そして物語は動き出す
男と少女は、固まっていた。
「俺、もう嫌じゃないんで決闘なんてしなくてもあなたたちに、着いて行きますけど」
少年は、確かにこう言った。と、言うことは彼らの任務は成功したこととなる。
だが、彼らの胸に安堵や嬉しいといった気持ちは一マイクロほどもない。そこにあるのは、ただただ不信感のみ。
今まで、少年は自分たちの事を邪険に扱っていたはずだ。自分たちの組織に入るつもりはない、ときっぱり断っていた。
それでも、こちらが強引に話を進めていたのは自分たちの方が強い、という傲慢な考えがあったからだ。今はそんな気持ちこれっぽちもない。
少年が強いという事がわかり、こちらが劣勢、少年が優位という事が分かった途端にいきなり今までの頑なな態度を崩し、歩み寄って来る少年。
実力さえ見ていなければ、我々に怯み降参したのだろう、と納得できた。
でも、今は。
「・・・・・・それは、どういうことだい?」
決闘を行えば必ず少年が勝つ。それなのにわざとこちらのいう事を聞く意味は?
少年、晴は戸惑っていた。
何故、自分はこいつらがあんなに望んでいたことを呑む、と言っているのに嫌がられるのか?
目の前の二人は、しつこいくらいに晴を勧誘していた。そして、そのために決闘などという物騒なことを持ちかけてきたはず。
「気が変わったんですよ。俺、あなたたちの組織に入りたいです」
ここで、就職したいから、なんて口を滑らせてはいけない。就職面接の基本である。あくまでもその組織に興味がある様に言わなければ。
寧ろ、あっちからスカウトしてきたわけだから断らないだろう、と踏んでいた晴は、まさかさっきの鈴木の一発で自分の強さがばれているとも思わず、両方の思惑の合意を伝えよう、と呑気に考えていた。因みに、その組織名を言わず、あなたたちと言っているのは、ただ単にあの長ったらしい組織名を覚えていなかったからだ。
くそっ。会社名を言えないとか減点物じゃないか!!
国家安全呪術機構は会社ではないが、就職面接ではないに必死な晴は痛烈にその、組織名をめもらなかったことを後悔した。
「えっ、まさかやっぱり俺が入るのって難しそうですか?」
あまりにも二人が怪訝そうな顔で見てくるのでつい、心配になった晴だがそれは的外れな質問であった。スカウト対象人物に思ったより力がなかった場合は、やっぱり受け入れることは出来なかったと断るが、この晴の実力では破格の対応で受け入れざるを得ない。
これほどの才能を持っているのだ。すぐさま、エリートとして悠々自適な生活を送れるだろう。無論、素人でこの強さは怪しすぎるのでバッチリ監視と緩い監禁はされるだろうが。
この的外れな発言でまた警戒される晴。あまりにも正体がつかめないと反対に怖い物である。
「い、いや君の実力なら間違いなく我々国家安全呪術機構は受け入れるだろう。寧ろ、君は強い力を持っているようだからね、多分破格の扱いを受けるだろう」
男の戸惑いながらも、大丈夫だという発言に安心した晴は心のメモに国家安全呪術機構、の文字を書き連ねた。しかも、破格の扱いらしい。
いつ、自分が強い、とばれたのか全く分からない晴であったがこの言葉はとても嬉しかった。破格の扱いなら確実に就職ができるはず。
就職のことで頭がいっぱいな晴は、他のことなんで道端のゴミ位どうでもいいことだった。
だいたい、この実世界での強さの基準が分からない晴は、さっきの少女の蹴りがこの世界では必殺技級だと思いもしなかったのだ。
「じゃあ、俺を国家安全呪術機構に入れてください。お役に立てるよう精進します」
圧倒的実力者から、にこやかに下目に言われるとこれまた、反対に怖い物である。さっきから、晴の言動は裏目に出過ぎている。
男と少女は、何を考えているか分からない化け物(並みに強い少年)が自分たちの組織には入ってこようとしていることに対して、不安と恐怖しか浮かばない。もし、この化け物(並みに強い少年)が敵の一味だとしたら、この圧倒的な力で内部から破壊される可能性がある。
されど、この化け物(並みに強い少年)をスカウトするのは、彼らの任務であって。
「あ、ああ。私が今回のことを上に伝えておくよ。上からの許可が出たら君を本格的に国家安全呪術機構で保護・育成をしよう。・・・・・だけど、せめて聞かせて貰えないか?君の気が変わった訳を。君が国家安全呪術機構で何をしたいのかを」
へまはしない。
「はい、俺は“祓”の力に興味を持ちました。そして、自分の実力がいかほどなのか、を試してみたい。ただそれだけです」
就職したいから、なんて口が裂けてもぽろり、はしない。
あくまで、ポジティブに。相手に印象良く映るため満面の笑みで。
少年は知らない。就職できるという現実が嬉しすぎて、にやけそうな顔を戒めながら爽やかな笑顔を作ろうとしたせいで、連続爆発犯が、爆破予告をするときのような狂気的な笑顔を作り出していたことを。
そして、それを見た男と少女は恐怖で、声も出せずキュッと喉がなったことを少年は知る余地もなかった。
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「先生、あいつ何者なんでしょう・・・・もしかして私たちは・・・・・」
体育館にポツリと取り残された二人は、少年晴が去ったあとただ沈黙を続けていた。やっと出てきた少女の言葉も核心に近づくにつれ、淡く消えていった。
男と少女は、さっきまでここにいた化け物(並みに強い少年)で頭がいっぱいになっている。時間がたってきたはずなのに。それでも、寒気と冷や汗が止まらない。
「細川君。もう、君は考えなくていい。君の生徒会入会の課題は合格だ。あとのことは、上に任せるんだ」
男は、少女に言い聞かせるように言う。少女は、鈴木なはずなのに男は鈴木を細川と呼ぶ。
「でも・・・・・」
それでも、尚不服そうな少女を視線で律し、この話を打ち切る。
「細川君。大丈夫だ。今回のことで、もしあの少年が君に危害を加えることが無いよう監視はつくだろう。君は、ただ課題に合格したと喜んで、元の場所に帰ればいい。・・・・・・あと、このことは他言無用だ」
そんな口止めを行って男はその場から去って行った。これ以上の言葉は許さないがように。
体育館の時計は、21時を指している。
少女は、一人今後のことを想う。
―――――あの少年、一色晴が私たちの学園にやって来る。
この事実が指す意味とは。このことがもたらすモノは。吉とでるか凶とでるか。
それは、いつかは分かるときは来るだろう。
だが、しかし今結論は出ていない。
そして、少女は確信する。
あの、化け物がくるなら。
化け物がくるなら、必ず学園に大きな波乱が起きるだろう。
少女は、願う。
一色晴が、学園を無茶苦茶に破壊しないことを。
どうか、何もない事を。
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そいえば、今日は雲一つない晴れだった。
帰り道、頭上には満点の星空が輝いている。
就職できる、という現実に浮かれた晴は、その輝きに気付きもせず屋根の上をルンルンとスキップしていた。