入部届け
教室内ではみんな賑やかに盛り上がっていた。
既にクラスメイトたちは気の合う仲間を見つけ、それぞれがグループになって盛り上がっている。
古遠部さんは女子のグループの中でも中心的な人物で、陽気に誰とでも接していた。
一方の僕は誰とも親しくなれず、孤高のぼっちぶりを発揮していた。
でもそんなことは気にしない。
なぜなら今日は──
「ここがフィッシング部の部室か」
念願のフィッシング部に入部するからだ。
僕がこの高校に入学したかったのは、この部活があるからである。
入学してから色々と問題続きだったので入部までにずいぶん時間がかかってしまっていた。
ノックすると「どうぞー」という気の抜けた女性の声が聞こえてきた。
ドアを開けると日に焼けたショートヘアの女子生徒がリールの掃除をしていた。きっと先輩なのだろう。
真剣な表情で声が掛けづらい。
「あの……」
「なに?」
「入部希望なんですけど」
「ええー!? マジで!?」
突然顔を上げて駆け寄ってくる。
「いやぁ今日はいい日だなぁ。これで二人目だよ!」
「二人目?」
「こんにちは、拓海君」
「こ、古遠部さん!?」
驚いたことにそこにいたのは古遠部さんだった。
「すぐに入部届け取ってくるからここにいてね。絶対だよ。帰っちゃ駄目だからね!」
そう言い残すと部長さんらしき人は部室を飛び出し、逃げられないよう外から鍵をかけて走っていった。
てか施錠しても内側から開けられるから無意味だと思う。
「なんで古遠部さんがここに?」
「えへへ。ビックリした? 今日は用事があるって言うからピンと来たの。拓海君は絶対にフィッシング部に入部するだろうなと思って先回りしてみた」
「なにそれ。そんなことで部活決めていいの?」
「もちろん。せっかく同級生として人生やり直せているんだもん。拓海君と同じ部活に入った方が楽しいでしょ」
なんか不純な動機の気がするけど、本人がいいなら止める訳にもいかない。
それにさっきの部長さんの喜びを見ると、部員はかなり少ないのだろう。
古遠部さんがやっぱり入部しないなんて伝えるのは忍びなかった。
「お待たせー! ぬおおっ! ちゃんといるね。夢じゃなかったんだ。よかったよかった」
部長さんは本当にすぐに帰ってきた。
そしてその場で入部届けを記入させられ、奪うように受理された。
なんか悪徳業者のような性急さだ。
「よかったー。うちの部の伝統、これで私の代で潰さずに済んだ!」
「えっ、廃部寸前なんですか、フィッシング部」
「ええ。三年生しかいなくて二年生はゼロ」
「部員は先輩だけなんですか?」
「ううん。他にも二名いるけど、それは名前を借りてるだけで部活に参加したことは一度もないの。なんといっても三人いないと廃部だからね」
僕の憧れのフィッシング部がそんな憂き目にあっていたなんて全く知らなかった。
「私は部長の海老沢こだち。よろしくね」
僕らも自己紹介しようとしたとき、部室のドアが開いた。
「お、やっぱり来たな、拓海」
「翔馬君!」
「ひ、姫子……なんでここに!?」
突然現れた翔馬君に古遠部さんは明らかに動揺していた。
「どうした、姫野。なんか用?」
部長も不思議そうに目を丸くする。
「なんか用って……俺もフィッシング部の部員だろ」
「部員って言ったって名前借りてるだけでしょ。今まで一度も来たことないくせに」
「別に来たっていいだろ」
「そりゃまあ、構わないけど」
名前だけの幽霊部員の一人は翔馬君だったらしい。
二人はどうやら知り合いらしく、気心が知れた様子だ。
「拓海は絶対入部するだろうなって思って来てみたんだ」
「さすが翔馬君。鋭いなぁ」
「ちょ、ちょっと待って! そんな不純な動機、許しません!」
古遠部さんが僕らの間に物理的に割って入ってくる。
「不純な動機って……凛音の方が不純な動機なんじゃないのか? 魚釣りしたことあるの?」
「あ、あります! あと勝手に下の名前で呼ばないでください!」
「凛音ちゃんか。いい名前だね。私もそう呼ぼう!」
どうやら部長は全く空気を読まないタイプのようで、笑顔でそう言った。
「まあまあ古遠部さん。翔馬君がいたっていいじゃない」
「み、みんなが凛音って呼ぶんだったら拓海君も私を凛音って呼んでください!」
「キレるとこ、そこ?」
相変わらず古遠部さん改めて凛音さんは思考が読めない。
フィッシング部の活動はもちろん釣りがメインだ。
しかし放課後の度に行くのは大変なので、基本毎週水曜日と週末が釣りの日だ。他の日は仕掛けを作ったり、基礎体力のために走ったり筋トレしたり、あとは浜辺の清掃なども行うそうだ。
「あと連休とか長期休みの日は合宿もあるから。大物狙いにいくよ!」
「おおー。楽しみです!」
仲間たちと釣りをして青春を過ごす。これこそが僕の夢見た高校生活だ。
思い描いていたよりもずいぶんと『仲間たち』が少ないけれど、それはこれから増やしていけばいい。