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突然に変わった日常



 近所では、そこそこ有名な稲荷金毘羅神社。なにやら、稲荷様と金毘羅様が共に祀られることは珍しいらしく、後利益があるらしい。珍しいか珍しくないか、で神の力の強弱が違ったらたまったもんではないが、希少だということが誇らしくてより多く後利益が貰えると錯覚するのであろう。


 場所が山奥なだけに行くまでの道が長く、階段は200段と無駄に長い。ちょっと珍しいからといって苦労してその神社にお参りするよりは、近くにある平々凡々な神社にお参りした方が楽であり、そもそも現代っ子は神頼みというものを軽んじている。お賽銭を入れて、祈ったって叶うわけでもなくお金の無駄とさえ思っているだろう。

 そんなこんなで、数少ない参拝者は皆、お年寄りで。それで、この200段近い階段を上るのは、少々ではなく大変骨が折れる物だった。よって滅多に参拝者は訪れないが、社は何故か比較的綺麗になっている。


 そんな稲荷金毘羅神社に幼い少年達が遊びに行ったのは、ただ単に普段遊んでいた公園に飽きてしまったことや、春休みで時間が有り余っていたこと、その年特有の冒険への止まなき好奇心が折り重なったための偶然である。


 その日、虫取り網や虫かごを持って満面の笑みで遊びに行った彼らが、泣き出しそうな顔で家に帰り、放った一言に母親は大いに驚く。


「ねえ、ねえ!!神社に人が倒れてた!!」


 そして、そこで23日間行方不明となっていた少年が発見された。


 少年、小林晴が行方不明になったのは3月15日の中学卒業式の後。発見されたのは4月7日の正午近くだった。

 15歳の真面目な少年の失踪事件はニュースでも大きく取り上げられていて、そのうえ神社で発見されたこと、その少年が記憶喪失で体中に()()が残っていたことが世間のワイドショーを賑わせた。連日、その15歳少年失踪事件は放送され、晴自身や両親、そして同級生達は沢山のメディアからの訪問により、しばらく心の休まる日はなかった。


 余談だが、晴を発見した幼い少年は、後日通っている小学校の全校朝会でべた褒めされ、鼻が高くなりわがまま息子に育ってしまったとか。





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「じゃあ、あまり気負わないようにね、小林君」




 ごく普通の一軒家に、地元の進学校の高校教師が訪れていた。

 晴のクラス一年三組を受け持つ担任が、高校に出遅れてしまった晴の為にわざわざ説明してきてくれたのだ。晴の両親は、担任の低い物腰と晴をたいそう労わる姿勢に感銘を受けたらしいが、当事者である本人は至って冷めている。


 佐々木だっけ?心配したふり、いや心配はしたんだろうが、瞳の奥の好奇心が隠せてないから。


 晴が神社で発見された後、病院に運ばれて警察に事情聴取を散々受け、普段放任主義だった両親が泣きながら抱き着いてきたときには、さすがに驚いたが予想外ではなかった。25日間も行方不明だったのから、当然といえば当然なのかもしれない。


「まあ、それだけじゃないだろうけど……」


 もう、晴が発見されて12日経っていた。

 体調が悪いわけでも、精神的に不安定なわけでもない。警察からも医師からも学校にいっていい、と言われている。だが、晴は一向に学校に行こうとしない。


 周りはまだ晴が不安がっているのだ、と勘違いして無理に行かせようとしなかったが晴が渋っているのは、そんな全うな理由ではなかった。


「あ“ーー。もう一生学校行きたくない」


 だが、そんな訳にはいかない。そんなことは、晴だって分かっていた。

 それでも、晴は行きたくなかった。もうこの時点で晴が恐れていた出来事をほぼ避けられない状態なのはわかっている。行くのを先延ばししたって結果は同じ。

 もう、恨むしかない。


「あのクソ女神め!25日も間違えるとか阿保か!」


 こんなはずじゃなかった!!!


 あのクソ女神だって問題にならないように3月15日に返す、といったからあんな馬鹿な事を渋々引き受けたのだ。まあ、引き受けなかったらそのまま、階段から落っこちて死ぬ運命だったからこれしか選択はなく。いや、でもあの黒猫はクソ女神の使い魔らしいから俺が死ぬ理由を作ったのはあのクソ女神。「着いてきて、なんて一言も言ってないし?」としらばっくれるあの顔を思い出すと今でもイラッとくる。


 ああ、ちくしょう。話が違う!!


 クレームを言ってやりたいが、もう会う機会もない。

 


「しかも、こんな後遺症があると知っていたら絶対に引き受けなかった!!」




 もう、12日間も胸の内で訴えたことを、口に出すと少しスッキリしたような気もしたが、やっぱり気のせいだ。また、すぐに眉間に皺が寄ってしまう。


 晴がこんなにも怒っている理由。

 それは、急に異世界に誘拐され、勇者をやらされたことではなかった。


 急すぎる異世界転移。階段から落ちた時見た景色は確かにこの世界のものだったのに、瞬き一つで真っ白になった。宙に浮いていた体はしっかりと地面につき、心臓の鼓動とはっきりと感じられる。晴は、自分が死んだのだと思った。


 あんなに長い階段から落っこちたんだ。そういえば、死ぬなと思った記憶がある。どちらかと言えば、悲しいがそんなに喚くほどでもない。毎日、退屈だったしいつ死んでも後悔はないと思って生きてきた。


 そうか。ここが死後の世界。永遠に真っ白で何もない世界。


「退屈そうだ」

「あら、そんな事はないわよ?」

「!?」


 ポツリと呟いた一言に応答したのは、女の声だった。


――――それが女神で、その後晴は異世界に飛ばされるのだが、話すと長くなるから割愛。


晴の訪れた異世界は、ゲームの世界のような剣と魔法の世界だった。晴の課された宿命はこの世に混沌をもたらす魔王の討伐。


 大変ではあったがこの世界とは違い、本当に信用できる人がいるという事を深く刻みつけられた大切な思い出。いつも死と隣り合わせではあったが、生活水準も低かったが、その世界の人は出会ったほとんどの人が(決してすべての人ではない)暖かい心を持ちお互いを尊重しあい生活をしていた。晴というひねくれた人間にとっては、余りにも眩しくてそして心惹かれる世界だった。


 永住してもよかったが、自分がいては混乱が起きる、とその世界の為自らこの世界に帰ることを決心したのだ。


 だが、今はその涙ぐましい決心を心の底から後悔していた。


 晴は、異世界においてそのひんまがった感性は、修正されたが、それは異世界という条件下のみの話だった。晴が好きなのはあの世界でこの世界ではない。


 そして、晴のトラウマじみたポリシーは現在進行中で続いているのである。


 そう、目立たず空気のような存在になる、という目標。


 晴の感覚では6年前、この世界では25日前であったらそれは比較的簡単に達成できた目標である。


 だが、今は無理。絶対に無理。


 こんな面白いゴシップを放っておく奴がどこにいる!?

(晴自身はゴシップに何の興味もないが、3年間の人間観察により一般市民はゴシップが狂うほど好きだと学習していた)


 自身の失踪事件を面白いゴシップと言い切る晴もたいそうな人間ではあるが、晴の考えは外れてもいなかった。


 朝、昼の失踪事件の特集では、話したこともない奴が親友として出ていて、晴のことを暗く内向的な人間で、以前、呪術に興味がある、と晴が言っていたという謎の、意味の分からない、嘘八百の証言を得意げにしているし、他のテレビ局の特集では同じクラスの奴が、社交的で明るい子だったと証言していた。


 他にも話したことの無い奴が、晴の友人として様々な発言していた。

 しかも、内容は嘘ばっかり。どうやらテレビ局の方でもよりインパクトのある証言を採用しているようで、テレビで言われている“失踪少年”はもはや晴ではなくなった。


 晴自身、自分のことを何も知らないくせに、勝手なことを言っている輩に腹が立っていたが、最後の方はもう笑う事しかできなかった。テレビの言う少年はもはや、多重人格の人物である。


 そのうえ、中学で自分のメルアドを教えたのは、たった数人だ。それも、雑談の為ではなく、明日の授業の予定・変更を聞き忘れたときに使うような事務的なもの。


 それが、ものすごい間で漏れている。


 たった数回しか話したことのない元クラスメイトから、表面上の慰めのメールが相次いでいるが、正直メルアドを教えていない奴からメールが来るのは、恐怖でしかなく勝手に個人情報を漏らす元友人の軽薄さを改めて感じて鬱になりそうだった。


 そんなやつらには、後が怖いので取り敢えずお返しのメールを送ったが、全員に送り終えた時点で、ケータイを解約してスマホに乗り換えた。


 電話番号もメルアドもラインの番号も教えていない。これで、ひとまず解決した。


 これで過去の人達への心配はなくなった。


「問題は高校の連中だ・・・・・・」



 晴の頭の中に、教室に入ったとたんクラスメイトの会話が止まり、こちらをジロジロ見て、好奇心を顔に滲ませ近寄ってくるチャラそうな少年少女のビジョンが浮かぶ。


「いや、いかにも傷ついていますって雰囲気を出せばそのうち近寄らなくなるよな・・・・・」


 だが、問題はそこじゃない。


「まず、少しでも注目されるのは嫌だけど」


 晴の見た目は十日前とは全く違う。


「こんな格好していたら、どんなに空気になろうとしても絶対に無理だろ」





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





 4月20日8:35。新潟県○△市立神矢高校一年三組の教室に話題の人が初めて現れる。

 余りにも自然に入ってきたため気付かなかった生徒も、クラスの端の誰も座らない席に彼が座ったことで、目を剥いた。


 そして、誰もが目を見張り驚く。


 誰も驚きのあまり声を出せない。いや、入学早々不幸なめにあった可哀想な少年を無意識に思い、揶揄いや冷やかしの声を上げられなかったのが本当かもしれない。


 彼は、相当に変わった格好をしていた。

 知っている人ならすぐにつっこむ。が、彼がどんな性格をしているか分からない、傷つきやすい性格なら、あの事件の後ということもあって余りにも気の毒。


 神矢高校の生徒は、やはりそれなりの進学校という事もあり、中学の荒れ狂う個性の波はあまり存在せず、素行がよく善良で良心の呵責を持ったものがほとんどである。


 鬩ぎ合う良心と好奇心。


 その時、1年3組の生徒達は、一斉に思った。


 誰か、彼にその摩訶不思議な恰好について突っ込んでくれ!!!!!!


 そんな反応を盗み見た晴、右眼にレトロを想わせる細やかな細工がされた眼帯、左腕にぐるぐると巻かれた包帯、そして毛先を碧く染められた少年は、一つ大きなため息をはいた。






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