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もくじ堂



 昨日は一体何だったんだろう。

 本来懸念するはずだった体育の件も放課後の厨二病患者達のせいで一気に吹き飛んだ。

 朝、学校に来たらクラスがざわついたガ佐々木君が昨日の放課後のことについて尋ねてくれたので何かの間違いだったとごまかしといたら、佐々木君がそれを広げてくれたんだろう。昼休みには収まっていた。

 佐々木君。君を情報係兼友人に任命しよう、と心の中で決めた。まだ、友人になろう、とはいえていない。

 男子たちの昨日のような視線も昨日に比べれば少ない。若いうちは、興味が次々と移るものである。



 そして、成長していく。


 ―――――――ああ、あれは黒歴史だったわ。


 と認識できるように。過去の自分を恥じ視界を現実に据え置き、未来へ向かっていくのだ。

 それが、普通。



 昨日出会ったのは、三十代にいたっても今だ現実の見えていない痛い人。

 晴は初めて気づいた。痛い人というのは、その人自身が傷つくわけではなく、見てる方がきずつくものだ、と。

 やっている本人は、楽しいのかもしれないが、見る方とすれば、ただただ可哀想と思いその人と過去の自分との共通点を見つけては、恥ずかしくなりそして落ち込む。

 よく、俺あんなキャラでお外出れたよね、と。


 無論、晴にはそこまで思い切った事をしたことはない。この実世界では。

 だが、異世界では途中からではあるが、のりのりで勇者をやっていた上に、今考えたら寒いような言葉も連発していた。

 人に頼られ、崇められ少し自分に酔っていたのだと思う。


 その、今、思えば恥ずかしくてならない過去を、あの男を思い出すたびに連想され、昨晩からあ“―――――と急に叫んだり、頭を壁にぶつけて「戻りたい。戻りたい。過去の俺に戻りたい。自分に浸っている俺を殴り飛ばしたい。ってかやり直したい」とぶつぶつ唱えてみたり、を繰り返していた。


 実世界でこんなに動揺したのは久しぶりである。

 実世界で初めて目が覚めた時も、時間や自分の容姿などに動揺したが、それはすぐに収まり女神への怒りに変わった。


「くそ、あの男のせいで授業に全然集中出来なかった」


 その動揺といった発作は、一晩空いても収まることはなく結局今日、次の日の放課後まで続いた。因みに、鈴木は学校を休んでいた。

 まさか、今日の決闘の為?


「ひくわぁ」


 因みに今、晴は学校を出たところだ。

 なんだか、不思議なもので、あんなに大勢いる中で誰とも話さないと独り言が増えてくる。

 孤独な老人が、店の電話サービスに用もなく電話をかけ一時間も世間話をする、というニュースが流れていたが、確かに、余りにも話していないと誰でもいいから話したくなる、と老人に共感を抱いてしまう。いや、本当は営業妨害で駄目なんだけどね。


 スマホの地図アプリで山田公園を見ながら、道に沿って歩く。どうやらこの山田公園は、住宅街から随分と離れており、大きい公園のようだ。



 だから、なんでこいつらはいつも人を多く歩かせようとするんだ?



 放課後になってから30分が過ぎた。

 ここを、右に曲がって到着。


「着いた」









 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 PM:19:00 山田公園


 五月になり日差しが長くなってきた今日この頃でさえ、流石に薄暗くなっている。しかもこの公園はどちらかというと山の麓近辺にあり、公園の電灯には既に明かりが灯っていた。

 少女と男が決闘場所として指定したこの山田公園は、使用する人が極端に少なく、市からお金が余り下りないのだろう。大きい土地にしては電灯が少なく、その上予算削減のためか、少ない電灯のそのまた半分しかついていなかった。


 つまり、暗い。

 足元は辛うじて見えていても二メートル先は真っ暗闇だ。



 だんっ!!!



 少女は、右足を勢いよく地面に踏み込み、舌打ちした。


 辺りに砂利が吹き飛ぶ。


 少女の整った顔には似合わない舌打ちという野蛮な行動。そして、そこには、少女に先生と呼ばれ少女を指導する立場の男がいたが、男はその少女の行動を咎めはしなかった。



 何故なら??




「あいつ、またすっぽかしやがった!!!!!!」



 少女と同じ気分だったからだ。


 暗い公園に少女と男、二人。

 二人は、服装も戦闘に備え、いつも来ている制服を着ていた。

 それなのに、いつまでたっても現れない一色晴。


 最初の一時間は許容範囲だった。なにせこの公園はマイナーである。

 こちらに向かうのに時間が掛かっているのかもしれない。

 次の一時間。二人に「あいつまた無視するつもりがあるんじゃ?」という考えが脳裏に宿る。

 その時は、お互いに「いや、流石に面と向かって言ったから大丈夫でしょう」「流石にそこまで酷い人間じゃないよ」と、ある意味晴を信じ、励まし合った。

 そして、次の三十分。励ましの言葉が次々に途絶え、瞳に憎しみの感情が宿る。

 最後の三十分。遂に励ましの会話さえきえ、二人に沈黙が訪れた。



 二人の殺意の籠った瞳がぶつかり、互いに頷き、その場を立ち去る。

 次の行動を起こそう。あいつは、待っても訪れない。


 二人は言葉なく意思の疎通を簡単に行った。長年そばに付き添っていた訳でもないその二人がそのように意思電信をしあえたのは、お互いに目指すものが同じだったからだろう。





 ―――――――あいつ、マジでぶちのめす。






 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 木曜九時からの、もくじ殿堂という名のお笑いバラエティー。晴が一番好きな番組だ。


「あー。楽しみ!!今日は大御所、明石さばが出るからなぁ」


 しかも今日はお笑い界の大御所が出る特別会。勿論、録画もしてあるがリアルタイムでも見たい。晴は、夕食の皿を片付けながら、ちらちらと時計を見ていた。





 放課後、晴が向かったのは山田公園ではなく自宅だ。一応近かったら向かおうとしてたのだが、地図アプリによると10km以上もあった。まったくもって論外である。

 お皿を洗い終わり、ワクワクしながらテレビの前に座る。

 晴の好きな明石さばは、トークが上手く、ボケとツッコミが最高にうまいのだ。どこからそんな言い回しが出てくるんだ、という言葉を最もよいタイミングで言い、明石さばが出る番組はどんなにつまんなくても面白くなる、と定評があるくらいだ。


 8:57にやっと番組のオープニングが流れ始めたが、ちょうどその時、ピンポーンとチャイムが鳴った。


 くそっ!!!!これから始まるのに!!!!



「誰だよ!?九時にやって来る非常識な奴は!!」



 楽しみにしていた番組を見るのを妨害され、少し頭に来ていた晴は、訪問者が誰か確かめることのなく扉を開けた。


「はいはい?あっお前・・・・・・・」




 扉を開け目の前にあったのは、眼からハイライトがなくなった少女鈴木の姿だった。容姿の整っている奴の真顔は怖い。

 込み上げていた怒りが収まり、恐る恐る尋ねる。


「え、なんか用ですか?」


「・・・・・・・」


 答えがない。屍のようだ・・・・・ってこいつ瞬きすらしてない!?


「なにもないなら、帰ってれません?」


 鈴木はまだ答えない。


「さようなっ、!!!えっ何?」


 扉を閉めようとしたらすごい力で止められた。


「・・・・・一色晴。それ、ほんきでいってんの?あんた、一日たったら記憶がリセットされる病気とかじゃないわよね?」


 鈴木の瞳は晴を捕えていた。酷く静かに燃える炎がそこにはあった。


「そんな病気あんのか?あ、いや、本気だけど」


 晴の答えに顔を一瞬曇らせるが、またすぐに無表情に戻った。


「・・・・・そう。じゃあ、行くわよ」


「は?」


 行く?

 ああ、ここでやっと晴は少女が怒っている理由を思いつく。


「ああ、今日の決闘のことで怒ってんの?あのさ、俺が昨日返事する前に君たち出て

 いったじゃん?断ろうとしてたのにさぁ。・・・・・・・・えっ聞いてる?」


 晴が言い訳をたらたらと話し始めても、一向に聞く気配もなく黙ったまま少女は進む。

 何処に行くのかも聞かされていない。


 晴はおとなしく着いて行くか迷う。

 何処に行くかはわからない。だが、することは分かる。きっと、決闘だ。

 正直、めんどくさい。


 晴は、絶対に負けないだろう。

 なんせ、元勇者。実世界の一般人(格闘家と思われる)に負けるはずもない。

 問題はそこじゃないのだ。


 だいたい、厨二病患者の茶番に付き合うのが嫌だし、今日はもくじ殿堂の二時間スペシャルでありリアルタイムで見たい。


 晴の頭の中では、着いて行くことによる今後の利益と今現在怒っている不利益を天秤にかけ、決めた。さっさと決闘を行い、今後近づくないようにするか、今感じる怠惰ともくじ殿堂をとるか。それ、即ち。



「鈴木、行くなら急いでくれ。なるべく早く終わらせたい。明日、学校もあるし」



 決闘をさっさと終わらし、早く帰ってもくじ殿堂を見る、これに決めた。



「・・・・・・これから戦うのよ?余計な体力使って言いわけ?」


 鈴木は、怪訝そうに告げるが、晴には余計なお世話だった。

 何処に行こうと、どれだけ走ったとしても負ける可能性はない。第一に、さっさと終わらせないともくじ殿堂が終わってしまう。



「全く問題ないんだけど、鈴木は嫌?」



 晴は、一応鈴木に気を使って尋ねたつもりだったのだが鈴木は違う方向で捉えたらしい。

 ムッとした顔をした。


「私があんたより体力がない、とでも言いたいわけ?別にいいわよ、走っても。その代わりちゃんと着いて来なさいよ」


 どうやら、馬鹿にされた、と勘違いしているらしい。ご立腹みたいなので、誤解を解くにも苦労がいりそうだ。鈴木とは、仲良くする予定はない。晴はこのままでも支障はないと判断し、言葉を飲み込み頷いた。





 ・・・・・・最近の一般人の走りは違うなぁ


 少女、鈴木が晴の家を訪ねてきて10分後、晴は感嘆していた。

 鈴木が走ると言ったとき、つい普通に走るものだと思っていたがどうやら違ったらしい。

 現在、家の屋根と屋根の上を走っている。すさまじい速さで。

 ひゅんひゅんと屋根を飛び回る姿はまるで、忍者のよう。まあ、一人はどこかの学校の制服。もう一人は使い古されたボロボロのジャージで、全く身を隠していないが。


 スピードは、陸上選手のそれなどとうに超えていて、この暗闇では瞬間移動しているかのように見えただろう。そして、物音を立てずに、屋根と屋根を飛び越える技術はすさまじい物だった。

 晴が勇者をやっていなかったら絶対にこんな忍者みたいなことは出来ない。というか、まずこのスピードに着いて行けず、物音立てず屋根から屋根へ飛び移るという飛んでも技は出来なかった。


 いや、一般人じゃない。こいつはきっと格闘家とかそんな当たりの人間のはず。


 現在では、着いて行くのは簡単だがこの鈴木の技量には驚き、少女がこれなら大人はもっとすごいかも、と期待した。なんせ、この少女が人間業を超えている。

 なら、少女より鍛えているはずだろう大人はきっと、もっと人間業を超えているだろう。



 俺以外にもこんな人がいたなんて!!!



 晴は、胸が躍ってしょうがなかった。

 そして、今までの考えを改めた。



 ちょっと嫌だけどこの厨二病患者達に歩み寄ろう、と。



 そして、何の格闘技をしているのか聞くのだ。この少女が行っている格闘技なら晴も手加減せずに楽しめるかもしれない。なんせ、この少女が行っていることが人間業を超えているのだから、晴が人間業を超えてたことを行っても誰も変に思わない。


 晴は思い出す。そういえば昨日男が、国家なんとかこうとか機構のなんたらこうたら、と。てっきり厨二病の作り出した設定かと思っていたが本当にあるのかもしれない。そこの格闘上では、これくらいが普通なのかもしれない。


 しかも、しかもだ。男は将来自分を雇ってくれる、と言っていた。

 あの時は冗談として聞いていたが、もし本当なら?もし本当なら!!!!



 この見た目のせいで絶望的だった就職ができる!!!!!



 晴は本気で心配していた。自分の就職先を。

 この奇天烈の見た目のせいで、いくら頑張っても面接の時点でアウト。多分、見た目を変えない限りバイトも出来ない。

 くそニート決定である。


 正直、心配しすぎてよく夢に見ていたほどだ。


 それなのに、ここで晴が就職できる可能性が出てきたのだ。

 勿論、給料は安いのかもしれないが、それでもニートよりはまし。給料がもらえて、保険まで面倒を見てもらえるのだ。


 全国の高校一年生の中で一番就職に恐怖を抱いていた晴は、昨日の男の話を思い出し、希望が湧き、そしてまた思い出した。

 そういえば、無理矢理連れていくと言っていた。




 ・・・・・・・いや、もう嫌がってないから喜んで着いて行きますけど?



 閃く。この決闘無意味じゃね?、と。

 なんせ双方の意見は今一致したのだ。あっちは晴を就職先に連れていきたいし、晴も就職先に行きたい。もう、戦う理由はない。



 そうだ。自分は日本なんとかかんとか機構に着いて行きます、と言えば良いのだ。それで誰も戦わず、皆ハッピー。最高じゃん。


 そんな風に勝手に納得していた晴だが、少女鈴木のイライラオーラが半端なくて言い出せない。そんなわけで、終始無言のまま屋根をひたすら走る。



 走る。

 走る。



「ここよ」


 少女鈴木が立ち止まった場所は、隣町の隣町の隣町にある市民体育館。

 学校の体育館より勿論広く、出来てから15年しかたっていないので比較的綺麗であり、部活の大会などでよく使用されるその体育館は、昔一回来たことがあった。


 晴がまだひねくれていなかった時。そう、小学三年生のときだ。

 晴は親友の彼と週に一回、体操教室に通っていた。あの時は、いつも楽しかった。


 ここに何しに来たのかも一瞬忘れ、玄関前にある小さいベンチを眺める。

 そこは、体操教室終わり彼と一緒にアイスクリームを食べた場所。


 晴には、あの頃の、黒髪の小さい少年と茶色い髪の可愛い少年が笑いあってアイスを食べる、そんな姿が見えたような気がした。



「なにやってんの?早くしてくんない?」



 少女の声によって、過去の感傷から目覚めた晴は現実に戻る。



 馬鹿馬鹿しい。俺は、あいつが嫌いなんだからこんなこと思い出さなくたっていい。



 過去の思い出の場所を見てあの頃を思い出した晴は、無性にイラついた。あんなこと思い出す必要ないのに。あんなことを思い出し、胸がじわりと温まる自分が余りにも弱い人間で、まだ人のことを信用したい、と思ってしまいそうになる自分に腹が立って。


 無意識に握りしめていた拳に力を込めていた。



「・・・・・・・・」



 そしてまた、歩き出す。一歩でも早くこの場所、小さなベンチの眼に着かない場所に移動するために。






 どうやら、小体育館スペースでなく、大きい体育館スペースを使うようで、この少女たちの行う格闘技は先ほど見たように、大きなスペースが必要なほど激しいもののようだ。


 まっすぐに進む少女鈴木に、数歩開けてピッタリ着いて行く晴。



 大体育館スペースに行くまでの道に明かりはついているが、他の道は真っ暗であり人の気配もしない。

 市が運営するこの体育館の利用時間は確か八時までだったはず。それ以降は、一切使われず、人も立ち入らないので消灯される。


 そして今は、九時過ぎであるり、使用するだろう人間が三人。



 えっ。なんで?・・・・・・まさかあの男権力者か?厨二病患者のくせに?



 晴は、頭の中で失礼なことを考えてはいたが、怪訝にはしなかった。それは、これから上に着く予定の人物が思っていたより広い権限を持っていたからだ。

 権力なんて持てば持つほど嬉しいもんだ。お金と同じで。



 これでまた一歩就職までの道が近づいた!!



 内心ウハウハな晴であった。










 そんな訳でニヤニヤしている晴を少女鈴木が、道端に落ちている猫の糞を見るかのように見ていたことを、晴はまだ知らない。


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