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お見舞い

 週明けの教室。

 古遠部さんは風邪を引いて休みだった。

 昨日の夜に連絡をもらっていたから知っていたが、実際に彼女がいない教室にいると少し寂しい気持ちになる。


(帰りにお見舞いに行こうかな)


 昼休み、そんなことを考えていた。

 決して疚しい気持ちではなく、独り暮らしの彼女は買い物にも行けずに不便で心細い思いをしていると考えたからだ。


 心のなかでそんな言い訳をしていると、にわかに教室の入り口が騒がしくなった。


(なんだろう?)


 そちらに視線を向けるとやや目付きの悪い上級生の男子が教室の中を覗き込んでいた。

 何事かとどよめく男子と、そのかっこよさにざわめく女子。


(あ、翔馬君)


 彼は僕の幼馴染みで兄のように慕っている。

 僕を見て手を振る。


「おーい、拓海!」

「なに?」

「たまには昼メシ一緒に食おうぜ!」


 クラスのみんなが驚いた顔で僕を見ている。


「うん、分かった」


 ジロジロ見られるのが恥ずかしくて僕は早足で翔馬君について行った。


 翔馬君は二歳年上だから三年生だ。家が近所で子供の頃から遊んでいた。


「お前、大丈夫か?」


 第二校舎の裏にある花壇前のベンチに座り、翔馬君が訊ねてくる。


「大丈夫ってどういうこと?」

「なんか変な男とかに絡まれたりしてない?」

「いや? そんなことないけど、なんで?」

「お前、入学早々なんかすげー可愛い女の子と仲良くなったらしいじゃん」

「えっ!? なんでそんなこと翔馬君が知ってるの?」


 同学年ならいざ知らず、三年生にまでそんなことが知れ渡ってて驚いた。


「なんか三年の中でも可愛い子が入学したって話題になっててさ。そんでその子がさっそく男と仲良くしてるって話になって」

「へ、へぇー……そうなんだ」


 僕の預かり知らないところでそんなことになっていたのかと恐ろしくなる。


「生意気だからその一年男子をシメるとか言ってる奴までいたから調べたら、その一年男子が拓海のことだったって訳だよ」

「マジで!? 僕、シメられちゃうの!?」

「安心しろ。そいつは俺がボッコボコにして『拓海に手を出したら殺す』って伝えといたから」

「は、ははは……そうなんだ」


 それは安心していいことなのだろうか?

 出来ればもう少し穏やかに伝えて欲しかった。


 中学のときも翔馬君のお陰で僕は苛められたことがなかった。


「そんなことより!」

「わっ!?」


 翔馬君は笑いながらヘッドロックしてくる。

 もちろんふざけてるだけだから痛くない。大型犬に甘噛みされているみたいな感じだ。


「彼女ができたなら真っ先に俺に報告しろよ!」

「ご、誤解だよ。古遠部さんは彼女じゃないから」

「隠すなよ」

「ほんとだってば」


 くすぐってヘッドロックから逃れる。


「えー? 彼女じゃないのかよ、つまんないな」

「彼女ができたら、もちろん翔馬君に一番に教えるから」

「おう、約束だぞ」


 なんとか翔馬くんへの誤解は解けたみたいだ。しかし一人ひとりに誤解を解いて回るわけにはもちろんいかない。噂はどこまで広がってしまっているのだろう。

 思わず「はぁ」とため息が漏れてしまった。



 放課後、『お見舞いに行くね』とメッセージを送るとすぐに返事が返ってきた。


『ありがとう。すごく助かる!いまちょっと熱あるからチャイム押さずに入ってきてくれると助かります』


 いつものような元気はなく、静かな文章だった。

 ベッドでうなされながらなんとか文字を打つ古遠部さんの姿が頭に浮かぶ。


 これはかなり重症なのかも。


 スーパーで手早く買い物を住ませ、古遠部さんのマンションへと急ぐ。

 鍵は先日受け取っていた。そんなもの預かれないと断ったのに無理やり渡されたものだ。


 さすがにチャイムも押さずに上がるのは抵抗があったけれど、寝ているのを起こしてしまうのも申し訳ない。

 静かに鍵を開けて中へと入る。


(お粥だけ作って、差し入れは置いて帰ろう)


 ビニール袋のカサカサという音にさえも気遣いながら、慎重に廊下を歩いてリビングのドアを開ける。


「あっ……」

「……え」


 リビングにいた古遠部さんと目が合う。

 汗をかいて着替える途中だったのか、パジャマを脱いでいた。

 長い髪が絶妙な具合に隠しているが、たゆんとした二つの丸みははっきりと見てとれた。


「きゃああ!」

「わ、ご、ごごごめん!」


 慌ててドアを閉める。


「ちょっ、ちょちょちょっと待っててててねっっ」

「は、はははいっ……」


 ドアの向こうから聞こえる布が擦れる音さえ艶かしかった。


「お、お待たせ……」


 ドアを開けると着替え終わった古遠部さんが恥ずかしそうに座っていた。

 顔が真っ赤なのは風邪で熱があるから、だけではなさそうだ。


「ぐ、具合はどう? これ、果物とか、飲み物とか。お粥だけ作ってすぐ帰るから」

「……見た?」


 古遠部さんは少し恨みがましい目で睨んでくる。


「み、見てない、見えてない! ほら、髪で隠れていたし、すぐにドア閉めたから!!」

「ほんとに?」

「本当だよ!」

「よかった。じゃあ左胸の傷跡も見られてないんだ」

「え!? そんなものなかったけど!?」

「やっぱり見たんじゃない! えっち!」


 まんまと誘導尋問に引っ掛かりクッションを投げつけられる。

 でもそれほど怒ってなかったようで、「まあこんなとこで着替えてた私も悪いんだし」とすぐに機嫌を直してくれた。



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