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英雄親子は名誉を捨てる「逆召喚編」  作者: 筑豊ナンバー
1/1

見えないの絆

これは、名誉を捨てた少女と運命に中指を立てる青年の家族の物語である。

「本当にいい?アリス。これから異世界に行って戻ってこれる保証はない。…それでも行く?」

 

 中央教会の中庭には黒いローブを身に着けた女と、大荷物を持った少女がいた。

 地面には大きな魔法陣が書かれ、光を放っている。

 不安そうな魔術師に対し大荷物を持った少女は笑顔で答えた。

 

 「私は見てみたいんです。自分が生まれた…父さんが愛した世界を。それに母さんのお墓参りくらいしたいので。」

 

 「そっか。じゃあこれを持ってくといい。」

 

 魔術師は、手のひらで収まるぐらいの小さな水晶玉を旅立つ少女へ投げ渡した。

 

 「ありがとうございます。」

 

 そして私は異世界へ…故郷の世界へ旅立った。

 転移が終わって最初に目に入ったもの、それは殺人現場だった。




 ボロボロの廃墟とかした村には複数の武装した男達がいた。

 男達は村人達を膝まづかせ、後頭部に銃口を向けている。

 次々と村人の頭を撃ち抜いていき、ついに最後の僕の番が回ってきた。

 不思議と恐怖心はなく、生きることを諦めたせいか瞳に輝きはなくなっていて何もかもどうでも良くなっていた。

 僕の頭を打ち抜こうと引き金に指がかけられた、その時だった。

 遠くから銃声が聞こえ、僕に銃口を向けていた男が血を流し倒れ込んだ。

 

 「クソ!スナイパーだ!!」

 

 「どこからだ?!」

 

 男達は周囲を見渡しているが見つけることは出来ず、銃声が鳴ると同時に次々と血を流して倒れていった。

 男達が全滅した後、迷彩服に身を包み、スナイパーライフルを携えた男がこちらに近づいてきた。

 

 「遅くなってすまない。…無事か?」

 

 男の赤い瞳が僕の顔を覗き込んだ。




 「俺を恨んでもいいぞ。俺がもっと早く来ていれば君の家族は死なずに済んでいた。」

 

 男と手を繋ぎゆっくりと僕の歩幅に合わせながら安全地帯を目指し歩いていた。

 

 「おじさんのせいじゃないよ。僕の家族は何ヶ月も前に餓死してたから。」

 

 「…辛いことを思い出させたな。」

 

 「いや。大丈夫だよ。なれたから…」

 

 「……」

 

 なにか言いたそうな男だったが、言葉を飲み込んで沈黙した。

 

 「ねえ。おじさんは家族とかいるの?」

 

 「いるよ。ちょうど君と同じくらいの歳のかわいい娘が一人。」

 

 「…会ってみたいなぁ。」

 

 「そうだね。もし合うことが出来たら友達になってあげてくれないかな?」

 

 「うん!約束する!!」

 

 それから十年年後、俺は殺しを犯していた。




 「助けてくれ!!」

 

 「…」

 

 「なあ?金ならある!!」

 

 「…」

 

 地面を這いつくばり悲鳴をあげながら逃げる男をゆっくりと歩き追い詰めていく。

 

 「自分とあんたは同じっスね。」

 

 「え?」

 

 「『助けて』『許して』『殺さないで』。なんて悲鳴をあげる人間をさんざん殺してきた。」

 

 「…!?」

 

 両手にそれぞれ持った小型の鎌を振りかざし、男の足を切り裂く。

 これで逃げられないだろう。

 

 「うがぁああああああああ!!?」

 

 「違う点をあげるとすればあんたは善人を、自分は悪人を殺してきた事っスかね。…まあ人殺しには変わらないッスけど。」

 

 男の髪を引っ張上げ、無理やり体制を起こす。

 

 「せめて殺す相手は選ぶべきだったスね。」




 「なんでこんなとこに…転移場所は大まかでしか設定できないとは聞いていましたが…流石にひどすぎですよ。」

 

 希望を持ち、夢を見て異世界から転移した。

 これから自分が生まれた世界を旅して、母のお墓参りに行こう。

 昔、父さんと見た桜を団子でも食べながら見よう。

 そんな平和な未来を想像していた矢先、転移場所がまさかの殺人現場だった。

 

 一人の青年が男の首を切り裂き、絶命したのを確認すると立ち去って行く。

 青年は両手に小型の鎌を持ち、黒いフードを深々とかぶっているせいで顔が見えない。

 幸いこちらには気付いていないようだったので、青年が立ち去るまで物陰に身を潜める事にした。

 

 「……」

 

 あと少しのところで青年が振り返り左手に持った鎌をこちらに投げつけてきた。

 鎌は目の前の壁に突き刺った。

 

 「…!?」

 

 バレたのか?

 こちらは完全に気配を消していたはずだ。

 

 「…」

 

 どちらにせよこのままでは不味い。

 青年は鎌を回収するためにこちらに近づいてきている。

 移動するにしてもここまで近づかれては確実にバレてしまう。

 …なら出来ることは一つだけだ。

 護身用に持ってきていた木刀を取り出し、物陰から姿を表す。

 

 「こ、こんばんわ。私は怪しいものではありません。」

 

 「…」

 

 無言で鎌を振りかざす青年に対し、木刀で応戦する。

 

 「ちょ!待ってください話をしませんか!」

 

 「…」

 

 こちらの呼びかけを青年は、完全に無視し容赦なく鎌を振りかざしてくる。

 急所を的確に狙ってきている。

 完全に殺す気だ。

 ここは出口にこだわっている場合ではない。

 背後の窓を木刀で殴りわり、窓から飛び出す。

 

 「…」

 

 幸いここは一階だったためそのまま逃げることに成功した。

 青年は追ってくる様子はなく、窓からこちらを睨みつけている。


 

  窓から逃げていく女の背中を眺める。

 

 「何やってんだ…俺…」

 

 殺しの瞬間を見られたならやることは一つだ。目撃者を消す。

 なのに俺は目撃者である少女を殺せなかった。

 嫌。

 殺さなかったのだ。

 確かに女の剣術は見事なものだったが、明らかに手を抜いていた。

 ほとんど攻めてくることはなく、殺意も全く感じない。

 もし本気を出されていれば逃げているのは俺だったかもしれない。

 それでも殺せるタイミングが何度もあったのには変わらない。

 

 「めんどくさい事になりそうだな…。」




 生徒も教師も帰り、静まり返った校舎の屋上。

 きれいな夕焼けに照らされ、辺りはオレンジ色に染まっている。

 そこから見える景色は、キレイなものだった。

 この景色が私の見る最後の光景。人のいない美しい世界。

 そんな景色に対し、場違いな私。

 ある物を隠すために学校規定の帽子を被り、手袋を付け、眼帯を付け、スカートは地面すれすれの長さにしてある。

 私は、今から飛び降りる。

 無言のまま一歩を踏み出そうとした。

 

 「あっ!となりいいッスか?」

 

 もう誰も残って居ないと思ったが、一人だけ居たらしい。

 突然現れた男子生徒は、勝手に私の隣に座ってしまった。

 

 「たしか、名前は雪美さんですよね?ここの景色、好きなんですか?」

 

 「……」

 

 無視をする私を男子生徒は気にせず、話をすすめる。

 

 「自分はよくここに来るんスよ。失敗した時とか嫌な事があった時、後は…自殺を考えた時とか。」

 

 男子生徒は私の自殺を止めに来たのだろうが。

 

 「止めに来たの?」

 

 「いえいえ。自殺が駄目って言う奴は自殺する人間の事を何も知らない脳内お花畑の偽善者ッスよ。」

 

 「ならほっといてくれるんだね。」

 

 「まあ、そんな感じで。」

 

 この生徒が来たとき、正直内心では少しホッとしていた。

 こんな私を止めてくれる人間が居ることが嬉しかった。

 だが、それは勘違いだったようだ。

 深呼吸をして地面を見る。

 この高さなら苦しまずに死ねるはずだ。

 足から行けば助かるかもしれないが、わざわざ自殺するのに自身を気遣う必要はない。

 ここは頭から落ちよう。

 

 「これはただの独り言なので聞くもよし、流すもよし、そもそも聞かないのもよし、好きにして下さい。」

 

 「……」

 

 メイドの土産に聞いてやろう。

 終わったあとに飛べばいい。

 

 「自殺を思い立った時は、人生で幸福だった時を数えろ。その後に不幸だった時を数えろ。その時に幸福の方が多かった奴には、死ぬ資格は無い。」

 「へー面白いこと言うね。じゃあさ、不幸も幸福も数えるのがめんどくさいから、私が自殺する資格があるかどうかは君が決めてくれないかい?」

 

 男子生徒と正面から向き合う。

 さぞ驚く事だろう。

 男子生徒からは私の右側、普通の部分しか見えていなかった。

 私の左半身は、人間とは呼べないバケモノの姿になっている。

 帽子や眼帯、手袋などを外し、本来の姿を見せた。

 頭からはオレンジ色の虫の様な触覚が生えており、目の色は瞳がわからない程に黒く染まっている。

 腕には黒い鱗。指先から生える爪はオレンジ色で鋭く長い物になっている。

 腰にはスカートからはみ出るほど大きく、まるでムカデの様な黒い尻尾が生えている。

 

 「こんな私でも生きてていいって思うならキスしてよ。…まぁ無理だろうけど。」

 

 どうせ出来るわけはない。

 止めるつもりはないと言って居るが結局は、止めるつもりで来たのだろう。

 この男子生徒も所詮は偽善者だ。自殺を止めてヒーロー気取りがしたい。

 ただそんなくだらない理由で私を止めようとしているに決まっている。

 出来るものならやってみろ。

 出来ないだろ?どうせ口だけだ…?!!

 

 「な?!!」

 

 男子生徒は優しく私の頬、それもバケモノ側の左にキスをした。

 

 「これでいいっスか?」

 

 「…え!?あっは、はい!」

 

 「なら良かったス。」

 

 同様する私に対し、男子生徒は落ち着いている。

 全く照れる様子もなくただ優しい笑顔を浮かべている。

 

 「気持ち悪くないの?」

 

 「気持ち悪く無いッスよ。皆は雪美さんの事を悪く言いますけど、自分は皆のほうが猿よりバカで見にくく見えます。やめろと言ってみたんスけど。気づいたら自分もターゲットになってました。」

 

 声を出し笑う男子生徒の顔には、絆創膏やシップが貼られていた。

 今にいたるまで見る気が無かったから気づかなかった。

 

 「…ごめん。私のせいで…」

 

 「いえいえ。キモい奴らと居ると気分が悪くなりますし、何より自分で決めたことなんで気にしないでください。」

 

 「でも…」

 

 気にするなと言われても気にしてしまう。

 本人は笑い話にしているがこちらからすれば罪悪感しかない。

 

 「流石に悪いからさ。なにかお礼ぐらいさせてよ。」

 

 「悪いッスよ。自分は、雪美さんを守ろうとしたけど守れてないですし。」

 

 「いいから!」

 


 「じゃあお言葉に甘えて…」



 「え?そんなのでいいの?」

 

 「だめですか?」

 

 なぜか悲しそうに聞いてくる。

 

 「いいけどさ。ご飯ぐらいならおごれるよ?」

 

 「いえ。これでいいんじゃなくてこれがいいんです。」

 

 「まあ君がいいならいいけど…」

 

 カバンを持ち、校門を出る。

 それから男子生徒と肩を並べ、適当な話をしながら歩く。

 通学路は途中まで同じのようで、しばらくはこのまま二人の時間がつづく。

 

 「そういえば名前聞いてなかったね。君の名前は?」

 

 「自分はレイといいます。」

 

 「じゃあよろしくね。レイ。」

 


□ 


 雪美さんと別れ、自宅の玄関を開けた。

 

 「ただいま帰りました。」

 

 返事はなく、代わりにうまそうな和食の匂いが漂ってきた。

 リビングに向かうとそこには金髪で眼帯をつけた外国人の女性と、見知らぬ赤い瞳を持った少女が食卓を囲み、味噌汁をすすっていた。

 

 「お先に頂いてます。」

 

 「あっ!お帰り。遅かったから先に食べてるよ。」

 

 「あーうんじゃあ自分も手を洗ったらだべますね。」

 

 リビングのドアを閉める。

 あれ?多くないか?この家は自分と母親「アイシャ」の二人ぐらしのはずだが…

 不思議に思いながら手を洗い、再びリビングへ戻る。

 

 「美味しいですね!」

 

 「口に合ったなら良かった。実はこれ全部レイが作ったんだよ。」

 

 「あのぉ…すいません。貴方は誰なんスか?」

 

 当たり前のように食卓に馴染んでいる少女が気になってしょうがない。

 

 「あっ!すみません。申し遅れました。私はアリスと言うものです。」

 

 「私の友人の娘さんだよ。しばらく家に住む事になったんだ。レイと近い歳だから、仲良くしてやってね。」

 

 「少しの間ですがよろしくおねがします。」

 

 あまりに急な話なので戸惑ってしまう。

 立ち尽くして呆然としていた。

 

 「あの?」

 

 ふと我に帰りる。

 

 「あっすみません。自分はレイと言う者です。えーと…よろしくおねがします。アリスさん。」

 

 「さんは付けなくて良いですよ。レイさん。」

 

 「あっじゃあ自分もさんは無しで。」

 

 これからどうなるのだろう…

 考えても仕方がないのでとりあえず食卓に腰を下ろす。

 

 「あれ?」

 

 食卓には何時もの和食が並んでいるのだが何かが足りない。

 

 「すみません。お米炊くのに失敗しました。」

 

 「そうだったんスか。」

 

 「本当にすみません!」

 

 やたら頭を低くして誤ってくる。

 

 「いえいえ!気にしなくて大丈夫ッスよ!…ん?」

 

 キッチンの方から焦げ臭い匂いがしてきた。

 アリスの件でワチャワチャしていたので気づかなかったが…なんか嫌な予感がする。

 

 「……!!」

 

 なぜかアイシャは口を抑え、体を震わせながら笑いをこらえ始めた。

 キッチンの方へ向かうとそこには変わり果てた炊飯器?の姿があった。

 炊飯器は、ほぼ原型をとどめることなく丸焦げで、蓋が取れてしまい。全体的に凹んでいる。

 

 「……」

 

 「すみません…ご飯を炊こうとしたら爆発させてしまって…すぐに弁償します。…」

 

 「プ!アハハハ!!アリス面白すぎッハハハハハ!!」

 

 「…いえ……大丈夫ですよ…」

 

 本当にこれからどうなるのだろう?



 

 

 湯船につかり、体を癒やす。それがこの国の文化だ。

 この国に来て、最初は度惑うことばかりだったが、好きな事なのですぐに国の文化を覚えることが出来、カタコトだがある程度話せるようになり、今では一日一回湯船に浸からなくては落ち着かなくなった。

 ……特に悲しい出来事があった後だとなおさらだ。

 

 「…先に行かれたな…」

 



 「ふぅ…やっと帰ってこれたね!」

 

 「ああ」

 

 迷彩服で大荷物を持ち、空港の廊下を歩く軍人二人がいた。

 長期間の任務のせいか二人ともボロボロでかなりきつそうに歩いていく。

 

 「今回は本当に危なかったよ。」

 

 「そうだな。お前がライフルの弾つまらせた時は死ぬかと思ったよ。反省しろよ。」

 

 「ごめんって!何回もあやまったじゃん!」

 

 想定外の敵の行動に戸惑い手元を狂わせてしまった。

 危うく敵にかもまれて二人とも仲よく戦死するとこだった。

 

 「たく…」

 

 「ねぇアレックス!」

 

 「どうした?」

 

 「明日、空いてる?」

 

 「いや。娘とデートに行く約束がある。」

 

 空港を出た瞬間、一人の小さな少女がアレックスの胸に飛びかかってきた。

 アレックスは少女を受け止めだきしめる。

 

 「お父さん!!お帰りなさい!」

 

 「ただいま、アリス。久しぶりだな!身長伸びたか?」

 

 「うん!ちょっとだけだけど伸びたよ!」

 

 「かわいい娘さんだね!」

 

 「そうだろ!自慢の娘だ。」

 

 アリスはこちらを見て不思議そうにしている。

 

 「おねーさん誰?」

 

 ここぞとばかりに最近覚えた外国語を使う。

 

 「私ノ名前ハアイシャ。オ父サンの友達ダヨ!」

 

 「お父さんの友達?」

 

 「ウン。ソウダヨ。」

 

 警戒が解け、笑顔になるアリス。

 あまりにも可愛らしい。

 戦場では鬼の様な男がデレデレになるのも納得だ。

 

 「決メタ!コレカラアイシャハ、アリスノ友達!ヨロシクネ!アリス!」

 

 流石に驚き、少しアタフタしたがアリスは私を受け入れてくれた。

 

 「よろしく!アイシャおねーさん!」



 「本当に大きくなったなぁ…」

 過去のことを思い出し、懐かし気持ちになる。

 背中を任せた戦友は軍を辞めたが結局戦って死んだらしい。

 そして、アレックスは「困ったときはこの家を訪ねろ」と私の家の住所を遺書に書いていたようで、アリスはこの国に来て真っ先に私の元を訪れたとの事。

 アレックスが死んだのは寂しいが、再び親子で再会を果たせたのは救いだった。

 

 「今度アイツの墓参いに行くか…和菓子でも持っていったら喜ぶかな?」

 


 

 「ここの部屋は使ってないんで、自由に使ってください。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 はなれの部屋を私の自室として貸してくれる事になった。

 荷物を部屋のすみに置き、中身を取り出していく。

 

 「そういえばその傷はどうしたんですか?」

 

 最初に見た時から、気になっていた。

 レイは体中、怪我をしており、包帯やガーゼが体中にはられている。

 

 「あーこれは自転車で派手にこけちゃいまして」

 

 自転車?初めて聞く単語だ。

 だが、変に深入りすれば怪しまれそうなので適当に流すことにした。

 

 「そうなんですか。」

 

 「自分はちょっと出かけるんで、先に風呂に入っててください。」

 

 「分かりました。何から何までありがとうございます。」

 

 「いえ。困ったときはお互い様って事で。」

 

 「はい。手伝える事があったら言ってくださいね!私、こう見えて運動神経はいい方ですから!」

 

 「じゃあそん時はお願いします。」

 

 レイはドアを閉めてその場を後にした。

 一通り荷物を片付けると、体中の力が抜けてその場に寝転んでしまう。

 

 「疲れたなぁ…もう少ししてからお風呂に浸かろかな。」

 

 こちらに来てからいきなり戦闘になり、なんとか逃げたと思えば、体中ズタボロで長距離をひたすら歩いた。

 こちらの世界には車や電車と言う早くて楽な移動手段が在るらしいが駅につくなり、切符やら、電子カードやらが必要だとかでわけが分からず諦めた。

 結局2時間は歩いただろうか?

 まぁ、人生谷あり山ありと言うし、こんな物だろう。

 

 「明日は、母さんのお墓参りに行こう。」





 翌朝、朝食をとったアイシャさんは早々と朝早くから勤務先の居酒屋へ向かった。

 続いてレイも制服に着替えて学校に向う。

 

 「じゃあ自分も行くので、今日はゆっくりしててください。」

 

 「はい。お言葉に甘えますね。」

 

 レイを見送ったあと、最初に手に撮ったのは掃除機だった。

 

 …やっぱり、やめとこう。

 

 掃除機を置き、代わりにほうきを手に取る。

 流石にタダ飯を食べて何もしないのは申し訳ないので、せめて掃除だけでもしておく事にした。

 床をはわき、雑巾で拭いた。

 トイレとお風呂も磨き上げたのでピカピカだ。

 やっていない場所といえばレイの部屋くらいだ。

 レイの部屋のドアは、何かが引っかかっているせいか、開けることが出来なかった。

 こじ開けられそうだったが、よくよく考えると年頃の男の子の部屋を勝手に見るのは良くない事だと思った。

 もし、薄い本でも見つけてしまえばかなり気まずい事になるだろう。

 ほうきを直し、掃除を終える。

 時計を確認すると、針は11時を刺していた。

 レイが作り置きしてくれたサンドイッチをラップで包み、カバンにいれる。

 

 「さてと。お母さんに会いに行くか!」

 

 

「なぁ?知ってるか?最近裏社会で噂されてる『死神』って呼ばれてる殺人鬼。」

 

 「知らねぇよ。何だそれ?」

 

 「いや、それがな。その殺人鬼はあらゆる情報が不明で、分かってることは標的が犯罪者だって事だけらしい。」

 

 「は?正義の味方気取りか?」

 

 「まぁ、たまたまかも知れねぇけどよ。そいつは武装したヤクザや半グレをナイフ一本で壊滅させたとか、銃弾が当たらねえとか、色々逸話がある。」

 

 「なんだそりゃ?中二病かよ。」

 

 「まぁそうだな。そんな奴居るわけねえ。」




 「クソ!クソ!クソ!何なんだテメェは!」

 

 銃を乱射する半グレ三十人に対し、たった一人の青年は小型の鎌二つで渡り合っている。

 否、明らかに半グレの方が押されていた。

 次々と仲間は血を流して倒れていく。

 

 「なんでだよ!?なんで当たんねぇんだよ!!?」

 

 奇妙な事にこちらが撃つ弾丸は青年に一発も当たらない。

 確かにこちらは銃を使った実戦経験はほぼ皆無だ。

 それでも、素人でも分かる当たるはずの弾丸は何発もあったのに、当たっていない。

 青年に向けて引き金を引くたびに青年は、姿を消し死角から現れては仲間の首を切り裂き殺していく。

 「クソ!」

 気づけば半グレは自分以外全滅していた。

 目の前の青年は、ゆっくりと歩き、こちらに近づいてくる。

 「死ね!」

 青年に向けて最後の一発を放つ。

 だが、引き金を引いた瞬間、青年は視覚から消えてしまった。

 「何処にいった?!」

 「ここッスよ。」

 背後から声が聞こえ、振り返る。

 「テメェ!いつの間に!?」

 あんな一瞬で、こんな移動が出来る物なのか?

 どんな種があると言うんだ?!

 「少し、コツがあるんですよ。まぁあんたみたいな性根の腐ったクズには到底たどり着けない次元ですけど。」

 「あ?舐めんなよ!!」

 近くに転がっていた鉄パイプを拾い上げ、青年に向けて振りかざす。

 

 「!?」

 

 だが、先程同様、青年は視界から消えた。

 

 「ほら。さっきから何も学習しない。そんなんだからこんな汚い仕事でしか食って行けないんスよ。」

 

 背後から、足を蹴りあげられ、地面に倒れ込む。

 まただ。また青年は俺の背後に一瞬で周りこんだ。

 

 何なんだこいつの動きは?!

 

 「何者だ!テメェは!?」

 

 青年はゴミを見る時の冷めた目で言った。

 

 「そうですねぇ。確か裏社会では、『死神』なんてあだ名付けられてますね。」

 

 「死神?!実在したのか?!」

 

 死神とは今、裏社会で噂されている腕利きの殺人鬼の呼称だ。

 そんな都市伝説が目の前にいる。

 

 「裏社会で有名になっても不名誉なだけですけどね。」

 

 死神は俺の首に鎌を当て、勢い良く切り裂いた。

 

 「うぐっ!?…あっ!」

 

 息が出来ない。

 苦しい。

 首を押さえ、もがき苦しむ俺に見向きもせず死神は


「出来るだけ苦しんで死ぬといい。それがあんたに出来る唯一行動ですから」


と言い残し去っていった。


 

「あーあ。もう着いちゃったなぁ。」

 

 毎日学校に来るのが憂鬱で仕方がない。

 いつものようにちゃんと帽子で触覚を隠せているか、スカートで尻尾が隠れているか確認してから教室へ向かった。

 教室にある私の机や椅子はいつもぐちゃぐちゃにされており、酷いときには窓から投げ出されていたこともある。

 外見が見にくいからとそこまでするのはなぜだろうか?

 暇なのか?

 ただ一番めんどくさいのはその片付けを、何を勘違いしたのか教師は「お前がやったんだろ?」と私に片付けさせる事だ。

 生徒が生徒なら、教師も教師だろう。

 まぁ、裏で金もらってんのは目に見えているが。

 教室に到着すると、以外な光景が目に入った。

 

 「うわ!全然汚れてない!」

 

 自分の机は昨日のまま、汚れはなく、むしろキレイなぐらいだった。

 朝から心地よく椅子に腰を下ろしたのは何日ぶりだろうか?

 机に教科書を入れていると数人の生徒が私の前に集まり、「今までごめん。」と震えながら謝罪して逃げる様に去っていった。

 

 「…?」

 

 昨日は、変な物でも口にしたのだろうか?

 頭の上にはてなマークを浮かべていると元気な男子生徒が現れた。

 

 「おはようございます!」

 

 「おはよう。レイ。」

 

 昨日色々有って、出来た友人だ。

 

 「レイって一年だよね?なんでここにいるの?」

 

 嬉しそうな笑顔でレイは答えた。

 

 「昨日約束忘れたんっスか?これ!雪美さんの弁当です。」

 

 風呂敷に包まれた弁当箱を手渡す。

 

 「ありがとう。本当に良いの?」

 

 「こっちから頼んだんじゃないッスか。ご飯のバリエーションとか、改善点とかを聞きたいので弁当を食べてほしいって。」

 

 「…分かったよ。でも学校では私に近づかないほうがいい。」

 

 「大丈夫ッスよ。自分は本当に付き合いたい人間と付き合えるなら他はどうでもいいので。それに、これくらいのことでギャーギャー言ってくるやつとは付き合いたいとは思いませんし。」

 

 本人がここまで言うなら、まぁ大丈夫なのだろう。

 

 「そうか。なら良かった。」

 

 「そろそろ時間なんで自分はここで。」

 

 時計を確認したレイは、手を振りながら教室を出ていく。

 不可解なのはレイに対して周りの生徒は怯えて道を開けた事だ。

 いつもなら私の外見を罵倒して殴ってくるヤンキーもどき達もなぜかしずかにしている。

 

 「…まさか…ね…。」



「お母さん…久しぶり。私は元気だよ。」

 

 父が愛した私の生みの親は、目の前の墓の中で眠っている。

 物心つく前に亡くなったため、母に関する記憶は無い。

 それでも母は私の幸せを願い愛していた。

 それは父さんから聞いた真実だ。

 父によると母は、生まれつき体が弱く、出産した際には死を覚悟するように言われたらしい。

 

 「もし出産に成功したとしても、体に負担かかり死が近づく」医者からそう言われても、母は迷わず私を選んだ。

 そんな強い女性だった。

 言葉で表せない複雑な気持ちになる。

 

 「親子水入らずのとこ悪いが、お嬢ちゃん。一緒に来てもらうぞ。」

 

 振り返ると、黒いスーツを着た男と、場違いな甲冑を身に着けた女が立っていた。

 

 「あなたは?」

 

 「異世界の研究をしている者ですよ。貴方を実験台にしたいと思いまして。」

 

 男に対して不信感を抱いたその時、甲冑の女が動いた。

 女の周囲には複数の魔法陣が展開され、そこから大量の刀が出てくると女の周りをゆっくりと回り始めた。

 明らかに戦闘態勢だ。

 だが、なぜだ?こちらの世界では魔法は使えないはずだ。

 現に私はこちらに来て使えなくなっている。

 男は異世界の研究をしていると言った。何か関係があるのだろうか?

 女は刀を3本こちらに飛ばしてきた。

 身をよじりながら跳ねてそれをかわし、地面に刺さった刀のうち一本を手にとった。

 重さも長さも普段使っているものと違うが、無いよりはましだ。

 

 「お嬢ちゃんは確か、異世界で『魔王殺しの英雄』とか言われてるんだよな?」

 

 思わず動揺する。

 なぜこの男は異世界の歴史を知っているんだ?

 

 「異世界に転移したと同時に莫大な魔力と未知の力が使えた。これが偶然だったと思っているのか?」

 

 「それは……」

 

 あざ笑うような表情で男は言った。

 

 「お嬢ちゃんの力は、この女から受け継いだものなんだよ。」

 

 「え?それって…まさか!?」

 

 「この女はなぁ、お嬢ちゃんの母親を利用して作った兵器なんだよ。」

 

 理解出来なかった。

 お母さんは15年前に亡くなっているはずだ。

 

 「そんな!ありえない!母さんはとっくの昔に亡くなったはずです!?」

 

 「そうだろ?だがお嬢ちゃんは、知っているはずだ。ありえない事を可能にする力を!」

 

 「まさか!?……魔法!」

 

 再び大量の刀が私を襲った。

 分が悪すぎる。こちらは異世界でしか力が使えないのに対して、向こうは恐らく「魔王殺し」に匹敵する力を使える。

 出来るだけ刀を交わし、かわせないものは刀で弾く。

 だが、時間の問題だ。

 勝つことは不可能。逃げるしか道がない。



   

  「美味しかったよレイ。」

 

 学校が終わり、後輩と肩を並べて帰っていた。

 「塩加減はどうでした?」

 

 「ちょうど良かった。ただ気になるとしたら、基本に忠実すぎる事かな。ちょっと変わった味付けも試したらいいんじゃないかな。」

 

 「変わった味付けッスか……」

 

 レイは少し考え込み「ありがとうございます。参考になりました。」と答えた。

 

 「……」

 「どうしました?」

 

 レイについて今朝から気になることがり、聞くかどうかずっと悩んでいた。

 

 「…ねぇすごいバカバカしい話なんだけど、レイってっ」

 

 何かが破裂したような音が周囲に鳴り響き、それと同時にレイは、私を押し倒した。

 

 「すみません。ちょっと伏せててください。」

 

 「え?」

 

 さっきまで背後にいた通行人は頭から血を流して倒れている。

 レイはそれを見て舌打ちをし、周囲に警戒している。

 状況が理解できない。

 だってそうだろ?目の前で人が死んだんだ。

 冷静なレイの方がおかしい。

 

 「ちょ?!レイ?」

 

 「静かに。」

 

 男が現れた。

 スーツ姿の男の手には拳銃が握られている。

 

 「真っ昼間からこんなことしていいんスか?井崎さん。」

 

 「お前ならしってるだろ?うちの組織なら、発泡事件の一件や二件、簡単にもみ消せる。」

 

 レイが井崎と呼んだその男はこちらに銃口を向けた。

 

 「獲物出せよ死神。そんくらいは待ってやるぜ?それとも何だ?そのモルモットを引き渡してくれんのか?」

 

 「死神?」

 

 不安と恐怖で動けなくなった私に、レイは「隠れてください」と言い残して走り出した。



 「オー!オー!オー!何だ?お前?女の前だからって張り切ってんのか?」

 「黙れ!!」

 内ポケットから小型のナイフを取り出しながら走る。

 井崎は、目的である雪美さんを死なせるわけには行けないらしく発泡する数は少ない。

 これくらいなら、交わせる。

 銃口を見てどこに打ち込まれるのか予測し、引き金を引くタイミングで左右に素早く動く。

 

 古来より、伝わる移動方法が存在する。

 剣が支流だった過去では、敵との距離をいかに素早く詰められるかそれが生死を分けた。

 その時代に産まれた移動方法を元に生み出したオリジナル応用技「零距離瞬歩」。

 どれだけ離れていようがこの移動方法を持ってすれば零距離と変わらなくなる事が由来だ。

 片足に全体重を乗せ、体重を乗せた足を地面から外す。バランスをわざと崩し倒れ込む際の勢いを利用することで一歩目から最高速度で移動が可能になるのだ。

 

 「死神ってのは確か銃弾が当てられずに一方的に殺されるからついたあだ名なんだよなぁ?」

 

 井崎は、俺が避けた方向に先回りで銃口を向けた。

 

 「な!?」

 

 そして男は俺の肩に銃弾を撃ち込んだ。

 

 「コツ掴んだら簡単だなぁ。もうちょい楽しませろよ。」

 

 歯を食いしばり無理やり堪える。

 そのままの勢いで男の懐に入り込み、ナイフを振りかざした。

 

 「と!危ねえーなあー!!」

 男は寸でのとこで交わしこちらに発泡した。

 だが、これだけ近づいていれば逆に交わしやすい。

 身をひねって銃弾を交わし、背後に回り込む。

 「死ね。」

 男の首を切り裂いた。

 血を流し倒れたのを確認してから、雪美さんのもとへ向かった。

 

 「大丈夫ッスよ。自分はあなたをっ!!?」

 

 だが、雪美さんの目線は俺ではなく男の死体に向いていた。

 

 「レイ!後ろ!!」

 

 振り返ったと同時に発砲音が鳴り響き、腹部に激痛が走る。

 

 「なんで?!」

 

 「たくっ!死ぬかと思ったぜ!!」

 

 今殺したはずの男は、何事も無かったかのように立ち上がり、銃を構えていた。

 

 「確かに首を斬ったはずだ。」

 

 「俺はよぉ。あん時テメェに殺されかけてから死ぬのが怖くなってなぁ。それから研究者のガリ勉共に不死の力を施してもらったんだ。どうだ?すごいだろ!」

 

 腹と肩に空いた穴からは大量の血が流れ、激痛が走る。

 体中から力が抜けていき、視界がぼやけてきた。

 

 「安心しろ死神。今回は見逃してやるからよぉ。その代わりこの女はいただくぜ。」

 

 「ま…………て…。」

 

 

次に目が覚めるとそこは白く清潔感ある空間だった。

 ベットの上で横になり、体中包帯で巻かれている。

 

 「レイ!目が覚めて良かったです。」

 

 横にはアリスと、アイシャの姿があった。

 アリスは安心したように笑っている。だが、なぜか右手は包帯で巻かれている。

 

 「アリス!その手は?」

 

 「ちょっとやんちゃしちゃいまして。まぁあなたに比べたらマシですよ。」

 

 笑って誤魔化しているが、かなり痛そうだ。

 

 「レイ。少し話がある。」

 

 アイシャは、珍しく真剣な顔だ。

 アリスは邪魔になると気を使い、部屋を出た。

 こちらにアイシャの手が伸びてきたため、げんこつからの説教が始まる。

 そう思い身構えたが、以外にもアイシャは俺の頭を優しく撫でた。

 

 「まったく、私ににてやんちゃに育ってくれたね。」

 

 「え?」

 

 優しい笑みを浮かべてアイシャは続けた。

 

 「私は見かけによらず若い頃はよくやんちゃをしたもんだよ。」

 

 「見かけ通りだと思いますけど?」

 

 「何?説教してほしいの?」

 

 「いえ!」

 

 「軍に入る前、私はほぼ毎日喧嘩してた。曲がったことが嫌いでイジメを見たら勝手に体が動いてイジメっ子を殴ってたよ。だからあなた達に文句を言える立場じゃないし、レイの気持ちもよくわかる。」

 

 「アイシャさん……」

 

 「だけどもし、過去の自分と話せるなら。」

 

 俺の目をまっすぐ見てアイシャは言った。

 

 「一人で抱え込むな。あなたの周りには頼れる人が居るからって伝えたいな。」

 

 「……」

 

 「レイ。あなたは親を失って、飢えに苦しみ、頼れる人がいない中生きてきた。だからこそ、これからは私を信用して頼ってほしい。何があっても私はあなたのそばに居るから。血のつながりなんて関係なく、私はあなたに出来ることを全部してあげたい。」

 

 「…俺は……。」

 

 「ほら。」

 

 手を広げ、俺を包み込んでくれた。

 俺の涙を隠すために気を使ってくれたのだろう。

 

 「私の前で、初めて泣いたね。」

 

 「…頼りないですから。」

 

 「えー!」

 

 「これからはしっかり頼りますよ。」

 

 アイシャは、優しく微笑み答えた。

 

 「…そうか。なら良かった。」



 「…ッ」

 

 左手の痛みを堪える。

 この傷は母親との戦闘でついたものだ。

 幸い傷は浅い。

 剣なら問題なく握れる。

 

 「なんで母さんは…」

 

 母さんは確かに亡くなっている。だが、それでもその得意な能力に目を付けられて実験台にされ、兵器として戦わされていた。

 そんな母さんの姿は、少し前の自分の姿と重なって見えた。

 ただ殺すためだけに生きている「魔王殺し」の姿。瞳に光はなく、人を殺しても何も感じない。そんな兵器に。

 

 「どうすれば…母さんを救えるの?……父さん。」


 父親の形見であるドッグタグを見ながら考えていると誰かの影が蛍光灯の光を遮った。

 何となくみあげると見知った黒いスーツの男だった。

 見覚えのある黒髪に、赤い瞳。

 そのまま通り過ぎていってしまう。


 「……父さん?」


 慌てて男を追いかける。


 「まって下さい!話を!」


 男を追って曲がり角を曲がる。

 

⚔ 

 

真っ白で何もない。無限に広がる空間。

 その空間に一人、赤い瞳の男が立っていた。

 

 「父さん……いや、違いますね。あなたは何者なんですか?」

 

 しっかりと正面から向き合うと、父さんとは全く別の気配だった。

 外見は全く同じだが、中身は別人だ。

 

 「私はアレックスと契約していた悪魔だ。」

 

 「なるほど。それなら納得です。」

 

 悪魔とは、人間と契約をする事で、何かを代償により強力な力を与える存在だ。

 その姿は対象が最も愛している。もしくは、愛していた者の姿になると言われており、私の場合は数ヵ月前に戦死した「アレックス」、私の父さんらしい。

 ほとんど都市伝説の様な存在だが、実際に契約をした人間とあった事があるので疑問には思わなかった。

 

 「お前達親子が魔王を倒した後、私は天界で罰を受けた。右腕を切り落とされ天界を追放されたが。そのおかげでこうしてアリスと会える。」

 

 悪魔の右腕は肘から下がないようで、スーツの袖には、はりがなく、手が出ていない。

 

 「私と契約するためですか?」

 

 「いや、違う。あの男との約束を守るためだ。」

 

 「約束?契約ではなく?」

 

 悪魔は基本、契約がなければ動かないと聞いたことがある。

 そんな悪魔が今、人間との約束のために動こうとしている。

 

 「戦友の願いだ。叶えてやりたいと思っては行けないのか?」

 

 「いえ。すみません!偏見を持ってました。」

 

 素直に謝ると、悪魔はこちらに手を伸ばした。

 

 「魔王殺し程の力は出せない。だが、使いようによっては君の母親に対抗できると思う。だから私を受け入れてほしい。」

 

 悪魔の手を取り握手を交わしす。

 その時の私には、迷いはなかった。母さんを止められる力が無償で手に入るなら願ったり叶ったりだし、何より悪魔さんは父さんが残した約束を果たそうとしてくれている。

 

 「よろしくおねがいします!悪魔さん!」



 「アリス!もうすぐ着くよ。」

 

 「え?!…あっ!すみません!」

 

 「ハハ!謝らなくていいのに。律儀な子だね。」

 

 アイシャさんの声で、目を覚ます。

 寝起きで、ボーッとしている頭が少しずつ覚めていく。

 私はあの後、レイのお見舞いを終えて、アイシャさんと一緒に帰宅していた。

 車の振動が心地よく、エンジン音が子守唄の代わりになり、気づけば寝てしまっていたらしい。

 

 「昼間は大変だったね。」

 

 「はい。まさか草刈機で怪我するとは思いませんでした。」

 

 アイシャさんの事は信頼さしている。だからこそ、昼間に起きた事に巻き込みたくなかったので、嘘をついている。

 

 「やたら深く切れてたねぇ。まるで誰かに攻撃されたみたいだ。」

 

 「……」

 

 かまをかけられ、隠せて居るのか不安になり、思わず黙り込んだ。

 アイシャさんは一見、ちゃらんぽらんに見えるが、たまに人が変わったように冷静になり、やはりこの人は父さんの戦友なんだなと、そのたびに実感する。

 もしかしたらすべてお見通しなのかもしれない。

 

 「今日はレイもいないし、私が代わりにご飯を作るよ。」

 

 「え!アイシャさんが?」

 

 「何その反応!失礼だなぁ。」

 


 「…美味しい!!」

 

 「でしょ?これでも調理師だからね。」

 

 驚く私を得意げに笑いながら、鮭を口に運ぶアイシャさん。

 食卓には、鮭のホイル焼き、味噌汁、ご飯、きんぴらが並んでおりどれも絶品だ。

 

 「レイに料理を教えたのも私なんだよ。」

 

 「今度、私も教えてもらってもいいですか?」

 

 「喜んで。」



 「「ごちそうさまでした。」」

 

 完食し、二人で片付けに入る。

 私が食器を洗い、アイシャさんが直していく。

 

 「そうだ!この後一緒にお風呂はいらない?」

 

 「え?!一緒にですか?!」

 

 いきなりの誘いに戸惑う。確かにアイシャさんは女性だが、それでも裸を見せるのは少し恥ずかしい。

 

 「いいじゃん!いいじゃん!裸の付き合いってやつだよ!」

 

 「…じゃあお願いします。…」

 


 押しに負けて一緒に入浴する事になってしまった。



 「ぷはー!気持ちいい!」

 

 「そうですよね!お風呂はやっぱり気持ちがいい。一日の疲れが洗い流されるようで。」

 

 アイシャさんが湯船に使っている間に私は体を洗う。

 横目でアイシャさんの体を見てみると、火傷や切り傷など、恐らく一生消える事はないであろう傷跡が体中にあった。

 これらの傷は間違いなく戦場でついてしまった物なのだろう。

 だが、それはお互い様で私の体にも未だに消えない傷が数多くある。

 

 「やっぱり、アリスも戦士なんだね。」

 

 「いえ!私はそんな!」

 

 「アレックスがいつも言ってたでしょ?目を見れば相手の事がわかるって。」

 

 「……」

 

 確かに父さんはよく言っていた。

 目を見れば、相手がどなんな人物なのかわかり、今何をやろうとしているのか分かると。

 

 「言えない事情があるだろうから、聞かないで置くけど、力がほしい時は言ってね。今でも腕っ振増しには自信あるから。」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 アイシャさんは確かに頼もしい。父さんと共に数多の戦場を駆け抜けてきた人物。何度も死にかけたことだろう。

 だが、それはあくまで昔のことだ。今は軍をやめて平和に暮らしている。

 そんなかけがえのないアイシャさんの平和を壊したくなかった。

 

 「一人で抱え込んじゃうとこはやっぱり、アレックスににてるね。」

 

 「…父さんってどんな人だったんですか?」

 

 すると、アイシャさんは懐かしそうにどこか遠くを眺める目つきで話してくれた。

 

 「アレックスは……」


 

 

 これは私にまだ、両目が揃っていた時の話だ。

 

 「おい!アイシャ!今日から新しい隊長になるらしいぜ!」

 

 迷彩服に見を包み、銃の手入れをしているとわざわざわ、くだらないことを教えに同僚が現れた。

 隊長が変わるなんて、荒くれ者の集まりであるうちの部隊なは日常茶飯事のことで今更どうこういう言う事じゃない。

 

 「隊長が誰になっても同じじゃない?うちの部隊は言うこと聞くやついないし、結局はゴリ押しするじゃん。指揮を取るだけ時間の無駄だよ。」

 

 銃のマガジンに不備がないか確認する。

 

 「それがよ!先の戦場では最前線で殺しまくって、『鬼』って呼ばれた日系アメリカ人らしいんだよ!」

 「鬼?日系?だから何?どうせ戦死した仲間の手柄をかき集めただけだよ。」

 銃の手入れを終え、そのまま訓練へ向かう。

 「ほら遅れるよ!」

 同僚の背中を叩くと「ぐあ!」っと悲鳴を上げた。



 「今日から、この部隊の指揮を取ることになった。『アレックス』です。よろしくお願いします。」

 鬼と聞いて、ガチムチの筋肉だるまを想像していたが実際は違った。

 たしかに筋肉質ではある。だが、身長は私より少し大きい位で軍の男達に比べると一回り小さい。

 日本の遺伝子が濃ゆいのだろうか?

 瞳は赤く、輝きがない。

 この世の地獄を散々味わったかのような目つきだ。


 「おいおい!嘘だろ?こいつが噂の鬼か?噂は嘘見てぇだな!」


 私以外の部隊の皆が爆笑した。

 見かけは確かに予想外だが、それを忘れさせるような何かを感じた。

 だから笑えなかった。

 そのおかげで痛い目を見ずに住むことになる。

 

 「何が面白いんだ?クソガキ共。」

 

 「は?」

 

 次の瞬間、アレックスは身長差が3十センチはあるであろううちの部隊1巨大なケイの胸ぐらを掴み、背中に背負い込むようにぶんなげた。

 

 「っな?!」

 

 さっきまで笑っていた隊員達は一瞬で静まり返った。

 

 「柔道?!」

 

 「実力者が多い部隊だと聞いていたが、まるでなっちゃいない。テメェらに必要なのは銃の扱いでも格闘訓練でもない。まずは団体行動や上下関係を学ぶとこからだ。」

 

 その瞬間その場にいる全員が理解した。

 目の前にいる人物は自分たち全員が束になってもかなわない。確かに私達も数多くの戦場で戦ってきたが、この人には遠く及ばないと。

 やはり、『鬼』の噂は本当だったのだ。


 「なにボサッとしんだ?お前らは言われなきゃ整列も出来ねぇのか?」



 それからは地獄のような日々だった。

 毎日、いつも破っていた訓練の倍以上の訓練をやって、時間に一秒でも遅れようものなら団体責任で腕が曲がらなくなるまで腕立て伏せをやった。

 だが、不思議なことに部隊の誰かが何かをやらかすたびに隊長であるアレックスは、一緒になって同じ量のペナルティを行った。

 たとえ腕立て伏せや長距離の走り込みであったても彼は共にペナルティをやった。

 そんなある日、食堂の隅っこで一人で食事を取るアレックスを見つけた。

 なぜ一人なのかはなんとなくわかる。

 この人はかなりの口下手で、常に殺意に似たものを放ち続けているため周りも声をかけづらい。

 ほぼ一日中一緒にいる部隊のみんなからは「機械のような化け物」と呼ばれており、訓練以外の時間は、避けている。

 私は特に気にしないようにして入るがそれでも正直、恐怖心があった。

 

  「ここ、座ってもいいかな?」

 

 「好きにしろ。」

 

 勇気を振り絞って話してみることにした。

 確かに戦場において緊張感は必要だが、この人の場合は以上過ぎる。

 少しでも距離を縮めたほうがいいだろう。

 向かい側の席に座り、話かけてみる。

 

 「筋トレ好きなの?」

 

 「んなわけないだろ。」

 

 「じゃあなんで私達に出したペナルティをアレックスもやってるの?」

 

 「隊長と呼べ。」

 

 「別にいいじゃん!休み時間だし。歳もあんまり変わらないしさ。」

 

 アレックスはため息をつき、おぼんごと別の席に移動した。

 すかさず私も追いかけて再び向かい側の席に座る。

 

 「質問に答えてよ!私はあなたと話したいんだ。」

 

 バターが塗られた食パンにかじりつく。

 

 「…なんでだ?」

 

 アレックスはめんどくさそうに、スープをすすった。

 

 「あなたと友達になりたい。」

 

 「……そんなことしてもろくな事にならないぞ。」

 

 「?」

 

 「俺がまだ新人だったとき、あんたみたいな仲間がいた。そいつとは親友と呼べる仲になったが、戦場で蜂の巣になって死んだ。」

 

 「情が移るから、私達と距離を置いているの?」

 

 「そうだ。」

 

 牛乳を一口飲む。

 

 「本当は不器用なだけだって少なくとも私にはバレてるよ。」

 

 「……」

 

 「あなたが私達と一緒にペナルティをやる理由、当てようか?それは私達だけではなく自分にも責任があるって考えてるからだ。」

 

 「……」

 

 「私達と本気で距離を取りたいって考えているなら、もっと嫌われる事をやればいいのにあなたはやらない。あくまで規律を正すためにやっているんでしょ?あなた自身が一緒になってやることで私達に責任感を持たせている。違うかな?」

 

 「……」

 

 アレックスは私より先に朝食を食べ終わり立ち去った。

 

 「…偉そうに言い過ぎちゃったかな。」

 

 次の日

 

 「アレックス!ここ座るね!」

 

 昨日と同じようにアレックスはボッチで食事をとっていたのでまた、一緒に食事を取ることにした。

 アレックスは、「またお前か」と言う面倒くさそうな表情をしたが、ダメとは言わなかったので問題ないだろう。

 

 「お前なら他に友人がいるだろ?なんで俺のとこに来る?」

 

 「理由がなきゃダメ?」

 

 「……」


 次の日

 

 「……」

 

 またボッチで食事を取るアレックスの前に座る。

 今度は自然と何も聞かずにだ。

 

 「ところでアレックスは彼女とかいるの?」

 

 「……彼女はいない。」


 

 明日から帰省期間にはいる。

 あと今日を乗り越えればいい。

 長い間辛く厳しい寮生活を続けてきたがやっと自由な時間が手に入るのだ。

 気が楽になり、頬が緩む。

 部隊の皆も同じようで帰省後の楽しみを語り合っていた。

 しかし、私達の帰省は開戦により取り消されてしまった。

 軍全体は戦闘態勢になる。

 最前線に向かうことになり皆は急いで準備を整えた。

 戦場ではあちこちで爆撃があり、いたるところに地雷が設置されていた。

 仲間が一人、地雷を踏み戦死した。

 仲間が一人、銃弾に頭を貫かれ戦死した。

 次々と仲間が死んでいく中、アレックスは次々と敵を殺し進んでいく。

 私達はついていくのでやっとだった。

 部隊の人数が三人まで減った時に再び悲劇が襲ってきた。

 

 「アイシャ!!避けろ!!」

 

 木の影で銃声がなった。

 放たれた銃弾を避けることなど不可能。

 死を覚悟した。

 だが、銃弾が貫いたのは私ではなくすぐ近くにいたケイだった。

 空かさずアレックスは木の陰へ発泡し敵を殺した。

 銃弾はケイの喉に命中したようで、滴る血はどれだけ抑えてもとまらない。

 

 「隊長!!止血剤を!!」

 

 しかし、アレックスはケイの頭に銃口を向け発泡した。

 

 「なっ!?」

 

 ケイは動かなくなり、目から輝きが無くなった。

 

 「もう助からなかった。苦しませるぐらいなら一思いに殺す方が良い。」

 

 「ふざけるな!!」

 

 怒りが溢れ出し、爆発した。

 アレックスに殺意をいだき、気がつくとアレックスの頬を思いっきり殴りつけていた。もう後がどうなろうがどうでも良くなった。

 だが、自身を全力で殴った私にアレックスは怒ることはなかった。

 それどころかアレックスは深々と頭を下げ大声で謝罪してきた。

 

 「すまなかった!!」

 

 「頭を上げてください。謝るべきなのは私の方です。」

 

 今更になって冷静さを取り戻す。正直まだ怒りは完全には収まっていない。

 口では「謝るべき」なんて言ったが全く後悔はなかった。

 

 「いや、俺に落ち度がある。」

 

 頑固に頭を上げようとしない。アレックスに対して私はなにを考えていたのか、今では思い出せない。

 それは憎しみだったのか、悲しみだったのか、はたまた殺意だったのかもしれない。



 それから数日後、部隊は私とアレックスだけになってしまったため、当然解散した。

 それぞれ別の部隊に移動してもう関わることがない。そう思っていた。

 だが事態は意外な方向へ進むことになる。

 

 「失礼します。」

 

 幹部のに呼ばれてきて見るとそこにはアレックスの姿があった。

 

 「すみません。」

 

 「いや、攻めているわけではない。あれだけ激しい戦場だったんだ。お前は良くやったよ…来たようだな。」

 

 「はい!第6師団所属アイシャ上等兵であります!」

 

 「君の部隊は解散したんじゃないかね?」

 

 やらかした。

 部隊は解散したにも関わらず私は癖で言った。

 この癖は直さなければ。

 

 「すみません。」

 

 「まぁいい。君たち二人に話があってな。」

 

 二人に?

 私とアレックスの共通点と言えば、同じ部隊だという事だ。

 部隊を解散させた処罰でも言い渡すのだろうか?

 

 「安心しろ。いいニュースだ。」

 

 軍曹はゆっくりと自身の椅子に座り命じた。

 

 「君たちにはこれからバディになり、狙撃手になってもらう。」



 「やったね!アレックス!今回の件は特例中の特例で前代未聞のことだって!まぁ人手不足ってのもあるだろうけど。」

 

「……」

 

 話が終わり、幹部室を後にする。

 アレックスと並んで歩きながら、これから早速お世話になる狙撃場へ向かう。

 

 「いやークビにされると思ってヒヤヒヤしたよ。でもこれで

また同じ部隊になれたね!なんか私は昇進してアレックスと並んだし、敬語も必要なくなるし!」

 

 上機嫌の私に対しアレックスはかなりテンションが低い。

 

 「お前は良いのか?」

 

 「何が?」

 

 アレックスは不思議そうに不思議な事を聞いてきた。

 

 「お前の部隊を壊滅まで追いこんだのは俺だ。そんな俺とまた同じ部隊…それどころかバディになるんだぞ。」

 

 「なんだ!そんな事か!」

 

 どうやらアレックスは、前回の事を気にして私に罪悪感を感じているようだ。

 

 「気にしなくて良いよ。正直悲しいけど戦場じゃあ仕方がないことだから。アレックスのせいじゃないし。」

 

 「だが俺は」

 

 人差し指をアレックスの口に当てて言葉を遮りながら、正面に回り込んで笑顔で自分の考えをありのまま伝えた。

 

 「私はアレックスの事、好きだから!バディになれて嬉しいんだ!だから気にしないで!」

 

 「……そうか…なら良かった。」

 

 アレックスの顔はゆるみ、安心したのか笑みを浮かべた。

 どうやら吹っ切れたやうだ。

 

 「にしてもお前、変わってんな。子持ちで中年すれすれの男が好みなんて。」

 

 「え?」

 

 アレックスに子供が居たなんて聞いたことがない。

 食堂で私から話しかけてはいたが、帰ってくる言葉は短調で会話と呼べるかわからない物だった。アレックスはほとんど自分から話すことが無いため、よくよく考えると知らないことばかりだ。

 

 「嘘だ!アレックスに子供なんて!」

 

 「あ?じゃあ写真見せてやるよ。」

 

 迷彩服の内ポケットから手帳を取り出し、1ページ目に挟んである一枚の写真を取り出した。

 

 「ほらよ。」

 

 差し出された写真には、目が死んだアレックスと美人の、妻であろう女性、そしてその間で無邪気に笑う小さな女の子の姿が写っていた。

 

 「ぇえええええええええ?!合成うますぎ!!」

 

 「失礼なやつだな。お前。」

 

 ○

 

何十メートルも離れた的にスナイパーライフルの照準を定める。

 これだけ離れていれば的はまるで小さな皿にしか見えないが、問題はない。

 昔から狙うことに長けていたアイシャにとっては他愛もない距離だ。

 引き金を引くと同時に爆竹ににた音が鳴り響き、それと同時に銃弾が放たれる。

 

 「ファイヤ。」

 

 別に言わなくてもいいが言ってみたかったので言ってみた。

 距離がありすぎるため銃弾か何処に当たったのか分からない。

 アレックスがパソコンの画面を見て確認した。

 パソコンと的はつながっており、これだけ離れていてもパソコンの画面を見るだけで着弾地点は一目瞭然だ。

 

 「中心に命中。以外とやるな。」

 

 「アハハ!こう見えて射撃は得意分野なんだよ!」

 

 アレックスが褒めるのはかなり珍しい事だ。

 得意げに笑う。

 小さい頃から競技の射撃で何度か賞を取る実力を持っている。狙撃には自身があった。

 

 「そっちはどう?」

 

 「俺も満点だ。」

 

 どこか慢心しているかのように薄い笑でアレックスは言った。



 それからは一日のほとんどの時間をアレックスと共にした。

 食事も休み時間もアレックスとくだらないことを語り合う。

 今日も売店で買ったアイスを食べながらバカ話をしていた。

 正確な狙撃を求められるスナイパーの訓練はかなりの集中力を使うため、糖分が不足しがちだ。

 休憩がてらアイスを食べて糖分補給をするのは、二人の日課になっていた。

 

 「こんな美人なのになんで彼氏が出来ないんだと思う?」

 

 「そりゃ中身だろ。」

 

 「えー。」

 

 わざとらしく落ち込む私をよそにアイスを食べすすめるアレックス。

 

 「アレックス。チョコついてるよ。」

 

 「ん?」

 

 ここ最近、平和が続いていた。

 平和なことはいいことだ。このまま何も無ければいい。

 そんな事を考えていた出来事だった。

 

 「ここに居たか。」

 

 さっそうと現れた男は胸に大量の勲章をこれでもかとバカみたいにつけまくった軍服をきていた。

 男の姿を見た瞬間二人は立ち上がり敬礼をする。

 さっきまでダラダラしていた影も形もないほどキレイな敬礼だ。

 

 「大佐!!」

 

 「任務だ。準備しろ。」

 

 ○

 

 久々の実戦でかなり緊張していた。

 それはアレックスも同じようで道中の輸送車の中で手を震わせていた。

 独り身の私ならともかく、家族のいるアレックスは死ぬ訳にはいかないと言う使命感はとてつもない物だろう。

 少しでも緊張をほぐそうと適当な話をする。

 

 「アレックス。そのドッグタグの名前って家族の?」

 

 ドッグタグを見ながら珍しく穏やかな声で答えた。

 

 「そうだ。これでも一家の大黒柱だからな。死ぬ訳には行かない。だから、追い詰められてやけくそになった時はこれを見て冷静さを取り戻してるんだよ。」

 

 「へえー。いいねそういうの。家族の名前か…。今度私も作ろうかな。」

 

 「お前はまず結婚からだな。」

 

 「うるさいなぁ。」

 

 少しだが会話をしたおかげで緊張がほぐれた。

 そして運転手の声が任務の開始を告げる。

 

 「到着しました。……ご武運を」

 

 「どうも」



 標的が拠点にしているのはかつて発展途上国の村だった建物だ。

 その村に住んでいた人々はテロリストによって殺されており、生存者はゼロだと聞いている。

 今回の任務はそのテロリスト集団のリーダーの射殺。

 荒野で緑がない乾いた土地であちこちに岩が埋っており障害物は多い方だ。

 標的からかなり離れた位置でうつむせに寝そべり、ライフルを構えた。

 狙撃手には一人、観測手がついており、観測手が嘆願望遠鏡で測った風向き、距離、天候などの情報を頼りに狙撃手が標準を定めることでより正確な射撃を可能視する。

 この部隊の場合は、アイシャが狙撃手。アレックスが観測手をしている。

  スコープを除きながら、アレックスの情報を頼りに標準を定める。

 

 「アレックス。なんか様子がおかしい。」

 

 「ああ…確かにおかしいな。」

 

 スコープで観察してタイミングを測っているのだが、さっきから怪しい位にすきだらけだ。

 まるでこちらを挑発しているような感じがする。

 

 「終わらせたらすぐにずらかるぞ。」

 

 「うん。それが良さそうだ。」

 

 再び標的に狙いを定め、引き金を引いた。その時だった。

 銃弾が発射されたその瞬間に何者かが標的に重なったのだ。  

 ほんの一瞬前に標的の顔が映っていたスコープのレンズに白髪の女が映る。

 女はナイフ振るい、火花をたてた。

 

 「ウソだろ?!!」

 

 考えられない。あの女はこれだけ離れた位置の狙撃を見抜き、ナイフ一本で防いだのである。

 

 「作戦失敗。徹底するぞ!」

 

 スコープに映る女の目はこちらをまっすぐ睨みつけている。

 間違いない。こちらの場所がバレている。

 アレックスもそれに気づいたのだろう。

 数はあっちの方が圧倒的に多く、武器も接近戦に特化した物が多い。

 距離を詰められれば間違いなく不利だ。

 急いで徹底しようとしたその瞬間、一発の弾丸がスコープを貫通してそのまま右目を貫いた。

 

 「ッ…………」

 

 「無事か?!」

 

 痛みをこらえて右目を両手で抑える。

 風穴から赤くどす黒い液体が流れ、いままでにない激痛が襲ってくる。

 それを見たアレックスは柄にもなく同様している様子だった。



 「絶対に寝るなよ!常に数を数えていろ!そうだ、羊の数を数えろ!」

 

 「アレックス…それ寝るやつだよ。」

 

 なんとか敵に囲まれる前に切り抜けた。

 だが、敵をまいたわけではない。

 数十メートル先には追手が迫っている事だろう。

 アレックスはまともに動けなくなったアイシャに肩を貸しているため、素早く動けない。

 アイシャの負傷は不幸中の幸いで右目は潰れて失明したが、脳みそまで銃弾は到達していなかった。

 応急処置で包帯を巻いて右目を止血する。

 無線で応援を呼ぼうとしたが、無線から流れるのは砂嵐のような騒音だけだ。

 

 「クソが。妨害されてやがる。」

 

 こうなれば自分達だけでなんとかしなければならない。

 かなり絶望的な状況だ。

 こうなればもういっそ見捨ててアレックスだけでも逃げてほしい。

 それが本音だったが、この男は間違いなくそんな決断はしない。

 もし私を見捨てるとするならば、それは私が死体になったときだろう。

 しばらく進むと廃墟となった村が見えてきた。

 幸いその村は、紛争が原因で住んでいた人々は死亡、もしくは難民となっている。

 戦闘に巻き込む心配はない。

 村の建物は基本一階建てで、茶色くボロい煉瓦造りだ。

 窓はなく、必要最低限の施設しか揃っていない。現代の建物とは思えない物だったが隠れるにはちょうど良かった。

 村の一番奥の建物に入り、壁に背中を預けて座った。

 

 「後どれくらいかな?」

 

 「一時間後には戦闘だろうな。」

 

 するとアレックスは首に下げたドッグタグを取り、こちらに投げ渡してきた。

 

 「俺のお守りを貸してやるから、死ぬなよ。」

 

 そう言うとアレックスはライフルを持ち背を向けた。

 

 「ありがとう。でも死なないでほしいのはお互い様。」

 

 アレックスは苦笑した。

 

 「安心しろ。俺は鬼と呼ばれた男だぞ?こんなことで死なない。」

 

 「アハハ。鬼って餓鬼の鬼だろ?ハハハ!」

 

 今からほぼ勝ち目のない戦いに挑む一人の男を少しでも安心させるために精一杯笑う。

 

 「そんだけ冗談言えるなら上等だな。…行ってくる。」

 

 その瞬間にアレックスの雰囲気が変わった。

 いつも以上に鋭い目つきで殺気立っている。

 完全に戦闘態勢だ。



 誰もいない廃墟に残されたアイシャは、アレックスの無事を祈りながらいつ来るか分からない敵を警戒してハンドガンを握る。

 静かだった村に銃声が鳴り響いた。

 

 「始まったか……」

 

 それからは銃声と爆発音の嵐だった。

 実力もそうだが、彼の人間性を誰よりも信頼しているつもりだ。

 一見冷たいようだが、本当は仲間思い。

 彼は私にとって最高のバディだ。

 だが、いくら強いと言っても敵との数が違いすぎる。

 装備もゲリラ戦に特化した敵の方が有利だろう。

 だが不思議と「アレックスが負けたら?」なんて言う心配は一切浮かばなかった。

 

 「頼んだよ。アレックス。」


 

 標的はたったの二人。

 それも片方は負傷して戦闘どころではないだろう。

 すぐに終わるだろうと皆が鷹をくくっていた。

 無人の村に隠れた標的を確実に仕留めるため、全方位から囲んで少しずつ追い詰めていく。

 その様を少しはなられた位置から眺めていた。

 部下達は「誰か仕留めるか、賭けようぜ!」と賭けを始めた。

 皆がその状況を「楽勝だ。」「早く帰ろうぜ。」と余裕をかます。

 しかし、数分後にその状況は一変した。


 「……どうなってんだ?」

 

 あちこちが銃声と爆発音のオンパレード。無線から聞こえる悲鳴が止まらない。

 炎がないのに白い煙があちこちに立っている。

 

 「馬鹿な!たった二人だぞ!?」

 

 狙撃ならともかく、距離をつめたゲリラ戦なら装備も数もこちらの方が有利だ。

 だが目の前ではその真逆のことが起こっている。

 

 「クソが!」

 

 耳を塞ぎたくなる酷たらしい無線の声を聞くと、もうメンツにこだわっている暇はないと判断せざる負えなくなる。

 しぶしぶ増援を呼ぼうと無線に手を伸ばす。が、次の瞬間銃声が鳴り響き、肘から下が吹き飛んだ。

 

 「ァアああああああああああああああ!!?クソがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 思わずその場に跪き悲鳴を挙げた。

 

 「応急処置!!」

 

 「はい!」

 

 動揺しながらも、こちらに駆け寄る部下に再び銃弾がとんだ。

 

 「ぐっ!?」

 

 銃弾は部下の足を貫いた。

 その後も次々と味方が撃ち抜かれていく。

 足、手、腹と血を流し、悲鳴を挙げて崩れ落ちていく。

 撃ち抜かれる部位はバラバラだが、唯一共通点があるとするならばそれは急所ではないことだ。

 なぜか死者は出ておらず、負傷者は皆、重症ではあるものの適切な処置をすれば助かるのだ。

 

 『聞こえるか?』

 

 地面に転がった無線から、声が聞こえる。

 残された腕で無線を掴み答える。

 

 「聞こえている。お前は誰だ?」

 

 『あんたの腕を落とした者だ。』

 

 その答えに激怒した。

 無線の先にはこの地獄を生み出した張本人がいるのだ。

 おまけに余裕をかましたような落ち着いた声色のため余計に気に触る。

 

 「なめているのか!!今からお前をぶっ殺してやる!」

 

 『それも構わないが。一つ提案があってな。』

 

 「……」

 

 『今から15分以内に撤退しろ。そうしたら見逃してやる。』

 

 「これだけ部下や俺を痛めつけたヤツが今更情けか?」

 

 どういうつもりなんだこの男は?

 考えが読めない。

 なぜこちらを殺さないんだ?殺そうとすれば殺せるだろうに。

 おまけに逃げる時間まで用意しやがった。

 

 『うるせぇな。こっちも相棒の目をやられてんだ。おあいこだろ?…あーあと言い忘れた事がある。さっきの話に1分遅れるごとにあんたの部下を若い順に殺すって付け加えておいてくれ。』

 

 「なに?」

 

 『ほら急げよ。あんたの部下はだいたい三十人ぐらいだったよな?あんたにたどり着くまで一時間もないぞ。』



 銃撃戦が繰り広げられ、静かになりしばらくするとドアがゆっくりと開かれた。

 念の為、ドアに銃口を向けていたがその必要はもうないらしい。

 

 「片付いたぞ。」

 

 血まみれになったアレックスが上着を脱ぎながら入室した。

 

 「流石だね。」

 

 帰還した戦士にを笑顔で迎える。

 アレックスならなんとかしてくれるとは思っていたが、あれだけ圧倒的に不利な戦闘に勝利した理由はとても気になる。

 

 「どんなからくりで切り抜けたの?」

 

 「手榴弾とスモークグレネードに糸を絡めて作ったトラップで混乱させた。」

 

 「え?それだけ?」

 

 流石にそんな方法だけでは切り抜けられる場面ではなかった気がするが。

 確かに罠に敵が引っかかれば、敵の位置を特定出来る。

 しかし、それだけでどうにかなる差ではなかった。

 するとアレックスは私の隣に座りながら思い出したかのように付け加えた。

 

 「あー後、殺さずに生かした。」

 

 「なるほどねぇ」

 

 「殺さず生かす。」その一言でアレックスがとった行動を理解した。

 敵を殺してしまうとその仲間は復讐心を抱く。

 復讐心とはかなり燃費の良いエネルギーになるためかなりやったかいだ。

 しかしあえて急所を外し瀕死にする事で、瀕死になった兵士もその仲間も復讐心より恐怖心を抱くのだ。

 何より戦場では、死者を見捨てる判断はとれるが、負傷者を見捨てる判断は取りづらい。

 治療すれば助かる傷ならばなおさらだ。

 治療に時間を取られ行動が取れなくなったすきに、アレックスは体制を立て直したり、先手をうつなど有利に戦闘を進められる。

 一見汚い戦い方に見えるかも知れないが、綺麗事を気にしているほど戦争は甘くはないのだ。


 「しかしすごいねぇ。」


 どんな方法だったとしても、こちらが圧倒的不利な戦闘に勝てたのはやはりアレックスの人間離れした戦闘能力だろう。


 「そうでもねぇよ。」


 アレックスは懐からタバコを取り出しくわえる。


 「俺が強かったんじゃなく相手が弱かったんだ……」


 ライターの火をタバコに近づけた。


 「禁煙中じゃなかった?」


 「今日くらいはいいだろ。」

 

 

 

 湯船に並んで浸かりる。

 父が若かった頃の話を、どこか遠くを見るような目つきでアイシャさんは語ってくれた。

 自分の知らない父親の顔を知れたことは嬉しく、同時に寂しく感じた。

 また会って話がしたい。

 だが私が愛し、私を愛した父はもうこの世には居ないのだ。

 共にいたわすがな時間を思い出す。

 

 「父さんは若い時から強かったんですね。」

 

 「本当に強かったよ。あれだけの運動神経をスポーツに使えば間違いなく良い成績を残せただろうね。」

 

 「…でもそうしなかった。」

 

 アイシャは腰を上げ、シャワーで体の泡を流しながら話を続けた。

 

 「アレックスは守りたかったんだと思う。愛する家族を。」

 

 シャワーを浴び終えるとこちらに背を向けてタオルを手にとった。

 

 「長話になってごめんね。」

 

 まるで別人のようだったアイシャの目つきはいつもの緩んだ優しい目にもどった。

 

 「いえいえ!ありがとうございました!また父さんの話を聞かせてください。」




 「さてと……」

 

 深夜一時。

 木刀を手に取り、リュックサックを背負う。

 準備は出来た。後は向かうだけだ。

 レイの自室へ足を運びドアをこじ開ける。

 勝手に人の部屋に入るのは身が引けるが仕方がない。

 レイに必要なものがここにある。

 部屋の壁一面に写真や何かの文字がびっしり書かれた資料が貼られており、それらを繋ぐように紐が伸びている。

 おそらくあの組織についてまとめた物だろう。

 ごちゃごちゃしていて私にはさっぱり分からなかった。

 ため息をつき、首をかしげる。

 

 「分からないなぁ…やっぱり自分をおとりにした方が……ん?」

 

 また振り出しにもどったその時、一枚の地図を見つけた。

 手に取るとその地図の何もない緑色の山の位置に点が付けられ「見つけた」と書かれていた。

 おそらくレイは見つけたのだろう。

 

 「ここにあの組織がいる。…母さんもここに…」

 

 地図をたたんでリュックサックに入れる。

 そして部屋のタンスをかたっぱしから探し、やっとの思いでレイの相棒を取り出した。

 二本の小型の鎌。

 これが彼の愛用する得物だ。

 必要な物はこれで全部。

 後は向かうだけだ。

 音を立てないように廊下を歩き、ゆっくりと玄関をでる。

 

 「やぁお嬢さん。こんな夜中に物騒なもの持ってどこか行くのかな?」

 

 そこには迷彩服を着たアイシャの姿があった。

 その背後には軽自動車がある。

 

 「アイシャさん?!」

 

 親指で背後の軽自動車を指し、まるでナンパをしている様な話し方でアリスを誘う。

 

 「良かったら送ろうか?」



「ハハハ!本当に面白いねアリスは!」

 

 「笑うことないじゃないですか。…あっそこ右です。」

 

 助手席のアリスはこれから起こる戦闘に緊張していた。

 地図を開き道案内をしているため現在地が分かるため、少しずつ確実に近づく戦場にさらに緊張が高まっていく。

 それに対して運転席のアイシャは気楽に爆笑していた。

 

 「そもそも、なんで分かったんですか?」

 

 「明らかに怪しかったからねぇ。アリスはわかりやすいんだよ。」

 

 何となく自分でも分かっていた。

 私は演技がとても下手なのだ。

 落ち込んだ時、ランに気を使わせないように明るく振る舞ったがすぐにバレて「アリスってわかりやすいね。雰囲気でだいたいわかるよ。」と言われた事を思い出した。

 

 「……止めないんですか?」

 

 もう一つの疑問を問う。

 なぜ私を止めないのか。

 それは普通なら止めるのではないかと言うシンプルなものだ。

 確かに止められないのは好都合だが、嫌味ではなくただ単純にアイシャさんの考えが知りたかった。

 

 「そりゃアリスは止めても止まらないじゃん。自分が誰の子か知ってるの?『戦場の鬼』アレックスの娘だよ?説得するなんて時間の無駄だよ。」

 

 アイシャさんは笑いながら答える。

 こちらに来てから少なくともアイシャさんの前では優等生のように真面目に振る舞っていたつもりだ。

 アイシャさんの中の私のイメージは優等生とは行かないものの、真面目だと思っていると我ながら慢心していた。

 

 「本当はやめたほうがいいと思うけど、アリスがやらなきゃいけないと思ったことなら仕方がないよ。私に出来るのは付いて行って無事に帰れるようにサポートする事。それだけだよ。」

 

 アイシャさんには感謝するしかなかった。

 こうなったら最後までやり切るしかない。あらためてそう自分に言い聞かせた。

 

 「アイシャさん。ありがとうございます。」

 

 「アハハ!アレックスが知ったらブチ切れるだろうね!」

 

 □

 

 病院の消灯時間が過ぎてしばらく待ち、目を開きあたりを確認した。

 周りはとても静かで、物音一つしていない。

 静まり返っている。

 ゆっくりとベットから出る。

 体はまだ痛むが問題ない。これくらいの痛みなら馴れている。

 何より連れ去られた雪美さんが心配だ。

 今すぐ助けに行かなければ殺されるかもしれない。

 廊下をゆっくりと歩く。

 防犯カメラやセンサーの位置は昼間のうちに確認してあるため簡単に脱走することが出来た。

 後は武器と移動手段だ。

 武器は最悪現地調達として、移動手段はどうするか。

 タイムリミットが分からないため出来るだけ早く移動したい。

 病院の敷地内にある駐車場が目に入った。

 

 「パクるしかないッスね…」

 

 犯罪者に対する犯罪ならともかく、一般人に対する犯罪はかなりの罪悪感を感じる。

 バイクに手をかけたその時だった。

 

 「あっ!いたいた!!」

 

 「!?」

 

 一台の車が目の前に停車し、その窓からアリスがこちらを手招きした。

 

 「良かったら乗ります?」



 「…二人は知ってたんッスか?」

 

 「知ってましたよ。」

 

 「バレて無いとでも思った?」

 

 車に揺られながらアリスが用意してくれた服に着替える。

 黒いフード付きのパーカーに青いジーンズ。

 初めてアリスと合った時の服だ。

 

 「これ。必要な物ですよね?」

 

 助手席からアリスは二つの鎌を差し出した。

 受け取りながら俺は複雑な気分になる。

 

 「あの時から知ってたんですよね?」

 

 あの時と言うのは俺がアリスを殺そうとした時の事だ。

 

 「はい。顔は見えませんでしたが、気配は覚えていたので。」

 

 「自分はアリスの事を殺そうとしたんスよ。なのになんで一緒に暮らせるんスか?」

 

 素直な疑問だ。

 もし、アリスが俺のことを通報すれば間違いなく逮捕されていた。

 家には大量の証拠がある。逮捕は間違いない。

 しかし、アリスは俺のことを受け入れ、同じ建物で同じ飯を食べた。

 一人の普通の友人として接してくれたのだ。

 するとアリスは前を見ながら答えた。

 

 「私にも貴方の気持ちが分かるからです。私も大勢殺しました。そして大勢を救った。人殺しは確かにいけない事ですがそうしないと救えない命が合りました。…だからレイの正義も間違っていないと思うんです。」

 

 「……」

 

 大勢殺し、大勢救った。

 アリスの瞳はまっすぐ前を向いている。

 まるでどこか遠くの家族を見ているような落ち着いた目。

 その姿はまるでかつて憧れたあの軍人のようだ。

 

 「人殺しをした私は、英雄と呼ばれるのが嫌でした。何より人殺しと思われるのが嫌だったんです。でも、こんな私を受け入れて普通に接してくれた親友がいた。家族がいた。…それがどうしようもなく嬉しかった。だからレイにもそうしたくなったんです。」

 

 「…俺は…」

 

 この気持ちをどう伝えたらいいのだろうか?

 

 「ありがとうございます。」そんな言葉では足りない。

 それだけの感謝がこみ上げてきた。

 

 「レイ。話は聞いたよ。なんせバカでかい闇の組織に喧嘩売ったんだって?」

 

 「……そうです。」

 

 「面白そうじゃん!私も混ぜてもらうよ。」

 

 「久々に見ましたよ。アイシャさんのその格好。」

 

 迷彩服を来た姿を見るのは何年ぶりだろうか?

 

 「なまって無いっスか?」

 

 「ノープロブレム。余裕だよ。」

 


 三人を乗せた車は山奥へと入っていく。

 途中からは、カメラ?とかいう機械でバレてしまうらしいので、徒歩で向かった。

 道なき道をひたすらあるき続けてたどり着いた目的地は、人間の手が加えられていない自然の中に場違いに建てられてた。

 病院の様な白い施設で山の中ではかなり目立つ。

 これだけの森の奥に作られているのも納得だ。

 監視カメラと警備に警戒しながら侵入する。

 施設の中身を把握しているレイが先導して進んでいくと大量の資料が本棚にたてられている部屋にたどり着いた。

 そしてさらにその奥へと進むとそこにはおそらく地下へと続いているかなり怪しげな階段があった。

 

 「この先ッスね。」

 

 階段を降りようとしたその時、背後から悲鳴が聞こえた。

 

 「うぅ!わぁぁああああ!!?」

 

 白衣を着た男がその場から走り逃げ出したのだ。

 恐らくここの組織が雇った科学者なのだろう。

 バレてしまいいままで静かに進んできたのが無駄になってしまったわけだが、アイシャはいつものように軽く笑っていた。

 

 「バレちゃったね。…まぁいいや。そんじゃ二人は予定通りにそれぞれの目的を果たしてきて。」

 

 アイシャは右手にハンドガンを持ち、左手にナイフを逆手に持った。

 

 「アイシャさん!無茶ですよ!敵は何人いるか分からないんですから!」

 

 「大丈夫!大丈夫!私を誰だとおもってんの?アレックスの相棒だよ!こんな事で死なないって!」

 

 ハンドガンのスライドを引きながらアイシャはあるき出した。

 その表情はかなり歪な笑みで例えるならば、飢えた狼が獲物を見つけた時のようだ。

 

 「アリス行くっスよ。」

 

 長年共に暮らしてきたレイはアイシャの事をよく理解しており、かなり信頼している。

 それに対し、アリスもアイシャの事を信頼しているもののその実力を生で見たことはないため不安を感じていた。

 

 「でも!」

 

 「どっちにしろ逃げ道を確保する役は必要何だから。ほら行った行った!」


 

 二人を見送るとアイシャは廊下に出た。

 

 「動くな!」

 

 廊下には複数の武装した集団が待ち構えており、当然銃口はアイシャを捉えていた。

 しかし、アイシャは一切怯むことなく集団を睨みつけながら小馬鹿にしたように笑う。

 「私の経験上、勝敗をわけるのは人数、装備、そして個の強さだった。私が君らより勝っているのは一つだけだがそれで十分。思い知るといいよ。個の強さがどれだけ驚異的なものなのかを!!」



 階段を駆け下りた先は白い廊下へと繋がっていた。

 そしてその白い廊下の先には母が待ち構えている。

 無数の刀を背後で浮かせ、円上に回転させている。

 

 「不老不死の次はエスパーッスか?…もうドラゴンが出てきても驚かないっスよ。」

 

 戦闘態勢に入ったレイの肩を叩き、前に出る。

 

 「この人が私の目的です。レイの目的はこの先ですよね?」

 

 アリスの思いを理解したレイは鎌をおろし、走り出した。

 

 「すぐに戻ります。」



 幸い母はアリスを標的にしぼったらしく、レイには一切無反応だ。

 レイが走り去った後、アリスは自身の胸に手を当てて目を閉じる。

 

 「悪魔さん。力を貸してください。」

 

 胸の奥から声が聞こえる。

 

 『了解した。』

 

 黒い影がアリスを包み込む。

 そして影から表れたアリスの姿は全く別の者へと変わっていた。

 黒い軍服に軍帽、手には軍刀が握られていた。

 

 「大丈夫だよ。母さん。今終わらせるから。」


 ●

 

 液体で満たされた水槽の中でうずくまっていた。

 服は脱がされ体は丸出し、醜い体をさらしており、口元には呼吸器が取り付けられているためかろうじて呼吸はできる。

 水槽の外では白衣の科学者たちが資料を見つめながら動き回っている。

 そんな状況を懐かしく感じていた。

 忘れかけていた。忘れようとしていた過去を鮮明に思い出した。


 毎日得体のしれない薬を飲まされ、ろくに麻酔の効いていない状態でメスを入れられた。

 一切の自由のない実験台のモルモット。それが私だった。

 地獄のような毎日を繰り返した結果、痛みや苦しみに慣れていき、それと同時に人の姿を失ってしまった。

 鏡を見たとき自分はもう人間では無いと理解した。

 私は絵に書いた様な化け物だ。

 どうやってもまともな生き方は出来ないだろう。

 全てを諦め変わり果てた自身の爪で首を切って自殺をしようとしたその時、研究所にサイレンが鳴り響いた。

 誰かが侵入したらしい。

 部屋の外から悲鳴と銃声が聞こえる。

 そして全てがなりやんだ後に足音が近づいてきた。

 足音は部屋の前で止まりドアを蹴破って一人の青年が私の元へ駆け寄る。

 

 「助けに来ました。」

 

 「…え?」

 

 てっきり殺されると思っていた。

 予想していない展開に戸惑っていると青年は私の元へ手を伸ばした。


 「もう大丈夫ッスよ。」


 フードで顔は見えなかった。

 だが、青年の優しい声とぬくもりは今でもよく覚えている。


 研究所にあの時も青年が侵入した。

 薄れる意識の中必死に目を開けて外を見る。

 青年は次々と武装した集団を蹴散らしていき、科学者達は悲鳴を上げて逃げていく。

 「ざまあみろ」と心の中で笑う。拘束され、動けない私を笑いながら痛めつけていた大人達は今ではたった一人の青年から逃げ回っているのだ。

 その光景はすごく爽快に思えた。

 その場にいる研究所の人間は皆、青年が殺し尽くして動いている者は一人もいない。

 水槽から私を出して上着を着せてくれた。

 懐かしいぬくもり……いやこの温もりはつい最近の物だ。

 上着を脱いだことでフードが無くなり青年の顔が見れた。

 

 「すみません。守れなくて。今度は絶対に守り抜きます。」

 

 その声はあの時の私を地獄から救ってくれた英雄のものだった。

 そしてその顔は私が今、最も信頼している人物の物だった。

 

 「うん。任せるよレイ!」



 雪美さんの手を引きながら廊下を走った。

 ここまで来れば後は二人と合流して脱出するだけなのだが、まだ厄介な存在と遭遇していない。

 警戒しながらも足を運んで出口を目指す。

 

 「おいおい!思ったより来るの早えぇじゃねぇーか。油断したぜ!!」

 

 廊下の中央を陣取った井崎が笑いながらこちらに銃口を向けてきた。

 足を止め雪美さんを背中に隠す。

 

 「今度は殺す。」

 

 「…こっちの台詞っスよ。」

 


 三十人はいた武装集団はたった一人の女に制圧された。

 あちこちで血を流し悲鳴を上げている仲間達を見てこれから同じ道をたどる事に恐怖する。

 実戦経験が違いすぎる。

 確かに最初は油断していた。


 たった3人の侵入者を排除するだけの簡単な仕事だと皆が思っていた。

 一人は早急に立てこもることなく姿を表した。

 金髪で眼帯をつけた女だった。

 取り囲んだから後は殺すだけ。残りの二人も大したことないだろう。

 引き金を引こうとしたその時女が動いた。

 同時に3つの手榴弾を投げつけてきたのだ。

 一つ目は俺達軍人が知る最強の光を放った。

 間違いなくスタングレネードだ。

 その場の仲間達は予想外の展開に反応が遅れて視力を奪われた。

 視力が無くなったことで混乱していた。否、混乱する暇も無く次の手榴弾が俺達を襲った。

 耳塞ぎたくなるほどの爆発音。

 そしてとんでもない熱が襲ってくる。

 前衛の方からが悲鳴が聞こえた。

 そしてスタングレネードに奪われた視力がやっと戻ったと思えば最初に目に入ったのは真っ白な世界だった。

 何も見えない。

 あたり一面が白い煙に包まれている。

 これでは視力が回復しても意味がない。

 唯一分かる音の情報で、わかるのはあちこちで仲間がやられている事だけだった。

 あちこちから聞こえる悲鳴と銃声。

 俺を含めた動ける者達は煙から抜け出そうと走り出した。

 施設の外へ出てやっと視界が開けた。

 振り返ると俺以外の仲間達は足や手を撃ち抜かれ、切り裂かれ、無残な姿で倒れこみ悲鳴を上げていた。

 

「クソ!ふざけんな!!化け物が!」

 

 何なんだコイツは!?

 女がゆっくりとこちらに歩いてくる。

 返り血なのか女は

の頬は赤く染まっていた。

 

 「言ったろ?個の強さを教えてやるって。」

 

 恐怖心を怒りで塗り替えて銃を構えた。

 殺す。必ずこの女はここで殺す。

 

 「死ねぇええええええええええ!!」

 

 我武者羅で銃を乱射する。

 距離もある。装備もこちらの方が強力だ。

 どう考えても圧倒的に俺のほうが有利。

 だがなぜだ?なぜ俺は血を流しているんだ?

 訳がわからない。

 確かに女との距離は十メートル以上離れていたはずだ。

 なのになぜこんな一瞬で距離を詰められたんだ?

 引き金を引いた瞬間離れていた女は俺の目の前に迫っていた。

 そして俺の横腹を切り裂いてしまったわけだが。

考えるのはやめよう。今はとにかく。

 

 「痛ぇええええええええええええええええ!?」

 

 ○

 

 グレネードとか色々使って人数差を出たらめなゴリ押しで埋めた。

 正直ギリギリだった。

 人数はいたと言ってもこの程度の敵に時間を掛けてしまったのはやはり訛っているのだろうか?

 

 「ひとまずこれで終わり……ってわけでもなさそうだね。」

 

 振り返ると白く美しい髪をした女が立っていた。

 両手に軍用の黒いナイフを持ち、青い迷彩服で身を包んでいる。

 無表情でこちらを見ている兵器の様なこの女を私は知っている。

 

 「あの時はどうも!おかげさまで不便な毎日だよ!」

 

 間違いなく片目を失ったあの戦場で、私の狙撃をナイフ一本で防いた女だ。

 銃弾を弾き返す人間なんて忘れたくても忘れられない。

 

 「リベンジさせてくれるの?ありがたいなぁ~。せっかくだし名前も教えてくんない?」

 

 「72」

 

 「君の名前は数字で72?変わった名前だね。…お連れの人も数字だったりするのかな?」

 

 アイシャは気づいていた。

 どこにいるのかはわからない。

 確たる証拠もない。

 ただ、今までの経験と感が教えてくれた。

 「どこかに狙撃手がいる」と。

 このままではまずい。

 せめて狙撃が通らない場所に移動しなければ勝ち目はないだろう。

 研究所に滑り込みそのまま廊下を走る。

 すぐ後ろでは銃弾が追いかけてくるように打ち込めれていた。

 厚さ2メートルはあるであろうコンクリートの壁を簡単に貫通していく。

 こんな威力の銃なんて見たことも聞いたこともない。

 更には銃声がならないと言う狙撃手の弱点を埋めるおまけ付き。

 サプレッサーでも付けているのか?

 対物ライフルを軽々と上回る威力を持った無音のスナイパーライフル。

 すごいな!時代はここまで来たのか!

 

 「…いや、ないか。」

 

 自分の適当で笑えないボケにツッコミを入れた。

 私が軍をやめたのはそんなに昔の話ではない。

 科学技術がたった数年でここまで発達できるわけ無いのは子供でも分かる。

 だとしたら考えられるのは一つだけ。

 

 「アリスが言ってた異世界の技術や物質を使った兵器か。」

 

 それなら辻褄が合う。

 銃弾をナイフで弾いたり、コンクリートに音一つ建てずに風穴を開けたりしたのも納得がいく。

 だが謎が解けたところでなんの解決にもならない。

 足を止めれば死ぬと言う危機的状況は変わらないのだ。

 私も馬鹿ではない。

 むやみに走り回っていたのではなく、ある場所を目指していたのだ。

 この施設の地図はざっくりだが頭に入れてある。

 なので迷うことなく目的地に到着できた。

 

 「ここなら!」

 

 地下室への階段。それがアイシャが選んだ場所だった。

 いくら高性能なライフルを持った凄腕の狙撃手でも地下室までは狙撃してこないだろう。

 階段に足を伸ばしたその時背後から刃物が襲ってきた。

 身をよじり交わす。

 刃物は肩を切り裂き赤く染まった。

 

 「ッ!」

 

 久々の痛みに顔を歪めた。

 幸い深い傷ではない。

 手当したいところだがそんな空きはなさそうだ。

 72がこちらに飛びかかるように両手の獲物を振りかざしてくる。

 こちらもナイフで応戦するも、右目が見えないと言う視野の弱点を確実につついてきた。

 更には配置も不利だ。

 階段の下側にいる私に対して72は上側。


 「ぐぁあ!!」


 ナイフばかりに気を取られ、72の蹴りに反応できなかった。

 横腹にめり込んだ足はそのままアイシャを吹き飛ばした。

 まともに受け身が取れず階段の一番下まで転げ落ちた。


 「いててて。」


 全身の痛みをこらえて何とか立ち上がる。

 ひとまず狙撃手は気にしなくても良さそうだがまだまだ問題は山積みだ。

 余裕のせいか、警戒のせいなのか、39はゆっくりと階段を降りてくる。


 「さてと…どうしたもんかね…。」


 

 研究室内で飛び交う弾丸から逃げるように走り回る。

 幸いここには机や椅子、パソコンや棚などの物陰があるため何とかなっている。

 全身傷だらけ、深い傷がないのが救いだが、問題はそこではない。

 体力が確実に限界へと近づいているのだ。

 

 「そんなもんか?死神ぃい!まだまだ俺は行けるぜぇ!!」

 

 「……」

 

 「レイ…」

 

 井崎は雪美には目もくれず、レイばかりを狙っている。

 それが唯一の救いだった。

 レイの実力を持ってしても、人一人守りながらの戦闘はかなりの難しい。

 それも相手は殺しても死なないゾンビの様な化け物だ。

 笑いながら銃を乱射する姿は狂気じみておりまさに戦闘狂である。

 「チッ!球切れかよ!」

 井崎がリロードに入った瞬間

机に置かれていたキーボードを投げつけそれに続いて前進する。

 

 「ッ!!」

 

 井崎の後頭部にキーボードが直撃した。

 怯んだ井崎の首元を鎌で切り裂き、一瞬のすきを開けることなく胸を切り裂いた。

 血が流れ井崎はその場に崩れ落ちた。

 やっと殺せた。

 これで5回目だが…

 

 「いてぇーなぁー!!」

 

 銃を乱射しながら井崎は寝起きのように立ち上がった。

 机の後ろに滑り込みギリギリで銃弾を避ける。

 

 「何回殺せばいいんスかね?」

 

 「知らねぇよ!」

 

 どうする?どうすればこの不死身の化け物を倒しきれるのだろうか?

 体力も底が着きそうなのに攻略方法が見つからない。

 

 ⚔

 

 まるで弾丸の様に飛ばされてくる刀を軍刀で弾き返す。

 刀を弾き、一歩踏み出す。

 刀を弾き一歩また踏み出す。

 確実に一歩ずつ近づいていく。

 今戦っているのは実の母親だ。

 残り少ない時間の中、必死に私の幸せを願ってくれた母に刃を向けている。

 抵抗が無いと言えば嘘になるが、ここで必ず自分の手で母を倒すと決めた。

 復活して暴走していた「魔王」と同じようにもう一度殺すしか母を助ける方法はないのだ。

 

 「間合いに入った!」

 

 母の首に刃が届く位置まで距離を詰めれた。

 後は斬るだけ。

 得物を振りかざす……が

 

 「…ッ。」

 

 首元で刃を止めてしまった。

 覚悟を決めていたつもりだった。

 だが、実際にその時が来ると体が言う事を聞かなくなる。

 いや、心だ。体ではなく心が母へ攻撃を止めてしまう。

 そのすきを母は見逃すはずもなく、容赦なく無数の刀がアリスを襲った。

 

 「くっ!」

 

 背後へ飛びながら軍刀をふるい刀を弾き返した。

 また距離が空いてふりだしに戻ってしまった。

 刃を止めたアリスに不安を感じたのか胸の奥から悪魔の声がした。

 

 『アリス。分かっているとは思うがお前の母親は殺さなければ救うことができない。』

 

 「……分かってるつもりです。」

 

 走り回り刀をから逃げ回る。

 「今度こそ迷わない」と自身に言い聞かせるも、やはり母を思う心が邪魔をしてくる。

 

 『どうだかな。…だがむこうは必死に抗っている。お前を殺さないようにな。』

 

 「……」

 

 『気づいているんだろ?本来私が作り出した武器では「魔王殺しの力」を防ぐことができない。その軍刀ではあの刀を弾き返すことは本来、不可能な事だと。』

 

 「魔王殺しの力」とは、その名の通りかつて異世界を恐怖のどん底へ叩き落とした最凶「魔王」を倒した力だ。

 特殊な魔力を持つ者が訓練をすることでその魔力を具現化し、武器として使用することができる。

 使用者が斬ろうとした物を確実に斬る事が可能。

 対象は固体、気体、液体関係がなく硬さも柔軟性も無視して斬る事ができる。

 ただしいくつかの条件をそれえなければそれらは発動しない。

 一つは正しい速度、角度、力量などの本来の武器と近い物理的な条件を揃える事。

 そして、最も重要なのは対象に対して強い殺意を持つ事である。

 そもそもこの力は殺意を持たなければ力を発揮しない。

 つまり、母がアリスに対して殺意を持っていればいくら悪魔の力で作られた軍刀でも弾くことは不可能なのである。

 ここから導き出される答えは一つだけだ。

 

 『弾けてるってことは、お前の母親は必死に殺意を抑えているんだろう。アリス、お前を守るために。』

 

 そうだ。母さんは本来、自我を失ってもおかしくない状態なのにそれでも必死に抗っているんだ。

 中途半端な気持ちで戦う事はそんな母を侮辱する行為であり、母を無駄に苦しませる事になる。

 私はここに何をしに来たんだ?

 母を殺すためか?違うだろ。

 私は母を助けるために来たんだ。

 深呼吸をして軍刀を振りかざした。

 今までの仮の覚悟は捨てる。ここからは真の覚悟を持って戦う。

 

 「……母さんが死んでまで戦っているんだ。…もう迷わない。絶対にここで止める!!」

 

 吹っ切れたようだった。

 アリスの目から迷いは消えており、魔王を倒した英雄の姿がそこにはあった。

 

 『やっとお目覚めか。』

 

 「ありがとうございます。悪魔さん。ここから先は自分の力でなんとかします。」

 

 こちらの世界に来る直前に魔術師から受け取った水晶玉を軍刀でなぐりわる。

 水晶玉の破片からは白く強い光を放ち、辺り一面を包み込んだ。

 

 「これで終わらせる。」



「…!?…ここは?」

 

 突然周囲の景色が変わり流石のアイシャでも驚きを隠せなかった。

 72と戦ってちた。というより逃げ回っていると突然白い光に包まれた。

 あまりにも強い光だったため目たまらず目を閉じてしまった。

 次に目を開けると白い研究所から、この一昔前の町へと転移していたのである。

 煉瓦造りの建物が並び、海外の映画でしか見たことの無い違和感だらけの世界だ。

 

 「アリスが言ってた異世界ってやつ?…えぇ。どうしよっかなぁ…。」

 

 アリスの言ってた異世界については正直、半信半疑だった。

 確かにありえない事があちこちで起きており、それらは異世界が存在する証拠ではあった。

 それでも今までの人生において空想の存在だった物が現実の物になれば半信半疑も何もない。

 問題はここからどうするかだ。

 もし私だけでなく敵もこちらに来ていればまた戦闘が始まる。

 これだけ大勢の前で殺し合いなんてすればすぐにバレて警察?に捕まる事になるだろう。警戒しながら歩いていると背後から肩を叩かれた。

 

 「貴方がアイシャさん?」

 

 「?」

 

 振り返とそこには忍者着を着た女が立っていた。

 

 「私は夕雨討と言います。アリスの友人でっ」

 

 「オォージャパニーズ忍者!!クノイチ!!」

 

 「!?」

 

 侍や忍者、茶道、相撲など日本文化大好きの親日家であるアイシャにとって東洋のアサシン「忍者」である夕雨討は憧れの存在だ。

 目を輝かせながら大人なのにも関わらず、子供のようにはしゃいでいる。

 

 「手裏剣持ってる?刀とかは?」

 

 「えっ?ありますけど…?」

 

 「カッコイイ!!」

 

 「…?ありがとうございます。」

 

 夕雨討は、初対面にも関わらずえげつないテンション差のあるアイシャに戸惑いを隠せなかった。

 

 「…本当にアイシャさんですよね?」

 

 「そーだよ!…それより。」

 

 アイシャは突然夕雨討を押し倒した。

 それと同時に背後の壁に穴が空いた。

 

 「やっぱり来てるか…。」

 

 輝いていた瞳は鋭くなり、完全に戦闘態勢に入った。

 

 「誰か!助けて!」

 

 周りから悲鳴が聞こえる。

 どうやら今の狙撃で撃ち抜ぬかれたのは、壁だけではなかったようだ。

 血を流し突然倒れた男の周囲に野次馬が集まる。

 そんな中まっすぐこちらに向かってきている72が見えた。

 

 「狙撃手は私が相手するからあなたはあの人を」

 

 敬語を捨て夕雨討も戦闘態勢に入った。

 

 「いや逃げた方が。」

 

 「大丈夫だよ。私もそれなりの強いからさ。」

 

 クナイを数メートル先の壁に投げて突き刺し、夕雨討は両手を振りかざて何かを操る動作をした。

 その姿は可憐で美しい物だが常人には何をしているのか訳がわからない。

 

 「なにを?」

 

 次の瞬間、何かが空中で火花を立て、四方殺法に飛び交い地面に落ちた。

 

 「!!」

 

 その「何か」は弾丸だった。

 恐らく狙撃手が放ったものだろう。

 意味がわからない。

 何もないはずの空間で銃弾が跳弾した。

 あっけに取られていると夕雨討は得意げに笑った。

 

 「ほら。大丈夫だった。」


 「どうやって?忍法?魔法?」

 

 忍法って本当に存在したのか?何かの魔法か?マジック?

 疑問をいだき地面に落ちた銃弾を見る。

 

 「あれは!?」

 

 よく目をこらしめ見ると銃弾が跳弾していた場所に細い糸が張り巡らされていた。

 

 「糸?!」

 

 「さっき投げたクナイに結んでおいたんだ。その糸を弾丸に合わせて張り巡らしておいた。私がしたのはそれだけだよ。」

 

 「それだけって。」

 

 アイシャが驚いたのは糸の強度もそうだが、それを操る夕雨討の技術だ。

 僅かな情報と時間で狙撃手の位置を把握。放たれる弾の角度や跳弾した後の動きまで計算し、糸を一切の狂いなく配置した。

 

 「これがクノイチの力か。」

 

 こんなに頼もしい仲間はアレックスいらいだ。

 このクノイチとなら勝てる。

 武者震いを抑え、軽く笑う。

 

 「そんじゃ背中は任せたよ。」

 

 「了解。」


 

 「雪美さん!大丈夫ですか?」

 

 「大丈夫だよ…それよりここは?」

 

 突然強烈な光があたりを包み込んだかと思えば、周囲の景色は明らかに別の物へと変わっていた。

 怪我がないのは幸いだ。

 周囲を見渡す。

 橋だ。大きな川にかかった橋の上に俺はいる。

 橋の向こうにはレンガ造りの建物が並んでおり、人々は古臭い歴史の教科書にでものっていそうな服を着ている。

 異様な風景。

 まるでタイムスリップでもしたような気分だ。

 

 「…観光地?……日本にこんなとこあったっけ?」

 

 雪美も周りの風景に対し疑問を抱いている様子だ。

 わけも分からずただ見慣れない街を見ていると何者かに肩を叩かれた。

 

 「ねぇ君がレイで間違いないかな?」

 

 「そうッスけど?」

 

 若い女だ。

 軍服に見を包み背丈ほどの大太刀をベルトで背中に固定している。

 おかっぱヘアーで落ち着いた雰囲気だ。

 念の為、雪美を背後に隠し腰の鎌を握る。

 

 「なぜ名前を?」

 

 「アリスから聞いたんだよ。」

 

 「アリスが?」

 

 なぜ?どうやって?アリスとこの人物はどう言う関係なんだ?そもそもこの世界は何なんだ?

 情報が多すぎて理解が追い付かない。

 レイの疑問を察したのか女は簡単に答えてくれた。

 

 「そう警戒しなさんな。私の名前はラン。職業は見ての通り軍人だ。アリスとは友人でね。君らの助っ人を頼まれたんだ。…!?」

 

 「!?」

 

 突然小さな影が足元を暗くした。

 何がとんでもない勢いで地面に衝突すると、橋は粉々に崩壊しその場にいた三人は当然瓦礫と共に川に落ちた。

 雪美を抱え何とか着地した。

 水しぶきが上がり体中がびしょ濡れになる。

 川は膝ぐらいの深さしかない。

 

 「大丈夫ッスか?」

 

 「うん…ありがとう。……悪いけど早くおろしてくれないかな…恥ずかしい。」

 

 雪美はなぜか顔を赤くして恥ずかしそうに目をそらした。」

 

 「あっ…すみません。」

 

 どうやら体制が理由のようだ。

 右手は足、左手は背中に当て持ち上げた体制。

 いわゆるお姫様抱なのだが、異性に対しまともな知識を持たないレイに対して、年頃の雪美には刺激が強いのだろう。

 

 「フュー!フュー!ラブラブだねぇ!!」

 

 ランが冷やかしながら笑った。

 

 「…ランさんも無事だったんスね。」

 

 「うん!丈夫なのが取り柄だからね!……さーてと。」

 

 空から降ってきた何が川の上に浮いていた。

 何かは、人だった。

 ランと同じ軍服を着ており、右手に大鎌を握っている。

 

 「あー大丈夫ですか?まだ行けます?」

 

 「これが大丈夫に見えてんのか?…クソが。久々の休暇だってのに…」

 

 男が立ち上がり、血反吐を吐き捨てた。

 不機嫌そうな男の様子を見てランは笑いながら大太刀を抜いた。

 

 「派手にやられましたね。リセットします?」

 

 「ああ、さっさとやれ。」

 

 「!?」

 

 仲間であろう男の首をランは躊躇なく切り飛ばした。

 雪美は悲鳴をあげ、レアは同様を隠せなかった。

 

 「何やってんスか?!」

 

 「大丈夫!大丈夫!見てなって!」

 

 男の体と斬り飛ばされた首が、影の様に黒く染まり一つの塊になる。

 

 「これは?!」

 

 「この人の名前はクロ。不死の体を持つ男だよ。」

 

 「じゃあまさか?!」

 

 不死という言葉に身に覚えがある。

 殺してもすぐに復活する事が出来る。クロと同じ能力だ。

 

 「木崎の能力のベースになった能力!!」

 

 「じゃあ!この人なら不死の対策を知ってるんじゃ!」

 

 「そうだよ。だからわざわざ休暇を満喫してる上司をさらって来たんだ。これで昇進はしばらくお預けだけどね!感謝しなよ!!」

 笑いながらとんでもない事言っている。

 ランさんは大丈夫なのか?

 すると高笑いをしていたランは、思い出したかのようにため息をつきながら急に落ち込んだ。

 

 「…絶対、給料引かれる。…夕さんに怒られる……どうしよう?…」

 

 駄目そうだ。

 黒い塊がしっかりとした人間のかたちにもどり、クロは完全に復活した。

 

 「無駄話はその変にしとけ…お出ましだ。」

 

 「オーオー!!この世界は飽きねぇな!!死神の次はサムライときた!!おもしれえ!!」

 

 木崎の声だ。

 だがその場にいたのは木崎とは思えない化け物だった。

 元々高身長だった木崎の背丈は三メートルほどに伸び、顔面を大量の目玉が覆っている。

 腕は背中から四本伸び、元合った腕と足せば六本になる。

 筋肉量も異常に増え、高くなった体はより巨大に見えた。

 

 「木崎なのか?」

 

 

 ⚔

 

 

 周囲は白く何処か冷たい雰囲気だった研究所から、ロマンチックな十字架が目立つ教会前に変わった。

 そしてその前には修道服を着た女性が立っている。

 見知った顔だ。

 「魔術師」リンカ。昔から何度も世話になった姉の様な存在だ。

 今回もまた世話になってしまった。

 

 「思ったより早かったね。」

 

 「はい。予想外な事が多くて。」

 

 「まぁそんなもんだよ。どこの世界も人間がいりゃ争いごとは起こるからね。」

 

 ひとまず転移は成功したようだが、まだ不安なことがある。

 

 「二人は?」

 

 あれだけ強い魔力なら研究所の人間は皆こちらに飛ばされているだろう。

 レイとアイシャさんが心配だ。

 

 「連れの二人は心配しなくていい。助っ人を向かわせてるから。」

 

 離れていた殺気に気づき振り向く。

 凄まじい殺気だ。

 もう母さんは自分を制御出来ていない。

 次の攻撃からは間違いなく一撃一撃が防御不可能の必殺技になるだろう。

 無数の刀を自在に操りこちらに向けている。

 

 「…手伝わなくて大丈夫?」

 

 「はい。覚悟は決めました。私が私の力で倒さなきゃいけないんです。」

 

 悪魔の軍服が影になって消えて、変わりに白い袴がアリスの体を包んだ。

 両手に握られた刀を構え、しっかりと母親に向ける。

 

 「全力で倒します!!」

 

 □

 

 三人がかりで攻撃を繰り返す。

 腕、腹、足、目に入る部位に片っ端から切り裂いたがすぐに塞がるため致命傷どころか時間稼ぎにもならない。

 加えて無数の腕が攻撃と防御を同時に行うため空きは少なく、異様に発達した筋力によりパワーが上がっているため一撃でもうければ即死だ。

 

 「きりがないっスね。」

 

 「クロさん。同類のあなたなら対策の一つや二つ知ってると思って連れて来たんですけど?」

 

 「安心しろ。対策なら今思いついた。」

 

 クロはため息をつき舌打ちをして、そのままこちらに背を向けあるき出した。

 

 「そいつはこっちの世界に来た反動で能力が暴走してる。今なら何かしらの方法で殺せるはずだ。人工的に作ったせいで、できた弱点だな。」

 

 クロは目の前の化け物がどうでもいいと言わんばかりに去って行く。

 

 「ちょ!クロさん!どこ行くんですか?まだ終わってませんよ。」

 

 「うるせぇ。さっきのリセットでしんどいんだよ。不死身つっても痛えもんは痛えし、苦しいもんは苦しいんだよクソが。」



 「あーあ。行っちゃった。」

 

 「どうします?」

 

 「私にいい考えがある。」

 

 クロを見送り、迫りくる化け物を倒すため簡単な打ち合わせをする。

 

 「本当にいいんスか?失敗したらランさん死にますよ。」

 

 「どうせこのままやっても死ぬから問題ないよ。それに命かけてやるからにはド派手にやらないと!」

 

 「……わかりました。」

 

 ランの提案にレイは乗ることにした。

 ランの言うとおりこのまま戦い続けたところで木崎を倒す事はできない。

 他に方法があるわけでもないため半信半疑ながらもその作戦に協力する他ないのだ。

 

 「とりあえず時間を稼げばいいんスね。」

 

 「うん。頼んだよ。」

 

 レイは深呼吸をすると木崎へ飛びかかり両手に持った鎌を振りかざした。



 「さてと…始めるか」

 

 大太刀を頭上に構え、両目を閉じて集中する。

 全身の魔力を刀身へ送り、意識を失わないように歯を食いしばる。

 刀身からは青い光が放たれ、魔力の量が増えるのと同時に光は強くなっていく。

 じわじわと苦しみがこみ上げ、刀を握る手の平からは血が流れ始めた。

 それでもまだ足りない。

 もっとだ。もっと魔力を貯めなければ、あの技は出せない。




 

「おらおら!!そんなんじゃ俺は死なねぇぞ!!」

 

 「…………」

 無数の拳を身を捻りながら跳ねまわってかわし、空きあらば鎌を振るい攻撃する。

 当然傷はすぐに塞がるが、問題ない。

 時間が稼げればそれでいい。

 一撃一撃が必殺技の攻撃にもなれてきた。

 銃を相手に戦ってきたレイにとって一撃一撃が必殺技である事に緊張することはない。

 敵から繰り出される技は必殺技だけだと言うのが当たり前だからだ。

 おまけに木崎の拳は銃弾ほどの速度はなく、レイから見てみれば脅威ではない。

 

 「どこ行った!?」

 

 木崎の視界からレイが消えた。

 

 「こっちスよ。」

 

 背後から聞こえた声に反応し、振り返りながら拳を振りかざしたが、そこにレイの姿はなかった。

 

 「どこ見てんスか?」

 

 「な!?」

 

 再び背後から声が聞こえ振り返るとレイの姿があったが、レイを視界に入れた瞬間木崎の体のいたる箇所から血が吹き出した。

 

 「!?」

 

 「あんたのおかげで色々試せた。」

 

 レイはこの短い時間に複数の技を繰り出していた。

 そのどれもが、実戦で初めて使うものだったが銃が相手ではない為問題なく成功した。

 

 「試せるもん試したんでもう死んでいいっスよ。」

 

 「ァアアア!!クソガァアアア!!?ヒーローのなり損ないが調子に乗ってんじゃねえよ!!?結局は俺もお前もただの人殺しだろうが!!」

 

 「確かに俺とあんたがやってることは同じは非人道的な行為だ。」

 鎌についた血を振り落とす。

 「だが結果が違う。俺は多くを救えたのに対しあんたは多くを奪った。一緒にしてもらっちゃ困る。」


 

 「準備完了。レイ!避けろ!」

 ランの方を見たレイは、迷わすその場から走り出した。

 ランの作戦、それはとある大技を木崎にぶつけ消し飛ばすと言うもの。

 その大技を出すためには時間がかかるため時間稼ぎをしていたわけだが、ランの大技は予想異常のものだ。

 クロの不死身も、木崎の最性能もこの世界に存在する魔力が関係しているらしく、この他にも魔力をつかえば様々な事が可能になるらしい。

 ランはこの魔力を使っている様だがこれは余りにも強力すぎる。

 

 「何だ?あの異常な光は?」

 


 昔、とある村を巨大な虎がおそった。

 虎は村人を襲い喰った際、人間の味を気に入ったため何度も人を襲うようになった。

 その巨大な虎を止められる者は村にはいなかったため、ダメ元で旅人に虎の退治を頼んだ。

 旅人は「この村には世話になったから恩返しがしたかった。喜んてやらせてもらおう。」と退治を請け負い、背中に携えた大太刀を抜いた。

 そして餌場である村に再び虎が現れる。

 旅人は虎の前に立つと大太刀を頭上で構え大きく振り下ろした。

 その瞬間、大気は裂け、地は割れ、巨大な虎は消えた。

 旅人はたった一撃で村の平和を取り戻したのである。

 死体すら残さないその一撃を人々はこう名付けた。

 『虎消し』

 膨大な魔力とそれを制御する技術を必要とする大技である。

 そして現在。その技は孫娘へと受け継がれた。

 


 「絶望する間もなく消えるがいい!奥義『虎消し』!!」

 激しい青い光を放つ刀身を血が滲んだ手で振り下ろす。

 凄まじい爆風と爆音。

 大気は裂け、大地は割れた。

 そして木崎の姿はその場から消え去った。

 嵐の後の静けさの様に、辺りは静まり返り、裂けた雲の隙間から奇麗な光が刺している。

 

 「虎殺しの伝説は未だ健在。立ちはだかる者全て消す。それが我が一族の殺り方だ!!…なんつって。」

 

 軽く笑うランは余りにも恐ろしく、可憐に見えた。

 

 「すごい…。」

 

 クロといいアリスといい、この世界の人間は皆こうなのか?

 

 ○

 

ナイフをかわしながら空きを探す。

 どんな人間にも必ず癖と言うものが有るはずだと思っていたが、72には一切ない。

 ただ正確に無駄なく、より早く、より強く、的確でまるで機械の様な動きだ。

 だが、問題ない。

 教科書通りの動きなら、いくらでもやりようがある。

 刃が首に迫ったところで、それをナイフで弾き、そのまま72の胸にナイフを突き立てた。

 次に72がどう動くかは全て把握してある。

 勝ちを確信したその時だった。

 「なっ!?」

 72は左手を背中にあて、こちらに見えないようにしている。嫌な予感がしたため、攻撃をやめて横へ跳ねて得体のしれない攻撃をかわした。

 ほんの一瞬遅れて銃声がなり、72の腹に穴があいた。

 どうやら自身の体で銃を隠し、相手を自分ごと撃ち抜けるタイミングを計っていたらしい。

 

 「……」

 

 戦場では、最後に立っていた者が勝者で死んだ者が敗者。

 つまり、勝者になるという事は生き延びるという事である。

 だが72は、自身を犠牲にしてまでアイシャを殺そうとしている。

 勝つつもりはない。だが、負けるつもりもないらしい。

 

 「その戦い方に敬意を払うよ。私を殺すためにそこまでしてくれたんだ。私もそのつもりでやらせてもらうよ!!」

 

 ナイフを手放し、それと同時に72との距離を一瞬でなくした。

 ゼロ距離瞬歩だ。

 そして72がもつ武器の無力化を始める。

 まずはナイフをかわし、刃が次の起動に移る前に手首を掴んで止める。

 握力を弱らせるため手首を捻り、ナイフを奪う。

 72は手を振りほどき、銃口を胸に押し当ててきた。

 72は躊躇なく引き金を引こうと指を動かしたが、引き金を引くよりも早くアイシャは手を動かし銃を奪った。

 マガジンを抜き、スライドを引いて、全弾を取り出してから遠くに投げた。

 

「さあ!これでお互い丸腰だ!!」

 

 かつての世界を支配していたのは圧倒的な力。

 体がデカく、強力な武器を持ち、パワーがあり体重がある者こそが最強だった。

 現在でも同じ事が言えるだろうか?

 否。

 現在ではそれら力を凌駕する技術が存在する。

 ボクシング、相撲、中国拳法、空手、柔道、合気道。

世界各地で生まれたこれら格闘技は長年人類が受け継ぎ、進化させて来た強力な武器である。

 想像すると良い。

ただの力自慢が力士に勝てるか?

 否

 痛みに強いと自慢する不良がボクサーのストレートをくらっても、立って要られるか?

 否

 素人が柔道家を投げられるのか?

 否

 無論例外は存在するだろう。

 だが、それはほとんどの人間には当てはまらない。当てはまるのは天才だけだ。

 格闘技の技術は軍隊でも使用されている。

 近接格闘術(cqc)である。

 敵を無力化するスポーツの格闘技とは異なり、敵を殺す事を目的としたこの技。

 アイシャが使用するこの技は一般の軍人が使用している基本的なものに加え、特殊部隊が教え込まれる難易度の高い技までもがふくまれている。

 実戦を多く経験してきたアイシャにとって武器を持った敵を無力化するのは簡単な事だ。

 

 72が拳を繰り出した瞬間、アイシャは拳を繰り出した。

 お互いの拳が交差してお互いの頬に激突する。

 脳が勢いよく揺られ、気分が悪くなった。

 それでも戦いは続く。

 72が次に繰り出したのは蹴りだった。

 空きが出来たように見えたらしい。

 だが、それはアイシャの罠だった。

 頭に迫る蹴りよりも早く前進して、72の胸ぐらを掴んだ。

 

 「歯をくいしばれ!!」

 

 背負い込むように72を浮かせた。

 

 「!?」

 

 円を書く様に勢いよく強烈な投げ技が炸裂した。

 流石の72もこれには耐えられず気を失っている。

 

 「どうだ?これでも一応、柔道黒帯なんだぜ?」

 

 アイシャから殺気がきえていつもの様に笑みを浮かべた。



命令では金髪で眼帯をつけた女を殺せと言われているが、予想外の乱入者が現れたためそちらを優先することにした。

 忍者着をきた女はこちらの位置を把握して居るようで迷うことなく向かってきていた。

 当然何度も狙撃したが、なぜか女を避ける様にが銃弾は軌道を変えるのである。

 近接戦闘を避けるため何度も移動し一定の距離を保っていたが、いよいよ距離をつめられ後が無くなった。

 

 「どこに行った?!」

 

 瞬きで一瞬目を離したすきに女の姿がきえたのである。

 

 「ここだよ。」

 

 振り返ると忍者着の女が立っていた。

 ありがたい事にまだ距離がある。

 ライフルを構え女の頭に向けて発泡した。

 しかし弾丸は女にかすり傷一つ付けることなく何かに跳弾して地面に落ちた。

 

 「無駄だよ。とっくにあなたはつんでる。大人しくするなら連行するけど……どうする?」

 

 余裕の現れか、女はゆっくりと歩き近づいて来た。

 

 「決まってるだろ?あんたを殺してあんたのお仲間も殺す。」

 

 ここまで近づいてやっとわかった。

 さっきから弾丸を弾いていたのは周りに張り巡らされている糸だ。

 いったいどんな素材を使えば弾を弾けるのかは知らないが、種がわかれば対策はできる。

 積んでるのは近づいて来たこの女の方だ。

 得物を狩るカマキリのように、女がギリギリまで近づいた所ででライフルを突きつけた。

 予定通り、女の胸に銃口がめりこんでいる。


 「この距離なら小細工できないだろ?」

 

 引き金をひこうとした時違和感を感じた。

 引き金にかけている指が動かない。

 否、指だけじゃない。体全体が動かないのである。

 

 「動かない?!」

 

 「言ったよね?あなたは積んでるって…私は臆病だから小細工が得意なんだよ。」

 

 糸だ。

 体中に糸が絡められている。

 俺が振り返ったときにはとっくに糸を絡めていたんだ。

 

 「もう一度聞くよ。連行されるかここで死ぬか。」

 

 もう動かせるのは口だけだ。

 勝機はない。

 

 「殺せ。さんざん殺したんだ。今さら生に興味はない。」

 

 「そっか。最後に名前を聞いてもいい?」

 

 「56」

 

 「わかった。覚えておくよ。」

 

 女は短刀を抜き俺の胸に突き刺した。

 

 「あなたを許すことは出来ないけど、その技や覚悟は戦士として尊敬するよ。…お疲れ様。」

 

 意識が薄れる中、優しい眼差しが目に入る。

 俺を殺した人が……俺が最後に見た人がこの人で良かった。

 

 ⚔

 

 「魔王殺しの英雄」アリスの強さとはなにか。

 それはどんな物だろうと一刀両断する刀でも、異常なまでの身体能力でもない。

 数多の戦場を戦い抜いた結果たどり着いた精神力である。

 剣や槍を向けられるのが当たり前。猛毒が塗られた矢が飛んでこようが足を止めず、あたり一面を吹き飛ばす爆弾が仕掛けられていようが一切怯むことなく前進した。

 どんなに不利な環境だろうが関係なく突き進んだ結果が「魔王殺しの英雄」なのである。


 ただまっすぐに走る。

 襲い来る刃を首を曲げギリギリで交わし、腹に迫った刃を弾き落とす。

 足は止めない。

 余りにも理不尽なこの世界から一秒でも早く助けたいから。

 両手に持った獲物を向けるのは、誰よりも家族の幸せを願い、私を愛してくれている実の母。

 ついに手の届く距離に入った。

 母の頭上に刃を振り上げた。

 後は振り下ろすだけ。もう迷わない。この一振りで必ず終わらせる。

 

 「っ!?」

 

 その時、無数の刃がアリスを覆った。

 防御も回避も間に合わない。

 負けるのか?

 また、助けられないのか?

 一瞬で絶望が頭をしはいした。

 だが、刃が飛んで来ることはなかった。

 ちゅうで静止し、動かない。

 母が止めているのである。

 本人の意識はほとんどないだろう。どれだけ苦しんでいるのかわからない。

 それでも母は歯を食いしばり娘を守っているのである。

 

 「分かったよ。母さん。」

 

 再び獲物を握る手に力を入れた。

 

 「終わらせる。」

 

 それは今までにない静かで、優しい一撃だった。


◎ 


 人混みの中、一人で歩いていた。

 すれ違う人々は皆、笑顔であちこちからカップルや家族連れの笑い声が聞こえる。

 

「……ッ!」

 

 頭痛がして体中に力が入らなくなってしまった。

 近くの電柱柱に背中を預けてなんとかバランスを保つ。

 小さい頃から体が弱く、持病を持ち続けている私にとっては日常的なことだった。

 周りの人々は、私など気に求めず通り過ぎていく。

 中には目があった者もいたが、すぐに目をそらして行ってしまう。

 「誰か助けて」そんな言葉さえ出せない程苦しく、悲鳴すら挙げられない。

その場に膝を付き、咳き込んでいると一人の青年が手を伸ばしてくれた。

 

 「大丈夫ですか?」

 

青年の目は虚ろで輝きはなく、赤い瞳をしている。

 だが不思議と優しさを感じた。

青年の問に頷き、差し伸べられた手を握る。

 

 「ありがとうございます。」

 

 初めての事で少し戸惑ってしまう。

 私を立ちが上がらせると男は私を安心させるために不器用な笑を浮かべた。

 まぶたと唇をピクピクと震わせている。

 

 「しんどそうですね。良かったら家まで送りますよ。」

 

 「いえ!そこまでしてもらわなくても大丈夫です!ありがとうございました!」

 

流石にこれ以上は申し訳ないと思い、頭を下げて立ち去ろうとした。

しかし、慌てたせいで足首をひねってしまいその場に倒れ込んだ。

 身構えて目を瞑る。

 だが何秒もたっても痛みが襲ってこない。

 怯えながらゆっくりと目を開くとそこにはさっきの赤い瞳が目に入った。

 

 「!?」

 

 「やっぱり俺が家まで送りますよ。」

 

 青年は私の体を地面すれすれのところで受けとめてくれていた。

 右手は背中を、左手は膝を支えている。まるでお姫様抱っこだ。

 

 「えっ?!すっすみません!!」

 

 恥ずかしさに頬を赤くする私に対し青年は特に何も気にしてないようでそのまま私を背負った。

 

 「道案内お願いします。」

 

 これが、後の夫「アレックス」との出会いだった。

 

 

 「何かお礼をさせて下さい!」

 

 青年は家まで送ると軽く頭を下げて去ろうとした。

 流石にこのままでは申し訳ない。今回初めての事だが、何かお礼をしなければならない事は分かる。

 

 「いえ。俺は運んだだけなんで。」

 

 「じゃあお茶でも飲んでいきませんか?」

 

 しつこく言い続けると青年は観念したようで「少しだけなら」と家に入ってくれた。

 リビングに案内する。

 

 「紅茶でいいですか?」

 

 「他に何があります?」

 

 「緑茶がありますよ。」

 

 「じゃあそれで。」

 

 お茶をついで青年の前に置かれたテーブルに並べる。

 テーブルをはさんで向かい側に座り、緑茶を一口のんだ。

 

 「私は亜里沙と言います。貴方の名前を教えていただけませんか?」

 

 「俺はアレックスと言います。」

 

「アレックスさんですか。」

 

名前からしてアメリカ人だろうか?

 

「ここは母の実家でして、たまに遊びに来ているうちにここに住むようになったんです。」

 

「そうなんですか。自分は和の文化が好きでたまに遊びに来てるんですよ。この和風建築の家にはすごく憧れますね。」

 

 色々な話をしているうちに意気投合した二人は連絡先を交換して度々合うようになった。



 そして時は流れ、アレックスと亜里沙は友人から恋人になり、恋人から夫婦なり、そして……

 

「アレックス!!子供ができたよ!」

 

「本当か!?」

 

二人は親になった。

幸せだ。この上なく幸せだった。

だが、この幸せが長くは続かないと亜里沙は理解している。



無事に出産した。

元気な女の子で、アレックスと同じ赤く綺麗な瞳をしている。

 名前はアリスと名付け娘の幸せを願った。

「これからは三人で幸せに生きていこう。」とアレックスは言ってくれたが、私にはそんな時間は残されていない。

 間もなくして私の病は悪化した。

医者からは出産が成功したのも、子供に障害が無かったのは奇跡だと言われた。

 その代償と言わんばかりに体が弱くなっていく。

 最初は、子供が無事なら私はどうなってもいいと考えていたが、弱っていく体の現実を見て怖くなった。

 咳をするたびに出る血は増えていき、毎日飲む薬の量も増えていく。

 アレックスと笑って過ごせない。アリスを見守ることすら出来ない。


 体に力がはいらず、話すどころか呼吸すらままならないほどまでに病は悪化した。

 病院のベットから動けない。

 終わりが近いことは自分でも分かった。

 

 「今日で最後。明日はない。」

 

医者からそう言われ、慌てて私の元へ駆けつけたアレックスは、私の姿を見てその場に泣き崩れた。

 泣くアレックスを見て私は愛されているんだと嬉しく思った。

だが、それを上回る不安がある。

 私が死ねばアレックスとアリスに迷惑をかけてしまう。

 アレックスが私の事を愛してくれるのは嬉しい。だが、そのせいで新しいパートナーを見つけられなかったら。

 母が死んだことでアリスの人生を狂わせてしまったら私は……

 

 「すまない。…俺がバカなばかりに……」

 

違う。謝るべきなのは私の方なんだ。

 首を振って否定したい。しかし体は言う事を聞いてくれない。

 

 「俺は…」

 

 「アレックス。」

 

 最後の力を振り絞り、手をアレックスの頬に伸ばす。

 アレックスは私の手を強く握った。

 

 「…私を…忘れて…お願い……」

 

 「できるわけ無いだろ!そんなこと!!」

 その言葉にいままで我慢してきた涙を抑えられなくなった。

 目から涙が溢れ出し悲しみの感情がこみ上げてくる。

 

 「…愛してる。…いままで…ありがととう。」

 

 薄れていく意識のなか、泣き叫ぶ夫の姿を見た。

 これだけ私のために泣いてくれている。これだけ私を愛してくれている。


 家族三人で暮すはずだった崩壊していく廃墟。

 黒く焦げ、火が上っている。

 武器を持たず、鎧は着ていない。

 普通の親子の姿があった。

 

 「アリス……大きくなったね。」

 

 「うん。」

 

 やっと見れた母の微笑みは覚えていないはずなのに懐かしく感じた。

 

 「強いところはお父さんににたのかな?」

 

 「父さんはすごく強い人だった。でもそれは母さんも同じだよ。」

 

 「そっか…私にも似てくれたんだ。なんか嬉しいな。」

 

 母はこちらに近づき、不安そうに訪ねた。

 

 「抱きしめてもいい?」

 

 「うん。」

 

 否定するわけがない。

 むしろ私から抱きしめたかった。

 母は私を強く抱き締め、涙を流した。

 

 「本当にありがとう。」

 

 「うん。」

 

 母の腰に手を伸ばしこちらからも強く抱き締める。

 暖かく優しさが伝わってくる。

 

 「助けてくれてありがとう。」

 

 「うん。」

 

 「生きてくれてありがとう。」

 

 「…うん。」

 

 「産まれてくれてありがとう。」

 

 「たとえ一緒にいる時間が短くても、私にとって二人は誰よりも強くて誰よりも優しい自慢の家族だから。」

 

 母は私の手を握り玄関へ向かった。

 

 「わかってると思うけど、この世界には時間がない。アリスとはここでお別れだ」

 

 手を離すと母は悲しみを殺し微笑んだ。

 

 「アリスには過去に囚われず今まで奪われた分、自由に生きてほしい。私との別れを出発点に新しい人生を送るんだよ。」

 

 「分かったよ。でも」

 

 母の最後の頼みに返事を返した。

 だが、少しだけ妥協したい。

 

 「思い出すくらいならいいよね?」

 

 「アリスがそうしたいならそうすればいい。私達はずっと見守ってるから。」

 

 「うん。」

 

 玄関のドアを開け、一歩踏みだして振り返る。

 

 「行ってきます。」

 

 「うん。行ってらっしゃい。」

 

 それは私にとっても母にとっても理想的で普通の別れ方だった。

 

 

 「ここにアレックスがいるのか……」

 

 「はい。」

 

 戦いが終わり、レイとアイシャさんを連れて父さんの墓参りに来ていた。

 美しい花びらを散らす桜の木の下で父はねむっている。

 ここで私は父さんと別れ、産まれ故郷の世界へ旅立つ決心をした。

 旅先では、たとえどんなに汚れようと自身の正義を貫く青年や父さんが背中を預けた戦友、そして危険を顧みず私を産み私の幸せを死んでなお願い続る母と出会った。

 様々な問題も合ったが助け、助けられ何とか切り抜け今はこうしてここに戻って来れた。

 

 「レイ、アリスごめん。二人だけにしてくれないかな。」

 

 アイシャさんにとってアレックスは二人といない戦友だ。

 父さんが無くなった事は伝えてはいたが、何か思うところがあるのだろう。

 

 「わかりました。……時間を置いて来ます。」

 

 レイとアリスはアイシャを残しその場を後にした。



 「ひさびさだね。アレックス。」

 

 長い間背中をたくした戦友は目の前の墓の中で眠っている。

 今までは、目の前で戦死した仲間は多くいた。

 だが、アレックスは私の知らない遠くの世界で戦って戦死した。

 そのせいで仲間が死んだ。それも最も長い間共に過ごした戦友となればあまり実感がわかなかった。

 湿っぽいのもらしくないなと戦友に向けて笑いかける。

 

 「日本酒持ってきたんだ。アレックス好きだったろ?」

 

 二つの猪口を墓の前に並べ、緑色の瓶から酒を注ぐ。

 片方の猪口を手に取ってもう片方の猪口に軽く当てる。

 

 「ひさびさの再開に!!」

 

 一気に飲み干し「くー!!」とうねりを上げる。

 

 「あれ?酒が強すぎたかな?」

 

 こらえるつもりだった涙が溢れた。

 絶対に泣くつもりは無かったのに一度溢れた涙が止まらない。

 人は死んでその後どうなるのか?

 生まれ変わるのか、天国や地獄に行くのか?

 アレックスの死体はここに合ってもアレックスはここにいるとは限らない。

 軍を抜けるときアレックスと「また一緒に飲もう。」と約束をした。

 これで約束を守れたのだろうか?

 

 「助かった。ありがとうアイシャ。アリスを頼む。」

 

 「え?」

 

 どこからか声が聞こえた。

 アレックスの落ち着いた優しい声だった。

 辺りを見渡して探したがどこにも戦友の姿はなかった。

 しかし、気のせいなんかではないと確信する。

 なにせ私の相棒、アレックスは鬼と呼ばれた最強なんだから。

 

 「たくっ!しょうがないな!!」

 

 涙を拭い空を見上げた。

 

 「他でもない親友の頼みだ。約束するよアレックス。だからしっかりみてろよ!!」

 

 ⚔


 中央教会の庭をレイと肩を並べて歩く。

 

 「このあとはどうするんですか?」

 

 シンプルに気になっていた疑問だ。

 

 「あれだけ好き勝手暴れましたから自分等三人は間違いなく指名手配されてますね。出来れば向こうの世界に戻りたくないっス。……それに」

 

 立ち止まり街を見下ろす。

 中央教会の庭は絶景だと評判な高所にある。

 ちょうど今立ち止まった場所は教会内で最も広く街を見渡せる場所だ。

 今は明け方で、最も奇麗な景色を見ることができた。

 

 「この世界も悪くない。」

 

 「はい。私もそう思います。」


 

 木の陰から二人の話を盗み聞きする雪美の姿が合った。

 

 「なんかいい雰囲気だな……。」

 

 私を助け出す際、協力してくれたと言うアリスはレイと親しげに話している。

 正直なところ私はレイが好きだ。

 アリスと言う人物がどのような人物でレイとはどう言う関係なのかここではっきりさせたい。

 

 「それにしても複雑な気分っスね。初対面で殺そうとした相手が恩人の娘さんで、いまはこうして話しているなんて。」

 

 恩人の娘。

 レイとアリスの関係は思っていたより深そうだ。

 「まあ、初対面で殺そうとした」の方が気になるが。

 

 「犯罪者狩りはやっぱり、私の父の影響なんですか?」

 

 「最初はそうでした。でも悪い奴らを山ほど見て行くうちに自分にしかこの世を正せないって思うようになっちゃいまして。気づけば自分一人じゃどうにも出来ない奴らを標的にしてこのざまです。笑っちゃいますよね。」

 

 レイは誰でもない自分自身を笑った。

 「そんな事はない!」そう言って飛び出したかった。

 でもその必要はない。

 私の変わりにアリスはレイを殴りたおした。

 そしてアリスは急な出来事に呆然とするレイに対して、私の言いたかった事を言ってくれた。

 

 「レイ。あなたがやって来たことは人殺しです。でもそれによって助けられた人も沢山いることは事実なんです。」

 

 アリスはレイに手を差し伸べて続けた。

 

 「今更後戻りできないのは私も知っています。自分で選んだ道ならなおさらです。私は過去に自分を殺して世界を変えようとした大バカを見ました。その大バカは本当に戦争を終わらせて、大勢を救いましたが大勢を犠牲にしました。彼は貴方の正義と極めて近い正義を持っていた。でも後悔だけはしていなかった。どんなに汚れようと突き進んだ道なんです。レイも誇れとは言わない。ただ後悔だけはしないでください。今更後悔するのは殺した人と助けられた人、何より自分を侮辱する行為ですから。」

 レイはアリスの手を握り立ち上がった。

 

 「すみません。自分を見失っていたようッスね。」

 

 吹っっ切れたようにレイは笑った。

 

 「もう一度自分の正義と向き合おうと思います。もし道を踏み外したときはまた殴り飛ばしてください。」

 

 「任せてください!」

 

 そこには下心なんて存在しない。

 二人の笑う姿はただ浸しい純粋な友人同士の姿だった。

 「レイが取られるのではないか?」そんな心配は必要ないようだ。


 木の陰から飛び出し、二人の元へ向かった。

 

 「レイ!アリス!私も混ぜてよ!」

 

 アリスは私の姿に一切動じることなく受け入れてくれた。

 これからはレイとより中を深めつつ、アリスと良い友人になれそうだ。



 ひさびさの家に帰り、屋根の上で腰を下ろして夜空を眺めた。

 今日も星は美しく輝いている。

 吸えもしないタバコに火をつけ一呼吸吸ってみる。

 父が昔吸っていたタバコはとても苦く、なぜ吸うのかわからない。

 結局むせ返り吸え無かったため灰皿に火が消えないようにおいた。

 タバコからでる煙の匂いが辺りにひろがった。

 父は私の前では絶対にタバコを吸わなかったし、禁煙に何度もチャレンジしていた。

 完全にやめられたのは亡くなる数かけ月かんだったため、服には少しだけタバコの匂いがついていた。

 体に悪いのはわかっている。

 しかし、私にとってタバコの匂いはどんな香水よりも落ち着く匂いなのだ。

 

 「アリス。」

 

 背後から声がした。

 聞いたことのない女性の声色。

 だが振り返えらなくても誰のものなのかが分かった。


 「悪魔さんのおかげ助かりました。ありがとうございます。」


 「礼はいい。私は約束を守っただけだ。」


 「父さんの姿じゃ無いんですね。」


 「私の姿は、見る者が最も愛した者の姿になる。私が本来の姿だということは、お前は父親と同等に愛している人間がいるということだ。母親とかな。」


 悪魔はアリスの隣に腰を下ろして空を眺めた。

 横目で見た悪魔の姿は美しい者だった。

 黒髪のロングヘアーで黒い羽の耳飾りをつけ、黒いスーツに身を包んていた。

 

 「もし良かったら、これからも一緒にいてもらえませんか?」

 

 答えは即答だった。

 

 「元よりそのつもりだ。」

 

 「良かった。」

 

 悪魔に向けて手を差し出す。

 

 「これからも守ってくださいね!」

 

 「了解した。」

 

 悪魔と握手を交わした。

 父さんが残した約束を悪魔は守ろうとしてくれている。

 そんな悪魔の存在は嬉しく、頼もしいものだ。

 

 「すまないが少し頼みがある。」

 

 「私にできることなら何でもどうぞ。」

 

 「腹が減った。」

 

 「そう言えばそんな設定ありましたね。」

 

 嫌な予感を感じて苦笑いをした。



 「疲れた…朝日ってあんなに綺麗だったんだ。」

 

 腹をすかせた悪魔に一晩中料理を振る舞い続けた。

 最初は軽い気持ちだったが時計の針が回るたびに後悔がこみ上げてきた。

 ここまで来ると深夜テンションで眠気が吹き飛ぶ。

 気分転換にと外を散歩しながら空を眺めていた。

 ひさびさの異世界。

 レンガ造りの建物。石造りの道と橋。

 親友と毎日歩いた通学路を歩きながら懐かしさに浸る。

 やっぱりこの世界が一番過ごしやすい。

 消えかけた眠気と長い戦闘による疲労から完全に油断していた。

 

 「嬢ちゃん!!危ない!!」

 

 「え?」

 

 周囲の目が一斉に私を見た。

 いや、違う。

 目線の先は私ではなく私の頭上に落ちてきている丸太だ。

 反応が遅れたせいで避けるのに間に合わない。

 やむおえず『魔王殺し』の力を使おうとしたその時、一人の青年が走って私を突き飛ばした。


 「痛てて。」

 

 「突き飛ばしてごめん!大丈夫?」

 

 目を開けると青年の心配そうな顔が目に入った。

 青年はこちらに手を差し伸べる。

 

 「助かりました。ありがとうございます!」

 

 青年の手を握った。

 

 人生とは面白いものだ。

 偶然に偶然が重なり運命のような出会いが起きる。

 ほんの些細なその出会いが歴史を動かすことさえある。

 この青年との出会いが後の歴史の歯車を回すことになるとは微塵も考えていなかった。

 

 これは英雄になりながらも名誉を捨て、運命に立ち向かう少女とその家族の物語である。


⚔⚔


 今日も軍服を着た集団が戦地へ向かう。

 戦争が終わったとしても軍の仕事は無くならない。

 特に特殊部隊0番隊「無裏軍」、裏の仕事を担当する部隊は常に忙しく動いていた。

 隊長のクロは相変わらずの死んだ目で武器を手に取る。

 

 「0番隊出るぞ。準備はいいか?新人。」

 

 「問題ない」

 

 その部隊には赤い瞳の青年の姿が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


 

 



 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

  

 

 






 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

続編は世代交代する予定です。

世界観をインフレなどで破壊しないよう努めますので続編を待っていただけると幸いです。

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