6.お義母さまが訪ねてくださった
「あら~?なんか泥臭いと思ったわ~」
次の日、私が畑の手入れをしていたら(と言っても昨日草をむしって畑を作って種を植えたのでもうすることはほぼなかったのだけれども)お義母さまがいきなり現れた。
「お義母さま!来てくださったんですね!」
満面の笑みで迎え入れると、お義母様は一瞬怯んだように見えたけど…どうされたのかしら?
「ふん、いい気なもんね」
「ええ!!!とってもいい気分ですの!今までできなかったことが出来て楽しいですわ!」
ふーん、と言いながらぴきぴきと青筋を立ててらっしゃるように見えるんだけど…大丈夫かしら?
「なぁに、あんた畑なんかつくってんの?ふんっ、いつまで続くか見ものね。せいぜい野たれ死ぬまであがくがいいわ」
お義母さまはそういうと、おもむろに畑に向かいその美しい靴で私が種を撒いたばかりの一角を踏みつけた。
「ああっ!お義母さま!?」
何をしているのです、という間もなく、お義母さまはそのまま柔らかい畝に足を取られて後頭部から転んでしまわれた。
「お!お義母さま!??しっかり!!大丈夫ですか???お怪我は御座いませんか!?」
慌てて近寄り、その体を支えて差し上げる。
「お義母さまったら…畝立てたばかりの土は柔らかいんですから…そんなお靴で入ったらおみ足が汚れてしまいますわ」
「うっ…!うっさいわね!どきなさいよ!あんたの手助けなんかいら…」
「あら?」
私はお義母さまの足元を見る。
「まあ!お義母さま!!なんてこと!!!ムカデがいたのですね!それをわざわざ踏んでくださろうとしたのですね!?ああ、なんてお優しい!」
そう。お義母さまの足元には20センチはあろうかと思われるほどの大きさのムカデがぴくぴくして今にも息絶えようとしていた。
「ぎゃああああああああああ!!!!!!」
ムカデ、という言葉にお義母さまは慌てて立ち上がり、そして脱兎のごとく逃げていった。去り際に大きな声で、
「覚えときなさいよ!!あんた!!!つぎはただじゃすまないからね!!!」
と叫ばれて、私は嬉しくなってしまう。
「あら、次も来てくださるの?お待ちしておりますわ!」
朗らかに返すと、お義母さまはぷりぷりして帰って行かれた。まぁなんてかわいらしい。
「お前もこんなところに出てきたら駄目よ、ほら、もうしょうがないから私の畑の栄養とおなり」
お義母さまが踏んでしまったムカデをそっと土に埋めて、私は崩れたところの畝を直した。
「さて…と」
今日は実は大発見があった。小屋の裏に、大きな金属製の缶が見つかったのよ!!私がすっぽり入れるくらいの缶。
きっとここに泊まっていた小作人がお風呂代わりに使っていたのでしょう。下に薪をくべられるような土台も捨て置いてあったもの。
その缶を綺麗に洗う。水道が引いてあって本当に助かった。水が出ないとどうにも大変だもの。
その日はゆっくりとお風呂に浸かることが出来た。満天の星空の下、蒸留酒片手にほかほか湯あみ。
え??控えめに言って最高なのでは…?
――――――
デイビッドは混乱していた。
野盗に襲われ、命からがら逃げだし、領地の最奥から屋敷へ戻ってきたとき、心からほっとした、命があってよかったと。早く家族に会いたい。最近再婚したばかりのキャロルとレイブンに。レイブンはまだまだ懐くという感じではないが、この国では養子の爵位継承も認められている。
次期アークライト侯爵としての自覚を持てば、腹を割って分かり合える日も近いだろう。
そう思って帰ってきたら、スティーブンから身に覚えのない話を聞かされる。
「…私に、娘?」
そう返したときのスティーブンは目が零れるのではないかというほど驚いていたのを思い出す。
そうして、私の前に現れたのは、亡き妻にそっくりの美しい娘。
『娘』どうやらそこに関してだけ記憶をなくしてしまったらしい。…なんてことだ。
だが、私にとっての今、きちんと認識できる家族はキャロルとレイブンだけなのだ。早く記憶を取り戻さなければ、と思い、私はキャロルに話を聞いた。アンジェラという娘はどんな子なのかと。
返ってきた返事に、私は開いた口が塞がらなかった。
聞けば毎日キャロルやレイブンを呼び出し、食事を作らせては目の前でごみ箱に捨てたり、掃除をさせたりしているらしい。…なんてことだ。
レイブンに聞けば、このまえ宝石類を渡されて「質屋にいって売ってきて頂戴」と言われたとか。そして実際質屋にいったら「おもちゃですよ」と笑われ、大変な恥をかかされたとか。
そのほかにも食事中、カトラリーがちょっと音を立てただけで「オーケストラにでも来ているのかしら?」と嫌味を言われたり、散々な嫌がらせをしていたらしい。
また、夜な夜なフードを被り自分がだれかわからないようにして、辻馬車を呼んでは夜の街に遊びに行っているらしい。誰かわからないようにしているが、バレバレだという。
そして、今回私が野盗に襲われたのも、アンジェラの差し金だったという。実の父親にそんなことをするだろうか。信じられない。聞き出そうとしたらキャロルに止められる。
アンジェラを問い詰めようにも証拠がない。下手に嫌疑をかけて証拠を消されたら困るでしょう?と。
正直、怒りや憎悪しかわいてこない。自分を含め、こんな愛おしい妻と息子にそんな仕打ちをするのが自分の娘だという事実にはらわたが煮えくり返った。
それで、物置小屋への移動を命じたのだが。
スティーブン、並びに使用人一同の私への視線が、冷ややかすぎる。
スティーブンに至っては、「お嬢様の言葉より、あの親子の言葉を信じるのですか。断じてお嬢様はそのような方ではありません」と言い放った。長年アークライト家に忠実に使える執事があのような物言いをするのは珍しい。
そう思ってキャロルに聞くと、「だって、あなたの娘だという女はうそつきだもの。使用人にはいい顔をしていたわ。私たちだけよ…厳しくされたのは」
そう言って、およよと泣くものだから。
どっちを信じればいいかは一目瞭然なのだが。
「スティーブン、ちょっといいか」
私は夜書斎に入り、ここ一か月の収支報告書を見て、首を傾げる。
「…なぜこんなに支出が多いのだ?」
そう、収入に対して、支出の割合が高すぎる。主に交際費、自己管理費などのあいまいな科目が大幅に跳ね上がっている。
「…奥方様とご子息が」
「キャロルとレイブンが?」
「ええ、庶民からいきなり貴族になり、お金の使い方が分からなくなられたようで。週に三回は外商を呼び寄せ、それはそれは散財しておいでです」
・・・・・。
「管理費は渡してあるのだが…」
管理費。いわばお小遣いだ。しかも少なくない額の。
「ええ、足りないようですね」
さらり、とスティーブンが言う。なんか、随分と投げやりに聞こえるが。
「…妻と話してみる。下がってくれ」
「かしこまりました。どうぞ見誤りませんよう」
なんだろう…アンジェラという娘を小屋に追いやってから…ものすごく…見限られてる感が…




