彼はやっちまう
昨晩も来た市民体育館で晴は、試験管となる先ほどの男二人、大内と荒木に開口一番に伝えた。
「すいません。そういえば俺、“祓の”使い方知りません」
この時晴は、試験に“祓”の使用があるのを知りはしなかったが一応の為、言っておいたのだ。そして、その一応は、案外とても重要だったのだ、と言ってから男二人の反応を見て気付いた。
「「え?」」
大内と荒木はまた、この少年が分からなくなり動揺した。初めは疑わしくて、次は普通にいい子で、また疑わしくなり、今、また分からなくなった。
「えっと、全く分からないのかな?黒部先生からは、細川さんの渾身の蹴りにびくともしなかった、と聞いているのだけど」
そう、この少年の様子見兼監視兼スカウトマンの黒部氏は、この少年を計り知れない力を持つ化け物(並みに強い少年)と評価していて、あの名家のエリートのと呼ばれる細川家のご令嬢の渾身の蹴りを受け止めた?いや、わざと食らう位の実力者である少年が。
実は“祓”について全く知らない?
いや、そんなはずはない。“祓”の力なくしてそんな芸当は出来ない。
・・・・・では、なぜわざと分からない振りをするんだ?
「はあ、まあ、それは・・・・・・・・・・たまたまですね」
全く話にならない返答である。そんな事晴にも分かっていたが、胸の内に燻っている疑問を貼らせない内には真相を話せないでいた。
それは。
異能の力を持ち物が実は多くいるという事は、理解できたが、では異世界に行ったことがある人はいるのだろうか?という事だ。話の内容やパンフレットには異世界に触れる項目はなかったが載せてないだけで稀にあるのかもしれない。
だが、もしなかったら?
何言ってんだ、こいつとせっかく決まりかけていた就職への道が閉ざされ、病院行きのバッドエンド。今更こんなリスクのあることは出来ない。
だが、話さなかったらそのことを説明することは出来ない。
晴は、必死に考えた。大内と荒木は怪訝そうな顔をして、二人話し合っている。これは、ヤバい。やっぱり、なかったことにしてね、なんて堪ったもんじゃない。
「あ、あの分からないっていうのは、“祓”って力はあると思うんですけど、どうやって出せばいいのか分からなくて・・・・・こう、いつも、気が付いたら出来てて。あまり意識してやったことがないというか・・・・あのやり方だけ実演して下されば多分できると思うんですけど・・・・・」
つい、口走ったのは最近見たマンガの設定。普段は使えないのに、危機的状況に陥ると爆発的力を使えるようになるという鈍感系主人公が織りなす学園ドタバタコメディー。晴は、あまりに主人公がハーレム過ぎて萎えるが、なんだかんだ言って面白いので見ている。
ちょっと、出来すぎな話かな・・・・と不安になりつつ、大内と荒木の方を伺うと案の定、この言い訳は効果てきめんだったらしい。
「ああ、なるほど。編入生で、たまにそのような子がいるんですよね・・・・・・」
どうやらこの設定よくある話のようだ。
グッジョブ!俺!!!
晴は少し調子に乗った!!!!
「あの、よく小説で見る異世界召喚みたいなのって本当にあるんでしょうか?」
晴は惚けた顔で言ってはみたが内心漠漠である。もし、ありますよ、とでも言われれば“祓”問題解決の上に身の上話(勇者のこととこの奇天烈な恰好のこと)を話せるのである。
YESって言ってくれ。
「・・・・・・・」
大内と荒木は一瞬目を点にして、晴を凝視した。
まさか・・・・・・!!!!!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はっはっは!!!一色君、君も若いねぇ!!!いやあ、いいな、そういうの憧れがあって!!くくく、確かに都市伝説と言われる国家安全呪術機構は存在するし、異能力である“祓”も存在するけど、流石に異世界はないさ!!いや、年の割には大人びているとは思っていたけど、なんだ!!君も若いねえ!!!」
結果。大爆笑された。
「はは・・・・・そうなんですか・・・・・・」
「ああ、異世界はない、ね!いいよ、もっと聞きたいことがあればドンドン聞いてくれ」
「はあ、ありがとうございます」
元勇者やってました、なんて言わなくて良かった、と安堵するばかりだ。
正直、ちょっぴりイラッとは来たが、なんだかさっきより大内と荒木の視線が優しい。なんだか、前途ある若者を見る様な目になっている。
晴が軽く絶望している一方、大内と荒木は、大いに安心していた。この少年が妖しいのは見た目だけで中身はピュアでいい子じゃないか、とはたまた見当違いなことを思っていたのである。
だって、この世に存在しないファンタジーのことを聞いてきたのである。こんな面白いスパイがいてたまるか、という話だ。
だが、今回の会話で大内と荒木の感じていた疑惑は大いにふしょくされ、普通の少年と見るようになってきた。
なんだ、今回も勘違いじゃないか。初々しいただの(但し変な恰好をした)少年だ。
そして、今までスパイ疑惑の掛かった人物を見る目から、これから新しい環境に飛び込む未来ある少年に向ける目へと変わった。
「じゃあ、早速“祓”の使い方を説明しよう。実は、試験内容には、“祓”の体内容量や使用容量、また“祓”の実施試験があるんだ。まずは、使えるようにしないとね」
「はあ・・・・」
「”祓“の体内容量や使用容量とかは分かるかい?」
体内容量は体内にある“祓”に廻すことのできる力の量で、使用容量は実際にその力を出すことが出来る量である。実力者になればなるほど使用パーセントが高くなり、重要なのは使用容量と使う時のテクニックと言えるが、そのどちらもが拮抗している場合は、やはり体内容量の多い方が有利である。そして、その体内容量も体質によって誤差はあるが“祓”を使えば使う程増えていくものである。
「はい。さっきの説明で大体のことは分かりました」
「そうか。一色君は優秀だな。じゃあ、やって見せるから、私の右手を見てくれ」
荒木は、右手に力を集めて見せた。力が出始めたと同時、青い光が右手に舞い始めた。
晴には、外から力を集める術を身に着けてはいるが、体内から出しているのは初めて見たのである。全く分からない、晴には未知のものである。
なんとなくやれば出来っかな、と舐めていた晴に罰があたった。
「これは、放出系で水属性の“祓”だ。今俺は体内の力を右手に集めている。・・・・そうだな、全身を血液のように循環している力をまずは、認知し、それを操ることが第一歩だ。ここまでが高校に入るまでに、生徒が大体出来ること。それに属性をつける所からを高校で学ぶんだが。君は、無意識の中でもデバイスを使わずに、“祓”がつかえたんだろう?それを出来る人は中々いない。きっと君には才能があるんだろう。じゃあ、ちょっとやってみるか。なんとなくでいい。きっと君には分かるはずだ」
じゃあ、ちょっとやってみようか、って。説明雑すぎるだろう。
晴は、驚愕していた。
さっきまでは、鬱陶しいほどに長い説明だったのに急に「フィーリングで頑張って」だ。一番重要なところでフィーリングである。
無論、荒木は晴の才能を信じて、また無意識下で使用した事があるという点から、この大雑把な説明をしている。なんだって今、晴が使用としているのは、中学三年間で習う内容なのだ。普通、こんな時間をかけて行う内容を、なんとなくで説明して、はい、やって見せて、など、おかしいのである。
「な、なんとなくですか・・・・・」
「そうだ。なんとなく。体の内に集中すると体に流れる暖かい流れを掴めるだろう?」
荒木はさっきまでスパイだと疑いまくっていたくせに今は何の疑いもなく、晴のありもしない実力を信じている。反対だ。
「えっ」
勿論、晴は全く分からない。
「すいません。よく分かんないです」
「・・・・・全くかい?」
そんなに驚かれることに驚いてしまう。また、疑い深い眼に戻ってしまったが、こんなのすぐに出来れば世の中異能力者で溢れてしまうではないか。
「全くです」
「そうか、それだと・・・・残念なが」
荒木の申し訳なさそうな、そしてがっかりした顔で「残念ながら」と口にするのは、正に晴が一番恐れていた事態である。今更、未来の就職先がなくなるなんて・・・・・
晴は、頭を高速に動かした。無論、物理的な意味ではない。考えたのだ。脳の白質から信号が肺白質に伝わりそれは、まるであの天才物理学者のように、シナプスでの神経伝達はマッハを超えて、ある一つの結論に行き着く・・・・・・・・・なんてことはなく、ただどうしよう、と今後の未来予想図の致命的破壊を秘めた荒木の言葉の出だしに困惑するのみである。晴は、物理的に強くても、頭は強くない。頭脳明晰程ではないが、一般的な高校生より少しくらい頭がいいだけの人物だだ。頭の良さなら、鈴木・・・いや、細川の方が何倍も良いだろう。
「えっ。これが出来ないとスカウトの話なしですか!?」
晴は、否定の可能性を望む。
「いや、そんなことはないが、特待生の話はなくなってしまうな」
「っ!!分かりました。特待生の話はなしでいいです。入学できればなんでも・・・・」
嬉し過ぎて泣いてしまいそう。実際に外から見える晴の左眼には、大粒の水が膜を張っている。
別に特待生は、晴のケチ心からきたほんの些細な欲張りであり、実際これから運十年働ける職場を得る方が何倍も価値がある。ただ、就職面接できればいいのだ。
晴曰く、自分が不意に泣いてしまったときは「あくびが出た」と誤魔化すようにしているようだ。「なに、これは目から出た汗だよっ・・・・・」なんてうざいセリフは、例え親不知が生えてこようと言いたくないそう。
晴は、自分の多大な、いや、今は大分・・・・・いや、殆どその見た目のせいでなくなってしまった羞恥心の為、涙目を見せたくなく、うつむき震えた声で答えた。
そして、それを荒木が違う方向で捉えてしまったのも、荒木自身のリードエアー能力の欠陥というよりも、今までの晴の態度が問題と言えよう。
なんたって、晴はこのスカウトマンに対しては、いつもえらく自信満々だったのだから。(就職面接の本に自信のある人の方が、会社側は取りたがっている、と書いてあったため、晴はそれを忠実に守っていた。ただ、少しやり過ぎている)
「そう落ち込まないでくれ。無意識下の内で使えるという事は君には才能があるってことなんだから。今、特待生になるのは無理だが、学園で“祓”について学び、また二年次に特待生試験を受ければいい。じゃあ、学園に入学するための簡単な検査を始めるよ」
荒木は、落ち込んでいる(と思い込んでいる)少年に優しくフォローをかけながら、簡単な検査、所謂体力検査と体内容量・使用容量の測定について話した。二年次には、クラスが能力別に変わるが一年次には、能力別ではない。
ただ、潜在能力がいかほどあるのかを測るためのモノである。
「じゃあ、早速計測を始めよう。まずは、体内容量を測るからこのデバイスに、一滴血を垂らしてくれ。この針なら痛くない」
出されたのは、白く長方形の形をした機械。丸くくぼんだ所に血をつけるらしい。まるで、健康検査のようだ。晴は、そんな機械を使う大そうな健康検査を受けたことはないが。
「分かりました」
痛くないと分かっても、指に針を刺すのは痛い。晴は、左手の薬指に針が内蔵された箱を押し付けぴしゅっとボタンを押した。
おお、本当に痛くない。
「えっと、つけました」
「じゃあ、取り敢えずここに置いておこう。大抵体内容量が多いと時間がかかる。まあ、長くても十分。その間に使用容量を測ろうか。これは、ただ手を翳すだけでいい」
使用容量は、そのまま使うことが出来る量であり、鍛えれば鍛えるだけ増える量である。完全使用量用が100%になるなんてことはなく、プロであってもせいぜい60%、日本史上最強だったと言われる西郷竜二郎でも90%だと言われている。
というのは、先ほど言った通り、体内容量には、生まれ持った時の個人差というものがあまりなく、ある一部の者達以外は実力が拮抗している。逆に言えば、ある一部の者、先祖代々続く名家と言われる者たちが、圧倒的強者であり、組織の上層部のほぼ全てを仕切っている。
晴は荒木から渡されたこれまた白い、球体を握った。
つるつるしていて、ずっしりと重い。大理石のような
「握力を測るように力をこめる必要はないよ。ただ、触るだけでその人が持つ現時点の“祓”を操る量が分かる。例え、少なくても君はまだ何も訓練していないんだから落ち込まないように。今、低いのは当たり前だからね」
荒木、良い人である。こんなわけもなく実力もなくおかしな恰好をした自信満々の少年を良く気遣ってくれる。晴自身は、自身のうざさに気付いておらず、荒木の心優しさも気付いてもいないが、ただ晴のアホ毛兼第六感は反応していたので、晴は当たり前のようにこの世界に飛び込んでからは荒木に頼ろうとしていた。
マラソンや兄弟のように、前に誰か導いてくれる人がいた方がなんだって楽なのだ。無論晴は勇者時代師匠の金魚の糞をしていた。
大内も良い人ではあるが、耐え症がない。ちょっと飽きてきているらしく、家に訪ねて来た時の緊張感は荒い春風に吹かれどこかに行ってしまったらしい。説明は全て荒木に任せて、空の彼方をぼーっと見つめている。
内心、この人いなくてもいいんじゃない?
と晴が思ってしまっても何の違和感もない。遜色もない。まあ、普通のスカウトの際は、スカウトマンは大抵一人だし、今回はスパイ容疑に警戒しため二人だったが、その容疑が大内と荒木の間で大方晴れた以上、もう大内はいらない存在だった。
晴が握った白い球体は徐々に光を帯び、いくらかした後、急にその発光を止めた。
「うん。光がなくなったら計測終了の合図だ。じゃあ、数値を教えて」
この石のような球体にパネルが内蔵させてあるのだろうか。手を広げ、その球体を見てみると丁度真ん中この石のような球体にパネルが内蔵させてあるのだろうか。手を広げ、その球体を見てみると丁度あたりに電子数字が書いてあった。
「326・・・」
「・・・・!!!!326、ね。なんだ、思ったよりはあるじゃないか!!」
荒木は、そんな呑気な事を言っているが晴は全然うれしくない。パンフレットや教科書によると高校一年の使用容量は平均で1200であり、晴はその四分の一しか“祓”の力が出せないのだ。
無論“祓”以外の力を使えば、高校生いや、ちょっとしたエージェント位なら余裕で倒せる自信はあるがl、就職で大切なのはあくまでも“祓”の力による実力である(と晴は勝手に思っている)
これでは、就職も怪しくなってくるかも、と不安になりつつある晴だったが、荒木は本当に感心していた。
なんたって、スカウトした一般人の殆どは、二ケタに届かず、平均は60である。この情報は、パンフレット・教科書に載せていなかった為、晴の知る余地もないが。
それでも、同じ地点からスタートする人と比べ五倍以上のアドバンテージを持っている。
「いや、本当に多い方だよ。そんなに落ち込まずに。これから、増やしていけばいいんだから」
だが、荒木は君は五倍もアドバンテージを持っているのだよ、とは言わなかった。それは、晴に天狗をさせないためでもある。
まだあって数時間もたっていない晴と荒木であったが、今の使用容量の数値結果を見れば晴がスパイでないことは明らかであり(この機会において数値をごまかすことは出来ず、この数値の低さの異能者が、エリートスパイとして贈られることは常識的に考えてまずない)は晴の容疑は、今完全に溶けたと言える。
また、この少しの交流で荒木は晴の性格を分析し、あまり調子ずかせないほうがいい、と判断したのである。
それは、晴の普段の姿行動を見ての推測ではなく、就職面接用の姿・行動でのすいそくであったため、晴の性格分析は、あまり合っているとは言えない。その証拠に晴は、例え自分のアドバンテージが高かろうと調子に乗ることはないのだから。
その時。
ぴ――――――ぴ―――――――ぴ―――――――
機械音が響いた。