第一章:始まり 「日常2」
ピピピッ!ピピピッ!ピピピッ!
朝になった事を告げる目覚ましの音を聞いて身体を起こす。朝の目覚めは良いほうなので二度寝の心配は無い。
―5:30―
デジタル時計に表示されている時間はいつもどおりの起床時間、本当は後一時間くらいは寝ていてもいいのだが最近の朝は洗濯物を干したり朝ご飯とお弁当を作ったりしなければいけなくなってしまったのでこの時間にしている。
二階の自室から降りて一階の洗面所に行き顔を洗う。そして洗濯機が回っているのと残り時間を確認してから再び部屋に戻る。
すぐに着替えを済ますとエプロンをつけて台所に立ち、適当に朝ご飯の準備を始める。最近始めたばかりの料理だったけど、人並みのものは作れるようになった・・・はずだ。少なくとも身内の味覚が狂っていなければそれなりの味だろう。
「さて、何を作るかだが――」
材料を確認しようと冷蔵庫を開けると、中には土鍋が丸々一個入っているだけで他にめぼしいものは見当たらない。扉の内側の卵いれを覗くが一昨日買ったばかりだったのに1つも残っていなかった。
「冷蔵庫に土鍋て・・・」
そこで昨日の夕食を思い出す。
俺が病院に行っている間に姉さんと美咲が二人で作ったと自慢していた鍋。家についた頃にはいつでも食べれるようにセッティングされていた。何の疑いもなく自分の席にすわり目の前で湯気を上げながらふたを揺らす鍋に多少なりともわくわくしていた。
普段の食事係は俺の仕事だった。なので俺がいないときはインスタント食品か出前と相場が決まっていたので、自分以外の人間が作る食事に不覚にも期待してしまったのだ。
―それが悲劇の幕開けだった―
俺『なぁ、この鍋の中身は何があるんだ?』
姉『んー?それは食べてからのお楽しみで☆』
俺『お楽しみって、物によってはポン酢とかいるだろ?』
姉『そう言われてもねぇ。使いたいならポン酢なり醤油なりソースなり使えばいいじゃん』
俺『なんか・・・いやな予感がするんだが』
妹『みさきもー!みさきもねー、いつきねーねといっしょにつくったんだよー!』
姉『そうだぞ!美咲とあたしの最高傑作なんだ!つべこべ言わず食べないとバチが当たるよ?』
俺『はぁ、わかったよ。じゃあせめて鍋の名前だけ教えてくれよ?』
姉『仕方ないなー』
妹『さとにぃーわがままー!』
俺『はいはい、で?何鍋なんだよ?』
俺の質問に対する答えを伊月姉と美咲が口をそろえて言う。
姉&妹『病み鍋♪』
まさかそう来るとは思わなかった、よく朝を迎えられたと思うよ、ホント。“闇鍋”ならまだ読める範囲だったが“病み鍋”って・・・、俺を殺すきかあいつらは。
名前を聞いて唖然としてる俺の目の前で蓋が開けられたときはまだ良かった。見た目は野菜がたくさん入ってる湯豆腐見たいな感じ(もちろん豆腐もあることにはあった)で、てっきり二人にいっぱい食わされたと思ってしまった、・・・お玉ですくっただし汁の色を見るまでは。
その後のことは俺の記憶からさっぱりと無くなっていた。気がついたら自室ですでに横になっていた。
そのときの鍋だったことを思い出し中身を確認することもせず、庭にある生ごみ処理機の中に流しいれる。もちろん目を瞑っての作業だ。たしかこの処理機は液体を入れても大丈夫だったハズだと自分に言い聞かせて、空になった鍋を流しに置く。
冷蔵庫の空具合を見るに、手当たり次第の材料を使ったようだった。現代の日本人ならではの食品の無駄遣いとはまさにこのことだろう。
しかし、今はそんなことよりも我が家には食料がないという事実だけが問題なのだ。かろうじて生き残っていたものは塩や胡椒、砂糖といった粉末系の調味料と醤油やソースなどくらいしかない。せめてパン一斤・・・いや一枚か、でもあれば美咲の分ぐらいにはなるだろうがそんなものが残されているはずもない。このままでは朝食どころか昼の弁当すら作れない。
「弱ったなぁ・・・」
頭を掻きながら冷静に考える。
食料がない→料理ができない→食事ができない→食料があれば助かる→買いに行けばいい!
そうだ、材料がなければ買いに行けばいい。わざわざこんなことで悩むことなどなかったのだ。それを考えると、今の時代は便利だ。スーパーやコンビニは24時間毎日やっているところが多く、家の近くにも何件かあるはずだ。
つけていたエプロンをはずして椅子の背もたれにかけて玄関に向かう。そして、靴を履き鍵を開けてから扉を開く。
ゴン!
中途半端に開きかけた扉に何かが当たり最後まで開かない。外には扉に当たるような障害物は置いていないはずだったので力加減ができなかったためかなり大きな音が響いた。
何事かと思い、中途半端に開いた扉の隙間から顔を出し外をうかがう。ソコには両手にコンビにのビニール袋を持って、しゃがみながら顔面を抑える形で悶絶している男がいた。
「なに・・・してるんですか?」
何しているかなどは一目瞭然、勢いよく開いた扉が顔面に当たりその痛さに悶えているのだろう。俺がその質問を投げかけてからしばらく間が空き、男は若干赤く腫れている鼻をさすりながら立ち上がった。
「イタタ・・・前方不注意、いや参ったねこれは」
「あ、松村さんじゃないですか!どうしたんですか?」
「やぁ怜くん!ホラこの通りさ」
衝撃でずれてしまった眼鏡をビニール袋を持ちながらの手で器用に戻すと、若干苦笑しつつ両手を顔の高さに上げてその袋を強調した。
「まさかとは思いますが・・・姉に?」
「まぁね、君のお姉さんにはどうも頭が上がらないのが僕の欠点の1つだね」
たはは、と今にでも聞こえてきそうな感じの顔を見ていると多少の同情も否めない。松村さんは姉とは高校の同級生でいまでも連絡を取れる数少ない友達の一人だ。本人曰く、入学当時から姉とに逆らえないように調教?されていたらしく、卒業した今でも時々いいように使われていると言う。
その理由はきっと松村さんが温和な性格の持ち主で争いごとを好まないからであり、唯一家との距離が近い友人だからと言うことなのだろう。
「えと、それでその袋の中身は?」
「あぁ、これかい?今朝の朝食用の菓子パンと昼用のお弁当だよ。コンビニで買ったやつだから味は保障しかねるけどね」
そういって二つの袋を俺に差し出す。
きっと姉さんは食材を全て使ってしまったことに気づき自分が買いに行けばいいものの面倒くさがってこの人に押し付けたに違いない。
「あ、えと・・・ありがとうございます」
「ハハ、お礼には及ばないよ。ただ、今度からは外に人が居ないかを確認してからドアを開けて欲しいかな?」
「あはい、そうします」
それじゃ、と手を振りながら180度回転して帰っていく。
いつも姉に振り回されて可哀相に見えるのだが、実際は本人もそれを楽しんでるようにも見えなくはない。悪い人ではないのだがM体質と言うか・・・伊月姉とは変な意味で相性がいいのかもしれない。
「あ、この分の代金払わなくてよかったのかな?」
両手に持っている袋の中身からして、それなりの金額はあるだろう。
(まぁ、今度あったときに返せばいいか)
はきかけの靴を元に戻し、見事にパシられてくれた松村さんに感謝しつつ朝の準備へと戻った。
「お、怜じゃん!おっはよー!」
無言で教室にもかかわらず、開いたドアをくぐるなり挨拶を浴びせられる。しかも、教室の一番奥から慎二の奴が馬鹿デカイ声で言うものだから俺が来たことに教室の全員が気づき、それに習ってそれぞれに挨拶をしてくる。
「あ、朝倉くんおはよう」
「よー!朝倉、おっはー!」
「おはよう!あさくらぁ♪」
「おはようございます、朝倉さん」
席に行くまでに何人者人間に挨拶をされる。そのたびに小さく『おはよう』とそっけなく返しながら自分の席に座る。そして鞄の中からいくつかのノートや教科書を取り出して机の中にしまい、鞄を横にかける。俺の席は一番端っこの位置にあり、左側には窓がある壁しかない。よって、右手で頬杖をつけば窓の外を見る感じになる。
コレがいつもの俺スタイル。授業中だろうが休み時間だろうが、自分が“暇”だと思っているときはずっとこの格好をしている。授業中もこの学校の教師はたいてい席の順番どおりに生徒を指名するので俺は一番最後なので当たらないときがほとんど、たまにあたりそうな気配がするときだけまじめに勉強しているふりを装う。休み時間も、慎二が俺に話しかけてくるときと弁当を食べる以外はずっと同じ体制で居る。慎二以外の連中は俺にはあまり話しかけようとしない。
(ってか話しかけづらい雰囲気を作ってるんだろうな、俺)
少し前までは何人かのチャレンジャーが何かと話を振ってきたが、そのつど俺は素っ気無い対応しかしなかった。嫌われたくてしていたわけではなく、相手をする余裕がなかったからだ。そして、話しかけてきたやつらもその理由はどことなく知っているらしく、怒ることもなく少し曖昧な表情で去っていくのだった。
当たり前のようにそんな俺には慎二以外に友達と呼べるような人間は居なかった。
(中学まではそれなりに楽しかった学校が、今じゃただの暇な所でしかないか)
特にすることもないので窓から外を何気なく見下ろしていた。
そこには、ほぼ毎日見ているせいでいい加減見飽きているいつもと何ら変わりのない風景が
「・・・?なんだアレ?」
いつもとは一つだけ違う場所があった。
窓から見えるのは校門。この時間帯になると遅刻間際の生徒が走ってくる姿がある。中には諦めているのかゆっくり歩いて来るやつもいる。そこまではいつもどおりの光景だ。
問題は校門の外の車道。普段は見掛けないような黒塗りの車が一台停車しており、そこから2人の人間が出てくる。視力は悪くない俺だが、この窓から校門まではかなりの距離があるので、それが誰であるかは判別できなかった。
(まぁ、知らない人間の可能性のほうが遥かに高いか)
遅刻しそうな生徒達もその車に気を留めつつも、校門から教室までのラストスパートをかけるべく直ぐにその場から離れて行く。
すると今度は学校の中から1人の教師が小走りに出て来た。
「あれは…担任の宮崎じゃないか?」
ボソリと呟くが、当たり前のようにその問いを答える人間は居なかった。