表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

聖剣を折ろう!と思い立つ

 黒い雲が空を覆い、雷が絶えず鳴り響く。

 ここは地の果て。

 そこには唯一、廃墟寸前の城が建物として残されているのみ。

 そしてその城のとりわけ大きい部屋で、2人の魔族が話し合いをしていた。

 この城の主人であるリグラと、その側仕えをしているクレアだ。


「魔王の弱点とは?」

「辛いもの?」

「違う。確かにそうだけど、違う」


 リグラは魔王であり、日々脅威として迫る敵対種族マレイ族への対策を、クレアと論じている。

 それはこの日も例外でなく。


「聖剣です」

「そう。神がもたらした特別な加護を持つ武器だ」

「あれ、イヤに聖属性強いですもんね」

「おじい様の手記にもこう残されている。『聖剣マジパネェ。むっちゃ痛い』と」

「危機感が伝わらない」

「さらに『ヤッベ。血が出てる。俺死んじゃうかもしんない。っベー、これっベー』とも」

「文章書いてる時点で平気そうな気もしますが」


 クレアは白い目で手記を読み上げるリグラを見るが、リグラはそれに気づかない。


「ともかくだ。聖剣は魔王にとって最大の脅威であるわけだ。しかぁし!!頭のいい私は思いついた」

「へーすごいですね」

「まだ何も言ってないぞ」


 毎度毎度。リグラはマレイ族対策を思いついたと言って、あっぱらぱーな作戦を発表するのだ。

 今回もあっぱらぱーなのだろうと、クレアは全くもって興味を示さない。

 それよりも、魔族らしい鋭い爪の根本のささくれが気になってしょうがない。


「ふっふっふ。そんな態度でいられるのも今のうちだぞ」


 が、今回のリグラはイヤに自信満々だ。

 それはもう、クレアがウザさを感じる程に。

 こうなったリグラは、(アイデア)を聞いてやるまでウザいままだ。


「で、今回はどのような作戦なんですか?」


 渋々。嫌々。

 そんな感情を微塵も隠そうとしない声色でクレアは問う。

 しかし、リグラはそれにも気づかない。


「それはな……」


 そして、よっぽど自信たっぷりなのか。

 無駄にタメてからリグラはババンと作戦を大きな声で張り上げる。


「聖剣を、折るんだ!!」






「……はあ。頑張ってください」

「ドライッ!!」


 さっさと、またささくれを弄りだすクレアに、リグラは憤りの声を上げる。


「聖剣を折れば私への特攻策はなくなるんだぞ。すごい作戦じゃないか!!」

「まあ、確かにそれはそうですが……、そもそもどうやって折るんですか?」


 クレアはささくれと格闘しながら、リグラの作戦の根本を否定する。


「聖剣って勇者が持ってるものだから、正面きって行けばいずれにせよ戦闘になりますよ」

「それは……、何とかバレないようにだな……」

「バレなかったとしても聖剣なんて大事なもの、そう簡単に手放すとは思えませんし」

「上手く隙をついて……」

「そもそも魔族が聖剣に触れることが出来るのかってことも考えておくべきでは?魔を祓う剣ならその可能性もあるでしょ」

「うう……」

「折る以外何も考えてないのに作戦なんて呼べませんよ。そんなんムリですね。ムリムリです」


 ズバズバとクレアは、リグラにトゲを刺し、最後にきっちりトドメを刺す。


「う、うう……」


 リグラはもう泣く寸前で、すくっと椅子から立ち上がる。


「大体上手く隙をつくって、アバウトで希望的観測過ぎるんですよ。何をどう……」

「クレアのバカーー!!」


 リグラはそう叫んで走って逃げ出した。

 残されたクレアはそれでもささくれに集中していた。




 ▽


「うう……。クレアめ、なにさ。あんなに言わなくてもいいじゃないか……」


 リグラはぐずりながら、八つ当たりに地面をバコバコ殴って抉り、呟く。

 クレアがリグラの作戦にケチつけることは今までもあって、それこそ一度や二度で済むような話ではない。

 しかし、今回の作戦には特別自信があったのだ。

 だから、今回リグラは特別傷ついた。


「クレアめ。なにさ。もう知るもんか」


 抉り取り出した岩石を投げやりにひょいッとそこらに放り投げながら、思い出したくもないクレアの文句を思い出す。

 クレアの言うこと正論だ。紛う事なき正論だ。

 それは分かっている。

 それでも、だからといって怒りが冷める訳じゃない。


「今回はイケると思ったのに……」


 取り分け自信たっぷりの作戦だった。

 だから、褒めて欲しかった。

 他者との関係が希薄になってしまうこの土地で、クレアはリグラが唯一頼れる存在なのだ。

 多少なりともワガママになってしまうのも。


「クレアに言われたことを考えれば、成功するかもしれないのに……」


 そこで岩石を投げるリグラの手が止まる。


「成功するかも……。そうだ!!成功させてしまえばいいんだ!!」


 名案を思いついたと、一人。あっぱらぱーなことを口走っていることに気づかないリグラは、行動派だった。


「なら早速反省点をふまえた上で聖剣折ってみせようじゃないか。ふふふ、クレアめ。目にもの見せてやる」


 そうしてリグラは深く考えもせずに空間転移の魔法を使い、勇者の属するマレイ族の領地に飛んだ。




 ▽


「張りきって出てきたはいいが……、ここはどこだ?」


 リグラが転移した先は木々が緑に色づく森の中だった。

 適当に、マレイ族の領地に飛んだ結果、何も無い森の中。


「マレイ族の領地は賑やかだとおじい様の手記に記されていたが……。しかし全面緑とは不思議な場所だ」


 リグラの暮らす土地は、やたら黒い雲と大地が広がるだけの殺風景な大地。

 植物など、生まれて初めて見るものだ。


「ハハッ。これは揺れるものなのだな」


 だから、植物が風で揺れることも、葉と葉が擦れてザワザワと鳴くことも、リグラにとっては初めての光景だ。


「……キレイな場所だな。クレアも連れて来ればよかった」


 ふと、目を閉じて風を感じる。

 リグラの暮らす土地でも風は吹く。流石にリグラも風というものは知っている。

 しかし、風がこんなに穏やかに優しく吹くものだとは知らなかった。


「さて、私は聖剣を折りに来たのだったな」


 のんびりばかりしているわけにはいかない。

 リグラは明確な目的の為に、わざわざ敵陣のど真ん中に乗り込んだのだ。クレアを見返すために。

 これで何の成果もナシでは、またクレアにバカにされる。

 このキレイな景色をクレアに教えるためには、聖剣を見事折り、そのついでとして聞かせてやらねばならないのだ。


「さあ!!行くぞぉ」


 標もない森の中。

 聖剣を折る前に、自分が折れないよう気合いを入れる。


「ブモォオオオオ!!」


 その時、べきべきと音が聞こえ、その方向から巨大な四足の魔物が木をなぎ倒しながらこちらに向かってくるのが見えた。

 それはリグラよりも背の高い。全身が毛で覆われた。鼻の大きい。上に反って伸びる二本の牙を持った。猪の魔物だった。

 その魔物はまっすぐリグラに向かって走っている。そんな魔物の姿を見て、


「っひゃあああああ!!」


 魔王リグラは逃げ出した。

 なにせ生きているモノを見るのは自分とクレア以外はこれが初めてなのだ。

 その上キレイな景色をなぎ倒している。これは悪であり脅威なのだと、魔王リグラは一瞬でそう確信した。

 しかし、逃げども逃げども同じような景色ばかり。これではマトモに逃げれているのかも判断がつかない。自分は一生このまま、この空間で、この化け物から逃げ続けなければならないのではないかという錯覚まで感じるほどだった。


「ブモォオオオオ!!」

「な、何が目的かは知らんが私は魔王なんだぞ!!強いんだぞ!?」

「ブモォオオオオ!!」

「っひゃぁあああああ!?」


 そりゃあ魔王なんだから、こんな魔物の体当たり、当たったところでノーダメージ。むしろ弾き返してしまうほどにリグラは強い。

 しかし、悲しいかな。刻まれた苦手意識というものは、いかな魔王といえど抗いがたいものなのだ。


「ブモォオオオオ!!」

「へ、ヘルプ!!クレアーー!!」


 どうしてマレイ領に来たのかも、クレアにバカにされたことも、自分が魔王であることも忘れて、リグラは叫んだ。

 すると、正面に剣を構える、鎧の騎士が見えた。その騎士は剣を振り上げてこちらに向かって走って来ている。


「僕の後ろに!!」


 リグラは何を信じていいのか分からなかったが、怖いものよりも分からない者の言うことを聞くことにして、駆けて来る騎士の後ろにダッシュで隠れた。


「タァアア!!」


 騎士は輝く剣を振り下ろし、魔物の顔面を切り裂く。その一瞬にして、魔物の息は絶え、動作が止まる。

 しかし、勢いは止まらない。

 慣性のまま直進する魔物を、騎士はなんでもないように片手で軽々受け止めた。

 ズシン。と、魔物が倒れ辺りが静かになる。

 騎士の後ろで丸くなっていたリグラは、一体何がどうなったのかと顔を上げる。するといつの間にかリグラの正面に騎士がしゃがみこんでいた。


「大丈夫かい?」

「ぴゃすっ!?」

「ぴゃす?」


 先程まで危機的状況にいた反動か、目の前にいるのは自分を助けてくれた者だというのに、リグラは肩を跳ねさせ変な声を出してしまう。

 それを不思議に思った騎士に聞き返されて、リグラはなんとなくこれが恥ずかしいと気づいてしまった。


「な、なんでもないっ!!助けてくれてありがとう」

「そう。見たところケガもしてないみたいだし、よかった」


 騎士は柔らかく笑って、立ち上がる。


「最近は暖かくなってきたからね、ボンガボアがよく暴れてるんだ。だから森には誰も近づかないんだよ?」

「そ、そうなのか?」

「らしいよ。僕も聞いた話なんだ。色んな所を遠征してるからね」

「そ、それは大変だな」

「色んな土地に行けるから、結構楽しいよ。……で、キミはいつまで座ってるんだい?」


 言われてリグラは自分がずっとへたりこんだままであることに気づく。


「あ、ああ!?そうだな。立たねばな……、あれ?」


 ぐぐっと足にも腕にも力を入れて立ち上がろうとするが、上手くいかない。まるで立ち方を体が忘れてしまったような。

 そんなリグラ様子見て、騎士は何か理解したように「ああ」と呟き、リグラに手を差し伸べる。


「ほら」

「……?」

「僕の手を掴んで」


 よくは分からないが、リグラは言われるがままに騎士の手を取る。

 すると、グッと騎士に腕を引かれ立ち上がることができた。


「あ、ありがとう」

「いいのいいの。こういうのが仕事みたいなものだから」


 笑う騎士にリグラは、なんとなく安心感を覚えた。コイツは敵ではないと、そう感じた。


「僕はマルク。聖剣騎士団の騎士だ」

「せ、聖剣!?」

「って言っても殆ど形だけなんだけどね」


 思わぬ所で目的のモノに関わったものだ。リグラは少々面食らった。

 それでも平静を取り戻し、どうにか自分も礼にならって名乗る。


「そ、そうか……。私はリグラだ」

「リグラ。ここらの地理は分かるかい?よければ町まで案内するよ」

「ああ、頼む」


 マルクはそんなリグラの様子を気に止めることもなく、紳士的な態度でリグラに接する。

 マレイ族にもこんなヤツがいるんだな。

 今までマレイ族は敵対種族だと。そう教えられていたリグラは目の前の男に、どうにも不思議な印象を抱いた。

 それを一言で表すなら“気になる”と言ったところか。

 リグラの交友関係の狭さを考えれば、他人に興味が沸くのも自然なことだ。

 マルクの先導に従い、森の中を歩く。


「リグラは魔族、だよね」

「あ、ああ」


 そういや敵対関係だったと、今さらながらにリグラは気づく。あまりにもマルクの態度が普通で、失念していた。

 マルクが森をわけいって進む後ろで、リグラは一人あたふたと慌てる。


「最近、自分たちは魔王に捨てられた、ってマレイ領に来る魔族が増えてるんだけど、リグラもそうなの?」

「へ?ああ。……ん?いや捨てた覚えなんてないが……」


 はて、なんの話かと考えてしまい、リグラは自分の正体を取り繕うことを完全に忘れてしまった。


「え?」

「あ、ああ!!いや、そうだな。まったくヒドイ話なんだよ」

「本当にそうなんだ。ヒドイね」


 なんてこった。全く身に覚えがないではないか。

 それでも、リグラはどうにか自分を誤魔化すことに成功する。

 そのお陰で目の前の騎士から“ヒドイ”扱いされることになったが。


「まあ、だから結構魔族に友好的なマレイ族も増えてるんだ。安心していいよ」

「お、おう」


 それからしばらく、二人の足音だけが森に落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ