7 47歳の死
私は二度と日記を使う事は無かった。
幸いにして、日記に頼るような命の危険は二度と起こらなかったのだ。
30歳の時、高校の同級生の安藤君と幼馴染の苗が結婚した。私は関係なく偶然出会ったのだ、何という運命だろう。私は勿論、親友としてスピーチをした。もう2人の子供は小学生になるかな、安藤君の仕事で外国にいるけれど今でもたまに連絡する。
その二年後には真木ちゃんと金石君が結婚した。こっちは都内でバーをやってる。
サネ君はお寺のお坊さんになった。お兄さんがお坊さんにはならなかったので、お父さんのお寺に戻ったのだ。私も例の一件で実家に戻ったので家が近く、今でも大親友。サネ君も私も結婚していないから、一番長い時間を一緒にいるかな。サネ君は私の心の支えだ。
癌で余命宣告をされても平穏でいられたのは、サネ君という存在があったからだと思う。どんな人生にも意味がある事を教えてくれた。今まで消しゴムをかけてきた、私が愚かだった結末だって間違いではあるけれど、戻さなくても、存在しても良かったのだと今は思う。
でもここに辿り着けて私は幸せだった。大切な人がたくさんいる。掛け替えの無い友人もいる。
私は満足して人生を終えられる。40半ばだけれど、私はズルをしているから仕方ないのだ。
私は47歳の春、駒木実直に看取られて死んだ。
「おばあちゃん、おえかきしてる」
私は炬燵に潜り込んで、大好きなおばあちゃんの顔を覗き込む。
「これは日記」
「にっき?」
「今日あった事を書いてる。今日はせいちゃんが来てくれました。こんなに可愛い孫がいて私はとっても幸せです、と」
おばあちゃんは厚い本のようなその日記帳を閉じると、私を抱き上げた。
「いいかね、せい。毎日を大切にしなければいけないよ。よく考えて生きなければいけないよ。同じ所に戻っても、同じ様な事になるとはわからない」
「なにいってるかわかんない」
私はおばあちゃんの手から逃げようと藻掻いたが、おばあちゃんはしっかりと私を抱き直す。
「おばあちゃんのおばあちゃんは、おばあちゃんやお父さんやせいが生まれるために大変な人生を送ったんだよ。誰にも知ってもらえない大変な事があったんだよ」
炬燵は無くなって、真っ暗闇に立っていた。私は何時の間にか、大人になっている。
空から何か降って来て、それは地面に落ちると真っ暗闇の中に火の粉を散らした。
「私は魔法が使える。でも何度戻っても必ず起こるの」
声がする方を見ると高校生くらいの女の子が立っていた。もんぺ姿で、手には見覚えのある装丁の本を持っている。
「何度戻っても、皆を助けられないの」
違う方から声がして同じ女の子が立っている。炎はどんどん燃え広がる。炎の中に人影があったような気がしたが、炎は燃え尽きて後には何も残らなかった。
「手の届くところまでしか助けられない。私は生きて欲しい人を選んだ。戻しては行けなかった。戻さなければ私が人を殺す事は無かった」
女の子は居なくなって、子供を抱いた女の人が言った。
「この子が、子孫が幸せに生きられますように。そんな未来になりますように」
真っ暗闇に朝が来て、視界が開ける。子供は大きくなって、その子供を連れている。けれど車が走って来て、その子達を引いてしまった。
子供は生き返ったけれど、今度は地面が大きく揺れて燃え広がる炎に巻かれてしまった。
子供は何度でも生き返る。
「この子とこの子の子が幸せになるまで何度も繰り返した。じゃなければ喪わせた他の未来に申し訳が立たないわ。あなた達は幸せになってくれないと。私が願った、孫も、その孫も、孫の孫の孫も、私たちの子孫がずっと幸せに生きる未来にならなければ。そんな結末は赦さない」
「幸せだったのに!私!すごく頑張ってこの人生をやり遂げたのに!やめてよ、戻さないで!」
私は叫ぶ。女の人は子供を連れてどこかに消えて行く。
「だめだめ。あの人はもういないんだから。昔の価値観の幸せという呪いをこの日記帳にかけて逝っちゃったんだから」
また、高校生くらいの女の子が現れる。今度は現代に近い服装。
「子供を幸せにして、その子供の子供。自分の孫に日記帳を引き継ぐまで私たちは生を終えられないんだから」
彼女は私の肩をぽんと叩いた。
「でもさ、頑張ってよ。まあ頑張らざるを得ないんだけどさ、だってもう私は居るんだもん。安心して。私まで回してくれれば、あの人の魔法なんてちょいっと解いてあげるから」
そう言って私の背中を押す。ぐいぐい前に押されて行く、と足元に支えがなくなる。つまり地面が無くて、お、落ちる!
「大丈夫!最高に幸せな人生だったっておばあちゃん言ってたよ!」
落ちていく私に向かって、彼女は叫んだ。