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湯上がりの道

 風呂を上がりしばらく待っていると二人が上がってきた。乾ききってない濡れた髪の凛音さんはやけに色っぽくてドキッとしてしまう。


「夏なら浴衣なのになぁ。残念」


 ハーフパンツとTシャツの部長が笑う。


「海老沢は浴衣よりそっちのが似合うだろ」

「なにその言い方? 私だって女の子なんだから浴衣くらい着るし!」

「どうせ魚の柄の浴衣だろ?」

「し、失礼ね! そりゃ確かに金魚柄だけど、別にそれくらい普通でしょ!」


 部長と翔馬くんのやり取りは息があった漫才だ。

 仲がいいのか、悪いのか、よく分からない。


「夏になったら浴衣着てお祭り行こうね」


 凛音さんはこそっと耳許で囁く。なんだかくすぐったくて首をちょっと竦めてしまった。


「それより夜釣りの見学でも行こうぜ」

「おー。いいね。はじめて翔馬が釣り部員らしいことを言った!」


 やけに乗り気で翔馬くんが部長を誘い、振り返って僕を見た。


「拓海は凛音を送ってやれよ」

「えっ……う、うん」


 僕と凛音さんを二人きりにする作戦なのだろう。感謝するけどちょっと照れくさい。


 二人が去ったあと、少し沈黙が訪れる。


「行こっか?」

「うん」


 お風呂上がりというのは肌がほんのりと赤いからなんだか艶かしい。

 すぐ隣を歩く凛音さんから石鹸の香りがする。


「この町のこと、覚えてる?」

「いや。ごめん」

「そっか。仕方ないね」


 改めて眺めてもやはり見知らぬ町だ。

 どこか懐かしく感じるのは、きっとどこにでもある田舎のノスタルジックさなのだろう。


 僕と凛音さんは付き合っているのか?

 それをしっかり確かめるために翔馬くんは二人きりの時間を作ってくれた。

 それなのに度胸のない僕はそれを口に出して確かめられなかった。


「松葉寿司さんも前世で行った店なの?」

「うん。二人でふらっと立ち寄ったの。そこで食べたサヨリが美味しくてね」

「へぇ。それは食べてみたいな。またシーズンになったら来なくっちゃ」

「食べるより釣りたいんでしょ、拓海くんは」

「バレた?」


 笑いながら見知らぬ町を歩く。ゴールデンウィークということもあり、僕ら以外にも旅行らしき人はちらほら見受けられた。

 泳ぐにはまだずいぶん早いシーズンだから釣りとかハイキングをするのだろう。


「そういえば温泉で姫子にエッチなこととかされなかった?」

「されるわけないだろ。てかいい加減姫子って呼ぶのやめなよ」

「拓海くんの貞操は守られたんだね。よかった」


 本気で言ってるのか冗談なのかよく分からない。

 狭い町なので行くところもなく海に辿り着いた。辺りが暗いので浮いて見える明るさの自販機でコーラを買い、岸壁に腰掛ける。

 離れたところでは夜釣りを楽しむ人の灯りが蛍のように揺れていた。


 僕たちって付き合ってるの?

 その一言が口に出せない。『はい』でも『いいえ』でも僕は傷ついてしまう気がしていた。


「前に来たときもここに座って話をしたんだよ」

「へぇ……」


 前というのはもちろん前世のことなのだろう。


「あの山の麓に縁結びの神社があってね。そこにお参りするんだって騙されて連れてこられたの?」

「騙されて?」

「そう。本当は拓海くんが釣りをしたかっただけ。でも嬉しかった。二人で行けるなら、どこだって」


 ほんの少し傾き、凛音さんが肩を寄り添わせてくる。


「でもお参りしようとしたとき、姫子がやって来て」

「そうなんだ?」

「どこからか私たちがここに来るって聞いたみたいで。拓海くんは私が好きなの知ってるのに、諦めが悪い人で」


 今となっては笑い話なのか、凛音さんは優しそうな顔で笑っていた。

 でも僕は笑えなかった。


「あのさ」


 静かに言うつもりが少し強い声色になってしまう。


「なに?」


 凛音さんは首を傾げて僕を見る。


「前世の話もいいけれど……今も大切だと、僕は思う」


 そう伝えると凛音さんの顔はみるみる赤らんでいった。

 耳まで朱にして恥ずかしそうに俯いてしまう。


 いつも前世の恋人だとか結婚する約束をしていたとか笑いながら言っている人とは思えない照れ具合だ。


 その姿はぶっちゃけ反則的なほどに可愛い。


「そうだよね。今こうして拓海くんと一緒にいられることに感謝しないと。過去ももちろん大切だけど、今を大切にしないと」


 少し潤んだ瞳での上目遣いに僕は固まってしまう。


「え? なんかまたおかしいこと言っちゃった?」

「う、ううん。そんなことない。ありがとう。その通りだよ」


 なんだかこれまでになかった照れくさい空気で、僕たちは継ぐ言葉が浮かばなかった。


「そろそろ帰ろっか?」

「うん。そうだね」


 歩き出すとそっと凛音さんが僕の指にそっと触れてきた。

 指を摘まむような、ぎこちない繋がりだ。

 なんだかそこだけ急激に熱を帯びたように暑く感じていた。



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