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真白き羽の発生

ある日,人の背中に羽が生えた。

羽は,不特定多数の人に生えた。

羽の形は,人により様々だった。トンボの翅の様に透き通ったもの,白鳥の翅の如く白い翼が生えたもの。

しかし,どの翅にも共通点が一つあった。人に生えた羽は,人を栄養分にして育った。羽の生えた人は一月と立たず,ミイラになり骨も残さず塵になるまで羽に養分を吸いつくされた。宿主の人間が死んだとたん,羽は粉々に砕け散った。跡形も無く。羽の羽たる成分は不明だった。主成分は宿主と同じ。

羽は人の持つ欲望が生み出した結晶だった。自身が持っていた欲望が深い人ほど,羽の成長が速かった。人々は懼れた。いつ自分の背中に羽が生えるかと思うと気が気では無かった。この世に生れて,欲望の無い人などいない。

羽は聖職者にも生えた。僧侶にも神父にも神主にも生えた。羽は人の世界に強い影響力を与える人にも生えた。教師にも政治家にも技術者にも生えた。貧者にも金持ちにも生えた。老若男女関係無かった。伝染するような病気ではなかった。どの人種にも平等に生えた。僻地に住む人にも生えた。住む場所は関係無かった。健常者にも障害者にも病人にも生えた。

羽を使って空を飛ぶ人はこれまで現れなかった。皆そろって,自身の羽を制御できないのだった。羽は生れ,成長し,時が来れば塵と化すだけだった。羽に対する対処法や特効薬は無かった。切り落とそうとすると,成長が一気に早くなり,傷つけた場所からは血が止まることなく溢れ。


こうして,羽が生える奇病が発生して僅か1ヶ月で,10億人が羽に養分を吸われて死んだ。世界各地で同時多発的に起きたこの現象は,後に人に,ギリシャ神話に出てくる蝋の翼を付けて飛び,神に近付き過ぎたがために翼が溶けて地に落ち死んだイカロスの話にちなみ,「イカロスの呪い」と呼ばれるようになった。

羽が生える奇病が起きて1年後,突如羽を操る人が現れた。その人にとって,羽は伸縮自在,強度も自由に変えられる物体となった。

西洋の宗教画に描かれる天使の姿は,羽を自在に操る人に似ていた。

彼らは自身を「使徒」だと言った。「神の使い」は,時に人々を喰らった。何故なら羽と共生できる「神の使い」にとって,人は羽を成長させかつ制御させる栄養分だったからだ。人と欲は同一だった。

「神の使い」は,人に似て人に有らざる生き物だった。「神の使い」も,人を食べなければ奇病に罹った人と同じ末路となった。一人の使徒は,平均して毎週一人の人を吸収した。世界の使徒の人数は,世界人口の約0.1パーセントになった。

羽は人の欲望そのものだったから,「神の使い」が望めば鋼鉄よりも頑丈な鎧となり,抜いた羽1枚が岩をも切る剣となった。「神の使い」は,己の持つ欲望を制御できた。「神の使い」の持つ羽を調合した薬を飲めば,人は羽が生える奇病に罹らなくなった。羽の刈り取られた使徒は死んだ。

羽を自在に扱う人々を,人は使徒と呼んだ。人は使徒を狩り,使徒は人を狩った。そのうち,人と使徒の間で調停が結ばれた。年間に互いに互いの数を譲渡する約定を決めた。使徒に食われる為の人間と,そうでない人間が別けられた。人の間で争いが起こった。其れは使徒も同じである。使徒は人間社会に溶け込んだ。使徒の数は激減した。使徒が存在していたという話は,遠い過去の記憶となり,人々は羽の生えた人を天使と呼んだ。また,悪魔とも呼んだ。


それからしばらく経って,・・・・。


イカロスの翼菌:人の欲に反応して,人の肩甲骨から,欲により異なる羽を造り出す。羽を成長させるほど,宿主の体は衰弱し死に至らせる。人にしか感染しない。菌に対する抗体は,感染者かつ共存者の持つ羽を精製したもの。嘗て人類が繁栄する数千年前,地球上を席巻したが,原因不明の理由で絶滅したとされる。栄養源は人。人の持つ欲ごと摂取する。本来は宿主と共生できるが,否定されることで凶暴化する。


羽:菌により羽化してできた物体。成分は宿主をベースとするが,形状は様々に異なり,魚の鱗から植物,金属まで様々。肩甲骨の付け根から1対発生させる,羽の根本には核が存在し,菌が主にそこで繁殖,個体数の維持を行っている。羽自身が宿主の持つ感情と共に形状を変える。羽自身は本来は宿主の一部であり害をなすものではない。自身の欲がコントロールできなかったり,羽(=自身の欲そのもの)を否定しようとすると宿主の養分を奪い死に至らしめるが,共生者も存在する。


捕食:羽自身が大きな捕食器官となり,人を丸ごと捕食する。人を摂取する程,羽は成長する。


共生者:羽に食われることなく,羽と共生できている者。菌の作用により,捕食した人の持っていた細胞に存在した寿命,知識を得ることができる。共生者の弱点は羽の付け根から菌が主に巣食っている肩甲骨周辺。羽以外は普通の人と同じ。回復力も平均並。


狩人:羽を持つ人を狩る存在。


休眠期:菌が長期間毒を出さず眠り続けること。結核菌のように,ある機会により休眠は解かれ発病する。


毒:菌が成長するに伴い,発生する毒素。毒素は主に脳を刺激し,人の持つ欲求を増加させる働きを持つ。


羽:菌が宿主の感情や欲により成長する生命体。羽自体が生きており,体の全ての器官に成り得る要素を持つ。人間を構成する原子を操作し,人間を構成する原子でできるものなら何でも作ることができる。但し,作るには宿主の持つ知識やコントロール能力が必要となる。宿主が作ると信じることのできる物体は構造をはっきりと理解した上で,イメージ力により作られる。


仕事が終わり帰宅して,パソコンをつけお気に入りの音楽を流す。制服を脱ぎ,下着姿なる。腕を伸ばしストレッチをして,頭の中でつぼみから花が咲く様子を思い浮かべながら背中の様子を窺った。

肩甲骨辺りの薄い皮膚が割けるような痛みと共に,朝見かけた鷺を思い出す様な白い羽が伸びてきた,最初は骨格らしき白い骨が伸び,次いで根元から一枚一枚,羽が生えてきた。

さらに羽が広がる想像をすると,羽はその通りに伸び広がった。鳥類の持つ翼とは様子が違った。羽一枚一枚が意思を持つかのように震え,色を透明にしたり白くなったりした。

翼が欲しいと以前から願っていたが,まさか大人になって叶うとは思いもしなかった。不思議と恐ろしくはなかった。

羽が生えたのは今朝起きた時からだった。其時私は夢の中で,



羽が震え広がり,自分の目の前の人間を包み込んだ,羽が人間の皮膚に触れた途端,羽と皮膚が同化し,人が一瞬の内に羽に吸収された。羽が開くと,人が来ていた服と,其人が今まで消化器官に閉じ込めていたであろう食物と,食物の成れの果てがドチャッと地面に落ちた。血液一滴すら残さず,人が忽然と消えた。否,翼に食われたのだった。翼はそのまま伸び,新たな餌を求めてさまよった。


菌は人に翼をもたらした。背中に翼の生えた人は,天使にも悪魔にも見えた。羽を持つ人は,人を食べるだけ人の持っていた寿命と知識を手に入れた。


はっきり人類と識別できる最古の化石骨が,400万年程前にあらわれた猿人。



翼が欲しい。この空を自由に飛べる翼が。心がたまに幾千もの真綿にからめとられる瞬間が来る時,私はその隙間から何本もの羽を伸ばす。羽は木の枝の如くにょきにょきと伸び,骨から羽へ骨から羽へと変化した。羽化が始まった。


羽一本一本が細い蔦のようになって,体を覆い,人が繭になった。蔦が天井や壁に伸び,中央の繭をしっかりと固定した。


羽一本一本が手と為り指となって,何万もの指が手が掌が私を触った。


心の葛藤が羽となって表現された。羽は大きな水晶体を造り出し中に人を閉じ込めた。



羽を持つ人は神の使いだ。羽化した者は自由に人を栄養にできる。そこらの動物の如く食物のひとかけらだって残したりしない。羽の表面からにじみ出る消化液によって人は丸ごと消化吸収された。それだけではなく,消化した人間の持つ記憶は羽を伝って宿主と共有された。人間を喰えば喰うほど羽を持つ者は賢くなった。加えて,様々な欲が生まれる様になった。欲はどんな種類の欲でも有る一定程度満たされると瞬間ではあるが其欲が掻き消える。羽を持つ者は欲が満たされることがなくなった。充足・満足,そういったものから遠く離れた存在となった。人を食えば喰うほど欲は満たされなくなった。羽を持つ者は,常に欲を追い求める存在となった。


人を食わないと羽を持った人は死んでしまう。羽の成長を止めようとすると宿主に不適合性を感じ,殺してしまう。自らの羽が自らの宿主にからみつき丸めこみ卵状に変えてしまう。卵の大きさはは鶏の卵ほど。卵状の中身は菌の核を中心に人の養分がどろどろと覆っている。みっちりと液状化した人間が詰まっている。卵は次の宿主が現れるのを待っている。

菌の感染の仕方。菌の詰め込まれた卵が,まるで花が開く様に孵化すると,細かな羽の形に似た胞子が飛び散る。その光景は,非常に美しかった。胞子は,人の呼吸器官に入ると,血管を通り人の肩甲骨にたどり着く。そこで,羽化するチャンスを狙っている。

この菌の


羽の一枚一枚が核となり,飛散すると同時に人の体内に入り羽化する。


感情が死ぬと,ものごとを覚えるのが難しくなす。学習は,心を動かしながらでないとできない。機械的にできない。少なくとも私は。


その瞬間は,世界中の到る所で同時に起きた。早朝。毎朝の礼拝で説法を行う牧師の背に,礼服を突き破って,白い羽が生えた。牧師を見ていた信奉者は,牧師の背から天使のような羽が生えてくるのを見て,一瞬何かの錯覚かと思った。牧師が「ああ」と叫び,瞬きする一瞬の間に,きゅううとその顔が干からびた。羽は,牧師の体から根こそぎ養分を奪って,朝日に開く花の様に,一気に羽化した。羽の色は,眩しい程の白だった。一点の曇りもない。神々しいまでに美しい一対の羽の根本には,醜く干からびた牧師の姿が。ここまで来て,礼拝者はようやく悲鳴をあげた。夜。中国の都市部で,

2,3日の内に世界中で,今や羽化事件は話題になっていた。人にのみ生える謎の白い羽。不思議なことに,羽は人にしか生えなかった。羽の成分を調べてみたところ,驚くべきことがわかった。地球外の成分は見られず,単なる遺伝子の素しか存在しなかった。にも拘わらず。羽の成分は,100%その人の成分でできていた。

私の背中の皮膚を突き破って,肩甲骨を周辺ににょきにょきと翼が生えた。羽一枚一枚が,風も無いのに意思があるかのようにそよそよと動く。何故か私は,この翼を自由に使えた。羽で触れるものは,まるで自分が敏感な舌先で触れたかのような感触がした。冷たい者はより冷たく,ちくちくとしたものは,それの持つ棘の表面の凸凹までも感じ取れた。この翼のことは,誰にも知らせていなかった。

理由は2つある。1つ目が,この得体のしれないものが私についていることが周りに知れた時の恐怖である。良くある漫画やアニメ等の話では,実験材料にされたり,危険だとしてどこぞに拘留されるお決まりのパターンである。自分の様な人間が何人かいるという事例があったなら,まだ良い。知りたくもなかったが,翼が生えて生きている人は,ニュースを見る限り皆無のようだった。この,背中に翼が生える症状は,世間では「翼死病」と呼ばれ,致死性の高い非常に懼れられている病気である,ということしか分らなかった。翼のもとは,どうやら私が日頃食べているエリンギとか,シイタケと同じ菌類らしかった。菌がなんでこんなふうになるのかしら・・・と不思議にも思った。

私は,もしかしたらこの病の例外的な存在なのかもしれない。私を調べることで,もしかしたらこの奇病を治す鍵があるかもしれない。もしかすると,どこかきちんとした医療機関に診せた方が,自分とひいてはこの病に苦しむ人々のためになる。私は救世主になれる。皆が,私を誉めてくれるかしら必要としてくれるかしらなどと,壮大な現実逃避をしてもみたが,できなかった。気持ち悪いと言われるのが嫌だった。

何故自分は羽が生えているのに生きているのか不思議だった。何でも,羽が成長すると同時に,体中の栄養という栄養を奪われて,ミイラのようになって死ぬらしい。でも,私は生きている。白い羽毛を一枚,ぶちり,と引きちぎってみた。痛みが羽に走る。羽が生えるまでは,こんな場所に痛みを感じることすらなかった。根元から抜けた羽は,先からさらさらと崩れていった。ちぎっても,ちぎっても,後から生えてくる。うんざりした私は,羽をたたんだ。羽は,ひゅっ,といって,元の通り背中に引っ込んだ。

これが,誰にも知らせない理由の2つ目だ。羽を,自由に出し入れする事ができると分かったのは,羽が生えていくらかもかからなかった。隠そうと思えば,いくらでも隠し通すことができる。職場で年に1回行われる健康診断の診断項目である胸部レントゲン検査の中で,この上半身がどう映るか甚だ心配だけれども。

翼死病は,世界中でセンセーショナルなニュースとなった。各国は各企業及び団体に対し,肩甲骨のレントゲン検査を行う旨の法令を出したことを通知した。翼死病の初期の休眠気の段階では,肩甲骨に沿ってアメーバ状に菌糸が張り巡らされていることが判明した。覚醒すると,左右から翼の形になったものがにょきにょきと生え,それに伴って宿主である人間はまるでミイラのように干からびていくのだ。東京都には,翼死病対策チームが作られ,全国各地の翼死病により亡くなった人の検死を行った。死因は脱水症状及び餓死だった。

翼死病の特効薬は,翼死病により亡くなった患者の体内より生まれていた卵の形をした幼菌より作られることが分かった。幼菌の体内に存在する,菌の覚醒を抑制するホルモンを用い,そのまま永久に覚醒させず休眠させることで,症状を抑えることが唯一の対策だった。


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