春合宿っ!
フィッシング部の春合宿は毎年同じところで、宿泊先も同じらしい。
山あいの道を抜けた先にその港町はあった。
「うわぁ、素敵なところ」
少し寂れた情緒と自然の溢れる港町を歩き、凛音さんは目を輝かせていた。
きっと前世のことも思い出しているのだろうけど、海老沢部長もいるのでそのことは口に出さない。
「凛音ちゃん、遊びに来たわけじゃないからね? これはフィッシング部の合宿なんだから」
「はーい。あ、見て見て! あのお寿司屋さん、まだあるんだ!」
いろんな意味で全く分かってない様子の凛音さんは指差してはしゃぐ。
「ん? 松葉寿司のこと? なんで凛音ちゃん知ってるの? 来たことあるの?」
「あ、いや……その……懐かしいタイプのお寿司屋さんだなって」
前世の記憶で言ってしまったのだろう。苦しい言い訳だ。
「あそこのお寿司屋さんはうちの部活もお世話になってるの。釣った魚を持っていくと捌いてくださるの」
「へぇ。それはありがたいですね」
話をそらすために僕はその話題に食いつく。
ちょうどそのとき店の引戸がカラカラと開き、暖簾を持った人が出てきた。
「大将、お久しぶりです!」
「おお、海老ちゃん! 来たのか!」
笑っても怒っているような鋭い顔立ちの大将だ。部長の後ろにいる僕たちを見て、恐らく微笑んだ。
「今年は四人で来ました。一応私が部長なんです」
「ほお。海老ちゃんも部長か。立派になったな」
「いえいえ。私なんてまだまだです」
歯を見せてイーッと笑うけど部長も嬉しそうだ。
驚いたことに僕らの宿泊先というのはこの『松葉寿司』の二階だった。
昔は大将さんの家族が住んでいたらしいけど今は引っ越して空いている。そこに泊めてもらうらしい。
格安な代わりに夜は店の手伝いをするのが条件だ。
荷物を置いてからさっそく僕らは釣りへと向かう。
翔馬くんは休憩したいと言ったが部長がそれを許すはずもなかった。みんなから畏怖されている翔馬くんだが部長には頭が上がらないようで渋々従っていた。
「いい釣り場ですね」
「でしょ? 入り江になっていて穏やかだし、岩場も多くて魚影が濃いの」
山に囲まれた入り江で、わずかな平地に軒を寄り添うように港町がある。堤防や岸壁から釣りが楽しめる構造だった。
興奮する僕らをよそに凛音さんと翔馬くんはテンション低めだ。
初心者の二人はサビキで小鯖やアジを狙い、僕らはチヌ狙いの仕掛けで挑む。
乗り気じゃなかった翔馬くんもサバやアジの食い付きのよさに喜んでいた。
狙いのチヌは釣れなかったが僕らも根魚などを釣り上げ、まずまずの釣果だった。
松葉寿司に戻ると大将さんは既に夜の仕込みをしていた。
休憩なしで僕らもすぐに手伝いをする。
手伝いと言ってももちろん売り物の魚を捌いたりは出来ない。
掃除をしたり買い出しをしたり洗い物をする程度だ。
それらが終わり、ようやくひと休憩を挟んで営業の手伝いだ。
さすが部活動だけあって遊びとは違う。既にへとへとだった。
しかし意外にも店の手伝いとなると凛音さんはイキイキとしていた。
愛想もよく、てきぱきと動く様に女将さんも驚くほどだ。
夜八時の閉店の頃にはもうへとへとだった。
「よし、じゃあ夜釣りに行こう!」
部長は嬉々としてそう提案する。
「はぁ!? 無理だ。海老沢一人で行ってこい」
畳の上で仰向けに寝転がる翔馬くんが追い払う手付きで怒る。さすがの僕ももう釣りをする気力も体力もなかった。
「はあ? 部の合宿だよ! 釣りしなきゃ意味ないでしょ」
不服そうな海老沢部長だったがみんなの様子を見て諦めてくれた。
しばらく休憩していると女将さんが夕食だと呼びに来てくれた。
僕らが釣った魚以外にもヒラメやタイも刺身にしてくれていた。
艶やかでプリプリのお刺身は噛むほどに旨味や甘みが滲み出して格別の美味しさだ。
あら汁を啜りながら白米を頬張り、新鮮な刺身を食べる。
これほどの贅沢はないだろう。
食事のあとはお風呂だ。
部屋に風呂はあるけれどせっかくなのでみんなで近くにある温泉へと向かう。正確には冷泉を沸かしたものだが、この町では人気の温泉だ。
「あー、気持ちいい」
湯槽に浸かりながら翔馬くんが首を回す。
「疲れたあとは温泉だよね」
「ほんと。それにしても海老沢気合い入りすぎだよな」
「そりゃ釣り人ならこのロケーションでテンション上がるでしょ」
なんとなく来た翔馬くんには理解できないだろうが、僕には海老沢さんの気持ちがよく分かった。
「それはそうと凛音は相変わらず俺を敵視しているな」
翔馬くんが苦笑いをし、僕もつられて笑う。
先ほども僕と翔馬くんが一緒に男湯に入るというとかなり難色を示していた。
ちなみに意味が分からない部長は興奮する凛音さんにちょっと引いていた。
「なんかごめんね、翔馬くん」
「なんでお前が謝るんだよ」
笑いながら水鉄砲でお湯をかけられる。海辺の温泉は少ししょっぱかった。
「まぁ、よく分かんないけど、せっかく出来た彼女だ。大切にしろよ」
「か、彼女ってわけじゃ……」
「え? 付き合ってないの?」
意外そうに訊かれて返答に困った。
そう言われてみれば僕と凛音さんは付き合っているのだろうか?
前世の話はよくしてくるし、二人で前世の記憶を取り戻すために出掛けたりもした。
でもカレカノの関係になったという記憶はなかった。
「ちゃんと一回話してみろよ。拓海も凛音のこと好きなんだろ?」
もう一度水鉄砲をくらいながらモヤモヤする気持ちの正体を探ろうとしていた。




