……なん、だと!?
「お、体内容量の測定が終わったみたいだね」
体育館の端に置いてあった測定器から機械音が鳴りやまなく響いている。
晴は、慌ててそれを取りに行った。
「えっ・・・・・・・・・」
そして、測定器に表示されている“それ”に驚いた。
「どうしたんだい?・・・・・・」
驚いている晴に近づき、荒木も測定器を覗く。そこに表示されていたのは、
ERROR‼‼‼
「ああ、エラーね。こんな時もあるんだな・・・・」
荒木は何回もこの測定器を使ってきたが、エラーを見たのは初めてだった。だが、所詮機械なのである。たまにエラーが出てもたいして気にもとめず、晴に再計測測するよう促した。何回も指を針で刺すのはかわいそうだが、仕方のない事である。
そして、二回目。
晴は一回目で、痛くないことを知ったのでためらわず、針をさし、くぼみに血を垂らした。今度は他の測定がないので、測定器の横に座り、今後の動向の確認が行われた。
―――――
―――「じゃあ、予定では、私は二日後から、東京都立陰陽天馬学園に転入なんですよね。なんか、随分と進行が早いな、なんて」
「ああ、それはなるべく早く学園に適応してもらうための措置だね。何といっても、一般人から見れば我々の世界は、SFの世界だし、途中から来た編入生は戸惑うことが多いんだ」
荒木は、建前の理由だけを述べ、晴を納得させた。裏の理由というのは、編入生の気が変わらないうちに、さっさと元には戻れないところまで進ませ、「やっぱり無理です」なんてことを言わせない為である。
そんなことは、例えこの少年が編入に前向きであっても、口を滑らせることは出来ない。
因みに、大内の場合は、なんの気兼ねもなく裏の理由を口にしていただろう。
理由は簡単。それが大内だからだ。
元々編入生は、大きな素質を持ち合わせている。
この地球上で、“祓”を使える可能性がある人は総人口の約5%であり、特にアジアとヨーロッパだけで見ると約10%近く、10人に一人はこの“祓”の力を使うことが出来る、と言われている。
ただ、そうはいってもその素質を持つことは出来ても使いこなすことは出来ない。本当に使いこなせるのはその中でも多くて百分の一。
そして、編入生は地球上の百分の五×百分の一で、“祓”を使えることが出来るだろう0.0005%の人達の中からまた、選りすぐりをかけて、選ばれた才能のある人物である。機関の方からわざわざスカウトするのも、絶対にその人材が欲しい、という面もあるのだ。
その上、現在、陰鬼たちの数や力は膨大に増える一方である。
読んで字のごとく陰気から作られる陰鬼たちは、近年発達したSNS・インターネットの力を得てその力を飛躍的増大させた。無論、大きな戦争時にも陰鬼は、強力化をし人々を悩ませたというが、戦争の終わりとともに消えて、それからは日本ではあまり強くなることはなかったのだが。
人口の増加と、人々に革新的な便利さと快適さをもたらしたインターネットとという革命的な存在は、その偉大さゆえに底知れぬ悪意の溜め箱になった。インターネットでの電波上には空間というモノがそもそも存在などせず、今まで三次元の限られた空間内にしか力を想像できなかった陰鬼たちは、今や宇宙的に平面、垂直のどちらともほぼ∞に近づいた異次元の場所でぐんぐんと力を伸ばし、その強さに際限がなくなった。
そして、人口の増加は、抑えられても、今更インターネット禁止ね、なんて言えるはずもない。
正直、人類大ピンチである。
ぴ――――ぴ―――――ぴ――――――
「あっ」
今度は、12分後にそれは計測の終わりを告げた。
晴は、頭が痛くなるような甲高い音を出すそれをさっと拾い上げ、それを見た。
「・・・・・・・・あの、荒木さん。これ」
Error!!!error!!!!
そこに表示されていたのは、またもやエラー。
流石に二回目となれば、おかしいのはこの機械ではないか・・・・と疑うところではあるが、あいにくこの測定器は思いのほか高額なため予備の物など用意はしていなかった。
よって、どうするのかというと、やっぱりこうするしかなかった。
「申し訳ないけど、また測らせてくれないか?体内容量測定器はこれしかなくてね。次で駄目だったら諦めることにするよ」
そう、なけなしの三回目である。荒木自身申し訳なく思っていたが、予備がない以上こうするしかない。上層部からは、急かされているし本部から持ってくるとしたら最低二時間は掛かる。よって、可能性を信じて三回目を行うことにしたのだ。
晴は、今まで親切にしてくれた荒木の申し訳なさそうな顔を見て「嫌です」なんて言えるわけもなく、顔を引きつらせながらも了承したので、暇だった大内を本部に行かせ三回目が駄目だった時に持ってこさせることにした。
遂に三回目。
今度こそは、ERROR‼‼‼の出ないように、測定器から目を離さないことにした。
二回目の時、途中まではちゃんと上がっていたのを確認していたので、きっとこの測定器でもおおよその体内容量を測ることが出来るだろう。
晴は、もはや何にも動じることもなく指に針を刺し、くぼみに血を垂らした。
垂れた瞬間から測定が始まる。
28・・・57・・・78・・・109・・・180・・・・260・・・・――――――― ・・・・・・・・・・
「ここまでは、順調ですね」
晴の使用量用362を超えてから、口を開き荒木を盗み見た晴は、彼が困惑してることに気付き、首を傾げた。
実際にこの計測器は異常である。いや、この計測器が異常なのか、晴の体内容量が異常なのか。
普通の学生では、体内容量の数値は10ずつ増えていくものあのである。学生であれば。
プロのエージェントとなれば100ずつ増えるし、その中でも一流と言われる者は300ずつ増え、その理由というのも単純で、より体内容量が多いほどその数字の間隔も大きくなっていくのだ。
測定器の数字が高校一年の平均値13000を超えたときには既にその間隔は250を超えていた。
13300・・・14500・・・15300・・・16500・・・17800・・・――――――・・・・・・
そして、その間隔は止まることを知れず、数字は膨れ上がっている。
荒木は、瞬きを、呼吸を忘れその数字を凝視した。彼は、困惑していた。
そんなはずはない。この数字はとうに俺の体内容量を超えている!!
彼は、滅多に使わない一人称を思わず使ってしまう程に驚き、恐怖していた。
まだこの機械の故障かもしれない可能性はあるのに、「こんなのただの誤作動だ」と笑えるはずなのに、頭にあるのはあの実力派教師のあの恐怖の顔とあの言葉、「あいつは、化け物だ」。もう、忘れかけていたはずなのに。
この止むことなき数字の増発に、ただこの言葉が頭の中をループする。
「あいつは、化け物だ」
「あいつは、化け物だ」
「あいつは、化け物だ」
まさか、まさかそんな。この機械の故障では?いやじゃあ、なんであの奥田さんがこの少年を化け物と評価したんだ!?
圧倒的数字、いや、圧倒的力に人は恐怖する。まだ、力とは言えないそれは、ポテンシャルと言うべきだろう。
それは、遂に。
567000・・・・・672000・・・7780000・・・
―――――――――8560000・・・9380000・・・9999999・・・・
―――――――――ERROR!!!!!!
計測器の限界を超えた。
「・・・・・・・・・・・・」
異常だったのは、晴の体内容量だったのである。この機械はおかしくはない。寧ろ正常だったからこそ、その制限を超えエラーと表示されたのだ。
晴もなんとなくそのことを察し、その考えが正しいか荒木に聞こうとしたが口をつぐんでいる。晴は、荒木を気遣ったのだ。
荒木は、正にフリーズしていた。
今、起こった事態がまだ頭の中で処理できていない。こんな馬鹿なことを現実にあっていいものなのか。
世界最高峰と言われていた、この世界では英雄とされている吾人でさえ9999999を超えた人などいない。それなのに、つい先日この世界の事を知った少年がその才能と努力の塊の人々を優に飛び越えるような圧倒的才能を見せた。
もう、嘘だろ、なんて現実逃避のことなんて言えない。これは現実だ。
余りに予想外な、フィクションのような現実は、現実味はなく、しばらく頭がフリーズした後荒木は何の感情もなく、この現実を仮のものと置き換えることに成功した。
これが出来たのは、プロのエージェントとして今まで色々なあり得ない現場に出くわしたからこその対応だった。
「・・・・・・ふぅ、すまないね。少し驚いてしまって。今はこの結果を正しい物だと仮定して、取り敢えず今すぐに本部に向かって再検査しよう」
荒木は、さっきよりは浴用のない声で、しかし落ち着いた声で次の行動について指示した。指示、という事でこの言葉には今まであった選択権がない。
そのことで、晴は事の深刻さを無意識に感じ取ったのか、時刻は既に七時半を回ろうとしていたがためらいもなくその指示に従うという意思表示をした。
「そうか・・・良かった。ちょっと本部に電話するからそこで待っていてくれ」
荒木は足早に体育館をさり、廊下で電話している。
その頃、晴はただただ動揺してしまった。
なんだ。どうした!?俺、もしかしてやらかした!?
結果が三回目のエラーを映し出した時から、荒木に表情がなくなってビビっていたのだ。あんなに優しかった荒木から表情が消えるほど自分が何かをしてしまった、と気付き、またもや就職の危機か!?と恐れてもいる。
なんにせよ晴も自分の体内容量が多いんだろうなぁ、とは察しがついていて、ただそれが異常で人間が到達してはいけいない所にあるとは、気付いていない。
いや、でも多すぎて、なしなんてないよな。普通に考えて。少なすぎるならまだしも、平均より大分多いんだろう。問題ないじゃん。
・・・・・あっ!!もしかして体内容量が多いからやっぱり特待生なりませんか?ってスカウトされちゃったりして。
今の現状を大分はけちがいている晴は能天気である。それに、晴は最初から体内容量が多いことは予測済みだった。なんせ、晴には魔人と邪神が封印されているのだ。それらの力は常に晴の体内を循環している。
異世界では、体内の力ではなく体外の空気中から力を取り入れていたため関係なかったが、こちらの世界では体内である。
仮にも魔人と邪神。人間を超えたものと神の力が晴の中には宿っているとも言えなくはない。その力の根源は悪であっても、それはただの材料に過ぎず操ることが出来るのだ。
いやぁ、なんだか力過剰状態だよな、俺。
晴は現状体外からも、そして体内からも力を扱うことは出来る。まるでジョーカー。非常識。
といっても、異世界での所謂魔法は全然使いこなすことは出来ず、いつも物理的に戦っていたし、実世界での“祓”はどんなにポテンシャルがあろうと今は、まだ同級生には遠く及ばない。
それでも強いけどな、俺。
思い被りではない。そんなんでも、本当に強い。魔法がてんで駄目だった代わりに補助効果魔法は、千年に一度の逸材だったのである。
敵という敵は、魔法なんか使わず、物理的な力と聖剣を使って倒してきた。おかげで、勇者はごりごりマッチョなんて噂が流れ、よく偽物呼ばわりを受けたのも今となっては想い出で。それでもその世界では神をも倒す最強だったのである。
そしてこの世界での晴の体内容量は、所謂“神”と呼ばれる幻覚質的な宇宙的な三次元を超えた者ら、“現象”に及ぶものであり、後に晴という存在は、人間という名の“生命体”であるのか、それを超えた“現象”であるのかが激しく協議されることをその時は誰も知らなかった。
そして、悶々と過ごしていると話し終えた荒木が険しい顔で戻って来た。
「あの、荒木さん。俺、なんかしちゃいましたか?」
晴は、一幕置いてたからか、剣呑な荒木に躊躇しながらも自身の考えが合っているか確かめることにした。
荒木は、この時思い出す。
この少年が、普通のいい子であることを。いや、普通ではない。あの結果が本当であれば、彼は化け物と呼ばれてもおかしくはない。
だが、それでも、例え膨大な力があっても、彼は、彼の中身は、自信過剰(にさっきまでは見えたが、実際に自信を持っていい)な好青年で、昨日まではただの一般人であり、いきなりこの世界に飛び込んできた不安を持つ若者である。
この荒木を見る、不安げな目は確かにそれを物語っていた(実際は違うが客観的に、荒木の立場から見たら)
荒木は、先ほどから無意識に噛み締めていた奥歯を、今度は意識的にぐっと噛み締め、乾ききった眼を閉じ、深く深呼吸をした。
ただ、ただ自分を恥じる。これから、360度、環境を変えることになり内心不安だっただろう少年を、自分の態度で無暗に怖がらせてしまった事を。より不安にさせてしまったことを。
落ち着け。少年は何も知らないだ。確かに、化け物程の力を持っていても、彼が15歳の少年であることに変わりはない。
「・・・・・・大丈夫だよ。ただ君の体内容量はとても多いからね。柄にもなく緊張してしまった。大丈夫。安心してくれ。君は何も悪いことはしていない。寧ろこちらのミスだ。測定器が使えないんだからね」
優しく微笑みながら、答える荒木に、晴は、荒木にも見て分かるほどに安堵する。
心の中は、「よっしゃ!!戻って来た!!!俺の素晴らしき未来予想図!!!」なんて自分の汚い欲の事しか考えていなかったが、荒木には、晴が純粋な意味で安心した、と誤解(とは言い切れない)をし、自分が正気に戻ってこの言葉を言えたことに安堵していた。
「じゃあ、早速本部に向かうんだけど、ここからだと普通に行けば最低でも新幹線と車で三時間かかる。最悪泊りになってしまうけど問題ないかい?」
「大丈夫です」
「良かった、それじゃ急いで向かおう」
そんな事で急いで体育館をでた荒木と晴はまたもや立ち止まっていた。
荒木は、それでもやはり動揺していたのか行きと同じ想定で出てきてしまったのだ。行き、と同じとは屋根と屋根をつたって走る、それで。
力を持っていても使いこなすことのできない晴はそれを出来ない(と勘違いしていた)
慌ててタクシーを呼ぼうとポケットのケータイを取り出す。
「悪いね。タクシーを呼ぶの忘れてたよ」
振り向いてみた晴はやはり急に止まった荒木に困惑していたらしく、首を傾け荒木を凝視していた。何か言いたげな晴に疑問を感じながら、タクシーの電話番号を調べていると晴は、不思議そうな顔で話しかけてきた。
「あの・・・」
「なんだい?」
「タクシー呼ぶより走った方が早いと思います」
「・・・・・・・」
「あの鈴木さんがやってた屋根を飛び越えながら走るやつです」
当たり前のように言う晴を他所に荒木は困惑していた。この少年は力を使いこなせないはずじゃないのか。
「・・・・・・君も出来るのかい?」
「はい。俺運動神経は良いんです」
最早何も言えなくなった荒木は、どこか達観して日の沈みかけた空を眺める。
もう、どうにでもなれ。