前世の癖
室内は白を基調とし、淡いピンクのラグやカーテンを使った女の子らしい空間だった。
家具も背の低い女子の独り暮らし用で、雑貨や小物がお洒落に飾られている。
「なんか思ったより女の子らしい部屋なんだね」
「なにそれ」
僕の指摘に古遠部さんが軽く頬を膨らませて怒る。
「前世の記憶とか言ってるからもっとおばあちゃんみたいな部屋だと思ってた?」
「そ、そうじゃないけど」
図星だったが誤魔化す。
「私だって高一の女子なんだから可愛いのが好きなの。あくまで前世の記憶があるだけで、中身は普通の十五歳だからね!」
言われてみれば当たり前だ。
というかまあ、前世の記憶とやらを本気で信じている訳ではないんだけれど。
魚を捌くのが苦手だというので僕が頭を落とし内臓を抜く処理をする。しかし数が多くて大変だ。
そう嘆くと古遠部さんは僕の隣でいとも容易く魚を捌くのを手伝い始める。
どうやら苦手というのは僕を引き留めるための嘘だったようだ。案外かわいい嘘をつく。
二人で作業すると三十匹のサバもすぐに捌き終わった。
「じゃああとは煮るなり焼くなり好きに調理してね」
「拓海くん、そんな覚悟をして私の部屋に上がってくれたんだ? 嬉しい」
古遠部さんは僕の手を握り、じりっと顔を近づけてくる。
清涼飲料水のCMに出てくる美少女のような爽やかで美しい顔とその言動がちぐはぐ過ぎる。
「さ、魚のことだよ、魚!」
「なぁんだ、そっち?」
あからさまにがっかりした顔で手を離す。
「ところで拓海くんはサバをどうやって食べるのが好き?」
「そうだなぁ……煮付けもいいけどこれは小さいからそのまま塩焼きなんかがいいかもね」
「よし、じゃあそうしよう」
古遠部さんは魚をグリルに並べ始める。なぜか僕の分まで。
「一人でそんなに食べきれる?」
「一緒に食べようよ!」
「えっ!? でも」
「いいからいいから!」
強引にダイニングテーブルに座らされてしまう。
まあ、あの程度の数なら二人で食べるにはちょうどいいから構わないけど。
魚が焼き上がるとさらに盛り付けられ、ご飯と味噌汁、それに卵焼きも並べられた。
「ちょっと質素だけどごめんね」
「いや。こういうの、好きだよ」
魚の表面はパリッと焼き切り余分な油がなく、そのくせ身はふんわりと柔らかくてみずみずしい。
塩の加減もちょうどよく、新鮮な魚の邪魔をせずに塩味が効いていた。
「美味しい! やっぱり釣りたて新鮮は違うね」
「古遠部さんの焼き加減もちょうどだよ」
「ふへへ、ありがと」
照れてにんまり笑う顔はいつもと印象が違い、親しみやすい可愛さを感じた。
あれだけ山盛りだった魚はあっという間になくなっていた。
遠慮なのか嗜みなのか少食の女の子が多いが、古遠部さんは美味しそうによく食べる。そういうところも好印象を持った。
「私が過去の記憶に気付いたのは小学校三年生の頃なの」
食後にお茶を飲みながら古遠部さんが語り始めた。
「突然婚約者がいたとか思い出したの?」
「ううん。最初はもっとぼんやりと。はじめて来たところなのに見覚えあるなぁとか、誰かと大切な約束したはずなのに思い出せないなぁとか、そんな感じで」
それくらいなら僕にもある。
既視感とか、なにか大切なことを忘れているような気分とか。
でもそれくらいで前世の記憶なんて言ってたら世界中は前世の記憶だらけだ。
「そのうち前世の色んなことを思い出していった。住んでいたところ、なにをしていたか、そして恋人の存在も」
そういって僕をみて顔を赤らめた。
「ちょ、ちょっと待って。前から気になっていたんだけど、前世の僕と今の僕はそっくり同じ顔なの?」
「ううん。違うよ」
「じゃあなんで僕がその恋人だって分かるわけ?」
「そりゃ分かるよ。纏っているオーラで分かるの」
「オ、オーラ?」
古遠部さんはこくんと頷く。
どうやら理屈ではないようだ。
「信じてないでしょ?」
「それは、まあ……うん。ごめん。信じてないというよりは、よく理解できないといった感じかな」
「まあ、そりゃそうだよね。普通こんなこと言われたら痛い子だって笑われるだけだもん。笑わないだけ、拓海君はやさしいよ」
古遠部さんはニッコリと笑った。なんだか無理をしているような、不自然なほど明るい笑顔だった。
なにかを諦めたような、そんな笑顔に見えた。
そんな顔させたくなくて、僕の心臓がどくんっと高鳴った。
「前世の記憶とか、そういうのはよく分からないけど、でも古遠部さんと話をするのは楽しい。今日釣りをしても楽しかったし」
「拓海くん……」
「だからこれからも仲良くなれたら嬉しい」
「うん!」
感極まった様子の古遠部さんは僕に抱きついてくる。
「うわっ!?」
ぎゅっとしがみついてくるから、むにゅっと気まずい柔らかさを感じてしまう。
「ちょっ!? 古遠部さん、これはいきなり仲良くなりすぎじゃないかな……ははは……」
「あ、ごめんなさい。つい前世の癖で」
「癖まで甦るものなの!?」
適当な後付け設定で誤魔化されている気がする。
僕の青春はなんだかどんどん予期せぬ方向へと進んでいた。
それがいいのか、悪いのか、よく分からないけれど。