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記憶甦る?

 合宿二日目も滞りなくスケジュールをこなしていく。

 僕や部長は期待していたチヌを釣り、凛音さんや翔馬くんはそれなりに型のいいアジなどを釣っていた。夜はまた店の手伝いをし、夜釣りにも出掛けた。

 凛音さんや翔馬くんが釣りの楽しさを理解してくれたのは嬉しかった。


 そして合宿最終日。

 渋る部長をなんとか説得し、昼前に釣りを切り上げる。


「お世話になりました」と大将、女将さんにお礼を述べる。


「また来年も来いよ」

「はい! ありがとうございますっ! ってあたしは卒業だから来れないけど」

 部長は唇を尖らせて「あーあ、留年しちゃおうかなぁ」と拗ねていた。


「卒業してから来たらいいだろ。大学でフィッシングサークル作ってうちに来てくれよ」

「そっか。そうします!」


 にぱっと笑顔に早変わる部長にみんなが笑っていた。

 松葉寿司をあとにした僕らは駅へと向かう。


「あ、ひとつだけ行きたいとこがあるんですけど」

「行きたいところ?」


 凛音さんの提案に首を傾げながら僕たちはついていく。


「ここです!」


 そこは山の麓にある神社だった。


「よくこんなところ知ってたね」

「ネットで調べました」


 さらりと即答したが、恐らく嘘だ。ここが僕と凛音さんが前世で訪れた神社なのだろう。


 鬱蒼と繁る森の入り口に設けられた鳥居を潜り参道を歩く。

 眩しい光も枝葉のレイヤーに遮られ、昼間だというのにぼんやりとしか光がない。


 さほど大きな神社ではなく、一分も歩くと社に到着した。

 小さく古びた社だが手入れがしっかりしているので朽ちた感じはしない。

 凛音さんは懐かしそうに目を細めてそれを眺めていた。


 そのとき──


「ああっ!?」


 急に大きな声を出したのは翔馬くんだった。

 あまりの声に掃き掃除をしていた。神主さんも振り返る。

 翔馬くんは目を大きく見開き、震えながら社を指差していた。


「どうしたの?」

「こ、ここ……俺、この神社を、知っている……」

「この神社を?」


 そんなに有名なところにも思えないが、意外と人気のパワースポットだったりするのだろうか?


「確か神社の裏に湧き水の泉があって、そこに大きな楠があるはずだ」


 翔馬くんの言葉に反応したのは、意外にも掃除をしていた神主さんだった。


「ほう。あの楠を知ってるのかい?」

「はい。すごく立派で驚いたのを覚えてます。あれ? いつ見たんだろう?」

「ハッハッハ」と神主さんは笑う。


「実際に見たわけじゃないだろう。なにせあの木は二十年ほど前に倒れてしまったんだから」

「えっ!?」

「この辺りにすごい台風が直撃してね。そのときに折れてしまったんだよ」

「じゃあ俺が見たのって……」


 呆然として三秒ほど沈黙したのち──


「ええーっ!?」


 凛音さんが悲鳴に近い声を上げる。


「それって姫子のときの記憶がよみがえっちゃったんじゃないの!?」

「はぁあ!? そんなわけねぇし!」


 否定しながらも翔馬くんは焦っていた。


「姫子の記憶? なにそれ?」


 わけが分からない部長は困惑気味だ。


「あの楠を知っている人がいるとはな」


 混乱する空気を無視して神主さんは嬉しそうに笑う。


「じゃあいつ見たって言うの?」

「それはっ……覚えてないけど、それくらいどこにでもあるだろ」

「神聖な水鏡の泉とあの巨木はどこにでもある風景じゃないぞ」


 神主さんは窘めるように口を挟む。頼むから静かにしていて欲しい。


「そういえば拓海と見たような……」

「ほら、やっぱり!」


 興奮した凛音さんは敵意むき出しで翔馬くんを指差す。


「あれ? 凛音、お前もいなかったっけ?」

「もういい! もう思い出さなくていいから! お願いだから思い出さないで!」

「もう! さっきからなんの話してるのよ! 姫子って誰?」


 除け者にされたと思ったのか、部長は涙目で怒っていた。

 どうやら僕じゃなくて翔馬くんの方の前世の記憶が甦ってしまったらしい。


  せっかく楽しい空気だったのに帰りの電車はギスギスしたものになってしまう。

 凛音さんは僕と翔馬くんが隣同士に座るのを許さず、言葉を交わすだけで猜疑心の目を向けられた。


 もちろん翔馬くんはそれ以上の記憶など甦らず、自分の前世が姫子だということも思い出さなかった。


 一方肝心の僕はなに一つ記憶が掘り起こされなかった。そもそも前世の記憶なんて思い出す方がおかしいことだ。

 結局僕と凛音さんは付き合っているのか否かも分からないまま、春のフィッシング部合宿は幕を閉じた。



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