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小ドラと親ドラ



 ミハエラ姉さんが鎮静の魔法、チュプちゃんが眠りの魔法をドラゴンにかける。


 僕たちの気配を感じて苛立つ様子を見せていたドラゴンだったが、だんだんと体を弛緩させ、最後には目を瞑った。


 全身が真っ赤なドラゴンだ。


 20メートルくらいはありそうで、サイズ感としては電車。


 外見だけで萎縮してしまいそうな巨大な生物だ。


 VRの技術ってスゴいと理屈はわかっていても、恐怖を感じないわけじゃない。


 ただ、前に遭遇したときは、このときの2倍以上の大きさに見えたし、もっともっと強い威圧感があったのだ。


 僕も少しはレベルが上がったからね。


 あのときほど怖くはない。


 ちゃちゃ先輩と、マヤちゃん、そして僕がドラゴンに接近していく。


 マヤちゃんはパンツァーファウストのパチモノみたいな対戦車兵器を作ってレシピを獲得していた。


 ネットに載ってる解説の文章や写真でどういうものかは理解できても、その製造工程まで細かく説明されてないから、普通はかなり困難なはずなのに。


 ドイツ語でパンツァーは戦車、ファウストは拳で、戦車への拳みたいな意味になるんだけど、これはドラゴンへの拳なので、ドイツ語読みでドラッヘファウストとマヤちゃんによって名付けられた対ドラゴン決戦兵器だ。


 ただし、手持ちの材料のせいで3発しか作れなかったけど。


 つまり試射すらできず、ぶっつけ本番勝負!


「発射準備だぢぇ」


 ピンポイントで頭にでも当てればクリティカル判定が出る可能性もあるけど、射撃練習を一度もしたことない武器で思い通りに狙える自信はない。


 ターゲットは一番大きい胸から腹のあたり。


 距離は30メートルほどだからマヤちゃん謹製のドラッヘファウストが本物のパンツァーファウストと同程度の性能なら、動かない電車クラスの的に当たらないわけがない。


「3、2、1、発射だぢぇ!」


 カウントはゆっくり、小声ではじまり。


 最後は吠えるような叫び声となった。


 同時に僕は発射ボタンをいっぱい奥まで押し込んだ。


 ボン、ボン、ボンと火薬の爆ぜる音ともに爆薬が詰め込まれた弾頭が飛んでいく。


 筒から飛び出した瞬間、巻き込むように折りたたまれていた安定翼が開いた。


 1512。


 1487。


 1501。


 被ダメージの数字がドラゴンの腹周辺に表示される。


「突撃だぢぇ!」


 大剣を抜いたちゃちゃ先輩が突っ込んでいく。


 マヤちゃんと僕はインベントリから対物ライフルを出して2脚銃架を立てて射撃開始。


「撃つよー……命中!」


 1発目を撃ち、ボルトを操作して空薬莢を排出し、次の弾を薬室に押し込んでボルトを戻す。


 最前線にはちゃちゃ先輩がいるけど、相手は電車サイズだ。


 狙う場所には不自由しない。


 チュプちゃんも攻撃魔法に切り替えいた。


 見た目が真っ赤なドラゴンだから火属性の魔法は効果が薄いという予想があって、昨日の偵察戦での実験結果でも裏付けがとれたから、チュプちゃんは氷の矢を次々に飛ばして攻撃する。


 ミハエラ姉さんは全員のHP管理――といっても、距離をとっている僕たちはほとんど安全といってもよく、ちゃちゃ先輩のみにドラゴンの攻撃が集中していた。


「ちゃちゃ先輩が倒れる前にドラゴンのHPを削りきることができればボクたちの勝ちだねー」


 でも、僕たちが攻撃されるような事態になったら負けルート確定だろう。


 ミハエラ姉さんとチュプちゃんはともかく、自分の腕力では持ち上げるのがやっとの対物ライフルを使っていて、盾を使うわけにはいかないマヤちゃんと僕は回避することも防御することもできない。


 つまり僕たち2人は攻撃されたら即座に詰む。


 生産メインでやってきているからレベルも低く、HPは100くらいだから下手をしたら1撃死。


 いや、敵はドラゴンだ。


 いまの2倍、3倍のHPだったとしても普通に1撃死だろう




「ちょっとした攻撃が軽くかすっただけでボク、死んじゃうかもねー」


 コメント欄でビューアーたちが応援してくれているから精神的には助かっているけど、ゲーム的にはバフがかかるわけでもないし。


「削るんだぢぇ、攻撃の手を休めるな!」


 ちゃちゃ先輩は両手に握りしめた大剣をブンブンと振りまわしている。


 ドラゴンの攻撃は噛みつきと、踏み潰し、尾を振りまわすなど、単純なものばかり。


 よく見ていれば回避できなくもないし、ちゃちゃ先輩はレベルも高く、身にまとう防具は現在この島でのハイエンドだから、直撃を何発も受けない限り致命傷にはならないと見切って、防御より攻撃に力点を入れているのだろう。


「見て、見て、ドラゴンのHPが半分を切ったよー」


 このセリフがフラグになったわけじゃないんだろうけど、ドラゴンの動きが変わった。


 いままでほとんど動かず、こっちの攻撃を受けていたドラゴンだったが、HPが半分になると羽を使いはじめたのだ。


 洞窟の中だから空を飛ぶというよりは宙に浮いてる程度だけど、いままで外れることのなかったちゃちゃ先輩の大剣も空振りすることも多くなった。


「ドラゴン飛んだー、落とすよー、落とすよー」


 対物ライフルの照準を羽の根元に合わせて撃つ。


 75。


 標準的なダメージ量だけど、残り3000近いHPを削り切るにはあまりにも少ない。


「ここで焦ったらダメだねー、確実にやらないとー」


 そのとき、ちゃちゃ先輩がドラゴンの足に蹴飛ばされ、10メートル以上も飛ばされた。


 瞬間的にマヤちゃんがキレてしまったようだ。


 いつもは冷静な理系女子の癖に、バトル中には獰猛な面を見せることがある。


 その場に対物ライフルを放置して、ドラゴンに向かって走り出した。


「マヤちゃんー」


 慌てて声をかけるが、マヤちゃんは止まらない。


「なにするのー? 無意味に突っ込んでもしょうがないよー」


 だけど、マヤちゃんは足は激しく動き続けた。


 僕の声が聞こえないのか、聞こえてて無視しているのか。


 いったい彼女は武器も持たずにどうするつもりなんだ?


 対物ライフルは重すぎて抱えて突撃するには向かないけど、だからといって素手でドラゴンと戦ったって勝ち目はない――パンチやキックで出せるダメージなんて1とか2がせいぜいじゃないのか?


 レベルを上げまくっていて、しかもドラゴンが死にかけているのならワンチャンあるかもしれないけど。


「離れて!」


 マヤちゃんが叫ぶ。


 今日は見慣れない革製のリュックサックを背負っていたが、そのリュックサックの側面に手を伸ばしている。


 いま、なにをしてるんだ?


 これから、なにをするつもりなんだ?


 空中にいるドラゴンは威嚇するように吠えながら鋭い牙がはえた大きな口をマヤちゃんのほうに向ける。


「くわわわわーーーーーーーああぁぁぁぁぁ!」


「うわわわわわーーーーーーっっっっっ!」


 マヤちゃんも吠えた。


 そのままドラゴンの口に向かっていく。


 ドラゴンはひときわ大きく口を開けてマヤちゃんに噛みついた。


 僕は対物ライフルを撃つ。


 マヤちゃんの頭の上を銃弾が通過し、ドラゴンの眉間に命中した。


 そのときマヤちゃんがジャンプしてドラゴンの口に自分から飛び込む。


 僕の視界が真っ赤に染まった。


 コメント欄が激しく流れる。


 伏せて対物ライフルを撃っていた僕の上を爆風が駆け抜けていった。


「うっ……」


 思わず顔をかばい、爆風がおさまったのと同時に周囲を見た。


 ミハエラ姉さんとチュプちゃんが倒れている。


 ちゃちゃ先輩は膝を突いているが、なんとか耐えていた。


 そしてドラゴンは……。


 口が消滅し、頭部が半分くらいなくなっていた。


 なにが起きた?


 異様なスピードで流れるコメント欄で目についたのは自爆攻撃という文字。


 あの見慣れないリュックサックには大量の爆薬が詰め込まれていて、なんらかの方法で起爆させた?


「マヤちゃん……なにやってるのー」


 素に戻って怒鳴りかけたが、すぐに茄風音乃のキャラを取り戻す。


 これはゲームなのだ。


 どうせ死んだところで洞窟を出てすぐのところにリスポーンできるように昨日ちゃんと準備した。


 いまごろ復活して一時的にレベルが半減して体が重くなったように感じられる状態でマヤちゃんが必死にこっちに向かっているはず。


「ちゃちゃ先輩、やれるよー」


「決めてやるぢぇ」


 ドラゴンに蹴られて、爆風を全身に浴びて、かなりボロボロになっているちゃちゃ先輩だったけど、その両目は強い光が点っていた。


「これがとどめだぢぇ!」


 約10メートルの距離を疾走し、両手で力強く握られた大剣に勢いを乗せる。


 その瞬間、ちゃちゃ先輩の体が光った。


 剣技スキルを使ったようだ。


 いまなら必殺技でも決まるだろう。


 HPバーが真っ赤になっているドラゴンの首に大剣を叩きつけた。


 次の瞬間、ドラゴンの体が光り、溶けるように消えていった。






白からし      やったか?


八重向日葵     ドラゴン討伐!


XTY       ラストアタックはちゃちゃか


や~の       近代兵器ずるい


土イチゴ      早かったな、次はRTAで






 おめでとうとか、拍手の絵文字でコメント欄が埋まる。


 たぶん、みんなのコメント欄も同じだろう。


 そこにマヤちゃんが戻ってくる。


「遅かったか……」


「あまりにも無茶なやりかただと思うよー」


「無茶すれば勝てると計算した上でやったことよ」


「まあ、マヤちゃんの計算なんだから間違いないんだろうねー」


「間違いなかったじゃない、実際」


「いまは祝おうねー」


 対物ライフルをインベントリに収納すると、僕たちはちゃちゃ先輩のほうに駆け出す。


 倒れていたミハエラ姉さんとチュプちゃんも歓声を上げてちゃちゃ先輩のほうに走り寄っている。


 肩で大きく息をしていたちゃちゃ先輩がくるっと振り返った。


 満面の笑みで大剣を空に突き出す。


「やったぢぇ!」


「やったー!」


「ちゃちゃ先輩かっこいい!」


「やったのね!」


「私たちは勝った!」


 わーっと全員で抱き合う。


 ゲームは上手くない僕でもこういう時間を味わってしまうと、がんばろうという気になるよ。


 だが。


 そのとき。


 バサバサと羽ばたく音がした。


 洞窟の奥からなにかが出てくる。


 姿がはっきり見えないが僕の体が震えだした。


 怖い!


 暗い洞窟の奥から出てきたのは、いま討伐したばかりのドラゴンの2倍はありそうな、さらに巨大なドラゴンだった。


「ぐがががががぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」


 咆哮を上げる。


 状態異常とか、恐怖とか、恐慌とか、畏怖とか、麻痺とか、心神喪失とか、ありとあらゆるデバフをかけられたようになった――ゲームシステムとしてプレイヤーに対するデバフは設定されてないので、僕の心が恐怖のあまり麻痺したのだ。


 このドラゴンはヤバい。


 勝つとか、負けるとか、そういう次元ではなく、人が戦っていい相手ではないと思う。


「卑賤なる矮躯の者共が、我が子を殺すとは……八つ裂きにしても物足らぬ。永遠に我がテリトリーに閉じ込めてやろう。死んでも逃がさず、魂を手元に置くことになる……が、このまま見逃すのでは腹立ちが収まらぬわ。最後のかりそめの死を楽しむがよい」


 ドラゴンが喋りながら、喉の奥に赤いものがたまっているく。


 ブレス?


 次の瞬間、僕たちの視界は真っ赤になる。


 耐えるなんて絶対に無理で。


 1秒も耐えることができずHPも燃え尽きた。


『あなたは死にました』


 視界に大きく文字が流れる。




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