観察の対象者としての京子を診ているのだった。

 年齢は二十代も半ば頃の京子の起こすらしい事象は、騒霊現象にも該当しないと健太郎は考えたが、猶詳細な観察を要する。まれだが、騒霊現象が既に成熟した男女に現れる事象も幾つか報告があるのだ。ユング心理学には、否定の論理を用いない。全ての事象を、事実として受け入れるのである。

 物体の出現について、トリックの可能性も十分残されており、今後の結果次第であろう。騒霊現象の原因は、観察対象者が日常的に起こすと言うので、今後に待つ事。

 対象者の攻撃的な性格は、上記、トラウマのため。

 騒霊現象や物体の出現が、対象者によるトリックである場合、その原因は、ここに着目すべきである。

 頭の中に、このようなカルテを作成しつつ、健太郎は、とくに会話による反応を相手には与えずに、会話の反応から見えた事をまとめた。


 「あたくしには、何でも無いことなんですのよ。何か欲しいものがあれば、遠慮なくおっしゃって下さいね」京子はまた、自分の優越に、笑顔でこう繰り返していた。

 

 「特に欲しい者はありませんが、例えば私が任意に要求する何かでも、出現させて下さいますか?例えばそれは、物でも欲しいものでも無く、物質でもない概念だったらどうなるかを、試して下さいませんか?」と、健太郎は少し無理な事を要求してみた。

 すると、同席する今川教授が、少し離れた所にあった肘掛け椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄って来た。「なるほど、概念か。発想は面白いがそれは無理だと思うよ。まあ、京子さんが良いとおっしゃるなら話はちがうけど」今川は、健太郎の要求に無理を感じ、これまでの経緯を踏まえて、間に入ったのだ。こじれると、困った結果にもなるからである。この種のトラブルがこじれた結果裁判沙汰にまでなってしまう事も決して珍しくは無い時代なのである。これは健太郎の指導者として適切な介入だと言えた。

「あら、今川先生。こちらのお若い先生の邪魔をなさってはいけませんわ」京子は今川の措置にも挑戦的な姿勢を見せた。何が何でも、医師の診療行為を妨げたり攻撃したりしながら、兎に角、自分が優越を保ちたいと言う姿勢なのだ。

「私には、簡単な事ですのに」京子が言う所に、今川は健太郎を制しながら、病室の外に出た。

「少し時間が早いようですが、今朝の診療はこれで終了します。次回も私共でお邪魔をします」

 今川は挨拶を終えると、附属病院から出て、大学構内にあるカフェーへ健太郎を誘った。


「少し見透かされたね、患者はお前を舐めてかかってる。多分、彼女の劣等感からだと思うが、少し若いお前を、先生と呼ぶことが嫌なのだと思う。前例があってなあ、それで、私が担当医になったのだが、また若いお前が新しく担当医になって、必死でバリアを張っているのだと思う。だけど、お前なら、精神医学とユング心理学との調和がテーマなのだから、上手い事やっていけるね?」

「勿論です。既に私なりの分析をしました。それで、患者にあのような質問をしてみたのです。攻撃性が私の向けられていた理由も、先生の御所見と同じです。支配されたトラウマに起因する攻撃的な性格と情動だと感じました。私の質問が、先生をヒヤリとさせてしまう様な事だとは思いませんでした。申し訳ありません」と、健太郎が所見を述べつつ、やり過ぎを詫びた。

「こんな事はしょっちゅうですわ、とか、いつもこうですの、と言う話し方をする時には特にね、用心しろ。私もそうだったが、今も舐められたままさ。心理学も専門にしたお前なら冷静に彼女をコントロール出来るだろう?」

「先生のアドバイスを頂きながら、コツを掴めるとおもいます。明後日の診療の時には、もっと平穏を保つ様にしますので・・」

「ところでなあ、健太郎。おまえ、彼女が言ってたあの、縫いぐるみと彼女自身とに共通した特徴と言ってたろ?あれがどういう事かわかったか?」

「いいえ。だから、宥めて置いてから、私のきつい質問で制御する心算でしたが」

「あのままおれが、介入しなかったとしたら、今頃はもう、手酷くやられていたよ。だから、割って入ったのさ。それは、お前は何も知らないのだから無理も無いが」「手酷くって、何をでしょうか?」

「何をってお前。あの京子って人を知らないからだよ。気に入らないとかの世はなあ、騒霊現象で答えて来る。本物のポルターガイストだよ。あんな恐ろしい目には二度と遭いたくないものだ・・」今川はようやくその任から離れられる安心感からか、健太郎に彼が経験させられた騒霊現象の様子を詳しく語ってくれた。

「あの京子と言う患者の顔つきが、青ざめてから鬼の形相になる。室内に荒らしの様な強い風が吹き荒れて、彼女は白目を剥いた。そうしたらもう、止まらないのさ、次々に、訳の分からない悪霊、とここだけの話だが、な、悪霊とか悪魔とか、そういうものが、ラッパみたいに不気味な音を出すんだよ。あんなに恐ろしい思いをした事は無いなあ・・」

「彼女には出せるらしいよ。本物を・・」

「ほんものを、ですか・・?」

「あれを、何て言い表せば良いのかなあ?お前もいつかは、ポルターガイストを見せられてしまうよ。あの京子って言う女性は、精神科病棟の悪霊さ。恐ろしくて仕方が無かったんだよ・・。」

「臨床医としてだけでなく、ユング心理学を学んだ私なら、何とか恐れずに、やって行けるかと、思います、先生」

「そう願いたいよ。ほんとうに!とんでもない疫病神を!背負い込んじまったなあ・・・・」今川は初めて健太郎に本音を吐露したのだった。

 (続く)



 

 




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