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未来の分かれ道



「こんばんは。一色君。君が放課後来てくれなかったからこんな時間になってしまったよ」



 体育館に足を踏み入れて早々、男がにこやかに話しかけてきた。

 やはり、大人。少女鈴木のように、キレずちゃんと話そうとしている。内容は、嫌味だが。



「こんばんは、せ」



 いや、待てよ。

 つい、先生と言おうとしたがこの男は本当に学校の教師なのか?もしかしたら少女鈴木の使う格闘技の先生だとしたら、まだ習ってもいないのに先生と呼ぶのはおかしい。



「・・・・どうしたんだい?」



「いえ、何でもないです。それと今日の放課後の決闘?のことなんですけど俺、受けるって言った覚えありません」



 一応、将来の就職先を与えてくれる人だ。今更ながらも、なるべく好意的にしておかなきゃいけない。しっかりと行かなかった理由を言うべきだ。

 だが、だからといって謝るのは、自分の非を認めることになってしまうのでいけない。だいたい、日本人は謝り過ぎだ。この実世界では、アメリカや異世界での地方の村では、不要に謝るとお前に非があるのだからお前が悪い。責任とれ、といろいろとぼったくられる。


 晴も勇者時代、異世界に慣れきれなかった頃はいろいろとイチャモンをつけられていたものだ。そのせいで、昔より愛想がなくなり仏頂面が増え、全く謝らなくなってしまったが。



「・・・・いや、確かに返事は来ていなかったけどさ、普通に考えたら来るよね?だって、こっち、私と鈴木君があそこで待ちぼうけになることに、罪悪感はないのかい?」



 あっけに取られ、笑顔の仮面が剥がれ落ちそうになった男は、晴に普通を求めようとしたが。



「全くないです。いや、ただのお遊びなら少し罪悪感を感じますけど、今回は決闘っていう物騒なもんだし、しかも俺するとも言ってないので、勝手に勘違いしてるな、としか思いませんね」



 実は、この晴の意見は最もである。1対2でボコり合おうぜ、と果たし状を送られ、そうのこのこと行く人間は早々いない。

 ここで、そのことをきっぱりと言えるような普通ではない人間もそうそうにいないが。



 そして一方的に果たし状を出した相手は、やっぱり何時間も待たされたわけでそんな正論どこ吹く風である。余りにもかんかん過ぎて、物事を客観的に見れていない。

 男も普段なら冷静に納得する所だったが、その前の3週間にわたる晴の行動が酷かったこともあり、頭の沸騰した熱を取り除けないでいた。



「なっ!!!!」



 やはり少女鈴木は、堪えきれずに晴に言い返そうとするが。



「やめなさい。鈴木君。この感情は決闘で晴らせばいい」



 それを、大人である男は形式上宥めてた。内容は、物騒だが。

 思えば、鈴木からの殺気は、針のようなチクチクとしたものだが、男の殺気(といっても上手く隠されているが晴には分かる)は、鉛のように重く冷え冷えとしたものだ。晴の経験的には後者の殺気の方がマジである。


 案外キレているのが鈴木で、ブチギレているのが男の方なのかもしれない。


 晴は、感心した。


 俺も将来内心ブチギレてても笑顔を張り付けて話せるように社会性のある大人になりたい。もっといえば、ちゃんと殺気を隠した大人に。




 あ、感心してる場合じゃない。


 晴は、気付く。まだ言っていなかったあの大きな発見のことを。



「あの、そのことなんですけど、やっぱり決闘はする必要ありません」



 そう、その双方の意見の一致のことを。



「「あ“?」」



 流石に今回は男も切れたようで、二人からガンを食らった。

 表情は、まるで子供からお小遣いをせしめとるヤンキーのよう。



「いや、決闘する理由がない、というか」



「うん。君がどう言おうとこの決闘は決定事項だ。今更、逃げさせるようなことはしないよ。君には悪いが、君を組織に連れてくるのが任務なんだ」



 その理由を話し始めようとする晴の言葉を遮って話す男は瞬き一つしない血走った眼で(だが顔はあくまで微笑している)棒読みで告げる。



「はい。そのことなんですが」



「ちょっと一色晴!!!あんた本当に根性のねじ曲がった奴ね!!今までは、教室のゴミ位にしか思っていなかったけど、あんたやっぱり道端のゴミ以下の人間よ!!!!」



「えぇー・・・・」



 滅茶苦茶暴言吐かれてるんですが。

 えっ?鈴木さん、俺のこと教室のゴミだと思ってたの?

 ん?道端のゴミでワンランクダウンってこと?え?それ以下?


 ちょっと、まじ引くわ。この少女、厨二病患者鈴木。やべぇわ。

 鈴木の眼、まじヤバいわ。



「・・・・あの、聞いてください」



「誰が聞くかぁぁあああああ!!!!!!」



 ぱぁぁあん!!!!



 大体育館に重く乾いた音が響く。



 人間業を超えた蹴りが晴の頭に命中する。

 その蹴りは、どんなキックボクシング選手も敵わない、強力な蹴り。普通の人間なら脳漿をぶちまけて死ぬような圧倒的一打。


 鈴木だってここまでする気がなかった。だが、晴のあまりの態度に無意識のストッパーが外れてしまった。


 しまった、そう感じたのは、少女の足が晴の頭に当たる瞬間だった。

 超人には、数秒が一時間に感じることがあるそうだ。


 そして、鈴木は紛れもなく、超人である。少女と男の属する組織でも、少女はその年にして、大人と台頭するほどの能力を持ったエリート。

 晴には、やかましい厨二病患者少女と思われていない鈴木は、本当は冷静沈着で頭脳高い美少女として通っている。まあ、少女もそれを狙って動いているのだが。

 そんな彼女を怒らせるものなど殆どいないに等しく、怒りに身を任せて脚が、暴力が出たのは生まれて初めてのことである。だから加減が出来なかった。



 コンマ数秒が数分に感じ、自分の脚が晴の頭に当たっていくのを見るしか出来ない。見えていたって、自分のこの勢いずけた蹴りを止めることは出来ない。



 一色晴は、鈴木のいる方向を、鈴木の脚を一向に見る気配もなく受け身を取る気配もない。



 っ!!!こいつ、できるって言ってたくせに、私の蹴りにも対応できないわけ!?



 鈴木は、自分の暴挙を棚に上げ心の中で晴を罵り、先生をすがる様に見た。

 少女は、もう自分を止めることが出来ず、晴もこのままではそのままもろに受けてしまう。

 晴がもし、口先だけの奴なら確実に死んでしまう。


 だが、先生、男は縋るような鈴木を一切見ないで、晴を凝視している。



 もう、駄目だ!!



 少女の脚が。晴の頭に当たるとき少女は絶望する。



 私は、なんの罪もない?男を殺してしまった。



 結局晴は受け身を取ることもなく、“祓”ので身を守ることもなく生身の体で少女の全力の蹴りを受けてしまった。


 少女の脳裏には、晴の頭に沈んでいく自分の脚と、脳みそをぶちまけた少年の死体を見えた。






「!!!!!」





 体育館に悲痛の声が響いた。

 少女はうずくまり、男はひたすら驚き、そして少年晴は、



 痛みで悲鳴をあげ、うずくまったまま震えている涙目の少女を心配そうに見る。




 晴は、自分に暴挙に出ている少女を初めて心配した。

 本来なら立場は逆なはず。頭を蹴られた晴が心配されるはずなのに。



「鈴木?なあ、脚大丈夫か?」



 つい、心配で声をかけたが鈴木はうずくまったままで、わなわなと震えている。これは、またやばい、晴は直感する。

 また、この少女にケチをつけられキレられる、と。

 だから、とっさに事の真実を語る。



「いや、鈴木がなんかキレてるっぽいから、それを発散させるためにわざと避けなかったんだけど、思ったより痛そうだったからつい、な・・・・・。でも、ほらこれって自己防衛だろ?しょうがないじゃないか。怒んないでくれよ」



 ぽんぽん、と軽い口調で言い訳?をする晴は読みを間違えていた。

 少女がうずくまって動かないのは、痛みと怒りから。男が目を見開き驚愕しているのは、まさか教え子がこんな暴挙に出るとは思わなかったから。

 そう思い、疑わなかったのだ。


 少女は、脚の痛みを痛烈に感じながら、恐怖に怯える。

 全身全霊の蹴りを“祓”の力さえ使わずに簡単に受け止めたこと。いや、違う。実際には受け止めてすらいない。あの、少年はわざと蹴りを食らった。

 つまり、あの位の力“祓”の力さえ必要がないほど、あの少年には軽い物だったのだ。そう、少女の全身全霊の死を征する圧倒的一打を、当たってもいいやと思えるほどに、まるで葉が頬に当たるような感覚で――――――



 震えが止まらない。少女はやっと理解した。少年があんなに偉そうにこちらを舐め切った態度でいる理由を。

 決闘などする必要がない、といった少年の真意を。




 ――――――こいつ、いや、一色晴は化け物だ。




 決闘をしたって、結果は既に見えている。

 圧倒的強さを持つ得体のしれない人間に手を出してしまった恐怖が襲う。




 男は、目の前で起こったことに驚愕していた。男の教え子が少年を蹴ったことなんてどうでもよかった。ただ、これで倒れてくれたらラッキー位にしか思っていなかったのだ。

 だが、教え子の蹴りは強すぎた。

 あれは、必殺技レベルの蹴り、自分でさえ“祓”を使ってもまともに食らったら意識を飛ばすレベルのそんな蹴り。

 男は、晴の強さについては、ある程度認めていたが所詮素人だろう、と軽く見ていた。だから、晴のあんまりな態度にイラついていたし、とっさに少年をその蹴りから守ろうとし、固まった。


 少年は、焦ることなく落ち着いていた。

 決して、少女の蹴りに気付いていなかった訳じゃない。分かってていてわざと避けようとしなかった。男は、理解できなかった。

 少年がそれを気付いていながら避けないわけを。軽いものなら自分の権威を見せるつける為わざと受け止めることはあり得る。だが、それはあくまでも軽かったらの話。あんな、食らったら気絶必至、悪ければ死ぬような蹴りを受け入れる、というのはどう考えてもおかしかった。


 しかも、少年は“祓”を使う気配すらない。

 助けに入ろうとしたが、少年の落ち着き様に動揺し、動けなかった。



 子気味良い音が体育館に響いた時、男の思考が止まる。



 少年はケロり、としていた。寧ろ、教え子の方がダメージを食らっている。

 それは、まるで何千年と生きた大地にしっかりと根を張った大木を殴ったようだった。なんの、ダメージもなく痛くも痒くも、衝撃でフラフラと動くことさえなかった。


 瞬間に、比べほどにならない驚愕と恐怖を覚える。いや、男の矜持としてこのような幼い少年に恐怖を抱くなど許されない。

 震えそうな体を押さえつけるが、混乱していて言葉を吐き出すことなど出来なかった。

 人間とは、“本物”と出合う時、言葉を忘れるのだ。



「いや、鈴木がなんかキレてるっぽいから、それを発散させるためにわざと避けなかったんだけど、思ったより痛そうだったからつい、な・・・・・。でも、ほらこれって自己防衛だろ?しょうがないじゃないか。怒んないでくれよ」



 この発言で男は、自分の考えが間違っていないことを知る。




 ―――――この少年は、化け物だ。




 晴がやったことはまぐれではない。化け物なみの実力で、あの、必殺並みの、多分、少女の全身全霊であるだろう蹴りを軽いものだと見たのだ。

“祓”を使う程のものでない、と判断したのだ。



 ――――実力が違いすぎる。



 逃げるように去るべきなのはこの少年ではなく、私たちだ。

 少年の実力は計り知れない。


 少女が今だ、混乱と恐怖の中にいるとき、男はいち早く正気に戻る。



「一色君、大丈夫かい?」



 そんなこと見れば分かる。けろり、としているのだから。

 だが、何かを話さなければ、と思い口に出たのはその言葉だった。

 まだ、この異常事態を受け止め切れていないのかもしれない。

 案の定、晴は何でもないように答えた。



「はあ、全然平気ですけど・・・それより、鈴木さんが怪我しているかもしれないので見てあげてください」



 寧ろ、攻撃をしてきた方を心配しろ、なんて。普段の少女であれば、この自分の実力を馬鹿にしたような発言に噛みついていただろう。そう、普段の少女であれば。


 この少年はどれほどの力を持ち得て、自分たちとどれだけ力の差があるのだろうか。男は必死に考えた。なんたってこの後、決闘が控えている。

 この少年、いや化け物との決闘が。


 初めは、このエリートである教え子一人にまかせて、その少女の実力で少年の高い鼻をへし折る予定だった。少年が、同じ年の華奢な少女に負ける、という屈辱的な状況を作り出し説得しようと思っていた。

 無論、ありえないだろうが少年が教え子より強かった場合、男が行うつもりだった。


 今は、そんな馬鹿な事考えていられない。


 さっき垣間見えた少年の実力は、凄まじい。男と教え子、二人がかりで戦っても決して勝てないだろう彼の実力。


 男は、思いつく。



「ああ、そうだね・・・・」



 教え子が今の攻撃で怪我をしたことにして、今回の決闘を保留しようとした。しかし、



「私は、大丈夫です、せんせい!!!」


 少女は、勢いよく立ち上がり男の隣に着いた。大きな目は涙で潤んでおり、足取りもフラフラである。どう考えても大丈夫、ではない。



 教え子は、今までエリートとして育ったが故にプライドが異常に高かった。

 実力を持ち得ていない者の、下らない自尊心は完璧に崩すべきだという考えの男は、しかしながら実力を持ち得る者であれば、自尊心が高い位がちょうどいい、していて、そのことについて教え子に注意したことはなかった。


 それが、間違いだとは思わない。プライドが高いからこそ、他の奴らに負けたくない、という思いが人を動かせる。


 だが、この場合、この場合だけは、その性格が裏目に出た。

 今、目の前にいるのは、化け物のように強い少年だ。実力が次元的に違う者に、そのプライドの高さを見せるのは、最悪としか言いようがなかった。



 この子は、一回言い出したら聞かない。

 あまりの驚愕に、あまりの恐怖に常識的な判断ができていない。これでは、葱を背負った鴨だ。

 どうやって、決闘をなかったことにするか、グルグルと頭で考えている間にも少年、晴は大人しく二人が何かを言い出すのを待っている。



「・・・・・あの、決闘のことなんですけど」



 晴は、長い沈黙に耐えきれず、口を開く。晴は早く誤解を解きたいがため放った言葉であるが男と少女にとっては、晴から出してきてほしくはない話題であり



「そ、そのことだが!!」



 男は、必死に決闘を取り消しするため、口を開くが何も言い訳が出てこない。

 今まで散々言ってきたのだ。


 了解も取らずに勝手に待って、勝手に家に訪ね、嫌がる少年に優位を感じ、自分たちが負けることなどあり得ないように、挑発的な言葉を投げかけた。




 無理矢理連れていく?

 こんな化け物をどうやって連れていくっていうんだ。


 武力行使?

 俺たちより強い奴に、暴力を使ってどうする。返り討ちにされるのは目に見えている。


 この感情を決闘ではらす?

 むしろ晴らされるのは、俺たちの方だ。


 決闘が決定事項?

 その発言を今全力で撤回したいのは俺たちの方だ。


 逃がさない?

 俺たちの方が逃げたい。


 任務?

 こんな化け物相手の任務なんて冗談じゃない。



 男は焦っていた。普段気を付けていた「私」という一人称さえ、もう頭からは抜けている。



「いや、だから聞いてください」



「い、一色君すまなかったね。鈴木君が感極まったようで。君も驚いただろう。こんなコンディションでは決闘もしにくいだろう。そうだね・・・・、君が良ければまた後日にしよう」



 あくまで今までのように自分たちが優位の場所にいるように、少年が頷いてくれるという事を信じて言った。


 どうか、頷いてくれ、一色晴。


 どうやらこの少年、化け物は決闘がしたくないらしいから一縷の望みをかけて発した言葉は。



「え、また後日とか面倒なんで、嫌です」



 簡単に否定され、砕け散った。

 もう、言葉を発することも出来ない。



 こんな化け物の戦いたくなんてない。しかも、自分たちが一方的に敵意を向けていた化け物。自分たちがさっきまで怒りでいっぱいだったように、この化け物が自分たちに怒っていたら・・・


 いっそ、逃げ出してしまおうか、と思っていた時。







「あの、さっきから俺の話を聞いてください。俺は、決闘する気はありません。今も、また後日も」






 救いの声が聞こえた。

 男と少女はあんなに嫌っていた晴をこの時ばかりは、天使のように思えた。

 この危機的状況から逃げ道を示してくれるなんて。


 いや、危機的状況を作り出した要因の一つには確実には晴がいるのだが、そんなちっぽけな事二人には関係ない。

 恐怖から抜け出せる、という思いのみが頭を、体を、支配する。



 だから、晴の次の言葉が理解できなかった。












「俺、もう嫌じゃないんで決闘なんてしなくてもあなたたちに、着いて行きますけど」










「「え?」」


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