プロローグ
TS以外のジャンル久しぶりに手を出します
─人は生まれながらにして特別である。
10年も前に他界した祖父に何度も言われた言葉だ。
なんでも、「全く同じ人はいないのだから生きている人々全員が特別である」ということらしい。
生まれた時から周りの環境や親等によってその子供がどういう風に成長するか決まる。運動する機会が多ければ足の速い子になるだろうし、勉学に関するものが周りに多ければ自然とそれに興味を持ち、頭の良い子になるかもしれない。
はたまた環境や親等が関係なく、生まれた時から腕や足といった身体の一部が欠損していたり、肌が白く、日差しに異様な程弱かったりということもあるだろう。
こういった様々な条件が一致することは無い。もし似たような境遇で似たような病気だったりしたとしても、それは似ているだけで同じでは無い。そもそも親が違ったり、親が同じでも生まれてくる順番もあるのだから絶対に同じ人間は生まれてこない。
だから生まれながらにして人は特別なのである。
「おーい、優希ゆうき! ボールそっちに行ったぞ!」
「おっけー、任せろ」
自分の名前を呼ぶ声に反応し其方に向くと、サッカーボールが天高く舞い上がる。斜め上を向かって上昇していたボールは重力によって勢いを失い、今度は斜め下、丁度俺に向かって落下を始める。
落ちてくるボールの位置を予測し、胸で受け止め、勢いを殺し、足元へ落とす。そのままボールを蹴りあげ相手のゴールに向かって走り出す。
「よっ…と!」
偶然のカウンターだったため守りも手薄、シュート体制に移る俺を邪魔する人はいない。思い切り蹴ったボールをサッカー経験のほとんどないキーパーは止めることがでぎず、そのままゴールの中へ吸い込まれていった。
「ナイス優希!」
「いえーい修司」
ゴールを決めた俺に駆け寄ってくる親友にハイタッチ交わす。
「優希強すぎ、あんなの止められねーよ」
そうしていると、さっきまでゴールにいたキーパーであるもう1人の親友である和也がボールを持って俺たちに駆け寄った。
「まぁ、俺以外サッカー経験者いないしな」
和也の言い分は最もだ。このクラスの男子で中学の頃サッカー部に入っていたのは俺だけなのだから、今日の体育の授業であるサッカーは俺がいるチームの方が比較的有利になるのは仕方の無いことだ。
だから俺がどちらのチームに入るかは、ジャンケンによって決められた。
「てか、疲れた〜、お前ら俺ばっかにボール回しやがって」
「悪い悪い、でも優希に渡した方が確実なんだからいーじゃん?」
「どこのワンマンチームだよそれ」
着ている体操着で雑に汗を拭いながら、グラウンドのど真ん中に座り込む。俺たち以外のクラスメイトも疲れていたのか同じように次々に腰を下ろした。
幸い先生は授業の途中で職員室に行ったので暫くは休憩していても大丈夫だろう。
まだ5月だというのに夏かと錯覚するような暑さに思わず顔を顰める。今日見たニュースでは最高気温は31度まであがるらしい。
「女子達もサッカーしてんのな」
「らしいな、体育館が工事じゃなければバレーだったらしいけど」
2分割された片方のグラウンドを見ると、俺たちと同じように女子がチームを組んでサッカーをしていた。
この学校のグラウンドはそこそこに広いため、2分割しても人数の少し足りないサッカーをするくらいなら十分に事足りるらしい。
「怖いよねぇ、なんか急に床が崩れたらしいし」
「現場見た時びっくりしたわ」
修司と和也はグラウンドの上に胡座をかきながら、つい1週間ほど前に壊れた体育館を話題に話をしていた。
俺はその時間には既に帰宅していたので分からないが、なんでも部活を終えた生徒の下校時刻になると凄まじい轟音が聞こえて、確認すると体育館の床が半分以上崩れ落ちていたらしい。
幸い体育館を使うバレー部もバスケ部も既に体育館から出た後に起こったため、怪我人はいなかったみたいだが、もし誰か人がいたかもしれないと思うとゾッとする。
壊れた原因は老朽化らしいが、定期的な点検は行っているはずなのにこんな盛大に崩れることがあるのかと疑問に思う。
しかしまぁ、疑問を抱いたところで何が変わる訳でもないのし俺に不都合があるわけでもないので、二度とこんなことが起きないことを願うだけだ。
「さて、そろそろ先生が戻ってくるだろうし、ある程度真面目にやってるフリはしとかないとな」
動き回って消費した体力も、暫く休憩したことで戻ってきたし、残りの10分程度の授業時間なら問題なく動けるだろう。
俺は勢いをつけて立ちあがり、座り込んでいた修司と和也の手を引き、起こす。
「よーし、試合再開といこうか!」
「おーい、お前ら先生帰ってくるから再開するぞ〜」
「「「へーい」」」
2人の言葉で、座り込んでいた他の奴らも立ち上がってグラウンドに散らばっていく、クラスの男子は16人しかいないので8対8で別れなければならない、そのため結構ポジションは適当でバラバラだったりもする。
適当に配置につき、相手側がボールを蹴り出して試合再開…となる時
「ま、黛さん大丈夫!?」
「大丈夫なわけないでしょ! 足が変な方向に曲がったの見たよ!?」
片方のグラウンドでサッカーをしていた女子達が騒ぎ出したのを見て、俺は立ち止まった。
どうやらクラスメイトの黛茜が何らかの拍子に転んでしまったらしい。しかも酷い転び方をしたらしく辛そうに足首を抑えている。
あの調子だと捻挫、酷ければ骨折しているかもしれない。
「な、なんだ? あっちで何かあったのか?」
「黛さんがコケたらしいぞ! こりゃ一大事だ!!」
「おい天津 お前保健委員なんだから早く行ってこい!」
そんな様子を見て、クラスメイトの山崎と神田が騒ぎ出す。それに続いて他の男共も黛の足に傷でもできたらどうするんだと俺をグラウンドの中央から押し出した。
黛は見てくれは可愛いし、性格も良い…ように見える女子だ、だから男子に人気があるのは当然で、こいつらがさっさと行けと言わんばかりに俺を押し出すのも当然と言える。
「そんなわけで、悪いけど俺ちょっと行ってくるわ」
「はいはい、いつも保健委員の仕事大変だね」
俺は2人に一言添えてから女子が使用している方のグラウンドに小走りで駆けていく。
保健委員なら女子の方にも深山 楓という子がいるのだからそちらに任せてもいいとは思うが、万が一動けないほどに足がやられていたら運ぶのは男の俺の方が良さそうだし、そういう怪我の処置も去年保健委員をしていた俺の方が慣れているのだから俺が行った方がいい。
男子全員が女子の保健委員に任せろとは言わず、俺を押し出したのはそれが理由だ。
「おーい、大丈夫…ではないよな」
「あ、天津くん! 茜さんが…」
「黛さんがコケたってのは聞いてれば分かる。容態はどんな感じだ?」
着いたばかりで状況が分からないので、とりあえず俺が来るまで様子を見ていてくれた深山さんどういう状態か尋ねた。
「えっと、足を捻ったみたいで右の足首が凄い腫れてる…今は他の子が持ってきてくれた保冷剤をあてて冷やしてるんだけど」
「なるほど、ごめんちょっと確認させてもらうな」
俺は黛が手で抑えている保冷剤を少しズラして腫れている足首を確認する。
「っづ…!」
「…これはマズいな…!」
黛の足首はこれでもかというくらい赤く、大きく腫れていた。元々の肌が白いせいか赤くなった部分がより目立つ。
十中八九折れているだろう。この腫れ方で捻挫だと言うほどバカではない。
「もしかして折れてる…?」
「…いや、多分捻挫だと思う、腫れは酷いけど」
しかし、ここでは捻挫だと言っておく、そう言っておかないと"治した後"が面倒くさい。
「とりあえずいつまでもグラウンドで横にならせとく訳にはいかないし、保健室まで行こう」
「…うん…茜立てる?」
「少し…厳しい…」
折れてるんだからそりゃ厳しいだろう。この状況で涙ひとつ流さない黛さんに少し驚いた。
周りの友人が「クールだ!クールビューティだ!」と騒いでいるのは聞いていたが、まさかこんな時までクールだとは思わなかった。
「…ちょっと嫌かもしれないが、我慢してくれよ?」
「なに…がっ!?」
俺は彼女の背中と足に手を回し、そのまま抱き抱えるように持ち上げた。 その時に揺れたことで痛みが強くなったのか、彼女の顔が大きく歪んだ。
痛いかもしれないが、それも保健室に着くまでの辛抱だ。申し訳ないが彼女にはもうしばらく我慢してもらおう。
「な…に…してる…のっ!」
「保健室に運ぶんだよ、深山さんが抱えるのは無理があるだろうし」
「別にっ…あなたに頼らなくても…平気…!」
「黛さんが俺を嫌うのは勝手だけど、緊急時なんだから我慢しろよ」
実を言うと俺は1年の頃からこの黛 茜にどうしてだか嫌われている。嫌われるような事をした覚えは一切ないし、なんなら話したことすらほとんどないのだからこういう態度を取られる理由が分からない。男が嫌いなのかとも思ったけど、クラスメイトの男子と普通に話していたのを見たことがあるしその線は薄そうだ。
まぁ、俺のことが生理的に無理とかの理由なら仕方ないんだろうけど、ていうか十中八九そうだと思う、そうでもなきゃ嫌われる理由がない。
「そうだよ茜、なんで天津くんの事嫌いなのかは分かんないけど、こういう時くらいは頼った方がいいよ」
「うっ……楓がそう言うなら…」
深山さんの言葉に黛は渋々といったように頷いた。とはいえ未だに目は俺を睨んだままなんだけども、理不尽に嫌われるのはには慣れてるとはいえ、キツいなぁ…。
「あー! 天津てめぇ!なーにちゃっかり黛さんの足撫で回してんだ!?」
「保健委員だからってなんでもしていいと思ってんのか!?」
黛を抱き抱えたまま保健室へ歩いていると、さっきまでサッカーをしていた男子共からそんなヤジが飛んでくる。
「うるせぇ! 足は撫で回してないし、保健委員に何でもしていい権限はない! てかそれなら運ぶの変われよお前ら」
「…下心満載の人にっ…運ばれるくらいなら…あなたの方がマシ…」
「はいはいそうですか」
そう聞いた男子共は「そりゃそうだ」と顔を見合わせた。
男子に人気のある黛にここまでしてなんの嫉妬も抱かれないのは、俺がコイツに嫌われてることを大体の奴らが知ってるからだ、もし、こうして運んでいるのが修司や和也なら骨も残らないだろう。
「…っ」
「なるべく早く着くようにするから、痛むだろうが我慢してくれ」
未だに痛むであろう足を抑え、再び顔を歪めた黛を見て、俺は早足で保健室に向かった。
■ ■
「…よし、ゆっくり降ろすから右足に負担がかからないよう注意しろ」
「茜、気をつけて」
保健室に着いた俺は深山さんに手伝ってもらい、ゆっくりとベッドの上に黛を降ろす。
痛みが酷いのだろう、額には脂汗が浮かんでおり顔色も良くない。
「深山さん、悪いんだけど赤松先生を探してきてもらえるかな? あの人多分職員室にいると思うんだ」
「うん、分かったよ」
あの治療法を使う時はあまり人に見られたくないので、深山さんにそう言って保健室から出てもらう。
その際に「すぐに探してもどってくるから!」と言葉を残した彼女には少し罪悪感が湧く。
「黛さん、今から応急処置するから少し足を触るぞ」
「いい…別に…」
「悪いけど俺は保健委員なんでな、怪我した時は俺の言葉を優先してもらうぞ」
「ちょっと…!」
拒否され続けて時間を食ってしまってはなんのために深山さんに先生を探しに行ってもらったのか分からなくなる。黛には悪いが、さっさと終わらせてしまおう。
俺は慣れた手つきでベッド横の引き出しを開けると、そこからガーゼと包帯を取り出し、折れているだろう足首を固定していく。
「いっ…たぁ…」
「もうすぐ痛くなくなるから、もう少し耐えてくれ」
ある程度足の固定が終わったら左手を患部に添えるように当て、そのまま押し込んだ。
瞬間俺の掌から橙色の炎が噴き出し、包帯に巻かれた足首を包み込む。しかしその炎はすぐに消えたので、いや正確には"黛の足の中に入った"ため気づかれることはなかっただろう。
その直後、左手で触れている足首から熱が引き、腫れて赤くなった肌も元々の白い肌へと戻っていった。
「いたっ…くない…?」
「よし、固定完了」
痛みが消え、表情が和らいだのを確認してから俺は残りの包帯を強く巻いていき、最後にテーピングで固定した。
もう普通に歩いても問題は無いようになっているから別に巻かなくてもいいのだが、流石にそうなると怪しまれるため患部が完全に隠れるように、なるべく歩きづらいように包帯を巻かせてもらった。
「多分捻挫っぽいし、今日1日安静にしてたら治るよ、足首以外のとこは赤松先生にやってもらってくれ」
「ま、待って…!」
「じゃーな」
俺は保健室の扉を開けて廊下に出る。階段の方から急いでるような足音が聞こえるし、深山さんが戻ってきたのだろう。
「天津くん! 赤松先生連れてきたよ!」
「お、深山さんありがとう」
「なんだ天津か、お前がいるなら別に私を呼ばなくても良かっただろうに」
深山さんが連れてきたくれた養護教諭であり、この保健室でいつも生徒の面倒を見ている赤松瑞希は俺の顔を見るなり眼鏡の奥にある瞳を気だるそうに緩ませた。
この人には1年の時から保健委員として何度も訪ねていたので、それなりに信頼関係もある。だからなのか他の生徒には一切見せないようなこんな怠そうな態度を隠そうともしない。
「いや、あんた養護教諭だろう」
「熱が出たとか、そういう病気の可能性なら私の方がいいけど、普通の怪我なら天津の方が得意だろう」
「いや、そういう問題じゃないでしょ、とりあえず捻挫してた足だけ処置して置いたんで、擦り傷とか見てあげといてください」
「はいはい、後は任せときな」
急いで保健室に連れてきたからコケた時にできた擦り傷等は水洗いも消毒も出来てない。そこら辺は本職の先生に丸投げ出来たので、俺はさっさと退散することにしよう。
ひらひらと手を振る先生を後目に俺は教室に戻る事にした。運んでいる間にチャイムは鳴ってしまったし、今更グラウンドに戻っても誰もいないだろう。
修司か和也のどっちかが先生に事情説明はしてくれただろうし、わざわざ黛を保健室に運んでたなんて言いに行く必要も無い。
「深山さん、俺は教室に戻ってるわ」
「あ、私は茜の様子を見てから行くよ」
「おっけー、現国の和田先生には俺から言っとくからゆっくり来たらいいよ」
「ありがとう、天津くん」
次の授業は現国、担当の和田先生は生徒にダダ甘だから明確なサボりでもない限り何か言われることもないだろう。
保健室に入っていく深山さんと赤松先生を見て、俺は教室へと歩き出した。
■ ■
─人間は生まれながらにして特別である。しかしその特別は足が早い、身体が柔らかい、頭がいい、日差しに弱いそういったある程度受け入れられやすい普通なものであるべきだ。
「特別っていうのがこんなのなら、俺は特別じゃない方が良かった」
行き過ぎた特別は、世間では"異端"として扱われるのだから