美少女は休日もぐいぐい来る
「落ち着いた?」
「はい。ご迷惑をお掛けしてすいませんでした」
古遠部さんは僕と距離をとり、頭を下げる。
「明日にでも転校の手続きをとります。伝手のある私学がありますので」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! いきなり転校なんて」
「哲也さ──拓海さんに迷惑がかかりますから」
「そんなことないって。せっかく入学したんだし、頑張ろうよ! 今日は入学初日だよ?」
前世の記憶だかなんだか知らないが、そんなことで転校するなんておかしい。
「でも前世の恋人だって主張する変な人がいたら、拓海さんの学校生活の邪魔になるでしょうし」
「じゃあそれは学校では言わない方向にしよう! それならいいでしょ」
「でも……」
まだ渋る古遠部さんをなんとか踏み留まらせる。僕のせいで自主退学なんて、後味が悪すぎる。
僕の高校生活はこうして始まった。
期待していたのとずいぶん違うけど。
確かに僕との約束通り、入学式以来古遠部さんは学校で僕を前世の恋人だと言わなくなった。
しかし僕の制服のネクタイが上がっていたら直してきたり、バランスを考えて野菜も豊富な弁当を持ってきたりと、やっていることは恋人というよりもはや嫁である。
もう少し普通に接してもらわないと周りにおかしく思われてしまう。
でも本人は口許に人差し指を当てて、「しーっ」とか言って周りにバレていないと思っているようだから救いようがない。
僕のことを『拓海さん』と呼ぶのをなんとか『拓海くん』に変えさせたが、それで精一杯だった。
当然クラスメイトからは奇異の目を向けられている。
なぜこんな美少女が僕みたいな特徴もない男にベタ惚れでここまで尽くすのか話題になってしまっていた。
古遠部さんは拓海になにか弱みを握られているのではないか?
拓海は温厚そうな顔をしているが、実は裏社会の人間らしい。
そんな噂まで聞こえてくる。
ひどい冤罪だ。
そんな噂に気付かないふりしてなんとか週末までやり過ごした。
「あー、やっと休みか」
釣竿を振り大海原に向けて仕掛けを投げる。
やはりこの解放感がたまらない。
小学生の頃から休みの度に釣りをしている。
釣りはいい。
人と関わるより自然と触れ合い魚と格闘する方が僕には向いている。
「おーい、拓海くーん!」
振り返ると手を振りながら古遠部さんが駆け寄ってくる。
思わず飲んでいたお茶をぶほっと吐き出した。
「やっぱりここにいた!」
「なんで古遠部さんがここに」
「そりゃ分かるよ。だって拓海君は前世から釣り好きだったもん」
むちゃくちゃな理由だ。
古遠部さんは持参した釣り竿をそそくさと伸ばし、仕掛けをつけ始める。意外と手際がよい。
「古遠部さんもここで釣りするの!?」
「当たり前でしょ。ダメなの?」
「駄目……ではないけど」
せっかく一人でのんびりできると思っていたのに……
「ていうかその釣り竿、すごく高いやつじゃない?」
「そうなの? 店員さんがお勧めしてきたのを適当に買っただけだからよく分からない」
ちょっと持たせてもらうと驚くほど軽かった。高硬度カーボンを使用しているのだろう。しなりもいいので反応が良さそうだ。
「今の季節ってなにが釣れるの?」
「この釣り場だと小さなサバがよく釣れるよ。あとはメバルとかも」
「へぇ! 美味しそう!」
追い返すのも失礼だし、僕が移動してもついてきそうなので仕方なく釣りを続ける。
「ねぇ、拓海君。少しは私のこと思い出した?」
「いや。全然。ていうか普通前世の記憶なんてないと思うけど」
「普通はね。でも私たちの場合は、あれ? なんか釣れたっぽい!」
「おお、ほんとだ」
古遠部さんは興奮気味にルアーを巻くので落ち着かさせる。
慎重に竿をあげると小さなサバがぴちぴちと跳ねていた。
「わ、やった! 釣れたよ!」
「おめでとう」
魚を針から外すのは怖いらしいので僕が代わりに行う。
ちょうど群れが来たようでその後は面白いようにサバが釣れた。
僕の狙いはクロダイだったが、当たりが来そうもなかったので仕掛けを変えて一緒にサバを釣った。
はじめの頃は釣れた魚に触ることも出来なかった古遠部さんだが、そのうち自ら針を外してクーラーボックスに入れていた。
きゃーきゃー騒いでなんにも出来ないかと思っていたが、てきぱきと動く姿に少し好感を覚えた。
「たくさん釣れたねー」
「ああ、大漁だ」
三十匹以上は釣れただろう。
古遠部さんも満足そうでよかった。
「半分ずつにしようか?」
「ありがとう! あ、でも私、クーラーボックス持ってこなかった」
「そっか。ビニール袋に入れてもいいけど……」
鮮度を思えばあまりよくない。
仕方ないのでひとまず古遠部さんの家に行って魚を渡すことにした。
彼女の家は僕の家と程近いマンションだった。
僕も何度かその前を通ったことがある。
「え、ここなの?」
「そう。拓海君の家と近いでしょ」
「近いというか……ここに住んでたら同じ中学校のはずじゃないの?」
「ここは高校に入学してから引っ越ししてきたの」
「ああ、なるほど」
それなら中学が同じじゃなくて当然だ。
しかしさらに驚くことが待ち受けていた。
「さあ、上がって」
「いや、悪いよ。家の人もいるだろうし。サバだけ渡して帰るからお皿持ってきて」
「大丈夫だよ。私しか住んでないから」
「えっ!? 一人暮らししてるの!?」
「そう。家が遠いから高校に通うためにね」
ファミリータイプの高級マンションに女子高生が一人で住んでいるという事実に驚く。
「家賃高いでしょ?」
「まあ、うちは資産家だからその辺はあまり気にしてないみたい」
他人事のように興味なさそうに言ってドアを開ける。
「そ、そうなんだ……」
「さあ上がって」
古遠部さんはスリッパを履いてトットットと足音を立てて行ってしまう。
家族がいる家に上がるのも気が引けるが、独り暮らしの女の子の家に上がるのはもっと気が引けた。
しかし古遠部さんが行ってしまったので仕方なくお邪魔する。