片鱗Ⅱ
「なん…だと?」
奴が驚愕の声を上げている。
そんなやつの背後に出現し、着地を決めた俺は、その言葉に奇しくも同意を示す。
何が起こった?
なんで俺はこいつの後ろにいるんだ。
意味が分からない。
そうやって困惑する俺に追い打ちをかけるようにしてそれは聞こえた。脳裏に声が響く。
『身体借りるね~』
まるで、醤油とってと言わんばかりの気軽さで。直後───。
「──────っ!?」
ガクンッ
俺は自分の身体が乗っ取られたのだと、強制的に理解させられた。
理屈は分からない。だが、そう理解していた。
なんだ…!これはなんだ!?
そう声を発しようとして、愕然とする。
俺の口が、言う事を聞かないだと?
何を言っているのかわからないと思うが、俺もいま自分が何を言っているのかわからない。
どうなってる。
手足の間隔はある。
だが、自分の身体なのにどこか他人をみているような、夢心地で───そう、まるで白昼夢をみているかのような、意識だけが切り離されているような、そんな感覚。
死んだと思ったらなぜか後ろにいた事と言い、意味のわからんことが立て続けに起こりすぎだろ!
───まさか、身体の自由を奪われる日が来ることになるとは夢にも思わなかったぞ。
「貴様……何をした」
奇遇だな。俺もそう言いたい。
というより、お前誰だ。
「…さあな」
さあな、じゃねええええええ!!
何挑発してんだよ!!
そんな俺の心境を無視するようにして、俺の口はペラペラしゃべりだす。
「敵にわざわざ手の内を明かすほど、俺は愚かじゃないんでね」
そういって小ばかにするように笑んで見せている俺じゃない俺。
口角を上げ、首は少し傾けながらやや上向き───おまけに目線は見下ろすようにしているこの格好を俺は知ってるぞ。
そう、物語上の強敵が主人公を見下すあのポーズだ。
──────なんでそんなポーズを決めているんだバカヤロウ。
しかも、そのポーズを決めた俺はまさかの自然体。
まるで、日頃やり慣れていると言わんばかりである。
生まれてこの方こんな失礼極まりない態度を決めたことはない。
ましてや、あんな恐ろしい人相の、文字通り人間辞めているヤツに対してだって? 冗談じゃない。
そんな命知らずな訳ないって、本当に、いや、マジで。
なんてことしやがるッ。
いい加減、俺の混乱も頂点だってッ!
そんな必死の叫びは届かない。
同時に悟った。
視界越しに否でも理解させられたよ。
今俺が決めているポーズは、相手の神経を逆なでするには十分な───いや、みるからに十分以上の効果をもたらしたらしい。
奴さんは全身をぶるぶる震わせ、殺気を漲らせながら「人間風情がァァ……」とか言ってらっしゃる。
あー、終わったなこれ。
諦めが胸中を支配し、もうどうにでもなれとばかりに行く末を見守ろうと意識を眼前に戻す。
瞬間、奴が消えた。そう俺が認識した直後、またしても俺は拳を振り抜いた状態のヤツの後ろに立っていた。
振り抜かれたその拳からはパァンッ!とおよそ生きてて聞いたことのない音が聞こえてくる。
直後、豪風が背後から前に向かって通り抜けていく。
───まさか。いや、そんなまさか。
「音を置き去りにするこの俺の拳を───二度も、躱しただと?」
俺の推測に対する解答は、愕然としている当人の口からそれが当たっているともたらされる。
やっぱり。
アレって、音を置き去りにすると発生するとか言われてるヤツだったのかよ!
音速の拳だって?
冗談じゃない!
あんなもん喰らったら消し飛ぶわ!!
つーか、なんで俺はそんな攻撃をかわしているんだよ!
いつの間にそんな漫画みたいなことできる人間になってたの!!
そんな俺を取り残すようにして俺の口は開いていく。
「その程度の攻撃が俺に当たる訳ないだろう?」
続けて。
「まさか、今のが全力だって言わないよな?」
挑発を重ねてゆくじゃありませんか。
これがホントの減らず口()