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罪のない夢

 聞けば僕が来るのに汗臭かったら嫌われると思ってパジャマを着替えていたらしい。

 そんな気を遣わせてしまうくらいならお見舞いに来るべきではなかったと後悔した。


「ごめん……なんか具合悪くなってきた」

「え? 大丈夫?」

「ここで寝るね」

「だ、ダメだよ。連れて行ってあげるから」

「だってせっかく拓海くんが来てくれたのに部屋で寝るなんてもったいないし」

「ちゃんと寝ないと風邪よくならないよ」


 嫌がる古遠部さんを抱き上げてベッドへと向かう。確かに少し熱っぽいようだ。


「ごめんね。迷惑かけて」

「僕の方こそごめん。こんなに大変なときに来ちゃって」


 古遠部さんは首を振って僕を見つめる。

 抱えた体勢だから顔が近くて恥ずかしい。

 先程見てしまったハプニングも重なって余計に気まずかった。


「お姫様だっこってすごい破壊力だね。なんだか頭がボーッとしてきた」

「それは熱のせいだよ」

「あ、そっか」


 古遠部さんに病人という自覚はあるのだろうか。少し心配になる。

 学校ではしっかり者の優等生なのに僕と二人きりの時はなんだか残念ポンコツ美少女になってしまう。


 ベッドに寝かせてからお粥作りを開始した。

 ご飯は残り物があったのでそれを一度水で洗う。

 ぬめりをとってから小鍋で炊き、水が減ってきてとろみがついたところで火を止めた。

 多少の塩を振って調えてから寝室へと運んだ。

 味もそっけもないけれど風邪を引いているときはこれくらいの方が食べやすいだろう。


 静かにドアを開けると古遠部さんの寝息が聞こえた。

 無理に起こして食べさせるほどのものじゃない。そっとテーブルの上に置いた。


 洗濯もしてあげたいが、さすがに勝手にするわけにもいかないだろう。

 下着とか絶対に見られたくないだろうし。

 布団を掛け直し、うっすらとかいていた汗を拭ってあげる。


「んー……哲也さん……」


 寝言を言いながら僕の手に握ってきた。

 知らない男性の名前にドキッとする。


「こっち。こっちに来て、哲也さん……」


 こんなに呼び掛ける『哲也』とは誰だろうと少しムッとしてしまったが、すぐに思い出した。


(あ、哲也って僕のことか)


 以前古遠部さんが言っていた僕の前世の名前だ。


(前世の夢を見てるのかな? ていうか夢でまで見るということは本当に前世の記憶があるのかな?)


 握られた手を解こうとするとより力を籠めて握られてしまう。仕方なくしばらくそうしていた。

 すやーっと眠る古遠部さんは普段と違い、少しあどけなく感じられた。時おりむにゅむにゅと口許を動かし、笑っている。


「あ、もう。ちょっとだめ……エッチなんだから、哲也さん」


 ……いったいどんな夢を見てるのだろう?

 ちょっと抗議したくなる。


 ようやく手を離してもらえたので足音を忍ばせ寝室を出てリビングに戻る。

 このまま帰ろうかと思ったけれど、黙って帰るのも悪い気がした。起きたときにお粥も温めてあげたいし。


 洗濯はできないけれど掃除くらいなら問題ないだろう。

 ごみをまとめ、テレビの裏や高いところの埃を拭く。ついでにトイレや浴室の掃除もしておいた。


「あっ!?」という声が聞こえたので寝室を覗くと古遠部さんがベッドの上で起き上がっていた。


「目が覚めた? 熱は下がったかな?」

「よかった。まだいてくれたんだ。ありがとう」


 ほっとした顔を見て、帰らずに掃除をしてて正解だったなと安心する。


「お粥、温め直すね」

「うん。ありがとう」


 高熱を出して汗をかいたからか、ずいぶんと元気を取り戻したようだった。


「掃除してくれてんだ!? ありがとう!」

「え? 気付いたの?」

「うん。高くて届かないから放置しちゃってたところの埃がなくなってるもん」

「もともと綺麗な部屋だからそんなに掃除するところなかったけどね」


 お粥を完食した彼女は「おいしかった! ごちそうさま」と手を合わせる。


「ところでさ、拓海君」

「なに?」

「前世の記憶、少しは甦った?」

「いや、ごめん。それはまだなんだ」

「そっか……」


 あからさまにがっかりされてしまうとなんだか申し訳ない気持ちになる。

 しかし適当に「思い出してきたかも」とか嘘はつきたくなかった。

 すぐバレるということもあるが、それ以上に古遠部さんを騙したくないという気持ちが強かった。


「その前世って、ずーっと前なの? 江戸時代とか?」

「ううん。そうじゃないみたい。普通に車は走ってたし、スマホはなかったけど携帯電話はあったみたいだし」

「え、そんな最近なんだ?」


 意外だった。てっきり何百年も前なのだと思い込んでいた。

 でも考えれば『哲也』と『琴子』なんだからそんな前じゃない。


「どこか遠い場所?」

「そうでもないよ。歩いてはいけないけど、電車に乗ればそんなに遠くない」

「へぇ……」


 これまた意外だ。案外身近に僕たちは生まれ変わったようだ。


「あ、そうだ!」


 古遠部さんはぱちんと手を叩き、人差し指をぴんっと立てる。


「前世ゆかりの地にいってみよう!」

「へ? どうして?」

「だってそこにいけば弾みで思い出すかもしれないでしょ。私も前世の思い出がある山を見て思い出し始めたんだ」

「なるほど……」


 それはいい手かもしれない。本当に前世の記憶なんてあるのならば、の話だけれど。


「さっそく今週末行ってみよう」

「分かった。でもその前に風邪を直さなきゃね」

「こんなの余裕だよ!」


 古遠部さんはニッコリ笑って細腕でガッツポーズを作る。

 嬉しそうな姿を見ると、なんとか前世の記憶を取り戻したいと願ってしまった。

 まあ努力でなんとかなるものでもないんだろうけど。

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