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冬の童話祭

大統領のぬいぐるみ


これは世界地図で探しても見つからないかもしれない国の話。


海の中に浮かんだ大きな大きな島ー-大きいけれど海の広さの一割にもならないそんな大きくて小さい島のたくさんある国の内の一つ、ネブタール共和国の話。

ネブタール共和国は今から132年前に誕生した、国と国に挟まれたとても小さな国。

海はなくて背後にはとてつもなく長い山脈がある。


ネブタール共和国の産業は牧羊と製造業。


ネブタール共和国は羊毛の名産地として世界的に知られているし、羊が国民の5倍もいるもんだから朝ごはんには必ず羊のミルクが出てくる。


それから、ネブタール共和国の平地側にはそれこそ一面に小さな町の工場がひしめき合ってにわとりの仕事もない。何故なら、ネブタールの職人は早起きだから。

鶏が高らかに朝を告げる前に職人たちがガチャガチャと仕事をする音でみんな目を覚ましてしまうんだ。

職人たちはみんな自分の腕にプライドのある人達ばかりなので、ネブタールの製品の品質はとてもいい。

最近ではロケット産業にも手を出すとか出さないとか。


そんなネブタール共和国には大統領がいる。


大統領の名前はユユ・ラーシアルド・ドリアード・イナフ・ネブタ・ル・メイナーチャ・アレド・ススフスキー・ソレカラ・アサガヤ・ッテクル。


長い名前でしょ?

ネブタール共和国は職業や住んでる場所が名前につく国だから大統領となると役職やなんやでそれはそれは長い名前になる。

名前を呼ぶとき困らないのかな?と思うかもしれないけど、大丈夫。

ネブタールの人の名前には必ずネブタ・ルが入ってるんだけど、大体この後に生まれた時に貰った名前がつくんだ。

日本人で例えると、兵庫県・神戸市・ネブタ・ル・太郎・パン屋さん・田中……みたいな感じ。


だからこの国の大統領はみんなにメイ大統領と呼ばれている。


メイ大統領は凄く立派な人でネブタール共和国とそこに暮らす人々の暮らしをよくしようとたくさん勉強して大統領になった人なんだけど、何しろとっても背が高くて手の平も大きくてそれから何と言っても顔がちょっとこわい。


別にこわくしようとしているわけじゃないんだけど、どうしてもこわい顔になってしまう。


寝起きのメイ大統領なんてもう、昔話の鬼なんかよりもずっと怖い顔をしてるから大統領の秘書も朝はどうしたってびくびくしてしまうんだ。


それに、メイ大統領は口数が少ないから。


こわ〜い顔でも明るく「おはよう、今日もいい天気だね」とちょっと怖くてもにっこり笑って挨拶すればいいんだけど、メイ大統領はむすっとして「……おはよう」とだけ。

だから、メイ大統領は素晴らしい大統領だ!とみんなに尊敬されてはいるんだけど、それと同じくらい厳しくて怖い人だと思われている。


本当はそんなことないんだけどね。


メイ大統領はちょっとシャイなだけなんだよ、本当は。


子供の頃から恥ずかしがり屋で本当は人前に立つのなんて足ががくがくしちゃうけど、大統領がシャイだなんて事がみんなに知られてしまっては一大ニュースだからメイ大統領は今日もむすっとした顔でシャイな事がバレないようにしているんだ。


そんな大統領には親友がいる。

名前はクッキー。ふかふかの羊の毛でできたクマのぬいぐるみだ。


大統領が3歳の時からの友達で、恥ずかしがり屋の大統領も彼の前でならほっと息をつける。

ふたりはとっても仲良しなんだ。それにお互いに信頼し合っている。

大統領はクッキーに大事な選挙の演説の練習を聞いてもらったり、政策の悩み事の相談なんかをする。

クッキーは大統領に話しかける事は出来ないけど、彼に話を聞いてもらうと大統領は頭がすっきりとして名案が思い付いたり、人前で話すのが少しだけ緊張しなくなる。

だから大統領にとってクッキーはとても大切な存在なんだ。

クッキーも大統領の事が大好きだ。けど、だからこそ大統領がみんなに誤解ごかいされてるのを心配していた。

だって、本当はこんなに真面目で一生懸命で友達思いの優しい大統領なのに!!

クッキーは自分が言葉を話せたらみんなにメイ大統領の良い所をたくさん教えられるのにってずっと思っていた。



ある日のとっても天気のいい風の気持ちいい朝の事。

メイ大統領はその日の午後に予定されているスピーチの為にいつものようにクッキーに本番前の練習を聞いてもらっていた。

その日のスピーチと言うのが、山脈側の高地に住む人達と街工場がある平地に住む人達にもっと仲良くできませんか?とお願いするスピーチだった。


実はネブタール共和国の国民は仲が悪いんだ。


山脈側に住む羊飼いたちはこの国が誕生してからずっと伝統を守ってきた誇りがあって、あとから発展してきて今では国の一大産業となっている街工場の人達をいけ好かないと思っている。

街工場側だってそれは同じで山の中で一昔前の生活をしている連中が自分達より偉いはずがないと思っている。「だって奴ら、字も読めないんだぜ?」それなのに何かと目の敵にして馬鹿にしてくるからお互い顔を合わせたらすぐに喧嘩になってしまう。


『羊と鉄は一緒にするな』これがネブタール共和国民の口癖でもある。


大統領はみんなが大好きだったし国民全員に仲良くしてもらいたかったので、この日のスピーチに向けて一段と力を入れていた。

クッキーはいつもの定位置の窓際で陽光ようこうと一緒に大統領の練習を聞いていた。


「ー-であるから、お互いが歩み寄りの精神を抱く事はなんら恥ずべき事ではない。寧ろ、未来の子供達に送る最上の資産である。それは、伝統や技術を受け継ぐことと同じぐらいこの国に価値あることなのだ……

……“資産”は堅苦しいかな?

“プレゼント”の方が耳に残りやすいか。

……ごほん、最上のプレゼントである。

……う~ん、やっぱり違うか

“贈り物”の方がいいかな?」


開いた窓からはさっぱりとした春の風が入り込んで最後の仕上げに余念のないメイ大統領の火照った顔を冷ましてくれた。

ところが、春の風って言うのはいたずら好きというかちょっと困ったところがある。

メイ大統領がうんうん言いながら頭を悩ませている時、春の風がクッキーにちょっかいを出した。

『なあ、ずっと部屋の中じゃつまらんだろう

どうだ、俺が外に連れて行ってやるよ』

そうして春の風の奴はクッキーの返事も聞かないでクッキーの手を取ると、くるっと向きを変えて窓の外へと身をひるがえした。

でも、当然クッキーは風でも鳥でも飛行機でもないからそんなことされたらたまったもんじゃない。


『地面に落ちてしまう!』


でも幸運な事に窓の近くに植えられたニレの木から垂れた白い輪っかのようなものが丁度クッキーの腕に引っかかった。

『助かった。これならきっと気づいてくれるはずだ』

もちろん、メイ大統領はすぐに親友のピンチに気づいて窓から身を乗り出した。

ところが!

ところがだ、クッキーの腕に運よく引っかかった輪っかはクッキーの重みで一度ゆたりと沈むと、今度はふたたび浮かび上がった。

垂れていた輪っかのついたひもはニレの木に引っかかった風船のしっぽだったんだ。

メイ大統領の目の前をクッキーの体がふわふわと通り過ぎた。

メイ大統領は慌てて3階の自分の部屋から階段を駆け下りた。

あんまり急いだもんだから大統領を迎えに来た秘書がびっくりして持っていた書類を落っことしちゃったぐらいだ。


「大統領!どうしたんですか!?」


玄関に突進する大統領に秘書が拾い上げてバラバラになった書類を腕に抱えてズレた眼鏡を治しながら尋ねた。


「クッキー!クッキーが!!」

「え?クッキー?」


秘書は別のクッキーを思い浮かべたけどいつも冷静で大声なんて聞いたことのないメイ大統領があたふたしているのを見て慌てて一緒に家を飛び出した。

春の風が気紛れに空を泳ぐ。

クッキーを連れた青い風船がふわふわとそれにつられて飛んでゆく。

靴ひもが片方解けているメイ大統領がそれを追う。

荷物を一杯手にしたままの大統領秘書がそのまた後を追う。


「大統領!どこへ行くんですか!?」

「すまない、友達のピンチなんだ!」


それを聞いて秘書はまたまたびっくり。


大統領は色んな人と知り合いだけどそれは友達ではなくて、大統領が誰かを「友達」なんて呼ぶのは初めて聞いたから。

秘書はぐっと口を引き締めた。

つまり、大統領の友達のピンチなら、それは大統領のピンチなのだ。


「大統領!私も手伝います!!」


自分が何をすればいいかもわからないまま秘書は前を走る大統領に叫んだ。

それに秘書は常日頃からメイ大統領の役に立ちたいと思っていたのだ。

必死になっていた大統領も秘書に大声で返した。


「ありがとうっ!」


春の風は唐突に始まった鬼ごっこに大はしゃぎ。

さっきよりも速さを増してメイ大統領の住んでいる住宅街から街工場がある平地の方へ流れていった。 


街工場では職人たちが仕事の真っ最中。髪の毛よりも薄い単位で金属を加工したり、電子部品の組み立てを試したりしていた。

ところが、そこへ春の風、風船とクッキー、それからメイ大統領と大統領秘書が飛び込んできたのでみんな呆気に取られて作業は中断。

いつ見ても隙の無い恰好で厳めしい顔つきのメイ大統領が外出中と言うのにジャケットも上着も着ていないぞ。

シャツとズボンと片方の靴ひもがほぐれた革靴で大汗を流しながら「おはようっ!」と走っているせいでいつになく大きくなった声を掛けながら職人たちの間を走り去っていく。


「一体どうしたんだ!?」


職人たちは何とか秘書をつかまえた。


「大統領のご友人、クッキー氏のピンチなんです!」

「なんだって!」

「メイ大統領の友達だと!?」

「クッキーって誰だ?」

「いや、そんな事は今はどうだっていい。

大統領の友達のピンチって言うなら、つまりは大統領のピンチだ、つまりは俺達のピンチだ」


職人たちは一斉にー-でもちゃんと機械の一時停止ボタンを押してからー-大統領の後を追いかけた。

大統領にはまだ若い産業だった製造業を国の一大産業になるまで支援してくれた恩があるんだ。

もちろん、それが大統領の仕事なんだけどそれでも感謝はするでしょ?

今日も安全に運転してくれる運転手さんに「ありがとう」

買い物でお釣りを返してくれる店員さんに「ありがとう」

ー-ね?

だから職人たちも秘書と同じように大統領の力になろうと思い立った。


つなぎを着た職人たちがスパナなんかを手にしたまま追いかける。


秘書は書類の山から2,3枚飛び去りそうなそれを抑えこみながら追いかける。


大統領はあと少しの所でクッキーの腕を掴めそうなところで靴ひもを踏んで転びかけた。


クッキーは人生初の大冒険に目がまん丸。


春の風はこんなに大勢と鬼ごっこをした事が無いのではりきってはりきって。

街工場の隅から隅まで余すことなく駆け巡った。


そのたびに鬼ごっこは仲間を増やしていった。


それから春の風、今度は羊飼いたちが住んでいる高地へとヒューヒュー笑いながら向かっていった。

山の空気は冷たくて体を横たえるととても気持ちいいからクッキー達にも味わってほしかったのさ。

気はいい連中なんだよ、春の風って奴は。

山の青い斜面では羊たちがのどかに草をむしっていてまるで空に浮かぶ千切れ雲のようだった。

ところが、そこへ春の風、風船とクッキー、それからメイ大統領が飛び込んできたのでみんな呆気に取られて食事は中断。

だって、いつ来ても顔色一つ変えずに山を登るメイ大統領が今は髪はぐちゃぐちゃだし、顔は赤くれてふくらんだ果実のよう。


大統領は羊の群れと羊飼い達に「失礼っ!」と食事の邪魔をしてしまった事を謝って通り過ぎていった。

確かに大統領の後からは大統領秘書を筆頭に大勢の人間がー-ん!?今のは獣臭いと馬鹿にして牧羊地に足を踏み入れた事のないあの平地の連中じゃないか??

一体何が起こったのか。羊飼いたちは鯨による大津波でも来たんじゃないかと慌てて秘書を呼び止めよとしたが、秘書は「他の人に聞いて!」とこれ以上大統領との差をつけない事に必死。それで走っている連中を呼び止めた。


「大統領の友達のクッキーさんのピンチだそうだ!」


職人たちは息も絶え絶えになりながら叫んだ。


「なんだって!」


「くっきぃ!?」


「メイ大統領の!?」


「いや、それよりも山に慣れていない奴がこんな事をするな!!」


「馬鹿野郎っ!大統領の友達のピンチは大統領のピンチ、つまりは街工場のピンチだ!指くわえて待ってるわけにはいかねぇぜ」

「馬鹿者っ!街工場のピンチじゃない。大統領のピンチは羊と羊飼いのピンチだ!」


羊たちがヴェェェェヴェェェと同意する。

大統領には牧羊の歴史が途絶えないように力を尽くしてくれた恩があるんだ。

もちろん、それが大統領の仕事なんだけどそれでも感謝はするでしょ?

美味しい食事を作ってくれたコックさんに「ありがとう」

きれいに掃除してくれた清掃員さんに「ありがとう」

ー-ね?

だから羊飼いたちも秘書や職人達と同じように大統領の力になろうと思い立った。


けど、宿敵・街工場の連中の顔を見るとどうしても何か一言言ってやらないと気が済まない。

「おい、お前らが高地を走るだなんて無理だ。とっとと尻尾巻いて帰れ!」

「あんだと!?俺たちゃ羊じゃねぇんだ!尻尾なんてないし、お前ら羊飼いの言う事なんか聞くもんか!」

「言ったなっ!」

「言ったぞっ!」

あーもう、また喧嘩が始まっちゃったよ。

けど、その時保護面(溶接マスクとも言う)をつけたまま走っていた若い職人の一人がもうダメだと地面にへたりこんでしまった。


「おい、お前こんな所でへたりこむな!」


親方はついいつもの感じで若い職人を怒鳴った。

「でも、もうダメです」

「お前に街工場の誇りはないのか!」

そう言う親方も顔色が悪い。山の上は空気が澄んでるけど、普段低い平地に住んでる職人たちは息が上がってはあはあ。

ずっと走っていたのと、山の空気が薄いのとで今にも倒れそう。


たまらず羊飼い達は声を掛けた。

「工場の誇りかなんか知らんが、このままじゃ死んじまう」

「おい、その若いのを俺の家に運べ。かかあには叱られるかもしれんが目の前で弱ってる奴を見捨てるわけにはいかん」

「そこの年取ったのもこんなところで倒られたら羊が驚く」

「だれが、年取ったのだ!!あんたも同じぐらいだろ」


こんな調子で親方と若い職人は連れてかれて、その他半分ぐらいの職人たちも一休憩ひときゅうけいと原っぱに手をついてどさっと座り込んだ。草の瑞々しさが掌に伝わり、冷たい風が熱い体に心地よい。見上げた空は遮るものがなく雲が全部羊になってしまったせいか真っ青。永遠と続きそうな空の端っこと端っこにはそびえる山脈とネブタールの町並みが見える。

「夜になったら星がよく見えそうだな」

誰かがぽつりと言った。

「絶景だぞ」

誰かが誇らしげに言った。それからこうも付け加えた。

「だが、まあ町の方もなかなかきれいだ」

それはまるで光る粉砂糖みたいなんだ。

チョコレートケーキやマフィンにふるい掛けるように粉砂糖はネバタール共和国の上に振り掛けられて工場や家々の窓、隙間すきまに積もったり、ダマになったりしてる。

夜の冷たさに溶けて液体になると大通りに流れ込んで光の川になる。

一つ一つは小さな光の粒がふんわりと発光して街の形を教えてくれる。


月のない夜、紺色の草原からそれら眺めると羊飼いたちは皆、何だかたまらない気持ちになった。

「ふーん、そりゃ一度は見て見ていもんだな」

息を整えた誰かが言った。

「ふん、いっぺん見ちまったら一度じゃすまなくなるさ」

誰かがそう言って、それからポリポリとほほいた。



さて、春の風との追いかけっこはまだまだ続いている。

始めて見る空の広さに驚いているクッキーと

両方の靴ひもがほどけたメイ大統領と、

腕の中の書類の半分を落としていった事に気付いていない大統領秘書、

今では半数となった職人連中と羊飼いたち、

ー-それから大勢の羊たち。

羊たちはメイ大統領や秘書や職人や羊飼いたちが走っているのを見て「自分も自分も」とこの追いかけっこに参加したのだ。

春の風は今まで帽子をかぶっているおじさんや新聞売りの少年には相手にされたけど羊ははじめてだったのでちょっとびっくりしてしまった。

大勢の羊に向かってこられると結構怖いからね。

それで羊たちの群れから逃げ出そうと上の方にぴゅぅうと伸びあがった。

当然、クッキーを連れた風船もくるくると舞い上がりー-


パンッ


青い風船はあんまり高い所に連れてこられたから勢いよく割れてしまった。

勿論、クッキーは高い所から急落下!!

「クッキー!!」

メイ大統領は一生懸命伸ばした手で友人をしっかり受け止めた。

『あぁ、よかったぁ

綿がひっくりかえるかと思った』

クッキーは大統領の腕の中でほっと胸をなでおろした。

「あぁ、よかった」

大統領も親友を無事に救出できて涙目。

そこへあとを追いかけていたみんなが立ち止まった大統領に追いついた。

「大統領、ご友人は!?」

「サブレ氏は?」

「バカッ!クラッカーさんだろ」

「え?ビスケット伯爵じゃないのか?」

みんな大統領のピンチって聞いていてもたってもいられずに走り出したせいで自分達が何のために走っていたのかよく分かってなかったみたい。

その時になってメイ大統領はこんなにたくさんの人がいる事に気づいた。

それに自分がどんな状態なのかも。

靴は片方脱げかかっていて、ワイシャツはくしゃくしゃだし工場で使われている油で茶色染みが出来ている。ズボンはひざまで草原の土や泥が跳ね却って汚れている。

そして腕の中にはクマのぬいぐるみ。

大統領の赤かった顔は途端に真っ青になって汗は冷たく、体はがたがたと震え出した。

クッキーは大統領の子供の頃からの親友だったから、口にしなくても今、大統領はピンチなのだと分かった。

『どうしよう!僕のせいで!!』

クッキーは今、自分が喋れたらどんなにいいかと願った。そうすれば、自分が見世物になる代わりに大統領を助けられるかもしれないし、メイ大統領がこれまでどんなに頑張っているかを話せばみんな分かってくれるかもしれない。

でも、クッキーはぬいぐるみなのだ。

羊の毛と綿とボタンでできたクマのぬいぐるみなのだ。

メイ大統領の大きな両手には可愛らしい赤いリボンをつけたクマのぬいぐるみがある。

彼には大統領として今すべき事が分かっていた。

でも、それはできなかった。クッキーは親友だから。

大統領は口を開いた。

「私は常にネブタールの国民に対して誠実であろうとしてきた。

しかし、私は一つ大きな嘘をついている。それは“私自身”だ」

休憩を終えた職人と羊飼いたちもやってきて草原には人間と羊が入り乱れていた。

「私は今まで大統領としてこうあるべきだという姿を演じてきた。

しかし、本当の私は小心者で、人から嫌われる事を恐れて人に近寄る事も出来ない。

今まで私を支えてきてくれた大事な友人を紹介する事もできないそんな臆病者なのだ。」

みんながしんとなってメイ大統領を見ていた。

秘書も、職人たちも、羊飼いたちも。

彼の手にしたクマのぬいぐるみの耳がふるふると震えるのをしっかりと目にしていた。

お互いの顔を見合わせた。

相手が今どんな顔をしているかを見るために。

そこに集まった何百人ものバラバラの顔には同じ表情が浮かんでいた。


それで、彼らは肩を抱き合って青い草原に座り込んで一斉に喋り出したのだ!


「久しぶりに走ったからひざががたがただよ。

ええ?あんたらはそんな事ないんだろうねぇ」

「いやいや、こんな速さで走る事はないさ。

しかし低地に住んでるわりには中々やるじゃないか」

「まあ、俺だって子供の頃はよくこっちに遊びに来てたからな。

まだ体が覚えてたんだな」

「実を言うと、俺もガキの頃は親の目を盗んで街に遊びに行ってたんだ。

バレたら酷く怒られたよ」

「ああ、俺もさ」

別の所からは怒号も上がった。

「あぁ?なんだとそれ以上言ってみろ!街工場一の腕っぷしを誇るこの俺が相手をしてやろうか」

「待て!どういう事だ。俺が街工場一強い男だ」

「いや、俺が!」

「だてに70年羊飼いをやってきたわけじゃない。

どれわしが相手をしてやろう」

「じいさん、ムリすんな。

よし、ここは腕相撲で勝負しよう」

「望むところだ」

「じゃあ、まずは公平をすため平坦な場所を探さないとだな」

まだ別の所では何やら企み事が。

「実は今度は宇宙に目を向けてみようかと思っていてな」

「宇宙はロマンがあるよなぁ」

「俺達が生きている頃には完成しないかもしれないけど、この国からロケットが飛ぶって考えるといいいな」

「そしたら、“宇宙羊”なんて売り出したらどうだ」

「また、あんたらは伝統って奴を分かっていないんだからなぁ

……けど“宇宙羊”か。ちょっといいな」

「そうだろう?一度聞いたら耳から離れなそうだろ」

「なぜだか心惹かれる名前だ」

みんながわいわいと騒ぎだしてとてもさっきまでの静かさが嘘のよう。

この何十年とお互いなるべく顔を合わせないでいた街工場の職人たちと羊飼いたちが趣味の話で盛り上がったり、面と向かって悪口を言い合ったりしている。

メイ大統領は目の前の光景に目を丸くしてぼんやりと立っていた。


それを若い連中がつかまえて、腕相撲のレフェリー(審判員しんぱんいん)をしてくれと言うのだ。

どうやらいつの間にか腕相撲大会が開催されたらしい。

大統領は腕を引かれるままその一団に加わった。隣には勿論彼の友人がいたが、誰も何も言わなかった。

ずっと隠してきた大統領の気持ちを考えて、メイ大統領の気持ちが落ち着くまで友人を紹介されるのは待とうとみんながそう思ったのだ。

なんて言ったってメイ大統領はこのネブタール共和国の大切な大統領だから。

それからこうも思っていた。


『この国の大統領はぬいぐるみとも友達になれるのだから、人間同士の自分達が友人になれないのはおかしい』


それで、その日の午後は羊飼いと職人たちのおかみさん達が「いい加減にしなさい」と言うまでそこにいた。

メイ大統領は周りを見渡した。

みんな仲良くするのは難しくても面と向かって言いたいことを言って、自分達の事を語り合って、最後にはお互いが尊敬できるネブタール共和国の国民なのだと知ってほしかった。

それはいつもメイ大統領がみんなに対して思っている事だから。

今日の演説会ではそれを伝えたかったのだ。


クッキーは嬉しかった。

彼の親友が顔を真っ赤にしたまま嬉しそうに笑っていたから。

自分が伝えなくても大丈夫なのだとクッキーにも分かったんだ。

だから言葉が話せなくてもいいんだ。

それが知れただけでクッキーにとってその日はとても幸せになった。

それに怖くもあったけど、冒険はスリルがあって楽しかったからね。



ところでネブタール共和国はエコにも配慮はいりょした国なので、用事を終えた紙をただ捨てるのはもったいないと大統領は羊が食べても大丈夫な紙とインクを国民に普及ふきゅうしていて勿論大統領もそれを使っている。

何でそんな事を言うのかって言うと、大統領秘書はその日の午後の演説会で使う予定だった書類を結局全部落としてしまって、羊たちは落ちている紙を夕飯だと思ってむしゃむしゃ。

大統領と秘書とそのしたで国の為に働く人達がみんなが仲良くするために、お互いの気に入らない所とかを調査したアンケートだったんだけど、羊たちが全部食べてしまった。


でも、いいのさ。もうそれらは必要なくなったから。


戻ってきた春の風もそう言っているよ。


最後まで読んでくれてありがとうございます

しばらくしたら、フリガナや慣れない単語の意味をつけたものも投稿するので辞書を持っていない人がいたらそちらをよんでもらったらうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「冬童話2023」から拝読させていただきました。 これは児童文学の秀作です。 幼稚園の子には難しいかもですが、小学校の子にはたくさん読んでほしいですね。 いたずらな春風のお手柄? いえいえ…
[一言] >>「ふん、いっぺん見ちまったら一度じゃすまなくなるさ」 誰かがそう言って、それからポリポリと頬を掻いた。 のところがいいと思いました。
[良い点] 面白かったです。 すごーく楽しくて優しくて、大統領が可愛いお話でした。 みんな、いい部分だけじゃなくて、喧嘩したりコンプレックスを持っていたりするけれど、それでもなんだかんだやっていくとこ…
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