鬼、目覚める
……ずいぶん長く寝ていたような気がする。
いや、俺は最後の鬼として討伐されたのだったか。
たしか人共が「関東大震災」と呼ぶ地震の動乱の中で。
とすると俺はどうなったのだろう。これがあの世という奴だろうか?
「ここはあの世か?だがずいぶんと暢気な場所だ、鬼には地獄が相応しかろうに」
まわりと自分を見回してみる。額には角、手足は少し衰えたもののきちんと筋肉がある。
鬼にしては低いといわれた俺の背丈も健在だ。
とりあえず腰布というか水干はぼろぼろだが履いている。
どうやらここは森の中のようだ。近くを見ると碑文がある。
『HAL氏、大正十二年10月3日、討伐した鬼「鬼童丸」を此処に封ずる』
とある。他にも長ったらしく書いてあったが似たような説明でどうでもいい。
「HAL……?あの魔術師か。あの後俺を封じたのだな」
ふむ、なにやら緑色の金網が四方を取り囲んでいる。結界という奴か?
だが何の力も感じない。とりあえず腕を振って取り払ってみる。
「ふむ、これは針金でできた金網か?人ならば結構なものだろうが。
まあ鬼にかかればこんなものよ」
蜘蛛の巣を取り払うように金網は取れた。
「さて、何をしたものかな……とりあえず腹が減った」
あれからどれだけ年月がたったのだろうか?世界は如何様に変わったのだろうか?
俺はわくわくしながら森から山道へ、山から里へと下りていった。
□
最初は廃屋ばかりだったが、やがて一軒の家が見えた。
しかし家というものもずいぶん様変わりしたものだな。
俺の頃は瓦屋根か茅葺だったものだが。こんくりーと?だったかそれに鉄の屋根の建物が多い。
何の呪いかぎらぎらと輝く青く四角い鏡をどこもつけているようだ。
さてどうしたものか。鬼ならば人の子を捕りて食おうか。
まあ、そこまで行かずとも飯の一つや二つ盗んでもかまうまい。
おお、丁度いい人影が見える。俺は走って人影に近づいた。
人ならば食ってしまおう。
「ありゃあ、おめさんどったらしただ!?熊にでもおそわれただか?」
だが俺の出鼻はくじかれた。そいつは狸だったのだ。
人に化けてはいるが、尻尾と耳が出ている。
だが奇妙なのは人間が着る「せーらーふく」とかいう服を着ていることだ。
肩からカバンもかけている。
「何ぞ、狸か。見ての通りただの鬼よ。それより腹がへっていてな。何ぞあるか」
「こりゃあ大変だべえ、遭難しただか。とりあえずこれいるだか?」
よく見ればこの狸、娘だ。狸娘はやわらかい瓶に入った飲み物と「ぱん」とかいう食い物を差し出した。
「うむ、食わせてもらおう」
「ぱん」とやらとやわらかい瓶に入った飲み物は驚くべき美味さだった。
少し見れば狸娘はぼーっと空を見ている。なんと無警戒な妖だろうか。
だが、何か違和感がある。力の流れが妙なような、何かに囲まれているかのような。
「とりあえずもう少ししたら救急車が来るからそれまで待つべえ」
「きうきうしゃ?」
よくは解らんがこの狸娘は俺が迷ったと思っているらしい。
「まて、俺は鬼ぞ。どこにいても問題はない」
「そったらボロボロで何言ってるべ!とにかく休むべ」
「いやお前は狸なのだろう?ならば隠れ里か何かあるはずだ。
そこに案内してやればしばらく食客になってやってもやぶさかではない」
「おめさん、何を言ってるかよくわからないだ。隠れ里は100年も前になくなっただよ」
ええい混乱してきた。なんだか面倒になってきたな。
食ってしまおうか。
「はっ、まさかおめさんあの山ん中にある封印の鬼だか?」
解ったのならば話は早い。
「その通り。俺こそ大江山鬼童丸ぞ!して、今はいつでここはどこで世の中はどうなった?あと飯をよこせ」
「ちょ、ちょっと待つだー200年も前の人にどう説明したらいいかわからんだで。ここは東京都青梅市御嶽だでよ。
とりあえずこれでも食うべ」
200年!俺が封印されている間にそれだけの時間があったのか。
狸娘はなにやら薄っぺらい板を出してそれに触ると5個ほど「ぱん」が出てきた。
よくわからない入れ物に入った甘味らしきものも。
なんだあれは。たしかよほど強い陰陽師か妖でなければ使えん「空間を捻じ曲げる」術ではなかったか。
「おい娘、この術はなんだ」
「ああーそういえばこれも100年前にはなかったべ。これはMAOSっちゅーて簡単に魔法が使えるものだべよ。
だからこういう難しい術がおらにでもつかえるべ」
「よくわからんが時代は進んでおるのだな」
なるほど道具の類なのか。一体何があればこれだけの技術ができるのだ?
「そりゃもう、200年前とはまるっきり違うべ?一番大きな違いは……
魔法や妖怪が普通にいることだべ」
「普通?普通とは何だ。我々はいつでも人の歴史の影にいた。
それが普通ではないのか」
「あー、100年くらい前に日本の神祇省とかアメリカの国家安全保障局が魔法や妖怪の存在を明かしただ。
それでいろいろあって、「人間と同じ法を守るなら人間として扱う」っていう『総人類宣言』ってのがあったんだべ」
俺は考える。政府が妖怪の存在を明かし、人と同じく扱うと宣言したその意味を。
つまりあれか。妖が大手を振って街中を歩ける世の中というわけか。
「待て、だが妖は人を食らうぞ?」
「人を食う妖怪は代用肉とか人工血液……ええっと、人を食わなくても生きていける代わりの食べ物があるべ」
「だが妖は人との戦いなしには生きてゆけぬ」
「それは迷信だったべー。普通に街中で吸血鬼も鬼も暮らしてるべよ。
もちろん、そういう妖怪も沢山いたけんど、みんな戦争でいなくなったべ」
戦争?あれからまた戦争があったのか。まあ、妖怪や魔術の存在を明らかにすればそうもなろう。
「ああやはり戦になったか。それは人と妖とか?」
「そうだべーおめさんみたいにどうしても人と戦いたいって妖怪は最後まで戦って皆死んだか、今は自治区を作ってるべ」
「『じちく』とは何ぞ」
そう言うと狸娘は困ったような顔をした。
「ううー説明するとなると難しいべ。国の中に在る小さな独立した国みたいなもん……だと思うべ」
「なるほど、今もそういう妖怪の国はあるのだな。だが、存在が知られたとなれば人間共は黙っておるまい」
「紛争、ええっと小競り合いはしょっちゅうだけんど、一応は平和だべ」
なるほど大体把握した。要するに今の妖は人と同じなのだ。
人の世で人として生きている。それを拒んだ妖は鎖国した国を作って暮らしているのだろう。
さて俺はどうするか。やはりもっとこの新しい世を見てみたい。
なにやら技術はずいぶんと進んでおるようだしな。
「なるほど、だいたいは解った。礼を言うぞ娘。で、町はどこぞ」
「おめさん、そんな格好で何するだ?」
まずは状況をもっと詳しく把握せねば動けぬ。さしあたって何かせねばならんわけでもないしな。
とりあえずこの時代を把握するために色々と見ておくか。
「町へ行き、この時代を見る」
俺は静かに言ったが狸娘は慌ててかぶりを振る。
「通報案件だべ!?そんな格好で行ったら捕まるべー」
「ああ、このなりか。案ずるな姿などどうとでもなる。これでも人の中に潜んで暮らしておったのだぞ」
俺は短く呪を紡ぎ身に纏う妖力を変化させて衣装を作り出した。変化の術のようなものだ。
身に纏うは黒い着流しにカンカン帽。草履も履いた。
「おおーこったら短い呪文で変化するなんて大爺様以外では始めて見ただ!」
「狸ならばもっと上手く化けようさ。それとも今の狸は化けぬのか?」
「化けるのを仕事にしてなければ基本化けないべー。化粧の手間を省くくらいだべ」
「そうか、時代は変わったのだなあ」
化けるのが仕事として成り立つ世の中、か……かつては狸が化けるのは生き様だったものだが。
「今の世ではいささか古くなった装いだろうが、これで問題なかろう」
「大正ロマン風といえば通りそうだべー。古いけんど、大丈夫な服だと思うでよ」
大正風か。たしかに俺の生きた世は大正だったな。それで通しておけばよいだろう。
「さて、では改めて世話になったな娘。俺はこれで行くが、名は何という。
恩を受けたからな、覚えておこう」
「阿波野リコっていうだー」
「そうか、俺は先ほど名乗ったが大江山鬼童丸ぞ。何ぞあれば貸しを返そう」
俺は踵を返して町のほうに向かう。
だがそこに異音がひびいた。これは何か機械の音か?
とてつもない爆音だ。
「鬼童丸さん、ちょっと待つだ!暴走族だでよ」
「ぼうそうぞく?……なるほどあのなりを見れば愚連隊か」
頭を剃っているもの、珍妙な髪型をしたもの、身に着けている衣服は形が歪で派手派手しい。
なにやら金属の飾りやらなにかの骨やらを体に埋め込んでもいるようだ。
蛮族か愚連隊だろうな。自転車をでかくしたようななにやら珍妙な乗り物に乗っている。
あるいは浮く板切れのようなものや滑る靴のようなものも見えた。
「ヒャッハー!峠ってのも悪くねえなあ!」
「おうともよ!これでイカしたねーちゃんがいればもっといいんだがよぉー」
「おい生体レーダーに反応があるぜ!二人だ!おもしれえちょっと見てみようぜ!」
「そんくらいなら新鮮な肉にしても問題ねえな!」
爆音ですさまじくうるさいが俺の耳には会話が聞こえる。どうやらめまいがするほど馬鹿な連中らしいというのはわかった。
こっちに来るようだ。数は……30人ほどか。
「リコ、どうやらさっそく借りを返す時が来た様だ」
「ど、どうするだ?逃げた方がいいだでよ」
「逃げるには連中の乗り物は早すぎる。降りかかる火の粉は払わねばならん」
さてこの時代の妖怪、どんなものか。見させてもらおう。
tips:敵を倒してみましょう。