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イベント開始?



 マヤちゃんは調べるし考えると言っていたけど、僕はそういう面倒なのは嫌い。


 わからないことは、わかる人に教えてもらうほうが簡単で、すっきりしていて、明快でもある。


「お兄ちゃんはそう思わないのー?」


 あっ、いま配信中ではなかったね。


 なにかするとき、つい喋りながらやってしまう癖がつきかけてるよ。


 1人でコントみたいなことをしつつ、ちゃちゃ先輩の家を訪ねた。


 まだ狩りから戻ってないようだから、勝手に入って待たせてもらう。


 リアルで他人の自宅に無断で上がり込むことはないけど、このゲームでは割と普通。


 そういえば、そもそも鍵がないんだよね。


 生産レシピを大量に持っていて、このメモワール島でもっとも文明的に進んでいるマヤちゃんにしても自分に興味のあるものしか作らないし、それは僕も同じだから、たぶん誰も錠や鍵の製作レシピをもってないと思う。


 まあ、ここはメモワールの専用サーバーで所属Vストリーマーしかログインできないからトラブルになりようがないけど。


 泥棒しても、放火しても、なんなら爆破しても、みんな取れ高だ。


 おもしろい配信になるかどうかだけの世界だからね。


 やってつまらなければチャンネル登録者が減ったり、低評価が大量についたり、場合によっては炎上することもあるけど、すべてやった本人に跳ね返ってくる。


 いまは配信できてない状況なんだし、屋探してすればなにか見つかるかもしれないけど……やめておこう。


 マヤちゃんはいろいろ疑っているみたいだけど、僕にとってちゃちゃ先輩は尊敬する存在だし。


 そういえばランドタートルを討伐して肉がドロップし、陸亀のスープのレシピを手に入れたのに、まだ試してない。


 キッチンと調理器具を借りて暖かいスープを作りながら2人の帰りを待つことにした。


 レベル上げを兼ねたモンスター討伐は修行みたいなところあるからね。


 楽しくゲームで遊ぶというより、自分で決めたノルマを達成するための作業だよ、あんなの。


 食事はHPやMPの回復効果が期待できるし。


 そんなことを思いながらレシピでスープを作っていく。


 レシピのないものを自作するのと違って、レシピでの製作はインベントリに必要なものをタップするか、実際に集めてきただけで自動的に完成する。


 さて、完成した陸亀のスープだけど、試食してみるとびっくりするほど美味しかった。


 魚とも違うし、鶏でもないし、そのいいところを合わせたような味わい。


 そして、感じたのは、これは煮込むとさらにおいしくなるはずだという確信。


 追加でインベントリにあるニンジンや白菜、キノコ類もどんどん投入。


 スープじゃなくて、これは鍋? という見た目になっていくけど気にしたら負けだ。


 というか、鍋でいいんじゃないの?


 どうでもスープでなければならない理由なんて1つもないんだから。


 とてもいい匂いがしてきて、ちゃちゃ先輩とミハエラ姉さんのために作っていたんだけど、もう僕1人で食べてしまおうか、と食器に手を伸ばしかけたとき、2人が帰ってきた。


「なんだ、音乃か……美味そうな匂いがするぢぇ。ふるまってくれるのか?」


「チュプちゃんはいないのー?」


「呼んでくるぢぇ」


「やめようよー。ボク、ちょっと話があるしー」


「ん? 話? まあ、そういうことなら今日は3人で食べるぢぇ。だけど、今度一番デカい鍋で大量に作って、みんなで食べたらもっと美味いかもしれないぢぇ」


「いいねー。でも、今日は3人で」


「うん? なにか話があるんだな、わかった。食べながら話そうぢぇ。腹減ったよ、本当に」


「わたくしもいただきます。ゲーム的なHPやMPの回復だけでなく、精神的にも効きそうなよい香り」


 ミハエラ姉さんもかなり空腹みたいだ。


 そして、精神的に疲弊もしている。


 テーブルの中央に鍋を置き、各自が食べたいだけよそう形にした。


 食べながら話そうと言いながら、しばらく食べることに集中してしまう。


 このレシピはあたりだ。


 しかも鍋風に煮込んだところに工夫があったと判定されたようで、レシピが進化したし。


 鍋料理という汎用性の高いレシピになってくれたのは嬉しい。


「で、音乃。話ってなんだ?」


「ちゃちゃ先輩がなにか知ってるって噂を聞いたよー」


「あん? ちゃちゃが知っている? 意味がわからないぢぇ……ああ……なるほど。ネタ元はマヤだな」


「マヤちゃんがどうかしたの?」


 なるほどと1人で勝手に納得したちゃちゃ先輩と、その様子を見て眉をしかめるミハエラ姉さん。


「マヤはメモワールのメンバーでもっとも頭がいいのに、勘はよくないんだぢぇ。あるいは考えすぎて逆にバカになるのか? ちゃちゃが思いついた程度のことなんか、マヤだって思いつけるはずなんだ。ちゃちゃよりもっと早く、な」


「ああ……なるほど。マヤちゃんなら気づいてもおかしくないのに、なぜかまったく気づかず、それどころかわたくしたちを疑ってるのね」


 そう、疑っているのだ。


 なのに、疑われているミハエラ姉さんはおかしそうに笑っている。


 ちゃちゃ先輩も笑っていて、その中からバグという言葉が出てきた。


「このゲームの本来の流れだと、無人島にやってきたプレイヤーが少しずつ文明レベルを上げて、戦闘スキルを上げていく、その裏でドラゴンは子供を産み――卵なのかな? まあ、ちゃちゃたちが倒した子ドラゴンのことだけど、あれが育っていくはずだったんだぢぇ」


 つまりメモワールのサーバーでの進捗状況であれば、本当はいまごろはドラゴン討伐戦の前哨戦となるワイバーンで苦戦しているはずだった。


 小型のドラゴンみたいなモンスターだし、飛行能力があり、剣や槍の攻撃範囲に入るのが大変。


 弓や魔法でも、射程的につらいものがある。


「そうやってプレイヤーがワイバーンと戦ってドラゴン系統のモンスターとの戦いかたを学び、レベルを上げ、生産のほうでも強い弓を工夫している間に、子ドラゴンは育ち、巣立ちの時期を迎えたはずなんだぢぇ」


「本来の時系列では子ドラゴンの巣立ちのあとに、プレイヤーはワイバーンを安定して狩れるようになり、そうなってはじめてドラゴン討伐戦がはじまるはずだった……のだと思います」


「だけど、実際にはワイバーンを一方的に狩れてしまった。試行錯誤することなく。音乃が銃を開発して、チュプが弓や魔法の射程範囲外からなら一方的に攻撃できるという一種のバグを知っていたのは大きいぢぇ」


 あれ? と僕は疑問を感じた。


「そういえば、チュプちゃんはなんでそんな裏技みたいなことを知ってたのかなー?」


 僕は疑問に感じたことを口にした。


 するとミハエラ姉さんがすぐに教えてくれる。


「どうせネットの攻略情報でも見たんでしょう。特に海外の廃人勢はものすごいから」


「実はそういう海外の廃人どもの中で音乃と同じように火縄銃をレシピ化したプレイヤーもいたから、その検証記事でも読んだのだろうぢぇ。だが、その火縄銃もワイバーンには効果があってもドラゴンに勝てるほどじゃない。ところが、さらにマヤがいてライフルまで進化させるわ、小型のミサイルを作るわ、やりたち放題やったわけわけだぢぇ」


 あのパンツァーファウストもどきのドラッヘファウストのことだろう。


 僕が勧めた部分もあるから、全部がマヤちゃんのせいとは言えないけど。


 ただ、そのせいで本来は巣立っいるはずの子ドラゴンを、その巣立ちの前に討伐してしまった。


「この『ドラゴンワールド・フロンティア』はシナリオがなくてプレイヤーが自由に作っていくことになっていると宣伝しているし、実際にもそんな印象だが、その一方でざっくりした方向性は持たせてあると感じる瞬間もあったぢぇ」


「それはボクにもあるねー」


「音乃は知らないかもしれないが、あのドラゴン討伐戦は無人島脱出のキーイベントなんだ。べつに無理に無人島が出る必要はないんだぢぇ? ここで1人とか、仲のいい仲間だけでモンスターを狩ったり、生産やり続けてるのも楽しいからな。一方でドラゴン討伐戦を経験せずに筏かなにか原始的な船で無理に旅立ち、運がよくて大陸に辿り着いたとしてもレベルが低くてたいしたことはできないんだぢぇ」


 ちゃちゃ先輩が調べたところによると、ドラゴン討伐で強いスキルや有用なレシピが手に入り、それが無人島脱出にかなり役に立つらしい。


 大陸に渡った後も、たとえば現地の冒険者ギルドで登録するにしても、それなりの実力者として扱われ、いい仕事を斡旋してもらえる。


 ドラゴン素材の上等な装備で身をかためることもできるし、あまった素材を売却すれば大金を持って大陸生活をスタートさせられるのだ。


 そのまま街で冒険者を続けてもいいし、売却資金で資材を買い集めて今度は大陸の奥地を開発しにいくこともできる。


 どうやら大陸の奥地には、さらに強いモンスターがいて、この無人島以上に難易度が高い開拓生活が待っているようだ。


 逆にドラゴン討伐せずに大陸に渡れたとしても、下級冒険者として冒険者ギルドに登録するのがやっとで、つまらなくて低賃金の仕事をやって最下級の生活をするしかない。


 いにしえのゲームに例えていうと、馬小屋に寝泊まりする駆け出しの冒険者だ。


 当然、大陸奥地に開拓にいけるようになるまで、かなりの時間がかかってしまう。


 あるいは冒険者として街にいるとしても、名の売れた上位の冒険者になるのに苦労することになる。


「つまりドラゴン討伐でルートが2つに分岐しているんだぢぇ……細かくいえば3ルートとか4ルートになるのかもしれないが、大まかにいえばそういうことになる」


「ひょっとして子ドラゴンの討伐もー?」


「おそらく今後のこの世界でなにか重要な鍵になる予定だったのだろうぢぇ。親ドラゴンよりもっと強大強力になってプレイヤーの前に立ちはだかるとか、無人島から大陸に渡った王国で襲撃イベントがあって現地人と一緒に防衛戦を戦うとか」


「結果として、その先で重要になってくるスキルやレシピを入手するのかもしれないし、防衛戦で活躍して王国から信頼されて別の重要イベントにつながったり、なんらかの称号がもらえる――例えば爵位をもらってスタート地点の無人島を改めて所領として認めてもらったり」


 ミハエラ姉さんはいかにもありそうな推測を並べた。


 ガチ勢や廃人から出てきている『ドラゴンワールド・フロンティア』の情報には文明レベルを上げていくと無人島を脱出できるようになるというものがある。


 もちろん、無理に脱出する必要はないのだけれど、広い世界に出ていけば、やれること、できることも広がっていく。


 さっきミハエラ姉さんが言ったような成長した子ドラゴンと戦ったというプレイヤーはいないから、まだ誰も到達してないのだろうし、爵位とか領地という噂も聞いたことがない。


 だけど、大陸には各種のギルドがあって、ファンタジー系ではおなじみの冒険者ギルドに登録したり、生産系も腕のいい職人に弟子入りできるようだ。


 そうやってレベルを上げたり、レシピやスキルを増やしたりしているうちに成長した子ドラゴンと戦うイベントが発生して、僕たちもちゃちゃ先輩をリーダーとして戦い、報償としてメモワール島を公式に認めてもらい、ちゃちゃ先輩がメモワール男爵になる――そんな世界線があったのに、歪に進化させた近代兵器でメチャクチャにしてしまった。


「ちゃちゃ先輩とミハエラ姉さんは本来と違ったルートにボクたちが乗ってしまったと思ってるわけねー。だけど、それって過去に戻れないし、どうしたらいいのー?」


 現状の考察も大切だけど、これからどうするのかがもっと重要な問題。


 いってしまえば考察が外れていたとしても元の世界線に戻れればいいし、当たっていたとしても戻れないのならなんの意味もない。


 子ドラゴンは討伐してしまった。


 プレイヤーは死んでも蘇生されるが、モンスターを蘇生させる方法を僕は知らない。


 そんなことができるとも聞いたことない――攻略より楽しむのを優先している僕はネットの情報はあまり見ないんだよね。


 プロのゲーマーはもちろん、他のVストリーマーはゲームが得意だし上手なんだけど、残念ながら僕はあんまり。


 魅せるプレーは最初から無理だから、せめて楽しんでいるところを見てもらおうと思っている。


 それでなるべく攻略情報を見ないようにしているんだけど、こういうことになると情報量の少なさは致命傷だ。


 だけど、ここに頼れる先輩がいる。


「そこで、あの親ドラゴンの言葉が鍵になるんだぢぇ。覚えてるな?」


 ごめん、ちゃちゃ先輩、ぜんぜん覚えてない。


 あまりに怖くて、頭が真っ白だったんだよ。


 なにか喋っていたことは記憶にあるんだけど……うん、やっぱり覚えてない!


「しかたない奴だな。親ドラゴンは永遠に我がテリトリーに閉じ込めてやろうと、と言ったんだぢぇ。つまりは、この島から出られなくなったわけだ」


「ボクたちは親ドラゴンのせいでログアウトできないのー? まさかモンスターがGMのはずないし管理権限なんてないんじゃないのー?」


「モンスターに管理権限はないが、イベントの発生要件にはなるんだぢぇ。つまり子ドラゴンを討伐するという、他のプレイヤーのやってないことをしてしまったせいで、まだ誰も発生させたことのない特殊イベントがはじまったと考えているわけだ」


「おそらく、イベントのクリアー条件は親ドラゴンの討伐でしょうね」


「本当はワイバーンで何度も殺されるはずだったのが、すっ飛ばしたせいでレベルがぜんぜん足りてないぢぇ。適正レベルまで上げて、親ドラゴン討伐という本来の流れに戻す、そんな特殊イベントだと思う」




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