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残業やるよ!



 ドラゴン偵察戦の結果、残業決定!


 まあ、Vストリーマーは個人事業者なので労働基準法は関係ないんだけど。


 今日分の配信はそろそろ終わりでいいかな? と思っていたら、急遽なにかやらないといけないことができて、さらに配信を続けなければならなくなったときは残業みたいな気持ちになるんだよ。


 いや、まともな社会人の経験はありませんが。


 今日発生した問題はドラゴンに対してライフルは威力不足だったこと。


 ドラゴン自体はそこまで怖くなかった。


 以前、目撃したときのように――せっかく瀕死に追い込んだアイアンゴーレムを横からさらわれたのに怒りではなく、恐怖しか感じなかったときと違う。


 むしろ、そのときより小さく、弱くさえ見えた。


 まあ、HPは6000を超えていて、いままで僕がこの島で見た最高の数字だったけどね。


 それに対してライフルが与える被ダメージは60から80くらい。


 だいたい80発から100発ほど当てれば倒せる計算だ。


 だけど、ドラゴンに最低80発は難しい。


 ワイバーンは距離を取ると、こちらを視認しないから、遠距離から一方的に撃ちまくってHPを削っていったけど、ドラゴンはそこまでマヌケじゃないからね。


 そもそもドラゴンの巣とか、そこに至る洞窟は広いとはいえないので、距離をとるといっても限度があった。


「それで? どうすればいいの?」


 なぜか僕の残業にマヤちゃんもつきあってくれた。


「いまのライフルは口径でいうと9ミリで、普通にライフルとしてみれば威力的には充分すぎるんだよねー」


「本来は対人兵器だから当然。でも、人型よりは大きなモンスターには威力不足」


「ボクの持っている火縄銃のレシピには口径18ミリの士筒があるから、今度はそれベースでやってみようと思うねー。威力は弾の重さ×弾の速度の2乗だから――」


「それ、なんの式?」


「仕事の計算だねー、単位はジュールだよー」


「仕事率……中学か高校のときに習った記憶がある。飛び級しまくっているから中学だったか高校だったか正確には覚えてないけど。で、なぜ小学生が知っているかについては深く追求しないでおいてあげるけど、弾速は2乗になるから、弾丸を重くするより、スピードを速くするほうが威力が上がるのよね? それなら口径はそのままで薬莢を長くして火薬量を増やし、銃のほうも銃身をできるだけ長くして加速時間を増やしたほうが効率的」


「いま調べたんだけど、対物ライフルというものがあるらしいのー。で、それは口径が20ミリくらいはあるみたいねー。つまり弾のスピードだけでなく、弾頭質量もぜんぜん足りてないと思うんだよー」


「そういうこと。納得」


「あんまり大きくて重いと普通なら運ぶだけで大仕事だけど、ボクたちにはインベントリがあるからねー。撃つときだけ出せばいいんじゃないかなー?」


「むしろライフルの威力アップ案を捨てて、かわりにミサイルの製造を試みたい」


「ボクはミサイルの作りかたを知らないけど、マヤちゃんは知ってるのー?」


「……知らない。けど、調べることはできる」


「明日までに作れるほど簡単じゃない気がするけどなー。ミサイルが完成するまで寝ませーん! と普通に耐久配信の企画になりそうだねー」


「今度にしよう。ちなみに音乃のお勧めは?」


「ボクは地道にライフルの威力アップがいいと思うけど、ドカーンっ感じで、できるだけ簡単といえばコレかなー?」


 マヤにパンツァーファウストの解説をしているURLを投げた。


 視界に出るはずだから、そのまま指でタップしてもらえば該当のページを見ることができるはずだ。


 第2次世界大戦のときの対戦車兵器で、発射に必要な黒色火薬はレシピ取得済だし、飛ばすだけなら現在の手持ちのレシピでも作れる……ような気がする。


 そして、戦車が破壊できるならドラゴンにも効果がありそう。


 他に原始的な対戦車兵器といえば火炎瓶とか、地雷とか、普通に爆弾でもいいけど。


 まあ、そのあたりはマヤに任せよう。


 というか、さっきは「今度にしよう」と言っていたのに、なぜか作る気になっているような?


 もちろん好きにしてもらっていいんだけど、さっき手伝ってくれるような話だったと思うんだけどな。


 しかたない、こっちはこっちでがんばろう!


 僕のほうは士筒をベースにライフル銃を作っていく。


「この前ねー、小筒でやったもんねー。だから、銃はいいとして、弾だねー」


 ビューアーに向けて説明しながら作業を進めていく。


 1人で作業するとき、なにも喋らないのはダメだ。


 視界の右端を流れるビューアーからのコメントを適当に拾ったりして、楽しい配信にしないとね。


 ボクはVストリーマーなんだから。


 銃の改造は一度経験したことだから、そこまで難易度はない。


 弾のほうは口径を大きくしないといけないから……どうしよう?


 鉄パイプ製作のレシピで弾より1まわり太いパイプを作って押し込んでみるけど、まだまだ銃に合わない。


 いっそ弾そのものを分解したり、加工したほうが早いかもしれないと試行錯誤して、もちんビューアーにもガンマニアなのか、なんなのか知らないけど、やたらと詳しいコメントを書いてくる人がいるので、それも参考にしつつ、なんとか完成。


 たまには指示厨おじさんも役に立つことがあるんだよ。


 士筒ベースの口径18ミリの対物ライフルと、徹甲弾と、曳光弾の3つのレシピを手に入れた。


 それでマヤちゃんの進行具合が気になり、彼女の家――僕の家が工作室だとしたら、マヤちゃんの家は研究室だ。


 マヤちゃんは爆薬の大量生産をしていた。


 TNTと書かれた箱に爆薬を詰め込んでいって、満足そうに笑う。


 もしかして、対ドラゴン決戦兵器?


 パンツァーファウストはどうなった?


 しかし、ニヤニヤしながら爆薬を作ってるところは、どう見てもヤバい女だ。


 うん、これは見なかったことにしよう!


 こっそり踵を返して、僕はマヤの家を立ち去る。


「どうしようかなー?」


 ビューアーに問いかける。






コート         試し撃ち、ドラゴンで


ゆきのん        撃ってみて


猫はげ         ドラゴンのソロ討伐


kiyup       試射しようよ


みどりの猿       撃ってみて






「ドラゴンのソロ討伐はないかなー? 勝てないし、もし勝てたら明日はどうするのー? 配信はじまりました、実は昨日のうちに討ち取りました、即終了だよー? 空気読めって怒られるよー」


 ある意味、伝説の配信になりそうだけど。


 スゴかったり、おもしろくて伝説になるならいいけど、しょうもなさすぎて伝説になってどうする、と思うよ。


 ただ、ドラゴンは問題外だとしてもモンスターに試したい気持ちは僕にもある。


 ゴブリンみたいなものではなく、できれば大型モンスターだ。


 しかし、なぁ……大型のモンスターはたいてい強いんだよ。


 いくらライフルがあっても僕が1人で戦って倒せそうな大型モンスターって、なにかあったか?


 たぶん、ない。


 小型のモンスターにさえ簡単に殺されるから、こうやって銃を開発したわけで。


 このメモワール島の生態系で底辺にいるんだよ、僕は。


「ボクがソロで戦えそうなモンスターがいるかなー?」


 配信者より視聴者のほうが詳しいのは変な話だけど、熱心なビューアーが結構いるらしく、僕自身が忘れてしまったこととでも問いかければ答えが出てくるんだ。


 もちろん『ドラゴンワールド・フロンティア』のプレイヤーもいるし、僕たちより先に進んでいる人も珍しくない。






kappam     ランドタートル


赤わさび       亀






 このときも、すぐに答えが返ってきた。


 同時に10メートルくらいの巨大亀が森にいることを思い出した。


 あまり攻撃してこないし、足が遅いから危なくなったら逃げるのも簡単だ。


 めちゃくちゃ硬くて、こっちの攻撃もさっぱり通じないから、なかなか倒せないモンスターの代表格だけど、殺される心配も少ないから危険性はかなり薄い。


 トトトトトッと森を走っていく。


 ランドタートルの探しかたは簡単だよ。


 草や木が薙ぎ倒されたあとを追っていけばいいだけ。


 その痕跡を発見して、草や木が倒れている方向に進んでいくと簡単にランドタートルを見つけることができた。


 慌てて大木の後ろに隠れる。


 音を立てないように時間をかけて草むらを通り、藪を迂回してランドタートルの横まで回り込んだ。


 通学帽とランドセルでやるようなことじゃないな。


 いまの僕に必要なのは迷彩服だと思う。


 まったくチュプちゃんは自分の欲望を前面に出して、僕の都合なんか考えもしないのだから困った女だ。


「いたよー。いまから試し撃ちするねー」


 小学生の筋力だと持ち上げるのも無理だろうという重量になったのでインベントリに入れて運んできた対物ライフルを取り出す。


 2脚銃架を立てて、慎重に狙いをつける。


 コメントでは視界共有しているビューアーたちが標的について議論していた。


 あえて甲羅を撃って貫通力のテストをしたい派と、頭を撃って仕留める派にわかれているようだ。


 たまには役に立つ指示厨だけど、たいていは面倒で厄介でうるさい。


 下手過ぎていろいろ言いたくなるんだろうけど、いちいち注文をつけるくらいなら自分でプレイすればいいと思うんだけどな。


 重要なところだけ教えてくれれば助かるんだけど、まあ、僕の都合のいいようにしたいというのも結局わがままなのかもしれないが。


 今回の試し撃ちも、ただのテストにすぎないんだから好きにさせてよ。


 甲羅の貫通力テストなんて後でゆっくり時間をかけてやればいいのだから、ここは僕も仕留める派に賛成――というか、そのために、わざわざ横に回り込んだんだし。


 甲羅を撃つだけなら、別に後ろからだって狙えた。


 だから、いま僕が慎重に狙いを定めているのはランドタートルのこめかみ。


 まさか頭蓋骨が異常に硬くて対物ライフルでも貫通できませんという事態だけは避けたいんだけど。


 コメント欄は熱がこもり、いけいけと煽るビューアーもいれば、やめろと悲鳴を上げるビューアーもいた。


 パアン、と想像より小さめな銃声が耳に響き、控えめな反動が肩を蹴飛ばす。


 てっきり鼓膜が破れるような轟音と同時に肩の骨が外れるくらいのことを予想していたのだけれど、レシピで製作した武器が使いものにならないのではゲームとして成立しないと、なにかしらの補正が働いたのかな?


 銃撃されたランドタートルの頭はビクッと震え、弾が命中したところに被ダメージの数字が2145と表示された。


 それと『critical』の文字。


 急所を直撃したので、通常の何倍ものダメージを与えることができたようだ。


 その結果、上にあるHPバーの1800よりあきらかに数字が大きい値になった。


 ランドタートルの体が光り、そして溶けるように消えていく。


 このゲームでは戦闘中でも傷や血のような残酷描写はなく、ただ命中させた場所にダメージ値がでるだけ。


 モンスターを倒してもグロい死体が残ることなく、自動的にドロップ品がインベントリにおさまるようになっていた。


 止水の端に表示されるログのあとに「陸亀のスープ レシピ 生産 がドロップしました」と文字が出て、コメント欄が落胆で埋まる。


 ランドタートルからドロップするレシピで一番いいとされているのが甲羅盾だ。


 かなり防御力の高い盾で、素材のランドタートルの甲羅とともにドロップするので人気が高い。


 僕の場合はレシピが料理だったから、ドロップアイテムはランドタートルの肉。


 食べたことないけど、すごく美味しいという噂だから、僕としては充分に当たりだけど。


 銃がメインウエポンなら盾なんていらないし。


 むしろ邪魔。


 防弾チョッキだったら欲しいけど、さすがにモンスターからドロップするようなものではないし。


「なにかスゴい音がしたんだぢぇ」


 茂みをかきわけるような音がしたかと思ったら、ちゃちゃ先輩が抜き身の剣を持って駆けてきた。


 その後ろをミハエラ姉さんが追ってくる。


 ちゃちゃ先輩が前で戦い、後方でミハエラ姉さんがヒーラーとして立ちまわると上手く噛合うので、この2人はよく一緒に狩りにいっているんだ。


 いまも狩りの途中か、帰りか、そんなときに僕が撃った対物ライフルの音を聞いたのだろう。


 偵察戦のあと、いなくなったから配信終了してログアウトしたと勝手に思い込んでいたけど、2人も残業してたみたい。


 偵察戦のときにパーティーを組んで、そのままになっているから僕の位置もメンバーとして表示され、戦闘時のこともログとして通知されたのだろう。


「ドラゴン戦用に強いの作ってて、試したらランドタートルが1発だったよー」


「うん、ログがこっちにも出てるぢぇ。被ダメは?」


「2000ちょっと……ただしクリティカルだけどねー」


「クリティカルとはいえ2000? それはエグいぢぇ。ちゃちゃの必殺技の10倍だぢぇ」


 ちょっとヘコんでいるように見えるちゃちゃ先輩だけど、200でも充分すぎる。


 ちなみに僕の現在のHPは100くらいです。


 必殺技みたいなものは簡単に決まらないけど、もし直撃を食らったら1撃死――というか、2回も殺されるだけある。


「偵察にいったときドラゴンのHPが6000くらいだったから、もっと威力のある武器が欲しかったんだよー」


「たったの3発で沈められるぢぇ」


「クリティカルを連続3回って、どう考えても無理ゲーだよー」


「隙はつくってやるから、なんとかするんだぢぇ」


「クリティカルではない場合の被ダメを調べて、それを元に無理のない作戦を立ててもらえると、後輩としては助かるかなー」


「ちゃちゃはパワハラ先輩だぢぇ」


 そんなことを言いながらも、ちゃちゃ先輩とミハエラ姉さんも試射の検証につきあってくれて、対物ライフルの通常ダメージは300から400くらいだとわかった。


 さすがにクリティカルではない、通常ダメージだとそんなもんだよね。



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