Kingdom of Heaven
「志望動機は・・・・・・主から授かった特技を生かせる職に就きたいと常々思っていました」
受付に立つ少女へ視線が集る。
純白の聖なる法衣に身を包んだ神官と思われた。背に流れる金色の髪と目映いほどに美しいサファイア色の瞳をした可憐な乙女である。老若男女を問わず荒くれ者が集るハンターズギルドに珍しいのが来たと、好機の目で見られていた。
受付嬢は古参ハンターたちから「鉄仮面」と評される営業スマイルを振りまいて応対する。
客であれ所属のハンターであれ万人へ平等に向けられる笑顔だ。
同性でも緊張する心が和らぎ、異性であれば射止められてもおかしくない。
そんなギルド一の美女と名高い――古参メンバーでもフルネームを知らないという身持ちの堅さも広く知られた――受付嬢の清潔感あるミント色の制服と三つ編みにされた栗色の髪は、武器と鎧を装備した者が多いギルドの清涼剤である。アクの強い女性が多い中で、法衣の少女が持つ可憐さは新鮮かつ奇異に映る。
おそらく教会の学院出身であろう。身のこなしや言葉遣い、雰囲気に至るまで気品がある。
少々の緊張を背中に感じる辺りまで実に愛らしい。
それだけに危険と隣り合わせのハンター業を選んだ理由が気になってしまう。
特技と言えば、無償で受けられる高等教育、あとは祝福という名義の回復・浄化系魔法だ。
人材としては貴重だが駆け出しの白魔導師ほどお荷物な者もいない。
なんせ初期レベルの解毒術や回復魔法であれば小瓶一本の飲み薬で事足りる。その上で戦闘力は皆無なのだから、乱戦になれば真っ先にやられてしまう。手放しで歓迎できないジョブの筆頭候補が白魔導師、ハンターたちの間では常識である。
それでも申請書類に不備がないことを確認した受付嬢は認定印を捺す。ポスンと印鑑が音を立て、書類右上の四角い枠の中に朱色のインクで『認可』の二文字を残していった。そのままカウンターの下にしまうと、木製のプレートに番号が刻印されたネームタグを取り出した。
「ではこちらをお渡しします、査定終了後に正式な認識タグと交換となりますので無くさないようにお願いしますね」
「査定・・・・・・と仰いますと、面接などでしょうか?」
「いえ、当ギルドは戦闘実技の試験のみとなります。オーナーの方針でして。昇級審査も実技試験さえ受かればそれでオッケーなんです」
その場にいた全員が「ちゃんと面接もした方がいい」と周囲を見渡しながら心の声で呟いた。ありがたいのはありがたいが、そのせいでまともなハンターが残らない。長くて半年、速ければ数日で余所に移籍してしまう。残っているのは奇人変人ばかりである。当人たちに自覚があるかどうかは、定かではないが。
都会であったり大所帯なら厳格な審査も地方の少人数となると、なかなかそうはいかないのが現実だ。
一旗揚げたければ都会に行くのが常なのだ。
他方、法衣の少女はニッコリ微笑んで嬉しげである。
おや? と誰もが疑問を抱いたものの、口を挟める立場ではない。
受付嬢は軽くホールを見渡した。
キワモノがいないことを確かめて、
「あちらの隅に三等級の剣士さんがいらっしゃいます。桃色のクロースアーマーの女性です。あの方に監督役として同行していただく形でお好きなクエストを受注してください。試験内容は監督役から口頭で通達となります」
「承知しました。あの・・・・・・武器については自前の物でよろしいでしょうか?」
「ええ、何を使用していただいても構いません。ただし、手に持てる範囲でお願いしますね」
「手で持てない武器を使われた方が?」
「ええ、まぁ。と言ってもお一人だけですよ?」
手に持てる範囲を超えた武器はもはや兵器なのではないか?
確かにクエスト次第では大がかりな道具も必要かも知れないが、常用するというのが分からない。
それについてはいずれ分かるだろうと深く考えなかった。
他に確認すべき事柄もなく「よろしくお願い致します」「今後の活躍に期待します」と挨拶を済ませる。
三等級――一等級が巨竜退治や邪神撃退を成し遂げた英雄に与えられる名誉の証拠。二等級ですら討伐点四桁に達してようやく審査を受けられるという狭き門だ。辺境の小さなギルドでは三等級でも破格の存在である。
いったいどれほどの猛者なのか気になりつつ、監督役に会うためカウンターから離れる。
「クエストはもう選んである。これを受注するといい」
背後から肩を掴まれた。
冷たい女性の声に振り返ると、桃色のクロースアーマーにハイヒール・ブーツを履いた少女が立っている。地味な黒髪にぞっとするほど白い肌、薄く細い身体が見る者に人形のような印象を与える。法衣の少女も同じ感想を抱いた。
指さす先には掲示板に貼り付けられた真新しい依頼書が。
「はぐれゴブリンの討伐、ですか?」
三等級の少女は頷く。
首にかけてられたブロンズタグが小さく揺れる。
「群れから追放された間抜けが相手なら、事故もない」
小柄で邪悪、おまけに小賢しさでは人間以上というゴブリンではない。智恵すら回らないお粗末な脳の持ち主では罠も張れない。依頼主は農村の婦人会、男衆が出払っていてどうにもならないと助けを求めての依頼である。
報酬は雀の涙。獲物は雑魚中の雑魚。若い娘もいない辺鄙な土地。誰も受けたがらないようなクエストに法衣の少女は目を輝かせた。清貧、奉仕、誠実の三拍子が信仰に生きる者の正しい姿とされている。この少女もまた報酬よりも奉仕すること自体を求めているらしい。
旅支度で既に盛り上がっている子どもと同じ純粋な喜びに満たされていた。
「はい! 準備物はございますでしょうか?」
「念のため回復薬を買っておけ。祝福は何が出来る」
「基礎中の基礎しか・・・・・・お恥ずかしい限りです」
やはりかと談笑しつつ耳を傾けていたギャラリーは落胆を禁じ得ない。
まぁどうせ数日したら除籍なり移籍になるさと割り切った。
三等級の少女はと言うと、所持金を確認する新入りを無感情に眺めている。
法衣の少女は錫杖を持っていなかった。白魔導師の必需品、槍戦士なら槍を、剣士なら剣を持つように魔導師は杖が欠かせない。両手が空でもおかしくないのは錬金術師と格闘家くらいだ。
場合によっては査定の監督を辞退しなければならない。
受付で腰のポーチに入る分だけの回復薬を買ってきた新入りに得物を尋ねる。
「武器は?」
「こちらに」
右手でするりと左腕の袖をまくり上げる。
世間知らずで頭でっかち――教会出身の人間に対する偏見だが、当てはまる新人は多い――とはほど遠い、十代半ばか後半の乙女のものとは思えない鍛えられた腕。無駄なく、しかし徹底的に実用的で引き締まった黄金比の筋肉があった。
男の目もあるためすぐに隠してしまったが、白魔導師ではなく聖戦士であることは明白だった。
腕に巻き付けられた祝福済みの礼装を見るに、十分な実戦経験がある。
それも回数、内容とも生半可ではない。
教会が行う異端征討に参加した者はしばしばこう称される。
鋼鉄の信仰心を持つ者、神の裁きを執行する者・・・・・・あるいは、狂信者
ゆったりとした法衣の下に隠されていたのは、信仰心が生み出した金剛の肉体であった。
少々照れくさそうに――まるで花も恥じらう乙女のように、狂信者の少女ははにかんでみせた。
「このような物にしか頼れぬ不肖の身ですが、どうぞ、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げられた側も返す言葉がない。
下手をすれば、こと戦闘においては上級者かも知れない相手である。
一途な女の子が好きです。






