準備は万端
いま僕たちが『ドラゴンワールド・フロンティア』でフィールドにしてる無人島は――メモワール島と名付けてあるんだけど、面積的には結構なサイズだ。
おかげで全部マッピングできているわけではないので不明なところも残っているが、おそらく60平方キロメートルくらいはありそう。
日本で一番大きな離島が淡路島だけど、それの1割くらいだといえばわかるかな?
あるいは東京23区の10パーセントでもいいけど。
メモワールに在籍しているVストリーマーは全員で12名になるが、みんな『ドラゴンワールド・フロンティア』をやっているわけじゃないしね。
雑談や歌枠のほうに力を入れてたり、ゲームでもパズルやシューティングや格闘、ホラーなど、いろいろやっているメンバーのほうが多いから。
いちおう、この大きな森の小さな集落にはそれぞれが家を建てたので12軒あるけど、ほとんど使われてないものもある。
ドラゴン偵察戦にいく5人は『ドラゴンワールド・フロンティア』をメインにやっているから、無人島のマップ埋めにも積極的で、結果としてレアなモンスターの縄張りや巣の情報をたくさん持っていた。
生産ばかりやっている僕だって素材集めに島の中をよく歩きまわっているしね。
ドラゴンの巣はちゃちゃ先輩が『剣が折れるまで狩りまくり耐久配信』で発見し、間髪入れず突撃して一瞬で死亡で、そのまま配信も終了という、ちょっとした伝説を作ったときのものだ。
そもそもドラゴンはメモワール島の生態系の頂点にいる王者――いや、傍若無人な暴君かな?
自分が一番強いからなにをやっても許されると信じているらしい。
僕もモンスター狩りで横取りされたことがある。
鉄をドロップするアイアンゴーレムを必死になって狩っていて、あと1撃か2撃で倒せるという瞬間、頭上に影が差し、あっという間に瀕死のアイアンゴーレムをさらっていった。
鉄の塊で、食べるところないだろー、と思わず叫んでしまうところだけど、僕はなにもできなかったよ。
あれは怖い。
没入型VRって、本当にリアルだ。
あれは人が逆らっていい存在ではないと、魂に刻まれたよ。
それなのに、ちゃちゃ先輩はいつか狩りにいくと決めていたらしい。
いままでは勝算がつかなかったからやらなかったけど、逆に勝算さえあればいつでも討伐戦をやろうと考えていたようだ。
そして、今日がその日。
大きな森を抜けて、草原を進んでいく。
「ねえ、マヤちゃん、歌配信はいつがいいかなー?」
「ちょっと時間ちょうだい」
「配信前にリハーサルやりたいねー。少しのコツと、少しの練習で、とってもいいものになるからねー」
「それは助かる」
マヤちゃんが返事をすると、ビューアーたちも「助かる」とか「てぇてぇ」とコメントがあふれた。
なぜか男性Vストリーマーとコラボして一緒にゲームやったり歌を歌うと嫌がるビューアーは結構いるのに、女性Vストリーマーと女性Vストリーマーが仲良くしていると喜ぶんだよな。
ユニコーンどもめ、僕は男だ――バレたら即座にクビになるから絶対に言えないけど。
ドラゴンの巣に行く途中、ゴブリンやコボルドに出会ったが、先頭を進むちゃちゃ先輩が大剣をブンブン振りまわして、バッサバッサと斬ってしまうので僕たちはのんびり散歩していたようなものだ。
いや、山登りかな?
このあたりで一番高い山の中腹に洞窟があって、それがドラゴンの巣になっている。
その巣に近すぎるのも危ないし、遠すぎるのも不便ということで洞窟から出たところに拠点を作るところから本格的にドラゴン討伐戦ははじまった。
ゲームだから死亡しても復活できるのだが、この『ドラゴンワールド・フロンティア』では最後に寝たベッドの上で蘇ることになる。
つまり死亡が予想される激しいバトルの前には戦場の近くにリスポーン地点を設定しておくと便利なのだ。
そのため、まずは僕たち生産チームの活躍の場がやってきた。
このゲームのプレイヤーなら全員が使える魔法の1つに収納魔法がある――つまりはインベントリのことなんだけど、ここから大量の木材を取り出して小屋を建設した。
だいたい3畳くらいの大きさかな?
本当に小屋だ。
マヤちやんが四隅に柱を立てて、僕が板をつけていく。
僕が屋根を葺いている間に、マヤちゃんがベッドと収納用のキャビネットを設置した。
このキャビネットはアイテムや食料を入れておくことができて、時間経過無効の効果があるので保管されているものが劣化することがない。
もちろん、インベントリも時間経過無効なのでアイテムも食料も劣化しないけど、いまはできるだけ空き容量を大きくておきたいからね。
モンスター狩りにいくときにインベントリがいっぱいだとドロップしたアイテムが拾えなくなるし、今回はドラゴン討伐なので拾えないアイテムが1つでも出ないようにしておきたいのだ。
マヤちゃんと僕は設置したばかりのベッドに寝転がってリスポーン地点をここに書き換えておく。
先輩たち3人はキャビネットに保管しておく食材を集めにいっている――この近辺のオークを狩り尽くす勢いのはず。
このゲームはファンタジー世界を背景にしているのに、いまのところ効果の高いポーションがないんだよ。
薬草を採取してポーションを作成すること自体はできるのだけど、1本で全HPの1割くらいしか回復できないのだ。
つまり7割とか8割のHPを失って真っ赤なときにポーションを7本も8本も連続して飲まないと全回復しないんだよね。
しかも、没入型VRゲームということで苦い薬草の味がちゃんと再現されていて、涙目で無理してマズいポーションを飲んでいくと、お腹がたぽたぽして気持ち悪くなってくる。
本当に吐きそうになるんだ。
その一方で食事をしても体力は回復する。
カロリーたっぷりだと回復量も多くて、マズいポーションを無理して飲むくらいならステーキの1枚のほうがずっといい。
味も、効率も。
いまのところオークが肉質がよくて、回復量もステーキ1枚分でポーション3本分の効果があることがわかっていた。
「豚狩ってきたぢぇ」
ちゃちゃ先輩がインベントリ満杯にして戻ってくる。
先輩たちもベッドに寝転がってリスポーン地点の変更をしておく。
しばらくしてチュプちゃんも戦果を持って帰ってきた。
さすがに、ちゃちゃ先輩にはかなわないが、乱獲に近い。
最後にミハエラ姉さんが戻ってきた。
聖女見習いということでオーク狩りではなく、果物を採取してきたみたい。
この島にはリンゴもミカンもバナナもイチゴもモモもパイナップルも、たいていの果物は自生していて、生産系に農業もあるから自分で栽培することもできた。
よほどマイナーなものはともかく、メジャーなものは生えているか、なければ未発見なだけ。
植物の植生がムチャクチャだけど、そこはゲームということで。
なにしろドラゴンがいる世界だよ?
まあ、実際のところは没入型VRゲームで味覚も再現したのだから、いろいろ食べてもらおうというスタッフのサービス精神だと思うけど。
あるいは、もったいない精神?
せっかく作ったんだから全部みてもらいたい、みたいな。
ちなみにモンスターを倒したときにドロップするものの中に、そのモンスターを食材とする料理のレシピもあったりする。
モンスターからのドロップはランダムだから、世間的には強い戦闘スキルが人気で、料理レシピは最低のハズレ扱いだけど、僕はドロップしたら結構嬉しかったりする。
今回だってドラゴンのステーキとかさ、料理レシピがドロップしたら食べてみたいじゃない?
いや、もちろんドラゴンのステーキといっても『ドラゴンワールド・フロンティア』のスタッフが考えたものにすぎなくて、本物のドラゴンのステーキじゃないことはわかっている。
わかっているけど、ドラゴンのステーキなんてロマンの塊じゃないか!
とりあえず、いまのところはミハエラさんが採ってきたリンゴをもらって食べた。
「おいしい?」
ミハエラ姉さんに聞かれたので、コクンと頷く。
「甘くて、そんなに酸っぱくないよー。日本のリンゴの銘柄だと名月みたいねー」
「音乃ちゃんって、たまにマニアックなことを言うよね」
「ん? おいしいねー」
「次は音乃ちゃんのライフルの番ね」
「あれはー、いいものだよー」
そんな会話をかわす僕たちの隣で狩ってきたオークを焼いてもりもり口の中に押し込んでいたちゃちゃ先輩が食べ終わるのと同時に剣をとって立ち上がった。
「拠点を作って、必要な資材を用意したから、だいたい目的は達したぢぇ。あとはドラゴンを少しばかり突くぢぇ!」
僕たちは気勢をあげてちゃちゃ先輩の後に続いて洞窟に突撃していく。
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